【中学生区分】 ◆佳作 古田 小春(ふるた こはる)

わたしと弟古田 小春(熊本県立宇土中学校3年 熊本県)

私はJRで通学している。部活が終わってから乗る七時過ぎの電車が、いつものようにホームにやってきた。でも、今日は思わずその電車をやり過ごして、「乗り遅れた。」って、LINEで母に送信する。私しかいない駅のホームは静かで心地よくて、「この静かな空間にずっといたい。」と思ってしまう自分にため息が出た。

私には知的障がいのある四歳違いの弟がいる。家中に響き渡るほどの大声で騒ぐ。顔や指が変形するほど、自分で自分をたたいたり、指を噛んだりする。だから、そんな様子の弟との生活から、ほんの少しでいいから距離を取りたくなったんだと思う。最近いつも考える。「せめて弟が話せて、自分の気持ちを伝えられたら、こんなことにはならないのかもしれないのに…」って。

昔、「保育士になる。」っていう夢があった。私に保育士が務まるかどうか心配だったけれど、それ以上に弟がかわいくて仕方なく、お世話をするのが楽しかったから、その夢をずっと追いかけてた。

父に「弟のこと、かわいい?」って、聞かれたとき、いつも「かわいいよ。」って、答えてた。いま考えたら、弟に知的障がいがあるって知った上での質問だったのかもしれないが、その答えは嘘じゃなかった。弟か妹がずっとほしくて、やっとその願いが叶ったんだ。かわいいに決まっていた。

でも、その気持ちは弟が大きくなるにつれて薄れていった。耳をつんざくようなわめき声。自分で頭をたたくときの「パァンッ! パァンッ!」という鋭い破裂音は、大きな音が苦手な私には不快なものでしかなかった。弟が噛んだ指はひどく腫れ上がり、顔も傷だらけで、見ているだけで辛かった。何度も何度も自傷行為をやめさせようとしたけれど、弟の力は成長につれて強くなり、下手をすると、私や家族がケガをするようになった。

もう私は「弟がかわいい。」と、心から言えなくなっているのかもしれない。弟が生まれたとき、こんなことになるとは思ってもみなかったから、うまく受け止めきれずにいた。気がつけば私は弟に対して怒っているだけ。「こんな私が『保育士になりたい。』だなんて…。もう保育士を目指すのはやめよう。」って思うようになっていった。

そんなある日、弟が右足の小指を骨折した。気がつかないうちに何かにぶつけたらしい。気がついたのは、弟が通う事業所の先生だった。「内出血して紫色になっていた。」と、母から聞いた。「どうして気づいてあげられなかったんだろう。こんなに近くにいたのに。」「いつも怒ってばかりいて、弟のことをちっとも見てなかったんだ。」「自傷行為があったって、障がいがあったって、私の弟に変わりはないのに。」私は私自身にとても腹が立った。だから、このとき心に誓ったんだ。「弟のこと、もっとよく知って大切にするんだ。」って。

弟は話せないから相手に自分の気持ちをうまく伝えることができない。だから、パニックを起こして自傷行為をするんだ。「一番きついのは弟なのかもしれない。弟は紛れもなく私たちの家族なんだから、私たちが守るんだ。」って、少しずつ思えるようになった。

弟だって騒いでいるときばかりじゃないし、ゆっくりだけど確実に成長していて、以前はできなかったことができるようになっている。弟が、ちょっとしたことでも何かできるようになるたび、家族みんなが笑顔になった。弟の笑顔はみんなを幸せな気持ちにしてくれる。私が怒ってばかりいたから、弟のいいところも見えなくなっていたんだ。

そのとき、眩しい二つの黄色の光が少しずつ近づいてきた。電車が来たみたい。私はベンチから立ち上がり一歩踏み出す。私の大切な弟のいる家に帰ろう。弟の笑顔にまた会えるといいな。