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第三章 最近の動向 (平成20年度国際比較調査以降の主要な動向)

I アメリカ

1.雇用分野

<1> ADA改正法にともなう雇用機会均等委員会による対応と障害の定義に関する裁判例の動向

 ADA改正法(ADA Amendments Act of 2008)は2008年9月25日に制定され、2009年1月1日より施行された。ADA改正法の施行に際して、雇用機会均等委員会(EEOC)は、雇用にかかわる行政規則を2009年9月23日に制定した。ADA改正法ではいくつかの重要な法改正がなされたが、そのほとんどは障害の定義に関するものである。すでに改正法が施行されてから1年以上たったが、いまのところ、改正法施行後に障害の定義を争った訴訟があるか否かは明らかになっていない。

<2> 遺伝情報に関する差別を禁止する法律の制定と障害者差別

遺伝情報に関する差別を禁止する法律(Genetic Information Nondiscrimination Act of 2008 以下「GINA」という)は2008年5月21日に制定され、2009年11月9日に施行された。同法は、第II編において、従業員や応募者の遺伝情報に関する差別を禁止している。そもそもGINAが制定されるまで、EEOCの解釈ガイダンスも認めているように、遺伝情報に基づく差別にはADAが適用されていた。まだGINAが施行されて間もないために、今のところGINAに関する裁判例があるか否かは明らかではないが、遺伝情報に関する差別については、ADAとGINAのいずれが適用されるか又はどちらも適用されるかといった、両法の関係が今後問題となるだろう。また、GINA210条は、遺伝に関するものであろうとなかろうと、従業員の疾病や障害にかかわる医療情報の利用、保持又は開示に関しても、第II編が適用される旨定めている。そのため、上記のとおり、遺伝情報に関する差別に関してはGINAが適用されることになりうるが、GINA210条には、遺伝とはかかわりのない医療情報に基づく差別についても適用されることが明記されている。それゆえ、ここでも、遺伝とはかかわりのない医療情報に基づく差別に関しては、ADAとGINAのいずれが適用されるか又はそのいずれとも適用されるかといった問題が生じうるだろう。

<3> 障害者を対象とする連邦機関への就職支援(Federal Hiring Event for People with Disabilities)

労働省内の障害者雇用政策を担当する部門である障害者雇用政策局(Office of Disability Employment Policy(ODEP))は、連邦人事局(Office of Personnel Management (OPM))とともに、障害者を対象とする大規模な就職支援(以下「本支援」という)を2010年4月26日に実施する(ただし、本支援を受ける者は、同年3月24日までにOPMにメールを送らなければならない)。本支援には多くの連邦機関がかかわっており、大規模なものとなっている。本支援の応募者は、重度の身体障害、精神障害及び知的障害のいずれかをもつ者でなければならず、さらに、当該障害を有することを証明する書面及び職務に就くことができる旨の証明書(certification of job readiness)を提出する必要がある。これら書面は、医師、職業リハビリテーション専門士(Vocational Rehabilitation Specialist)又は連邦若しくは州の障害年金給付を支給する機関が発行したものでなければならない。その上で、本支援に参加している各連邦機関が応募者から提出された書面を見て、本支援において面接を行うに値すると考える場合には、当該応募者にその旨の連絡を電子メールで行うことになる。さらに、各連邦機関の人事課は、面接に際し、応募者に一定の書類の提出を求めることができる。

<4> 障害者失業率等の公表

 2010年2月に障害者の雇用状況に関する調査結果が公表された。以下では、その結果を見ていくこととする。まず、2010年2月現在、16歳以上の就労者に占める障害者の割合は21.9%であり、就労者数は5,076,000人である。昨年同月の調査によると、昨年同月での同割合は23.0%、就労者数は5,282,000人であり、昨年2月よりも就労者の割合及び就労者数が減少していることが分かる。これに対し、2010年現在、就労者に占める障害をもたない者の割合は70.1パーセントであり、就労者数は132,127,000人である。同様に、昨年同月の調査と比べてみると、昨年同月での同割合は70.9%、就労者数は134,823,000人である。障害者をもたない者も障害者と同様に、昨年2月よりも就労者の割合及び就労者数が減少している。次いで、失業率を見ることにするが、2010年2月現在、障害者の失業率は13.8%であり、昨年同月のそれは、14.0%であった。一方、2010年2月現在、障害をもたない者の失業率は10.3%であり、昨年同月のそれは8.7%であった。障害者の失業率は2009年2月に比べて0.2%改善しているが、障害をもたない者の失業率は1.6%悪化している。以上のような調査結果からどのようなことがわかるだろうか。すでに見たように、就労者に占める障害者の割合及び就労者数は昨年に比べて減少しているのであるから、単純に考えれば、障害者の失業率も昨年2月よりも悪化したと考えるのが妥当であるが、調査結果ではむしろ改善している。そもそも、2008年秋のサブプライムローン問題に端を発した金融危機による雇用状況の悪化は、昨年2月よりも今年2月の調査でより顕在化したと考えられる。実際、障害をもたない者の就労者に占める割合及び就労者数は昨年に比べて減少しており、失業率は昨年より悪化していることから、上記の不況による解雇の結果、雇用状況が悪化したと考えることができるのである。しかしながら、それにもかかわらず、障害者の失業率がむしろ改善しているのはどういった理由からだろうか。1で述べた、ADA改正法が2008年9月に制定され、2009年1月から施行されているために、同法の影響により、使用者が障害者を解雇するのを控えたという事情も考えられなくはないが、そのように考えるのは早計であろう。というのは、障害をもたない失業者の数は12,840,000人(昨年)から15,181,000人に増えているのに対し、障害をもつ失業者の数は859,000人(昨年)から811,000人に減少しているからである。つまり、障害をもつ者のうちで失業した者は、失業した際にもはや就労することをあきらめ、なんら求職活動を行っていないがゆえに、統計結果の上では失業者数の減少により、結果として、失業率が昨年よりも改善したと考えることができるのである。

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2.教育分野

2009年以降の障害者教育政策において、法令上の変化はみられなかったが、教育省が提示するガイドラインについて若干の変更があった。
(1)IDEAとNo Child Left Behind Actとの関係について、(2)IDEA(Individuals with Disabilities Education Act)のパートBについてのガイドラインが出されている。
連邦最高裁より、私立学校においてIDEAの適用を認める判決(Forest Grover School District v. T.A. ,129. S. Ct. 2484(2009))が出されたことは注目に値するが、この判決は裁判例の解説において扱うのでここでは省略する。

<1> IDEAとNCLBについてのガイドライン

 No Child Left Behind Act of 2001(以下:NCLB)は公教育の質の向上を目的とした法律であり、障害児もその対象に含んでいる。IDEAとNCLBが交錯する項目として、学校選択と教師の質の確保についてがあげられるが、2009年1月に教育省から出されたPublic School Choice Non-Regulatory Guidanceは障害児の学校選択に関してNCLBの射程を示している。NCLBは州や地方の教育行政機関に対して以下の責任を課している。すなわち、(1)年次ごとに適切な改革がなされない、教育機能が低い学校を把握すること、(2)そのような学校に対して救済計画を提示すること、(3)適切な改革がなされない状態が継続する学校に対して、サンクションや是正措置をとること、(4)そのような学校が適正化されるまで、子どもの家族が州の基準を満たす適切な公立学校に出席することを選択できるようにすること、という責任である。NCLBが障害児にも適用されることからすれば、地方の教育行政機関は、IDEAやリハビリテーション法504条の適用を受けている生徒に対しても、是正措置等の対象となっていない学校において教育を受ける機会を提供しなければならない。しかし、地方教育行政機関が求められているのは、障害児に対して非障害児と同じ学校選択の権利を与えることではない。
障害児の学校選択においては、その子どもに対して無償かつ適切な公教育を与えることができる学校の存在が前提となっていて、子どもの能力やニーズをそれに合わせるという方法がとられている。つまり、無償かつ適切な公教育を提供できる学校が二校しか存在しない場合、両方の学校が是正措置等の対象の学校であれば、地方教育行政機関が何らかの対応をしない限り、障害児に学校選択の権利は保障されないことになる。したがって、地方教育行政機関は、障害児に学校選択の権利を保障するためには、是正措置等の対象となっていない適正な学校において無償かつ適切な公教育を提供できるように、適切な措置をとることが求められる。具体例としては、特別支援教育のプログラムを移管することや、新しいプログラムを作成すること、付加的な便宜(accommodations)、サービス、資源を適正な学校に提供することがあげられる。次に、教師の質の確保についても言及しておく。2004年のIDEAの改正において、特別なニーズを有する子どもへの教授資格についての規定が加えられた。1997年の改正と同じく、2004年の法改正の目的も障害児に対してより適切な実質の伴った教育を提供することであり、質の高い教師を確保することは重要な論点であった。NCLBにおいて既に、全ての教員は教員免許に加え高い水準を満たさねばならない、という規定が設けられており、NCLBにおける「質の高さ(highly qualified)」の定義は、資格を有すること、学士の学位を取得していること、専門科目についての知識および教授能力を有することを証明すること、である。2004年のIDEAは、「質の高さ」の定義を特別支援教育に適応するように、さらに詳細に規定している。たとえば、(1)特別支援教育について国家資格(full state certification)を有していること、あるいは、(2)州の特別支援教員のライセンス試験に合格し、当該州において特別支援教育の教員のライセンスを有していること、(3)特別支援教育の資格を有していない教師は、暫定的に任務から外す、(4)最低限学士の資格を有すること、…といった規定が設けられたのであるが、法律の規定に加え、質の高い教員を確保するために、給与体系の改正や、労働条件の改善等も行われた。

<2> IDEAのパートBについてのガイドライン

 教育省は2009年7月IDEAのパートBに関するガイドラインを更新した。IDEAのパートBは、州や地方の教育行政機関(学校区)に対して、3歳から21歳の障害児に特別支援教育を提供することを明記したものである。パートBは、障害児への教育内容を決定する過程に親が参加することの重要性を強調しており、学校区は障害児の教育プログラムに着手する前に、親に対して「事前の書面による告知」を行わねばならないと規定している。また、学校区は親に対して「手続的保護についての告知」を行い、IDEAのパートBに規定されている彼らの権利について説明をしなければならないとされている。さらに、親と学校職員は共同して、それぞれの子どものニーズを満たすようにIEPを作成しなければならないとされる。2004年のIDEAの改正において、議会は、教育省に対してIDEAのパートBの要件を充足する「モデル・フォーム」を作成、公表するように規定したが、特に(1)IEP、(2)手続的保護の告知、(3)事前の書面による告知についてのフォームを規定することが求められている。今回更新されたのはこれら3つのフォームである。これらのフォームはパートBに関する規則に基づいて定められている。州は、学校区が親に提供する文書の中にパートBの要件をすべて含ませねばならないが、必ずしもこのフォームを利用する必要はなく、パートBの要件から逸脱しない限り、州はフォームに書かれていない内容を加えることもできる。

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