【一般区分】 ◆佳作 久川 浩太郎(くがわ こうたろう)

共生社会への一歩久川 浩太郎(千葉県)

学生の頃、教育学部に在籍していた私は、たまたま聾学校を見学する機会を得た。それまで聴覚障害や手話について全く知らなかった私であったが、聾学校といえば、聴覚に障害のある子どもたちが手話で勉強する学校だろうというイメージは持っていた。親戚が手話サークルに通っているらしいと、以前祖父から聞いたのを思い出し、手話を教えてもらいに親戚宅を訪ねた。健常者から教わるよりも、聴覚障害者から直接手話を教わった方が良いとのことで、手話サークルを紹介してもらった。

次の週、教わった施設に行き、緊張しながら手話サークルの会場の扉を開けた。

そこには私の知らなかった、手話のあふれる世界が広がっていた。

健常者、聴覚障害者関係なく、とても楽しそうに手話を使って笑顔で会話をしていた。それまで障害のある方とほとんど接する機会のなかった私にとって、障害者というと、生活するのが大変でコミュニケーションをとるのが難しいというイメージぐらいしか持っていなかった。しかし、手話という共通のコミュニケーション方法があれば、楽しく会話をすることができ、さらにお互いを知ることができると感じた。そして、実際に会って交流することで障害者に対するイメージや考え方が変わることを学んだ。

ある聴覚障害者に、聾学校に見学に行くために自己紹介の手話を教えてほしいと、筆談でお願いすると快く応じてくれ、自分の名前や住んでいるところなど、簡単な手話を教わることができた。聾学校の見学はその翌週にあり、授業や部活動を見学し、生徒と交流する時間もあった。早速覚えた手話を使ってみると、相手はうれしそうな表情でうなずいてくれ、こちらが伝えたいことは伝えることができたようでとても嬉しかった。外国人に初めて英語で会話して通じたときのような喜びで、もっとコミュニケーションをしたいと思った。しかしながら、自己紹介程度の簡単な手話しかわからなかったため、相手が言っていることはほとんどわからず、中途半端なやり取りでその場は終わってしまった。せっかく聴覚障害のある方とやり取りできる機会があったのに、うまくコミュニケーションがとれずとても悔しい思いであった。そして、もっと手話で楽しくコミュニケーションができればと思い、次の週の手話サークルにも参加した。手話サークルの方々は、再度私が来たことに対して驚きの表情を見せるとともに、喜んで迎え入れてくれた。その後、手話サークルに入会し、聴覚障害のある方とコミュニケーションを図りながら手話を身に付けるとともに、聾学校に再度遊びに行ったり、聴覚障害のある子どもたちとの交流会に参加したりした。それらの経験がきっかけとなり、大学卒業後、聴覚障害児に対する教育を深く学んだり、手話通訳の勉強をするようになったりした。そして、様々な経験や学習を通して聴覚障害者が抱える課題についても知ることができ、私にできることはないかと考えていた。

先日、今私が住んでいる地域に、聴覚障害のあるご夫婦が住んでいることを知った。私が手話をできることを知っていた地域の方が教えてくれたのである。しかし、そのご夫婦は地域の人たちとあまり交流はないとのことであった。そこで、地域の防災訓練に参加してもらい、地域の人と触れ合うきっかけになってほしいと思い、町会の役員をしていた私は思い切ってご夫婦の家を訪問し声をかけた。当日は、ご主人(Aさん)が参加してくれ、「耳が聞こえません」と、大きく書かれた災害時用のバンダナを肩にかけていたため、誰でも一目で聴覚に障害があると判断することができた。そして、起震車での体験や人工呼吸の訓練などに積極的に参加してくれた。例えば起震車の体験では、床が揺れた際、確実に頭をかばいながら安全な場所でうずくまるなど、Aさんは真剣に取り組んでおり、その様子から他の参加者はとても感心しているようであった。消防署の職員や町会長の話は私が手話通訳をすることでAさんに伝えることができた。Aさんが肩にかけたバンダナや手話通訳の様子から、聴覚に障害のある人が地域で一緒に住んでいることを周りの方に伝えることができ、さらにAさんと交流するきっかけにもなったようで、Aさんだけではなく他の参加者もとても喜んでいた。地域の人々の障害者に対するイメージも変わったかもしれない。

防災訓練の後Aさんから、「災害が起きたときは、地域の人々で支えあっていかなければならない。今日はとても良い経験になった。ありがとう。」と、お礼の言葉をいただいた。Aさんに声をかけて良かったと安堵するとともに、障害のある方と地域の人々の懸け橋になったのではないかと感じた。

Aさんも参加した地域の防災訓練を通して、障害のあるなしに関わらず地域で一緒に生活できるよう、普段から交流することはとても重要であると感じた。私ができることは小さなことかもしれないが、それが地域の方々に伝わることで、共生社会をつくる一歩になるのではないかと思う。現在私は町会や子ども会の役員をしており、地域の様々な行事に関わっている。障害のあるなしだけではなく、小さい子どもからご高齢の方まで、地域には様々な人が暮らしており、地域の共生を考えながら今後も活動していきたい。