【一般区分】 ◆優秀賞 濱口 聡(はまぐち さとる)

わかってもらう努力濱口 聡(神戸市)

僕の障害は脳性まひ。生まれた時から障害と向き合ってきました。障害があることで、たくさんのことを経験できました。僕は福祉の制度を利用して、いろんな人と関わってきました。

僕は小学校に行く前からずっと、リハビリに通っていました。早退してリハビリに通い続けても、思うように動けるようにならないし、友達と遊ぶ時間が取りたかったので、リハビリに通うのがイヤでした。「周りの友達は歩けるのに、なんで僕だけ歩けないのだろう。」そう思いながら、小学校の時にリハビリに行く回数を減らしました。

身体を動かす機会が減ると、どんどん硬くなっていくばかりです。いよいよ高一の時に、股関節の周りが痛くなり座れなくなってしまいました。病院の先生に相談すると、自宅に来てくれる訪問リハビリを紹介されました。

訪問リハビリを受けるようになってから、股関節の痛みは軽減されました。リハビリの大切さを感じ、あれだけ嫌だったリハビリを受けたいと思うようになりました。訪問リハの先生とも家で困ってることや学校での姿勢設定を相談するようになりました。今でも自発的にいろんな相談をしています。

高校からは身体のことを考えて、支援学校に入りました。高校では自分に合わせた学習支援を相談できました。生徒会や文化祭を楽しむことができました。

ある時、リハビリの先生に『西宮で福祉用具展をするから自分のことを話してみないか』と聞かれました。三十人の前で講演をしてみない、という誘いを受けました。

僕はやってみたいなと思いました。僕は言語障害があるので、周りからわかっていない・喋れないんだろうと思われていました。コミュニケーションが取れないと思われているから、いつも僕ではなくお母さんに「どうですか。」と僕のことを質問されていました。障害をもつ当事者も意見を持ったり、考えたりしていることを、しっかりと伝える機会になると思いました。

僕が話した言葉を一文字一文字打ち込んでもらって、パワーポイントにしました。当日は聞こえにくいかも知れないけれども、自分の言葉で話しました。聞こえにくい人のために、パワーポイントを表示してもらって、同じことを言いました。内容は、脳性まひで介助される人の気持ちについてです。体のコンディションによって、食べにくさや飲み込みにくさがあること。姿勢でしんどさが変わること。身体がこわばったらしゃべりにくくなること。いつも周りにわかってほしいと思っていたことを話しました。

いつも、介助してくれる人に伝えたいと思いながら、伝わりにくいことがたくさんあって、僕も相手もなんとかしたいのにできないことを話そうと思ったんです。僕はこれまでお母さんとか、特定の誰かに頼っていたので、その誰かが僕のことを説明してくれていました。自分で自分のしんどさを話したのは、高校生で発表したこの時が初めてでした。

発表して気付いたことがあります。今までヘルパーさんなど介助する人が上手じゃないと思っていましたが、僕もされて嫌なことを自分の言葉で伝えていなかったんです。僕のことを聞いてくれると思っていなかった…他人を心から信頼してお願いできなかった自分に気が付きました。家族以外の誰かに「助けて」と言うことができなかったんだなと思います。しかし、訪問リハビリや支援学校での一対一の関わりを通して、ただ僕の話を聞いてくれたり、僕のことをわかりたいと思ってくれたり、気にかけてくれたりする体験があったから、どんどん相談していこうと思えるようになりました。

心の輪は「広げよう」と思って頑張るものではないと思います。長く時間がかかってもいいから、コミュニケーションをとったり、自分の近くにいる人に関心をもったり、そんな小さな気遣いや言葉かけが大切なんじゃないかなと思いました。

僕はこれからも、自分のことをわかってもらう努力をしたいです。わかってもらえない時にイライラしてしまうことも減らしていきたいです。そしていつか、『さとるくんの介助はここが大変だから、もう少しこの部分は協力してほしいな』と気兼ねなく言ってもらえる関係を築いていけたらと思います。

お互いに一緒にいてしんどくない関係をもてるように、僕自身も発信したり受けとめたりして、自分を振り返りながら成長したいと思います。