【一般区分】 ◆佳作 千田 浩一(せんだ こういち)

お世話になった人々へ千田 浩一(岡山市)

僕は昭和38年生まれの58才、名前は千田浩一と申します。生まれは東京ですが、0才の時、岡山に来たので岡山生まれのようなものです。今現在は、岡山にある救護施設で暮らしています。今は、父も母も亡くなったので家族と言っても僕一人です。自己紹介はこのくらいにして、本題に入ります。

さて、少年時代のことですけど、昔から変わった子みたいで、ちょっと周りから浮いていました。この頃から精神病はあったらしいです。でも友達は結構多い方でした。それから、中学、高校と行きましたが、高校2年で中退してしまい、間もなく統合失調症を発病しました。でも周りの家族や友達は割と病気を理解してくれ。その頃に、父の紹介でガソリンスタンドで働き始めました。友達はYやUなどで、病気のある僕によくしてくれました。そして夜間高校へ行き始めるのですが、そこでも友達は少なくなく、夏はレンタカーを借りて真夜中から日本海まで海水浴に行ったり、車3、4台で山や海にナンパ目的で走り回ったりしまして、青春を謳歌していました。でも悲しいことに病気が再発してしまい夜間学校を中退してしまいました。でも、高校の先輩が先輩の家に泊めてくれて夕食をごちそうしてくれ、「頑張れ、頑張れ。」と激励してくれました。また出社拒否になった僕を家まで社長が迎えに来てくれたりもしました。周りの期待に応えられず、高校中退のみならずガソリンスタンドも退社してしまいました。スタンドの社長、仲間、高校の仲間、先生、みんな自分のことのように励ましてくれました。皆さん、世の中捨てたものじゃない。頑張れば良いことがきっとあります。胸を張って生きていきましょう。

皆さん文章を書くのも久々なので、うまく心の中を伝えられずごめんなさい。話は昔に戻りますが、ガソリンスタンド、レストランのウェイターなどなど、色んな所で働いた後「就労継続支援B型事業所」にお世話になります。ここで、10年以上作業という形でパンを作りました。途中でコンビニにアルバイトに行くのですが、長続きせずやめてしまいました。でも周りは「戻ってこい。一緒に働こう。」と励ましてくれ、僕はまたパン作りを再開します。そうしているうち、大事な母親を亡くします。アルコールに走った僕を立ち直らせようと、スタッフのHさん、Tさんなど多くの人のおかげで何とか普通の暮らしに戻ることができました。みんな本当にありがとう。人間お金で買えない、人情、友情、愛情大事にしていきましょう。

みなさん、心や体の病で困った人に会ったら心の底から支えてあげましょう。そういう事は必ず自分に良い形で返ってきます。今から2年前、最後の肉親である父親を亡くしました。自立できない僕は救護施設で暮らし始めました。ここでも仲間は多く、一緒に作業として施設内の掃除をしたり、昔話をしてみたり、自分の現在を話したりしています。ここでの仕事といえば、作業という形でガラス細工をしたり、喫茶をしたり、施設内の掃除をしたりです。施設内の掃除も体はきついですが、励まし合って、時にはライバル視してしまいます。でもそれがお互いの成長になったり、より仲間意識が出てくるのでプラスです。今年の12月は近隣の映画館に好きな映画が来るので、同じ掃除グループのS君と見に行こうと声をかけあっています。これで現在の状況は終わりです。

最後に自分の目標はまた働き始めることです。お話はここで終わります。感謝、感謝の毎日ですが、お父さん、お母さん、じいちゃん、ばあちゃん、今まで出会った友達、先輩、後輩、みんなありがとう。人々が健康で平和でありますように。