【高校生区分】 ◆佳作 野口 晴歌
わたしの声が届く場所
野口 晴歌 (学校法人角川ドワンゴ学園N高等学校 2年 滋賀県)
通信制高校、そう聞いてどんなことを思い浮かべるだろうか。通信制高校と聞くと、ネットで学習する学校、というイメージを持つ人が多いかも知れないが、私は通学コースというコースを選択し、週三日キャンパスに通って学習をしている。
私が通うキャンパスには様々なひとがいて、大きい音が苦手なひと、朝に体調を崩しやすいひと、人混みが苦手なひと、強い香りが苦手なひと、障がいを持っているひと、ヘルプマークをつけているひと、LGBTQに当てはまるひとなど、年も性格も全く違うけれど、みんなそれぞれお互いに「様々」を理解しあって生活している。そんな私たちの暖かい通信制高校の生活を伝えたい。
私は吃音症という障がいを持っており、物心がついた時から今日まで、ずっとこの障がいと一緒に生きてきた。吃音は、話そうとした時に言葉が詰まったり、連発してしまったり、音が伸びてしまったりする発話障がいで、多くは幼少期に発症し、成長とともに数年で治っていくとされているが、私のように成長しても症状が残る人もいる。吃音は当事者によって症状が異なり、医学的な治療法もなければ、発症するきっかけも分からない、未知の障がいなのだ。
小学校低学年のころ、自分の喋り方が周りの子と少し違うことに気づいた。高学年になれば、言葉を変えたり、えーっと、などの言葉をはさんだりして吃音を隠すようになっていた。しかし、吃音を隠すことが日常になったため、ふとした時に出た吃りが違和感を覚えさせてしまい、
「どうしたの?」
「大丈夫?」
とよく言われた。中学時代は吃音のことを知っている友人や先生にだけ打ち明けて生活していたが、教科書の音読の時間や、グループワークの時間などは正直とてもやりづらかった。吃った時の視線や笑い声を思い出してしまって、学校に行くのが嫌になってしまった時期もあり、先生と相談しながら別室で授業を受けた日もあった。中学三年生の春、進路について考え、自分を今一度見つめ直した。私は、これからずっとこんな風に吃音に縛られたまま生きていくのだろうか。そんな生き方はしたくない。もっと胸を張って生きたい。そう思って、自分の新しい道として選んだのがこの学校だ。
私の学校にはキャンパスに通わないネットコースもあるが、私が通学コースを選んだのには理由がある。通学コースでは五教科の授業よりも、人と話す・触れ合う授業がメインだ。チームになって一つの成果物を作る、一つの課題について調査する、一つのテーマに沿って議論するなど、学年問わず、みんなで関わり合いながら授業を受けることができる。私はこの機会を活かし、人と話すことに対するマイナスな気持ちをプラスに変えていきたいと思い、通学コースへの進学を決めた。
無事入学試験に合格し、行きたかったキャンパスへ通えるようになった高校一年生の春。誰とも話したことのないまま始まった高校生活に緊張しているなか、自己紹介の時間がやってきた。自分のターンになって、誕生月である五月を言おうとした時、吃りが出た。昔から「五」が上手く言えず、いつも手で表現してごまかしていたのだ。前向きな気持ちで入学したが、またここで吃音を笑われたら、と考えて冷や汗をかいた。しかし、誰も私のことを笑わなかった。優しい表情で私が話すのを待ってくれて、誕生日を言い終わったら拍手をしてくれた。嬉しくて、涙が出そうになった。私が吃音症を持っていることはもちろん誰も知らなかったし、その場にいた全員が私と初対面だった。それなのに、今までにない暖かな空気の中で、私の声が届いている。そう実感することができた。
まだ吃りは出るし、ぎこちない部分もあるけれど、キャンパスのみんなはちゃんと私の話を最後まで聞いてくれる。キャンパスのみんなが創り出した暖かい場所のおかげで、今では授業のプレゼンや発表をしたり、苦手だったグループワークも率先して話をできるようになった。
このキャンパスは本当にすごい。休み時間も大きな声や音は出さず、午後に登校してきた子にも「おはよう」と挨拶をする。周りの子の体調の変化にすぐ気付いたり、メンターさんやアシスタントの大学生の方もいつも私たちのことを優しく見守ってくれる。入学してからまだ日は浅いが、こんな暖かな光景を何度も見ている。お互いに障がいや病名について深く聞いたりはしない。障がいや病気があっても、なくても、きっとみんな心の輪でつながっているのだ。
自分で選んだ新しい人生の一歩目、通信制高校。私の障がいを認めてくれたすべての人に感謝をこめて、学校生活を精いっぱい謳歌したい。