【高校生区分】 ◆佳作 慶田 優菜(けいだ ゆな)

「こちらこそ」
慶田 優菜 (鹿児島県立薩摩中央高等学校 2年 鹿児島県)

私は、中学校三年間特別支援学級に通っていました。もちろん通常学級でみんなと一緒に授業を受けることもありましたが、教科によっては、別の教室で授業を受けて学校生活を送っていました。
 現在の私は、介護福祉士国家資格を取得するために本校福祉科で学習をしています。今回は、福祉科で学ぶよりも前に、親友のKちゃんから教わった「ふくしの心」と「ありのままの自分」についてみなさんに知ってもらいたいと思い、この作文を書くことにしました。
 中学生の頃、特別支援学級に通っていた私ですが、通常学級にも小学校からの友人がたくさんいました。その中でも、私のことをとても大切にしてくれていたのがKちゃんです。Kちゃんとは、中学校三年間同じクラスで、部活動も塾も一緒でした。ただ同じ塾でも、私は、児童福祉法に基づく放課後等デイサービスに通っていました。Kちゃんと学校帰りに二人で話しながら塾に行くのがいつもの日常でした。また、Kちゃんは塾での学習に余裕がある時は、私のところに来て、勉強を教えてくれたり、放課後等デイサービスの子どもたちとも一緒に遊んでくれたりしました。私は、そんな彼女の姿を見て、「私が、支援学級や放デイに通っているから仲良くしてくれているのかな」と疑問を持っていました。今、振り返ってみれば、自分に対しての自信のなさから来る不安や、私以上に他の子どもたちと仲良くしているKちゃんへの嫉妬だったのだと思います。自分の感情が大きく波打ち、抑えきれなくなったある日、「私と仲良くしてくれているのは、私が放デイに通っている子だからなの?」と、自分勝手な思いをKちゃんにぶつけてしまったのです。Kちゃんは、何も返事をしてくれませんでした。数分くらい経ったと思います…「ごめん。」という短い言葉だけが返ってきました。その瞬間心がギュッとなったかと思えば、鉛を呑んだかのように重苦しくなっていきました。正直とても傷つきました。彼女の言葉は私が思っていたものではなかったからです。
 その後は、二人ともこのことを話題にすることはなく、卒業式を迎えました。クラスのみんなとお別れをした後、Kちゃんから「恥ずかしいから家で読んでね」と一つの封筒をもらいました。私は、その封筒を片手にワクワクしながら母親と一緒に帰りました。中には、二つの手紙。一つ目には、「ありがとう優菜」と書かれていました。二つ目には、「小学校五年生からの付き合いだったけど、いつも私が振り回していた気がします。優菜の笑顔に救われることが何度もありました。私が個人的な理由で怒っている時もすぐに許してくれるし、次の日は何もなかったかのようにケロッといつもどおり話をしてくれて嬉しかったよ。以前、優菜が『Kは優菜が放デイにいる子だから仲良くしてくれるの?』と急に聞いてきた時はとても驚きました。実を言うと私は、『優菜がどうして私と仲良くしてくれているのだろう』と不安になった時があったから…。優菜が他の子のところへ楽しそうに走って行ったり、大笑いしながら楽しそうに遊んだりしているところを見て、私といても楽しくないんじゃないのかな?と思っていました。なので、少し性格が悪いかもしれないけど、優菜がそんな風に思っていたことを知ることができて、心の底で喜んでしまいました。」と書いてありました。私は、この手紙を読んで、初めてKちゃんの本当の気持ちを知ることができました。手紙の最後に書かれていた、「私が優菜と一緒にいたいから一緒にいるんだよ。」という一文を読み終える頃には、目頭が熱くなり、そして痛くなるほど泣いたことを今でも覚えています。私の中では、Kちゃんは唯一頼れる親友でした。正直、学校は本当に嫌いでした。気がつくと周りから距離を置かれていたり、不思議な生き物を見るかのように接してきたりする人たち…。Kちゃんだけが同級生・友人として私に接してくれていました。
 私が在籍する福祉科では、一年生の初めに「尊厳」というとても難しい言葉を学びます。現在は、高齢者施設での五週間におよぶ介護実習が二回に分けて行われています。実習では、一人ひとりに応じた「尊厳を支えるケア」の実践について実習をとおして学習しています。私にはまだまだ難しく、理解しにくい言葉ですが、きっとKちゃんのように「相手の存在を認め、平等に接すること」なのではないかと思います。また、今回の作文を書くにあたって、しっかりと気持ちを伝えることの大切さや相手の思いをキャッチすることの難しさを改めて考えることができました。これから先いろいろな人との出会いが待っています。これまで以上に人間関係で悩むこともたくさんあるかもしれません。そんな時は、相手のことを少しでも思いやることができるそんな人になりたいです。私に大切なことを教えてくれたKちゃんへ。「Kちゃんあの時はこちらこそごめんね。そして、これからもよろしくね。」