【高校生・一般部門】 ◆優秀賞 金谷 祥枝(かなや さちえ)

米ちゃんの糖尿病金谷 祥枝(広島県)

私の祖母は知的障害者の里親をしていた。我が家には私の生まれる前から知的障害者の米ちゃん、青ちゃん、絹ちゃんがいて一緒に生活し、私は育った。里親をしてきた祖母は10年前に亡くなった。青ちゃんも7年くらい前に仕事中の事故で亡くなり、絹ちゃんは絹ちゃんの両親から帰ってきて欲しいと言われ介護のために実家に帰った。今は米ちゃんだけが、私の実家で私の両親と一緒に生活している。米ちゃんは小学校5年生の頃に我が家に来た。もう50年以上、私の実家で生活をしている。米ちゃんは手先がとても器用で、修理するのが得意だ。以前、鍋の柄が取れてしまったことがあり、母は「米よ、これ直してごさんか?(これ直してくれないか?)」と頼むと、鍋をトンカチで叩き出した。急に鍋を叩き出した姿がおかしくて、一緒にいた私はつい吹き出してしまったが、しばらくすると、鍋の柄は、しっかり取り付けられていた。米ちゃんには、米ちゃんなりの修理の仕方があるらしい。

米ちゃんの今の仕事は、農作業の手伝いや食事の支度以外の家事全般をこなしている。壊れたものの修理や、漁業会の大網から魚を外す作業も頼まれることもある。毎日忙しく生活している。

10年くらい前に、米ちゃんは糖尿病になった。健康診断で糖尿病が見つかって、今も薬を飲んで治療をしている。米ちゃんは子供の頃から、コーラや饅頭、アンパンなどが大好きだ。病気になってしばらくは、数値が落ち着かなくて、母は通院に付き添い、たびたび病院で指導を受けていた。食事指導、運動指導、服薬指導、母と一緒に米ちゃんも指導を受けたこともあるが、糖尿の数値は変わらず落ち着かなかった。

米ちゃんは月に決められたお小遣いをもらっている。漁業会の手伝いをした時は、アルバイト料をもらうことがある。米ちゃんは自由に使えるお金を持っているので、母の用意した食事以外にも、コーラやお饅頭を自分で買い食べる。米ちゃんの部屋には、コーラの空になったペットボトルや、アンパンの空き袋が転がっていた。それを見つけて、母が怒ると「腹が空くだもん。」と言う。そんな状況が続き、米ちゃんは入院することになった。

私の実家は、昔商売をしていたこともあり、人の出入りが多い。母は、とても心配性で、不安なことがあると近所の人や訪ねてきた人に相談する。漁業会の人が、「米に手伝ってもらいたいのに、最近見かけん。」と言って訪ねて来た。母は、「米が調子がようなて、糖尿で入院しちょる。甘いもんが好きだけん、食べたらいけんがなって言うと隠れて食べる。どげすればええだぁか?(米の調子が良くなくて糖尿病で入院している。食べたらいけんと言うと隠れて食べる。どうすればいいのか?)」人が来るたびに相談しまくった。

米ちゃんは入院して2週間ほどで、退院することになった。退院してから、「体の調子が良かったら、手伝いに来て欲しい。」と漁業会の人から連絡があり、米ちゃんは出かけて行った。手伝いの後、「このお金で菓子を買って食うと、また入院せんといけんようになぁだぞ。体のことを考えて食べんといけん。」と言ってアルバイト料を渡したそうだ。漁業会の人から、米ちゃんにアルバイト料を渡す時に、ちょっと注意しておいたと母に連絡があった。

家から自転車で10分離れたところに自動販売機がある。米ちゃんは、いつもそこでコーラを買って飲む。コーラを買っているところを、近所の人に見つかり、「そんなもん飲んどったら命がなくなってしまぁだぞ。お母ちゃん(私の母)を心配させたらいけんがな。」と怒られたと、米ちゃんが母に話していた。

米ちゃんは、薬を飲んだり、飲まなかったりしていたようで、私は母に相談されたことがあった。その時は、米ちゃんに「ちゃんと薬を飲まんといけん。」とだけ言った。数日後実家に帰ると米ちゃんが座るテーブルの上にタッパーが置いてあった。中には色がついた箱が3つあり、朝、昼、夕に分けて薬が入れてある。米ちゃんは字が読めない。だから色分けして、いつ飲めばいいか分かるようにしたと母は言った。今まで、薬袋から出して飲んでいた薬は、同じような袋に入っていて、いつ飲めば良いかわからなかったのかもしれない。飲まなかったのではなく、飲めなかったんだと母は言った。

糖尿病は、食事、運動療法が基本だが、長い経過の中で病気の理解ができる健常者でも自己コントロールしていくことが難しい。甘いものを食べることが好きな米ちゃんに、「食べるな」と言っても理解することは難しいかもしれない。母が、たくさんの人に相談しまくったおかげで、近所の人たちみんなが、米ちゃんの病気のことを知っていて心配し、見守っていてくれる。近所の人たちが病気のことを心配していること、元気でいて欲しいと応援されていることは、米ちゃんにも、ちゃんと届いている。米ちゃんは、薬を飲むようになり、間食もしなくなった。

先日、私は実家に帰った時にノンカロリーのコーラをお土産に渡した。「病気が悪くなるけん、いらん。」と笑って米ちゃんは言った。

毎朝米ちゃんは居間の掃除をし、亡くなった祖母の仏壇に線香を立てる。「お母ちゃん(私の母)より先に死なせてください。」と手を合わす。米ちゃんは、米ちゃんなりに必死で生きている。