【一般区分】 ◆佳作 久保出 薫乃(くぼで ゆきの)

ありがとうって伝えたい。
久保出 薫乃 (石川県)

「私はまた失敗するんじゃないか。」「また誰かに迷惑をかけるんじゃないか。」この日、眠りに着こうとする私の頭の中で、そんな言葉が浮かんでくる。心の中がざわざわして、お腹がギューッとなって、胸がいっぱいになって、涙が止まらない。
 「あなたは今、ネガティブモードなのね。そういう時は、まず気持ちに名前を付けて、○○ならなんて言うかを想像するんだよ。」ネガティブモードの私に、もう一人の私がアドバイスする。「不安と恐怖と悲しみって名前で…。カウンセラーさんなら、きっと乗り越えられるって言ってくれる…。」「じゃあ、大丈夫なんじゃない。疲れているだけだよ。」私は私を必死になだめる。けれども、今夜は上手くいかない。いっぱい泣いて、いっぱい泣いて、気づくと泣き疲れて眠ってしまっていた。
 三年前、私はうつ病と診断された。今も通院やカウンセリング、薬を続けながら暮らしている。一年前に障害者雇用で今の会社に採用され、週五日フルタイムで働けるようになった。社員の皆さんは優しく接してくださり、役割を与えてもらい、毎日の居場所がある。三年前に「私は誰にも必要とされていないダメな人間だ。」と思っていた自分からすれば、それだけで奇跡のようにありがたいことだ。
 「あなたは、根はとっても前向きで、明るくて、楽しいことが好きなのよね。」担当のカウンセラーさんが以前、私のことをそう言ってくださったことがある。以前利用していた就労移行支援事業所の心理士さんも「人が好きで、とっても愛情深いのが、あなたの持ち味ね。」と言ってくださっていた。そう、本来の私は、ポジティブ人間で、頭の中はハッピーセット(いつもそう言っている)なのだ。上手くいかないことがあっても、「学ばせてもらったんだ。大丈夫。次はこうしよう。」と、気持ちを切り替えることができるし、仕事以外でもボランティアに参加して、地元のおじいちゃん、おばあちゃんとのおしゃべりに花咲かせるのが大好きだ。
 一方で、カウンセラーさんも心理士さんも、私のことをこうも言っていた。
 「百二十パーセントで頑張るのが、あなたの普通なのね。愛情深いゆえに、自分を犠牲にするし、人ともぶつかるし…。自分のためにではなく、人のために…。あなたの良さでもあり、危うさでもあるのよね。」と。
 「私はまた失敗するんじゃないか。」「また誰かに迷惑をかけるんじゃないか。」そんな言葉があの夜に浮かんだのは、私は、誰かのためにあるいは会社のために、ひたむきになりすぎて、これまでたくさんの失敗?学び?をしてきたからだ。それを、この大好きな会社で繰り返してしまうのではないか。それが、不安で、恐怖で。芋づる式に、過去の苦しい出来事まで思い出して、悲しい気持ちになった夜だったのだ。
 泣きはらした次の朝。腫れたまぶたに何とかアイシャドーをのせ、くっきりめにアイラインを引いた。私なりに気合いを入れなおしたのだ。いつも道を歩き、いつもの電車に乗り、いつもの時間に会社に着く。「おはようございます!」といつも通りの挨拶をして、いつも通りにお仕事に取り掛かる。「いつもの私。大丈夫。」少しほっとしていたときだった。ポンッっと軽快にチャットの着信音が鳴る。私の上司からだった。
 「お願いしていた仕事、ありがとうございます!真っ先に取り組んでくださって本当に感謝しかないです。あなたが作ってくださったものは、必ず引き継いでいきますからね。」
 上司の言葉がじんわり沁みて、心がぽかぽかしてくる。私の仕事を見てくださっていること、認めてくださっていること、そして「ありがとう」と伝えてくださったこと、とっても嬉しかった。昨晩のネガティブモードの私は、そっと眠りについたようだった。
 「ありがとうパワー」と私は名付けた。たった一言で、頑張ろうって思えたり、嬉しいって思えたりできるのと、なにより、つながりが深まる一言だと思ったからだ。上司をお手本に、高い視座と広い視野で、些細なこと、当たり前なことにも気が付いて、「ありがとう」と伝える人になりたい。そのために、まずは自分に「毎日頑張っているね。ありがとう!」って伝えよう。そう決めたのだ。
 「私はまた失敗するんじゃないか。」「また誰かに迷惑をかけるんじゃないか。」そう思ってしまう夜は、この先も消えてなくなってはくれないのだと思う。そんな夜に絶望しても、次の朝には、頑張っている私と、支えてくださっている皆さんに「ありがとう」と言って、目を覚ましたい。