【一般区分】 ◆佳作 越智 尚(おち ひさし)

心の輪が広がったお父さんのお話
越智 尚 (広島市)

「今なら、死んでもいいかな」
「娘さんはおそらくダウン症です」末娘の和美(なごみ)が、切迫早産で誕生してすぐにそう告げられたその日、妻に初めて弱音を吐いてしまった。当時、物事の全てがうまくいっておらず、微かな光さえ見えなかった。全てが自分の向いているベクトルとは正反対に向かっていた。自身が試されているかのように困難が畳み掛けてくるように訪れ、精神的にも限界寸前。荒んでゆく心に嫌気が差して自暴自棄になっていた。思い留まれたのは、結婚する時に妻に誓った「君を幸せにする」という約束を果たせていない未練と、死んだら楽になるという確信が得られなかったからだ。そして、切迫早産で産まれてきた娘に初対面し、この手に抱いた時には『「手が滑った」と言って床に落としてしまった方がこの子は幸せかもしれない』という衝動に駆られている自分がいた。自分の中に無意識に培われていた障害に対する偏見が露わに曝け出された瞬間、愕然とした。自分が障害児の親になるということは青天の霹靂で想定の範囲外であり、ましてや障害に対して全くの無知であったので、無意識にそして自然にそんな感情が湧いたのだ。障害を持った子を授かるという人生のシナリオを全く持ち合わせていなかった私が、もし新出生前診断で陽性とされ決断を迫られたとしていたら…。考えたくはないが、当時の状況下ではおそらく和美はこの世に誕生させていなかっただろうと思う。私は、この罪悪感を一生背負い抱え、娘と付き合っていく。覚悟はできている。和美に私の命を奪われても私は構わないとさえ思う。
 そんな私も今では当時の仕事を辞め、娘のために何かできることはないかと考え、障害者就労継続支援B型施設で主に知的障害や様々な困難を抱えた利用者の支援をしている。施設での日々は、正直、思うように支援が届かず失望することはあるが、絶望することはない。その前に希望が溢れてくる。そんな毎日だ。作業所は利用者の居場所であり、昨日と同じような今日を、今日と似た少し違う明日を過ごし、その中で社会性をゆっくりと身に付け成長していく。利用者と日々触れ合い感じていることは、良くも悪くも、噓をつくのが下手な人が多いということだ。裏を返せば、皆とても素直なのだ。皆の笑顔は全く以て邪気が無く、とても良い顔で輝きに満ち、周りも笑顔に変えてしまう。幸福はお金の多寡では決して量れず、お金は幸せになるための必要条件でも十分条件でもないということを教えてくれる。「幸せは築くものではなく、気付くもの」そんな言葉を思い出し「私は心から笑えているだろうか」と自問自答してしまう。笑いは人間の特権だとアリストテレスは言ったというが、まさにそれは宝物だろう。私は誰かの喜んでいる顔や笑顔を見るのがとても好きで、それが自分の些細な行動から生まれたものであると、とても嬉しくなる。その笑顔を絶やさず守っていけるよう、家庭を、社会を、世界を創っていかねばと思う。そしてまた、自由に素直に上手に甘えられる彼、彼女らは、今までの自分の価値観を揺さぶり続け、崩壊させ書き換えてくれもする。そう、甘えてもいいのだ。私もたくさんの人に甘え、助けてもらい今日まで生きてきた。この先もきっとそうだろう。そして私もいつか、違う誰かの手助けができればいいと思っている。そして、利用者が少しずつ成長していく過程で、その一助に私がなれれば光栄に思う。私も利用者に成長させてもらい、大きな日常の宝物をもらっているのだ。「ありがとう」
 我が家の和美はというと、7歳になり小学校生活を全力で楽しんでいる。ダンゴムシを集め、クワガタと遊び、すずめを追いかける。コンビニで好きなものを買ってあげるよと言うと、12円のお菓子をひとつ握りしめてくる。天使のような無邪気な笑顔を無差別に振りまくと、周りは自然と笑顔になりそれが拡がっていく。そんな和美がたまらなく愛おしい。時には涙を見せ、叱ったことを心底後悔させる。「いつになったら…」と不安に駆られることもたまにはあるが、これが娘のペースなのだ。他と比べることをしなければそこには障害も、幸も不幸も存在しないのだ。「子どもは3歳までに充分親に幸せを与え、親孝行をし尽くしているから、それ以降に親に心配をいくらかけたとしてもお釣りがくる。だから、安心して心配をかけなさい」とも聞く。和美は成長が年齢のおよそ半分なので、普通の子の倍の幸せを私に与えてくれていることになる。超孝行娘だ。和美には、心から「産まれてきてくれてありがとう」
 今まで生きてきて「人間万事塞翁が馬」や「ピンチはチャンス」という言葉が正にその通りだと身をもって体感している。和美が産まれてきたときに、障害児を育てるのは大変だと思ったが、大変を経験すると大変のハードルが下がり、それが普通になってどうにかなる。私の人生も、いろいろあったがどうにかなってきたし、これからもどうにかしていくのだ。「案ずるより産むが易し」と、もっと皆がそう思える社会になればと願う。良い縁に恵まれ、何よりもたくさんの人たちに助け支えられて自分たちはここにいるのだと思える。自分一人でできることなど何もない。支え続けてくれている妻には、愛を込めて「ありがとう」かな。私のこの先の人生の目標の一つは、娘に「産んでくれてありがとう」と言ってもらうことだ。それが私の生きる理由で、生きる力にしたいと思っている。
 最後に、私たちは皆、様々な困難を乗り越え奇跡のような確率でこの世に誕生している。理想論だとしても、その社会、世界が誰にとっても生きやすい場であってほしいと願ってやまない。そして、この世に産まれてくる全ての命に心からこう言えるように。
 「誕生、おめでとう」