【一般区分】 ◆佳作 竹内 明美(たけうち あけみ)

ふれあいノート竹内 明美(鳥取県)

四月

盲学校の帰り道、バスターミナルの横断歩道を渡ろうとした時でした。後ろから女の子の「あっ」という声がかすかに聞こえました。私は振り返ってみたものの何が起きているのか見えません。やがて音声信号から東西を示すカッコーの音が聞こえ、その音に促されるように渡り始めました。その間も「え」、「あ」と女の子の困ったような声が聞こえてきます。そのうち私はいつものバス停の椅子に到着。腰掛けた瞬間「えーすごい。」「よかったー。本当によかった。」と言いながら女の子は私の前に立ち、ほっとした声で話しかけてくれました。私はそこでやっと理解できました。彼女は白杖で歩行する現場に初めて遭遇したようで、目が悪い人が一人で歩いている。壁や柱や人にぶつかるかも。こけたらどうしよう。そもそも本当に行きたい方向に歩けているのか。はらはらするあまり声もでず、私が無事に椅子に座った所で、まるで偉業を果たした人でも見たかのように感嘆の声を上げてくれたようです。見ず知らずの私のためにこれほどまで心配してくださるなんて、嬉しいやら恐縮するやら。そしてもう一度、女の子は「よかった。」と言って立ち去りました。もしかしたら、彼女は初めて見る光景に戸惑った気持ちを素直に表現してくださった代表者だったのかもしれません。私は彼女の背中に深くお辞儀をしながら、ある先生の言葉を思い出していました。それは「知らないからわからないだけ。わかったらすぐに理解してくれますよ。だからあなたは胸をはってたくさん出かけてください。そうすればあなたの世界も広がるし、周りの理解も増えることでしょう。」という言葉です。約一年前、単独歩行を始めたばかりの頃、点字ブロックの上を歩いているおばあさんに後ろからぶつかりそうになり、白杖が凶器になってしまったらどうしようとため息をついている私にかけてくださった言葉。たしかに知らなくて気がつかないことは私にもたくさんあります。こうして一人で出かけなければなおさら。女の子の優しさをもらい、私は先生が言われたとおりこれからもたくさん歩こう!と、改めて思った日でした。

六月

蒸し暑くなってきたバス停。「席あいていますよ。」と親しげに声をかけたくれた女性。横に座った私に彼女は突然「助けてあげられなくてごめんね。」と言われました。なぜそんなことを言われるのだろうとお話を伺っていると、自分は三人の子供を育ててきたこと。その中の一人が病気になり、どのお医者さんに行っても治らず困り果てていたところ、最後に見てもらったお医者さんがすっかり治してくれたこと。今もその子が元気で暮らせているのは、そのお医者さんのおかげと。「いつ、誰に助けてもらえるかもわからないからねー。でも、自分はあなたを助けてあげられないね。医学が進歩してあなたの目がよくなったらいいのにね。頑張っていたらきっとよいことがあるよ。」と親身に言ってくれました。やがてバスが到着。彼女は「気を付けてね。またね。」と見送ってくれました。その後も出会うたび「今大丈夫。障害物ないからそのまま歩けるよ。」とアシストしてくださいます。そして、私だけではなく、このバス停を利用する人と明るく会話する彼女の声が聞えます。みんなを見守ってくれる大きな存在です。

十月

誕生日の母にデパ地下のケーキを買って帰ることにしました。ところがその日は雨。傘と白杖で両手はふさがり、とてもケーキを持って帰る余裕などありません。そこで急遽予定を変更。学校の近くのコンビニでリュックに収まるサイズのスイーツを購入することにしました。実はここで一人で買い物するのは初めて。私はお店の入り口を少し入ったところに白杖を両手で持ちながら静止位で立ちました。「いらっしゃいませ。少しお待ちくださいね」の声の後すぐ駆けつけてくださった店員さん。「何をお探しですか」と、早速尋ねてくださった。私は手で形を作りながら、これくらいの大きさのスイーツが買いたいということを伝えます。店員さんは、「了解です。例えば、これ。今ならなんとお買い得!」などと楽しい雰囲気で私の買い物に快く寄り添ってくれました。おかげで、あいにくの雨の日の買い物も楽しく、母へのプレゼントも土産話付きで購入できました。

十二月

まだ雪は降らないけど、北風が夕方のバス停に吹き込みます。練習中の点字を読みながらバスの到着を待っていました。予定の時間にバスはきましたが、行先を告げる音声が聞こえてきません。私は少し不安になり音声時計で時間の確認をしました。やはりこのバスのはず。でも、うっかり乗り間違えてしまう可能性もあるし、運転手さんに聞かなくてはと思ったところに、「音声流さないと困るだろー。」という男性の声。するとすぐに行先の音声は流れました。やはりこのバスでした。私にとって音声は大切な情報です。それを、とてもよく理解してくださったこの人は、いったい誰?それは数日後わかりました。家の近くのバス停で下車しようとしたとき、聞き覚えのある「ありがとうございました」という運転手さんの声。あ、あの時の。私はあの日しっかり言えなかったお礼を言うことができました。

このように私は、白杖を相棒に単独歩行を始めてから本当に毎日のように親切な言葉をいただいています。優しい言葉は美しい花束。暖かい気持ちは陽だまりのようです。思い切って出てよかった。明日もがんばろうと心から思えます。心の中のふれあいノートのページをめくるたびに。