【一般区分】 ◆優秀賞 阿部 剛紀(あべ つよき)

二人で一人 -伴走の輪よりー阿部 剛紀(秋田県)

私はとてもドキドキしていました。今から人生で初めて、視覚障害者の方とお会いするからです。どのような方だろうかという楽しみもありましたが、それ以上にどのように接すればよいのか分からない不安がありました。

きっかけは、視覚障害者の伴走者募集のチラシを偶然見つけたことです。全盲のマラソンランナーであるAさんの新しい伴走者を募集しているとのことでした。障害者支援ボランティアを行っている父の姿を見て、勝手ながら障害者理解を深めたいと思っていた私は、次の練習に参加することにしていました。

介護タクシーと書かれた車が目の前に停まったので、すぐにAさんが乗っているのだろうと気が付きました。運転手に手を引かれてAさんが降りてくると、少し照れくさそうに笑いながら、私の名前を呼びました。その瞬間に私の緊張は一気に和らぎました。簡単な自己紹介を行うと、とても気さくな方だと感じました。そして何より、健常者と変わらないのだと思いました。

いつものマラソン練習を始めることになりました。私にとっては初めての伴走です。うまくできるだろうかと案じる私に対して、Aさんは手慣れたようにランニングシューズに履き替え、計測用に時計を合わせました。直径 cm程度の輪になったロープを視覚障害者と伴走者で持ちながら走ることを知りました。伴走者は左右に曲がることの指示はもちろんのこと、路面の凹凸具合や坂道の有無なども伝えます。自分でもぎこちなさを感じつつもとにかく必死に伴走しました。無事に走り終えたときはとても安心しました。「いやー良かった。完璧。」とAさんの言葉には、お世辞だとは思いつつも嬉しかったのを覚えています。

それから、時間があれば練習に参加するようになりました。個性豊かな仲間との交流も楽しみの一つでした。楽しく走れるようにと、道案内だけではなく周りの風景もできるだけお話ししました。田植えが始まったことやムクドリがたくさん集まっていることなどを伝えるとAさんは喜んでくれているように感じて嬉しかったです。

一緒にハーフマラソンに参加したことはとても良い思い出です。残念ながらAさんの自己新記録更新とはなりませんでしたが、コース沿いからの声援や小中学生による吹奏楽を聞きながら走ることが出来ました。中には、視覚障害者が走っていることに驚く方もいました。私は少し嬉しかったです。障害を持ちながらも頑張っているAさんの姿を多くの方に見てもらえているのだと感じられたからです。

参加前は自分が kmもの距離を走るとは考えたことも無く、未知の世界でしっかりと伴走を務められるだろうかと心配でたまりませんでした。実際、途中何度も歩きたいと思いました。それでも走り続けることが出来たのは、隣に懸命に走るAさんがいたからです。負けずに頑張ろうと思いました。私は伴走者でありながらも、Aさんに支えられたことで完走することが出来ました。

大会後は、参加した仲間と共に温泉で汗を流し、食事をしました。完走を称え合い、お礼を伝えました。申し訳なさを感じるくらいにAさんから感謝を受けたときは、最後まで諦めずに良かったとしみじみ思いました。大会の時だけ会える遠方のマラソン仲間とは、来年もまた会うことを約束して別れました。翌日には筋肉痛になりましたが、それよりも心地良い幸福感に包まれていました。

私はAさんを東京オリンピック2020の聖火ランナーに推薦しました。障害をもっていてもなお前向きに挑戦する姿を世界中の人々に知ってもらいたいと考えたのです。Aさんがランナーと発表されてからは、初めて会う方からも、「聖火リレー頑張ってね」「全盲の中でマラソンに挑戦する姿に感動した」といった声が届きました。「いや?参ったな」と少し戸惑いながらもAさんは「少しでも多くの人に自分の走る姿から希望や勇気を持ってもらいたい。障害を持っていても支援者がいることで何でも挑戦できることを分かってもらいたい」と意気込んでいました。

聖火リレーでは、多くの人々が沿道で手を振ってくださいました。その様子を私はできるだけ詳しく伝えました。たとえ見えなくても、多くの方が笑顔で迎えてくれることを感じて欲しいと強く思いました。走行後、Aさんの表情は爽やかで、達成感や充実感があふれていました。あっという間だったと物足りなさを漏らしつつも、私のおかげでいい経験になったと、晴れやかに言ってもらえた時はとても嬉しく、推薦して本当に良かったと思いました。

Aさんは、「視覚障害者は伴走者と二人で一人」といいます。その言葉に私は心の底から喜びを感じます。伴走者として受け入れられているように感じるからです。そして同時に共感も覚えます。障害者と健常者は単に一方が支えられる関係の「二人」ではないと気付いたからです。確かに障害者は支援者が必要な場合があります。一方で私もAさんが一緒だったからこそ到達できたことがあり、出会えた仲間がいます。決して一方通行ではありません。それは、視覚障害者と伴走者を繋ぐものが紐ではなく、切れ目のない輪になっていることが象徴しているように感じます。

Aさんに出会う前の私がそうであったように、障害者が身近な存在ではないからこそ、人々は間違った理解や偏見を持っています。障害者は出来ないことが多いと勝手に考えています。でもそれは違います。少しの支援で何でも出来るようになります。どんなことにも挑戦できます。障害者の可能性を理解して欲しいと思います。健常者と何一つ変わりません。同じようなことを考え、同じように生活しています。だから是非とも障害を持つ方と交流する機会を得て欲しいと思います。

私はAさんを一度も障害者だと感じたことはありません。Aさんに出会い、障害は健常者の意識の中に生まれるのだと気付きました。そして障害者や健常者といった区分を持ってではなく、一人の人間として接することが大切だと学びました。