【高校生区分】 ◆優秀賞 宮本 紗希
見えない苦しみを知るということ
宮本 紗希(学校法人向陽学園向陽高等学校 1年 長崎県)
中学一年生の冬、母から伝えられた三つの病名は、私の世界を一瞬で変えてしまった。全身性強皮症、肺高血圧症、間質性肺炎。どれも聞き慣れない難病の名前だった。その時の私には、それらがどれほど重い意味を持つのか、母がこれからどれほどの困難と向き合わなければならないのか、まだ理解できずにいた。ただ漠然と、私たち家族の「普通の日常」が終わってしまったような、そんな不安だけが心を支配していた。
それから数年が経った今でも、母は外見上病気であることがほとんど分からない。初対面の人が母を見て病気だと気づくことはまずないだろう。しかし、その見た目とは裏腹に母の体の内側は深刻なダメージを受け続けている。全身の皮膚や血管、内臓が硬くなっていく全身性強皮症。肺の血管に異常な圧力がかかる肺高血圧症。肺の組織が炎症を起こし呼吸機能が低下する間質性肺炎。これらの病気は確実に母の体を蝕んでいるのに、その苦しみは外からは見えない。
近所の人から「お母さん、元気そうね」と声をかけられるたび、私は複雑な気持ちになった。確かに母は元気そうに見える。でも、その笑顔の裏で、母がどれほどの息苦しさと闘っているか、階段を上るだけでどれほど疲労するか、そんなことは誰にも分からない。母自身も、周囲に心配をかけまいと、できるだけ普通に振る舞おうとしていた。それが「見えない病気」の残酷さだった。理解されないことの辛さは、病気の症状そのものと同じくらい重いものなのだと、私は次第に理解するようになった。
日常生活の中で、母ができなくなることが徐々に増えていった。以前は当たり前にできていた掃除や買い物、料理の準備。少しずつ、それらを諦めざるを得ない場面が増えていく。母が「ごめんね、今日は少し疲れて」と言いながら、悔しそうな表情を浮かべる姿を見るたび、私の胸は締めつけられた。支えたいという気持ちと、何をどうすればいいのか分からない無力感。母に寄り添いたいけれど、適切な距離感が分からない。私自身の理解不足を痛感する日々が続いた。
母は毎朝、大量の薬を服用している。副作用で体が思うように動かない時もある。食事の内容や運動量にも細心の注意を払わなければならない。それでも母は、私たちの前で弱音を吐いたことは一度もない。ただ「あ、今なんだな」という感じで、静かに現実を受け入れている。その母の強さに、私はどれほど支えられてきただろうか。
一年間の休養期間を経て、母は職場に復帰した。周囲の人たちは最初こそ心配してくれたが、その関心は束の間だった。やがて職場の同僚から、母に対して「特別扱いされている」という言葉が投げかけられた。その話を聞いた時、私の中で何かが弾けた。あなたたちが母の何を知っているのか。毎朝飲む大量の薬を、副作用で思うように動かない体を、食事一つにも神経を使う日常を。母が私たちに弱い姿を見せたことなど一度もないことを。無責任で軽率な言葉が、当事者だけでなく、その家族をどれほど深く傷つけるか、そんなことを考えたことがあるのだろうか。
この体験を通して、私は多くのことを学んだ。真の理解とは、表面的な同情や憐れみではない。相手の立場に立って想像し、知ろうとする姿勢から始まるものだ。「特別扱い」という言葉の背景には、知識不足と想像力の欠如がある。母が必要としているのは特別扱いではなく、病気という現実に対する適切な配慮なのだ。そしてその配慮は、母の尊厳を保ちながら行われるべきものなのだ。
また、軽率な言葉がいかに深い傷を与えるかも実感した。発言した本人は何気ない一言のつもりでも、その言葉は当事者だけでなく家族をも傷つける。見えない病気と闘う人々とその家族が、社会の無理解という二重の苦しみを背負わされることがあってはならない。
母から学んだ最も大切なことは、困難な状況を受け入れながらも前向きに生きる強さだった。母は決して諦めることなく、できることを精一杯やろうとしている。その姿勢こそが、私たち家族の支えとなっている。そして、母の強さは決して特別なものではない。見えない病気や障害と向き合う多くの人々が、同じような強さを持って日々を生きているのだ。
これからの社会に必要なのは、多様性を認め合う心だ。外見では分からない困難を抱える人々への理解を深め、適切な配慮ができる社会を築いていかなければならない。私は、当事者家族としての体験をいかし、見えない病気への理解促進に取り組んでいきたい。一人でも多くの人に、母のような人々の日常を知ってもらい、心ない言葉ではなく温かい理解の言葉をかけられる社会を実現したい。
母が教えてくれた強さと受容の心を胸に、私は心の輪を広げ続けていこう。真の共生社会とは、お互いの違いを認め合い、支え合える社会のことだ。そのために、まず私たち一人ひとりが、身近な人の困難に気づき、理解しようとする姿勢を持つことから始めなければならない。母と過ごすこれからの日々を大切にしながら、この体験を社会に還元していくことが、私にできる恩返しなのだと信じている。