【高校生区分】 ◆佳作 榮門 和音
特別支援学級へ通う生徒への偏見について
榮門 和音 (沖縄県立前原高等学校 2年 沖縄県)
みなさんは、「特別支援学級」や「特別支援を受けている人々」に対して、どんなイメージを持ちますか。また、自分の身近にいる人が特別支援学級に通っていたら、どういう気持ちや態度で接しますか。ほとんどの人は今までと変わらず、その人の「個性」として認め、普通に接すると思います。しかし、一部には「個性」を認めず、見下すように接したり、あきらかに他の人々とは違う態度で接する人たちがいます。
私は二卵性双生児で、同じ年齢の姉がいます。私たちは幼稚園、小学校と友だちと毎日楽しく過ごしていました。小学校高学年に上がる頃、姉は軽度の「発達障害」と診断されました。発達障害とは、生まれつき脳機能に偏りがあることで、コミュニケーション能力や社会性が苦手、特定の学習に困難を感じるなど、日常生活に支障をきたす状態のことを指します。その他は、普通の人たちと何も変わらないため、周りから見ても少し分かりにくい部分もあります。私の姉も、対人関係と勉強、コミュニケーションが少し苦手なだけで、その他は私と何も変わりませんでした。
軽度の「発達障害」と診断された姉は、「特別支援学級」に通うことになりました。特別支援学級は、姉のように発達障害を持っている人や、生まれつき身体が不自由な人、誰かの助けが必要な人が通う学級です。姉が特別支援学級に通うようになると、周りの環境が変化していきました。初めは仲が良かった友だちからいじられたりする程度でしたが、次第にエスカレートしていき、物が隠されたり、壊されたり、仲間はずれにされたりなど、いじめになっていきました。私もいじめに巻き込まれることがありました。無視をされたり、影口を言われたりして、とても苦しかったのを覚えています。学校に行きたくないと思ったこともありますが、仲の良い友だちが一緒に居てくれたことで、頑張ることができました。いつの間にか、私へのいじめはなくなっていましたが、姉へのいじめは続いていました。
中学一年生のとき、姉が泣きながら両親と話しているのを見ました。
「自分にはみんなが言う普通が分からない。普通ってなに?」
その言葉を聞いて、私はとても苦しくなりました。なぜ周りと少し違うというだけで、姉が傷つかないといけないのか。なぜ私たち家族が苦しまないといけないのか。今でもその事を考えて生活しています。
障害には、身体機能に関わる、周りの人が気づきやすいもの、発達障害のように、周りの人が気づきにくいものと、いろいろなものがあります。程度や持っている障害が違うとしても、全部含めて一人の人間です。それを認めることができないと何も始まりません。障害を持っていない人も「自分が普通だから」といって偉いわけではありません。運良くなに不自由のない身体に生まれているだけです。
「一人の人間としてその人を認める」ことが、これからの社会に大切なことだと私は考えます。
現在、姉は特別支援学校へ通っています。その中で友だちと毎日楽しそうに生活しています。ですが、姉が言っていた「普通ってなに?」という言葉が、私の中でずっと残っています。姉のように、周りと少し違うからという理由で苦しい思いをしている人、私のように支援を必要とする人が身近にいる人々が傷つかない社会をつくるためにはどうしたらいいか。これから先、このような人々が少しでも減っていってくれることを願います。