【高校生区分】 ◆佳作 尾崎 結花(おざき ゆいか)

バスの中で見つけた優しさ
尾崎 結花(ルネサンス大阪高等学校 2年 大阪市)

私は、人と人とのつながりや思いやりについて考えることがある。日常生活の中で、私たちはさまざまな人とすれ違い、時には助け合いながら過ごしている。しかしその大切さは、普段はなかなか意識することができない。けれど、ある日の登校日、私はその「思いやり」を強く感じる体験をした。それは、バスの中での出来事だった。今でもそのときの温かな気持ちをはっきりと思い出すことができる。
 その日、私は登校日のためバスに乗った。いつもより少し混んでいたバスの車内に座り、窓の外を眺めながら学校に着くのを待っていた。すると、次の停留所で一人の車いすの人がやって来た。私はその瞬間、「どうやってバスに乗るのだろう」と不安に思った。大きな段差のあるステップを車いすで上るのは難しいように思えたからだ。けれど、次の瞬間、運転手さんがすぐにバスを停め、慣れた様子でスロープを取り付けた。さらに車いすが安全に乗れるように、バスの座席を畳み始めた。私はその動きに思わず見入ってしまった。
 その席には、一人のおばあさんが座っていた。年齢も高そうで、立ち上がるのは大変そうに見えた。私は心の中で「どうするんだろう」と少し心配になった。しかしおばあさんは迷うことなく席を譲り、自ら立ち上がった。その姿を見て、胸の奥にじんとするものを感じた。けれど、それ以上に私の心を温かくしたのは、その後に起こったことだった。
 おばあさんが立ったのを見ていた周りの人が、すぐに席を譲ろうと動いたのだ。ある人は「こちらへどうぞ」と声をかけ、自分の席を空けた。おばあさんは安心したように微笑んで、そこに座った。その光景は、言葉にしなくても人と人とが自然に支え合っている瞬間だった。車いすの人も周囲の協力を受けて安心して座ることができ、バスの中にはどこか温かな空気が流れていた。私はその様子を見ながら、自分まで優しい気持ちに包まれていくのを感じた。
 それまで私は、車いすの人がバスに乗る場面を実際に見たことがなかった。テレビや本で見ることはあっても、自分がその場に居合わせるのは初めてだった。正直に言えば、最初は「時間がかかるのではないか」「周りの人がどう思うのだろう」などと少し不安な気持ちを抱いていた。しかしその心配はすぐに消えた。そこにあったのは、周囲の人たちが当たり前のように協力し合う姿だったからだ。
 私は気づいた。私が勝手に「大変そう」「迷惑になるかも」と思い込んでいただけで、実際には自然に助け合える場がそこにあった。運転手さんも、乗客の人たちも、誰一人としていやな顔をせずに協力していた。その雰囲気の中で車いすの人は安心して座り、周りの人も笑顔で過ごしていた。ほんの短い時間だったが、私にとって大切な学びの瞬間になった。
 私はその出来事を通して、「障がいがある人とない人」という区別を意識するよりも、「同じ空間にいる人同士」として向き合うことが大切だと感じた。おばあさんが席を譲り、そのおばあさんにさらに席を譲った人がいたように、思いやりの連鎖は広がっていく。そこにあったのは「特別な助け合い」ではなく、ごく自然な「心の輪」だった。
 こうした思いやりの姿を目にして、私は「人は一人では生きられない」ということを改めて実感した。普段は自分のことで精一杯になってしまいがちだが、少し視野を広げれば、困っている人に手を差し伸べたり、誰かを気づかうことができる。私もまた、そうした一員でありたいと思った。
 これからの私は、そんな心の輪を広げていける人でありたいと思う。次にもし同じ場面に出会ったら、今度は私が声をかけたり、席を譲ったりしたい。小さな行動でも、それがきっと誰かの安心につながるはずだ。そしてその一歩が、社会全体を少しずつ優しくしていくのだと思う。
 また、この経験は学校生活にもつながっていると感じる。教室や廊下など、身近な場所でも同じように助け合いは生まれる。例えば忘れ物をした友達にノートを貸したり、困っている人に声をかけたりする。そうした日常の小さな行動こそが、人と人との関係を温かくしていくのだと思う。
 日常の中にこそ、心の輪は生まれている。私はこれからも、その小さな温かさを大切にして生きていきたい。