【小学生区分】 ◆優秀賞 能美 にな(のうみ にな)

晴れの日を目指して
能美 にな(明治学園小学校 6年 北九州市)

「一つだけ無人島に持っていけるなら、何?」
 何気なく聞いた私に、母は「眼鏡」と即答した。眼鏡がなければ動くことすらままならないというのだ。そんな極端なと笑い飛ばした私に、数日後、母は視覚障害の体験眼鏡を二種類渡した。一つは白いフィルムが貼ってあり、白濁体験ができる眼鏡。もう一つは先が小さくあいた黒い四角すいのレンズで、視野が狭くなった見え方が体験できる眼鏡。
 かけた瞬間、怖いと思った。物の位置を把握しようとか、どのように動こうかとか考える以前に、とにかく怖いのだ。慣れた部屋の中のはずなのに、怖くて一歩も動けなかった。これが、私が視覚障害に興味を持ったきっかけの出来事だ。
 調べているうちに、視覚障害の方のお話を聞く機会があった。行政支援の話、歩き方の話など聞く中、気になることがあった。「白杖をもつことに抵抗がある」という言葉が、何度も出てくるのだ。私はこれまで、白杖は積極的に持つべきだと感じていた。白杖は他者からはわかりにくい視覚障害を可視化するので、周囲の人の協力を得やすくなると思っていたからだ。だから、この思いを知ったときはとにかく衝撃を受けた。かわいそうだと思われたくない、白杖を持つことはもう治療に希望が持てないと自分でも認めてしまうことに思える、そんな思いがあることを初めて知った。さらに、周囲の人に見守っていてほしいけれど「普通の人」だと思われたいという葛藤があることも知った。そしてそんな矛盾はどうしようもないとわかっているからこそ、口には出せないと悲しそうに話す姿を見て、胸がつぶれるような気持ちになった。
 視覚障害者、点字という言葉をきいたことがあるだろうか。この二つの言葉はほとんどの人が知っていると思う。視覚に障害がある人を示す言葉と、エレベーターなどにある凹凸でできた文字を表す言葉だ。ではセイガンシャ、スミジという言葉はどうだろう。この言葉は、先ほどの二つの言葉に対応している。視覚に障害がない人を晴眼者、点字ではなくペンや鉛筆で書ける文字を墨字とよぶのだ。この言葉をはじめて知った時、障害を持たない人を「正常」と言わないことに、私はまず感動した。そう、視覚に障害があるということは、異常とイコールではないのだ。
 では現在の社会で、晴眼者と視覚障害者を区別しているものは一体何なのだろう。もしかすると、科学技術にも関係があるかもしれない。世界における低視力の最大の原因は、未矯正屈折異常だといわれている。つまり眼鏡やコンタクトレンズが手に入らないことによる視覚障害を持つ人が、世界中にはたくさんいるのだ。一方で、私のクラスでは約半数の友人が眼鏡をかけている。私もつい最近、視力検査で眼鏡の作製を勧められたばかりだ。それほどに、今の日本では眼鏡やコンタクトといった屈折矯正の技術は生活になじみ、入り込んでいる。おしゃれ眼鏡やカラーコンタクトなどの文化も出てきて、もはや眼鏡やコンタクトレンズは、視覚のバリアフリーアイテムからユニバーサルデザインへと進化を遂げた。眼鏡をかけているから視覚障害者だと思う人は、今の日本にはいないだろう。屈折矯正技術の発達と普及が、日本における視覚障害という壁の一部を解消したのだ。このように、科学技術の発達と普及は、障害を克服するための重要分野の一つといえるだろう。
 障害のある方の心の中にある曇りを、少しでも晴らしていける技術を確立し、普及させていくこと。これが今、晴眼者と言われている私たちの使命だ。
 全ての人が気兼ねなく気持ちを表現できるような、視界も、気持ちも、明るくなるような晴れの日を目指して、私は進んでいきたい。