【高校生区分】 ◆佳作 酒井 賢太郎(さかい けんたろう)
弟と向き合って酒井 賢太郎(愛媛県立宇和島東高等学校 1年 愛媛県)
私は、パソコンにある一つの動画を見つけた。まだ「赤ちゃん」と呼ばれている三つ下の弟との動画だ。私は三兄弟の長男で、真ん中の弟が障害を持って生まれた。動画の中で私の心に刺さった言葉がある。
「しゃべれる弟が欲しい。」
まだ幼い私は、そんなことを言っていた。
弟の持つ障害はロウ症候群という。男の子に発症しやすく、発症の割合は十万人に一人と聞いた。弟は、生まれた時から体が弱く、人よりも成長が遅い。周りの支えもあって、今は、日常生活に特段不自由はなく、会話もできるようになった。
とはいえ、弟との生活で、私が困っていることが2つある。
一つ目は、泣くことだ。弟はみんなが笑っているのが苦手で、周囲の人の笑い声を聞くと、大泣きして周りの人達をビックリさせてしまう。笑い声だけでなく、些細なことで怒ったり泣いたり、その後は疲れて寝たり、正直うんざりしていた時期もある。
二つ目は、入浴後に発作が起こることだ。昔から弟はお風呂が好きで、私もよく一緒に湯舟につかった。幼い頃は何事もなかったのだが、最近、お風呂から上がるとひどい発作が起こるようになった。いつも寝込んでいたりパニックになり叫ぶので、私もどうしていいか分からない。発作が起こることに家族もだんだん慣れ始めているが、激しい発作になることもあり、何か大変なことになりはしないかと、すごく怖い。そして弟が大好きなお風呂の時間が次第に短くなっていくことに、私はとても不安を感じている。
弟は今、中学一年生で特別支援学校に通っている。小学校の時から同じ施設で勉強を含めた日常生活を送っているので、兄として、今の生活に不安はない。しかし将来、弟が社会に出ることを考えると、心配でならない。「しっかり他者の言うことを聞けるのか」とか、「弟自身がストレスなどで体調を崩さないか」など、自分のことのように考えることがしょっちゅうある。
そんな不安を払しょくするため、私は積極的に弟の面倒を見ることにした。服やズボンの着替え方、箸の持ち方、あいさつの仕方。日に日に成長している弟を見て、嬉しい気持ちでいっぱいになる。
障害をもつ弟を前にして、「しゃべれる弟が欲しい」と言っていた自分が、兄として恥ずかしくてならない。当時の私は、障害のある弟、みんなとは違う弟を持つことを隠そうともしていた。「いじめられるかもしれない」「受け入れてくれないかもしれない」と、本当の弟を打ち明けられずにいたのだ。弟を心配し、大事に思っていたことに間違いはないが、「他のみんなとは違う」という思いにとらわれていた。
だが、保育園に入ってきた弟を見て、友達は周りのみんなと何も変わらず接してくれた。今でも鮮明に覚えている。私は、ホっとした。今思えば、障がい者に対する偏見や差別もある中で、他のみんなと変わらず接してくれる仲間がいて、とても救われた思いだ。
この十五年間、障がい者と共に生活し、障がい者という存在が当たり前になっている私が言えることは、「他のみんなとなんら変わりない人だ」ということだ。私の弟は、ただみんなより背が低くて、ただ上手に話せない。それだけのことだ。私は弟を障がい者と思っていない。家族の一員であり、みんなの中の一人なのだ。
この世の中には、障害に対して偏見のある考え方や見方があふれている。多くの人にとって、障がい者が身近ではない。身近に存在しないから、これらの偏見が減らないのだとも思う。だから、あえて勇気を出して障害のことを打ち明けてみることも大事なのかもしれない。考えてみればそれは、障害に限らず、日常生活の人間関係全てに言えることだと思う。どんなコンプレックスを抱いている人も、周りに迷惑をかけることがあっても、それが個性だと考えることが不安解消への小さな一歩になるかもしれないということだ。
また、他者の個性を認めることは、自分の人生を豊かにすることにつながると思う。私は、弟を理解しているつもりでいた。だが、弟の将来を考えた時、改めて弟について知り、自分自身の行動を振り返って考え直すことで、私の中の偏見をなくすことができた。今、弟とともにとても充実した日々が送れていて楽しい、というのが本音だ。
弟には課題がもう一つある。腎臓の機能低下だ。腎臓には、血液中の老廃物を尿として排出させる役割があり、その機能がなくなると健康的な血液を身体中に運べなくなり、最終的には死に至る。弟の腎臓は、必要な栄養も尿から排出してしまうらしい。弟の症状を聞いたとき、やはり死と関係づけてしまった。血液を健康に保つためには、弟は二日に一回、一日中病院のベッドの上で機械につながれ、血液を循環させなければならない。私はますます胸が締め付けられる思いになった。ただでさえ注射や病院を怖がり、検査を受けるのも一苦労な弟が、一日中ベッドの上にいるのは大変な苦痛ではないか、不安で仕方がない。しかし、弟が頑張るしかない。私たち家族も、寄り添うだけでも力になることができればと思う。
高校に入学してから、勉強に部活に忙しくなる中、幼いころの動画をきっかけに弟と向き合うことで、大切なことに気付いた。私は、覚悟を決めた。いつ、病院で付きっ切りの看病が必要な状態になるか分からない。けれどそんな弟と一緒に生活できる毎日を、一日一日を、大切にしたい。