【中学生区分】 ◆最優秀賞 榎 奏子(えのき かなこ)

ショウコさんと私と榎 奏子(秋田大学教育文化学部附属中学校 2年 秋田県)

「こんにちはぁ。」
玄関の引き戸の音と、間延びした声聞こえる。振り返ると、ショウコさん(仮名)がのっそり現れた。ショウコさんは知的障がい者だ。私の二回りくらい年上らしいが年齢不詳。同じ絵画教室にかよっている私の友達だ。ショウコさんは私のことを「カナコさん」と呼び、お正月には年賀状が届く。

私には小学校の頃から特別支援学校の生徒さんと一緒にボッチャをしたり、うどんを食べたりする機会があった。ショウコさんと初めて会った時も、ためらいを感じることなく話かけた。だが、ショウコさんは今まで会った人の中で断トツに強烈だ。マイペースで、笑いのツボも何に怒るのかもわからない。一つ言えるのは、食べていれば上機嫌ということ。そんなショウコさんをこっそり観察しながら絵を描くのが、私のひそかな楽しみなのだ。

ショウコさんはいつもアトリエでゆっくりと過ごす。まるでショウコさんのまわりだけ時間が止まっているようだ。実をいうと、描いているのをあまり見たことがない。というのも、ショウコさんはおやつを食べているか、キャンバスの前に座ったまま寝ているのだ。その姿は猫そのもの。教室のキョウコ先生や他の生徒さんたちと繰り広げる会話もまるでコントだ。私は笑いをこらえることができず、よく一人で肩を震わせている。

そんなショウコさんは、誰にもまねできない魅力的な絵を描く。秋田市で開催される「あきたアート はだしのこころ」にもいつも出展している。穂積秋田市長さんがショウコさんの作品を気に入り、ご自分のお小遣いで求めたという話も聞いた。ショウコさんは本物の画家なのだ。母は
「一度みたら忘れられない独特の世界観ね。」
と言う。もしかしてショウコさんの見ている世界は、私に見えている世界とは違うのかもしれないと思うことがある。

ある時から、アトリエにショウコさんの姿を見なくなっていた。それまでも休むことはあったから、特に気にかけていなかった。しばらく経ったある日、先生からショウコさんのお母さんが病気で亡くなったことを聞いた。ショウコさんはどうしているのか、いろいろなことが頭をよぎった。お葬式には母が行った。ショウコさんが「お母さん、骨になっちゃった」と呟いたと聞き、居た堪れない気持ちになった。ショウコさんは
「天国から見守っていてください。」
とお別れしたという。「死」というものをどんなふうに捉えていたのだろう。

数日後、ショウコさんは何事もなかったかのように、のんびりとアトリエにやってきた。ショウコさんの表情はいつも通りぼんやりとしていて、やはりどんなことを考えているのかわからなかった。とりあえず、ショウコさんが絵を続けられてよかった、またあの面白い土曜日になる、そんなことを思った。

ショウコさんのお父さんが、脳出血で後を追うように亡くなったという知らせが届いた。ショウコさんのお母さんの四十九日の直前のことだった。これでもう本当に、ショウコさんは絵を描き続けることが出来ないかもしれない。私は勝手に、諦めのような気持ちを抱いていた。

最終的には、私の心配をよそに、ショウコさんは絵を続けられることになった。ショウコさんが暮らすことになった障がい者施設の職員の方が送迎してくれることになったそうだ。ご両親が亡くなってもショウコさんを支える福祉制度があり、支える人たちがいることに、私は心の底から安堵した。これからもショウコさんはたくさんの人に愛されていくのだろう。

今日はショウコさんに会えるかな、そんなことを考えながらアトリエの引き戸を開ける。