【高校生区分】 ◆優秀賞 新開 宥斗(しんかい ゆうと)

僕の住む世界
新開 宥斗(徳島県立鴨島支援学校 2年 徳島県)

僕は、今年の夏、二年ぶりに東京で検査入院することになった。
 一ヵ月の入院がすごく嫌だったし、何より行きたくなかった。
 東京に行くと、以前からいる先生や看護師さん、リハビリの先生、いろんな人達が、一ヵ月長いけど一緒に頑張ろうね。と話しかけてくれたり、病院の中を案内してくれた。
たくさんの人達と話しをするうちに、緊張がほぐれていったけど、早く帰りたい気持ちはいっぱいだった。
 毎日、毎日、リハビリに検査の日々が始まった。気分転換に屋上庭園の散歩をすすめてくれたけど、車椅子で行く気にもならなかった。何となく同じ事の繰り返しの中で車椅子じゃなかったからと何度も考えていた。
 何とか一ヵ月が過ぎた退院の前日に、先生からリハビリの先生との相談の結果、電動車椅子をすすめられた。何でだろう。僕は、自分で動く事が好きだし、車椅子スポーツも大好きだ。車椅子バスケットボールも車椅子卓球も動いている時が本当に楽しい。それなのに電動車椅子なんて、何でか意味がわからないし、腹立たしかった。モヤモヤして、「はいそうします。」とは言えなかった。
 夕方、リハビリの先生と話しをしていて、何で電動車椅子をすすめられるのかが理解できないと伝えた。先生は、電動車椅子は、自分の意思で自分の好きな所に、好きなだけ行けるし、もっとしたい事もたくさん増えるから、前を向いて考えてみてはどうか。という返事をくれた。全く理解できなかった。モヤモヤとすっきりしない気持ちだけで心がいっぱいになった。車椅子に乗らない人に僕の気持ちがわかるわけがないと思っていた。
 退院の日、せっかくだからと、横浜に観覧車に乗りに行った。そして、近くのショッピングモールに寄り道した時に、僕は目の前で起こる光景に、胸が高鳴るくらいものすごく驚いた。
 車椅子の人が一人で買い物や観光など、自分の意思で車椅子を自由に操作し、普通の生活をしている。車椅子がまるで体の一部のようだった。そして、その人達が困っていたら、周りの人が急いで助けたり、介助したり、それが本当にたくさんの場面で見られたし、僕も大きな段差で困っていたら、自然に人が集まり助けてもらうことがあった。何だか、すごい時間だった。でも、すごく輝かしい未来が見えたような嬉しい気持ちになった。それと同時に、先生が電動車椅子をすすめてくれた本当の理由がわかった気がした。今まで車椅子だからと人ごみは行かず、人のいない方へと進んでいた。車椅子だからといろんな事を諦めてきた。電動車椅子になるともっと自分の居場所がなくなる気がして怖かった。でも、自分の知っている世界があまりに小さくせまいものだと思うと、情けなくなってきた。
 先生達が僕に伝えたかった事は、きっと僕の知らない世界には、こういう明るい世界があることだと感じたし、その世界で僕らしく生きてほしいと思っているんだと思った。
 毎日、本当につらかったし、長かった入院生活であり、しんどかった思いもたくさんしたが、僕にとっては、本当に学びのたくさんある入院となり、これからの将来が楽しみになる貴重な出来事となった。
 大切な事を教えてくれた病院の先生達や、街で手助けして笑顔で去っていった人達に、心から感謝を伝えたいし、僕もそういう人になりたいと思った。そして、こんな優しい世界が当たり前の世界になることを願っている。