【一般区分】 ◆佳作 吉野 晴翔
お互いが手を取り合い平等な社会へ
吉野 晴翔 (千葉市)
私は、ある新聞記事を読みました。
その内容は、30年前の出来事で、農園を営んでいる人が障害者の方を雇うというものでした。
その障害のある子のお母さんが、自分の息子を雇ってほしいとお願いするときに「給料はいらないですから、働かせてください。」と農園を営んでいる人に言ったことがとても心に残りました。そして、私は、その後にあった言葉に心を打たれました。
「この世に無駄な人間はいない。息子にも役割がある。どこかに彼を必要とする人がいると信じているんだ。」
その記事を読んで、私はもっと優しい社会になってほしいな、と思いました。障がいがある人だって、同じ人間だから区別してほしくない、と。
私の今までの経験上のことですが、私は中学と高校で特別支援学級に、通っていました。高校を卒業したあと、障がい者雇用としてですが、ある職場で働くことになりました。そこでは、店長とパートの人たちと分け隔てなく接することができ、楽しく仕事をすることができました。私は、そういう人たちと関わるうちに、「もっと色んなことに挑戦してみたい!上を目指してみたい!」と強く思うようになりました。そんな時に母が新聞で、千葉市で初めて開校する「夜間中学」があると見つけてくれました。このようなことを決意した時に、タイミングが本当に良いなと思いました。私は、夜間中学の開校と同時に入学し、夜間中学の第1期生となりました。そして今、私は中学2年生になりました。
夜間中学では、年齢や国籍の違う方々と一緒に勉強をしています。私と歳の近いアフガニスタンの友達と仲良くしています。彼は入学当初、言葉が通じずあまり話せませんでしたが、学校に通ううちに日本語を話すのがとてもうまくなりました。今では、日本語で会話をすることが増えてとても嬉しいです。
ある時、先生方と相談してるうちに、私が通っていた高等特別支援学校が高校卒業扱いでないことを知りました。そうして調べているうちに高校卒業認定というものがあるということを知りました。今まで特に目標など決まっておらず、夜間中学を卒業したら定時制の高校に行けばいいかなくらいの考えでした。しかし、高校卒業認定のことを調べていくうちに、体験談などを読み、私が思ってたより、いろいろなことができるのがわかりました。「それなら行けるところまでとことん挑戦してみよう!」と思いました。中学二年生になり、先生と相談して高校卒業認定を受けることを決め、書類を申し込み提出しました。そこへ至るまで、悩んだり落ち込むこともありましたが、性格上、最後まで諦めたくないので、なんとか乗り切りました。私は、国語と公共を受験することに決めました。結果が届き、国語は不合格でしたが、公共は合格することができました。公共を合格することによって、前に進めるチケットを一枚手に入れたと思い嬉しかったです。
障がい者の方は、他の人とは違うところがあって、変わっているなと思ってしまいますが、手を取り合っていき平等な社会になってほしいと心の底から思います。ですが、まだ認知されていないのが現状なので、当事者じゃない人でも理解してあげることが大切だと思います。障がい者であろうと健常者であろうと同じ人です。立ち位置が違うだけですから、もっとお互いが理解し合い平等な社会にしていきたいです。
今後、私は夜間中学に通いながら、高校卒業認定を取るために勉強していきます。そして大学か専門学校に通う予定です。私はこのような挑戦する機会を与えてくれた「夜間中学」があって本当によかったと思います。私一人ではここまで来れなかったので、今まで関わってくださった方たちには本当に感謝しています。