2009年8月5日、オーストラリア連邦障害者差別禁止法「Disability Discrimination Act 1992(以下、DDAとする)」が改正された。この改正は、2009年障害差別及びその他人権法令改正法「Disability Discrimination and Other Human Right Legislation Amendment Act 2009 」として、DDAを中心に、これに関わる人権及び機会均等委員会法(Human Rights and Equal Opportunity Commission Act 1986)や、年齢差別禁止法(Age Discrimination Act 2004)等の一連の人権関連法を改正するものである。
改正にあたって、オーストラリア政府機関である生産性委員会(Productivity Commission)が2004年に作成したレビューによる提言を受けて法案が作成された。
DDAに関する改正のポイントとしては、以下のとおりである。
<1>障害者に対する合理的調整の履行を拒否することも差別として明記する。
<2>障害に基づく全ての違法な差別に関連して、ハラスメント及び迫害を除き、過度な負担の抗弁を利用可能なものにする。
<3>過度な負担を特定する際の考慮すべき問題を明確にする。
<4>過度な負担の立証責任は、それを主張する者にあると明記する。
<5>障害の定義において、ある障害の遺伝的な疾病素因を含むこと、また、障害の症状や出現による行動を含むことを明記する。
<6>間接差別の定義の規定される、要件に関する「均整テスト(proportionality test)」から、課された条件及び要件が障害を有する被害者にとって不利となる影響を立証することへ変更する。
<7>間接差別における要求及び条件の合理性を証明する立証責任は、障害者(原告)から被告へとシフトする。
<8>DDAにおける基準(standards)を策定する権限を拡大する。
これらのうち、とりわけ合理的調整に関する規定が新たに創設されたことは、大きな前進であった。また、合理的調整の文言が明記された点に伴い、直接差別及び間接差別の規定が大幅に変更されることとなった。この点について、後に詳しく述べることとし、以下、調査項目に従い、DDAにおける改正点を概観する。
障害「disability」(者)の概念・定義については、第4条にてこれまでの条文を維持しつつ、以下の内容が付記された。
DDAにおける障害(disability)とは、<1>現存するもの、<2>過去に存在していたが、現在は存在しないもの、<3>将来において出現する可能性のあるもの、<4>そのひとが障害を有すると見なされることと示されていたが、このうち、<3>の「将来において出現する可能性のあるもの」の後に、「遺伝学的素因(genetic predisposition)によるものを含む」と加えられ、科学的根拠によって立証可能な要因を含むことが示された。また、定義の最後には、「誤解を防止する目的から、その障害の症状又は徴候(symptom or manifestation)となる行動を含む」と規定され、従来の定義を補足する定義が加えられた。
a. 直接差別及び合理的調整
旧法では、障害差別(disability discrimination)という名称を用いて、実質的には直接差別に該当する定義を規定していたが、名称を新たに「直接差別(direct discrimination)」(5条)として、第6条間接差別とを区別及び対比させる形式がとられた。ここで大きく変更された点は、直接差別事由として、合理的調整(reasonable adjustment)に関する条項が盛り込まれたことにある。合理的調整とは、以下のとおり定義される(4条)。
○ 第4条(1) 合理的調整
調整を行うことが、その者にとって過度な負担とならない限り、個人によって行われる調整は、合理的調整である。 この規定によれば、障害を有する者に対して、ある一定の調整を行うことが、当該調整を履行する者にとって過度な負担とならない場合、当該調整は、合理的調整とされる。また、直接差別については、以下のとおり規定している。
○ 第5条 直接差別
(2) また、本法において、以下の場合、個人(差別者)が他者(被害者)の障害を理由に差別することをいう。
(a)差別者がその者(被害者)に対して合理的調整を行わない又は行わないであろう場合、かつ、
(b)合理的調整の不履行は、実質的に同じ環境において、障害のある者にとっては、障害のない者よりも、障害を理由に不利な待遇となるといった影響が生じる又は生じるであろう場合
(3) 本条において、障害を理由に被害者が調整を求めるという事実は、実質的に異なるものではない。
これらの合理的調整の定義及び合理的調整義務が明文化された背景には、生産性委員会による2004年のレビューにおいて指摘を受けていたこと、また、2008年7月に批准した障害者権利条約第2条における「合理的便宜(reasonable accommodation)」との整合性を図る必要があったことがある。かねてから、DDAにおける合理的調整の義務の成否に関して議論がなされていたが、新たに合理的調整の拒否または不履行が差別事由該当すると示されたことは、より明示的な形式をとったものであるといえる。
b. 間接差別と合理的調整との関係性
間接差別事由については、直接差別と同様に合理的調整の文言が加えられた他、差別の立証責任に関する規定が盛り込まれた。
○ 第6条 間接差別
(1)本法において、以下の場合、個人(差別者)が他者(被害者)の障害を理由に差別するという。
(a)差別者が、要件又は条件に従うことを被害者に求める又は求めるであろう場合、かつ
(b)障害を理由に、被害者が要件又は条件に従わない又は従わないであろう、あるいは、従うことができない又は従うことができないであろう場合、さらに
(c)要件又は条件が、障害を有する者に不利な影響を与える又は与えるであろう場合
(2)本法において、以下の場合においても、個人(差別者)が他者(被害者)の障害を理由に差別するという。
(a)差別者が、要件又は条件に従うことを被害者に求める又は求めるであろう場合、かつ
(b)差別者が、被害者に対して、障害を理由に合理的調整を行った場合に限り、(被害者は)要件又は条件に従うあるいは従うことができるが、差別者がそれ(合理的調整)を怠った場合
(c)合理的調整の不履行が、障害を有する者に不利な影響を与える又は与えるであろう場合
(3)本条第1項及び第2項は、その場合の状況に関して、要件又は条件が合理的であれば、適用しない。
(4)本条第3項において、その場合の状況に関して、当該要件又は条件の合理性を証明する責任は、障害を有する者に対して、当該要件又は条件に従うことを求めるあるいは求めるであろう者にあるとする。
旧DDAでは、障害を有する者に対して要件又は条件を課す場合、障害のない者において、当該要件又は条件に従うあるいは、従うことができる者の割合が極めて高い場合、合理性を有するものではないとされ、このことが間接差別事由とされた。この方法は、障害のない者の割合を計る「比率テスト(proportionality test)」と呼ばれていたが、これまでその効果については、疑問視されていたようである。この比率テストを用いて差別を立証する際、原告(被害者)側には利益が少なく、むしろ、過大な負担を要することが指摘されていたのである。したがって、改正法では、差別者によって課された要件又は条件が、被害者である障害を有する者に不利益となる又は与えるであろう影響を立証することを必要条件とする規定(従来の比率テストに対応させる形で、これを「不利益テスト(disadvantage test)」と呼ばれる。)へと変更された (6条(1))。また、第6条(1)(c)は、これまでの間接差別の定義の範囲を拡大し、差別を企てられることの影響(incidences of proposed discrimination)をカバーしている。従来は、要件又は条件を課された(提示された)後、これをもって差別を立証する形式で、言わば差別者からの要件又は条件の提示を待って、差別の立件を行う
パターンであったが、これを改め、差別者が提示する予定、または想定レベルの要件又は条件においても、差別事由に該当すると規定された。第6条(2)において合理的調整義務が明記された点については、第5条(2)と同様に、障害者権利条約第2条との整合性を図っている。間接差別における合理性(reasonableness)を誰が立証しなければならないのかといった、合理性の成否に関する立証責任について、旧法では全く言及されていなかった。この問題について、生産性委員会は、間接差別における「その状況に関して、要求又は条件が合理的ではないことを立証する責任は原告(障害を有する者)にあるとする考えは、原告に重大な負担を負わせることとなり、不適切かつ非効率的であり、その立証責任は被告にあるとすべきである」と結論づけた。これを受けて、障害者に対してある一定の要件又は条件を課す場合、当該要件又は条件を課す者、つまり被告(respondent)が合理性の成否を立証しなければならないとする規定が追記された(6条(4))。
c. 過度な負担
これまでの過度な負担に関する規定では、過度な負担を決定する際の考慮すべき要素が示されていたが、改正法ではさらにその要素が加えられた(11条)。第一に、過度な負担であるか判断する際に、関係する者全てにもたらされることが予期される利益又はこれらの者が被ると考えられる損害の性質と定められているが(11条(1)(a))、第11条の条文の最後に、この点についての一例として、「コミュニティにもたらされることが予期される利益又は、コミュニティが被ると考えられる損害の性質」と加えられた。この一文は、旧DDAにおける規定の範囲を大きく変える目的ではないとしている。第二に、「過度な負担であると主張する者(被告)にとって利用できる財政支援又はその他の支援」が加えられた(11条(1)(d))。また、「ある特定の調整が、過度な負担であることの立証責任は、過度な負担を主張する被告にある」と明記された(11条(2))。
d. 雇用における職務の固有の必要条件(inherent requirement)
第二編第二章雇用における差別では、新たに固有の必要条件に関する定義が盛り込まれた。これまでは、特定の状況下において、DDAの適用が免除される場合として、障害を有する労働者(求職者)が、ある特定の職務の「固有の必要条件(inherent requirement)」を遂行することができない場合とし、雇用者が求職者の採用を決定する際及び労働者を解雇する際にのみこの規定が適用された(旧DDA第15条(4)(a))。新たな定義では、まず、どのような場合において、この規定が適用されるのかについて、<1>特定の職務への昇進及び転勤等といった特定の職務に関連する場合、<2>雇用主や社長(principal)、共同事業者(partnership)が、障害を有する労働者に対して合理的調整を行ったにもかかわらず、当該労働者が特定の職務の固有の必要条件を遂行することができない場合、障害を有する労働者に対して差別することは違法ではないとされる(21条A(1))。次に、障害を有する労働者(求職者)が、特定の職務における固有の必要条件を遂行できるか否かを特定する際の考慮すべき以下の点が明示された。
・ある特定の職務における過去の訓練、資格、経験
・労働者の職務の遂行状況
・考慮すべき合理性を有する全ての要因(21条A(2))
また、本規定の適用を受けるのは、労働者、人権委員会代理人(commission agent)、契約労働者(contract worker)、組合、資格授与機関(qualifying body)等とされ(第21条(3))、以下の場合を除き、雇用におけるあらゆる場面の差別事由に対する抗弁として規定される。これは、障害を有する者に対して、<1>昇進、転勤、訓練の機会へのアクセスを否定すること、<2>雇用に関連する全ての利益へのアクセスを否定すること、<3>その他全ての不利益を被らせることとされる(第21条(4))。
2008年7月17日、オーストラリアは障害者権利条約(以下、条約とする。)批准し、同年8月16日に発効している。条約の批准に伴い、DDA第12条法律の適用において制限適用規定のうち、本条約(Disability Convention)が加えられた(12条(8)(ba))。また、政府は、条約の批准に続き、選択議定書の批准に向けた国益分析(National Interest Analysis、以下、NIAとする)を実施した。このNIAの調査結果は、条約に関する合同常任委員会(the Joint Standing committee on Treaties)で検討され、同委員会は、選択議定書批准国の一員となることを推奨した。同委員会の推薦を受け、政府は、2009年8月21日、選択議定書に批准、同年9月20日に発効している。
2008年12月2日、「建物へのアクセスにおける障害基準」(Disability(Access to Premises-Buildings)Standards Guidelines 2009)のドラフト版が、下院に提出された。これについて政府は、下院法律・憲法事項検討委員会(house of representatives Standing Committee on Legal and Constitutional Affairs)に諮問し、2009年6月15日、当委員会は議会に報告書を提出した。現在、政府はこの報告書を検討中である。ここでは、完成間近の「建物へのアクセスにおける障害基準」ドラフト版の概要を紹介する。
a. 目的
・建物、建物内の設備とサービスに、平等かつ費用対効果の高い方法で、合理的にアクセスできることを保障すること
・建物認定者や建設業者、建物管理者に対して、建物へのアクセスがこれらの基準に沿っており、違法ではないことを証明すること
障害基準はあくまでも最低限の基準であり、以下に述べる当基準を遵守すべき者が、基準が示している以上の配慮を行うことに対して、何ら規制するものではない。
b. 基準の対象となる建物・部分
・新築の建物
・現存する建物の改修・改築部分
・「公共交通へのアクセスにおける障害基準」の対象となっている建物
ここでは建物を以下、10種類(サブカテゴリー有り)に分け、基準をいかに適応するかを定めている。
・Class 1・・・一軒家の離れ、寄宿舎・ゲストハウス・宿泊所(延べ床面積300平方メートル以下で利用者数が12名以下の場合、また4棟以上あり短期滞在で利用される場合)など
・Class 2・・・2部屋以上の分離された居住スペースをもつ建物
・Class 3・・・Class 1,2以外で、不特定多数の人々に開放された長期もしくは短期滞在のための建物(別荘、ゲストハウス、ホテル、モーテル、学校内の居住部分、高齢者向けの住宅、子ども向けの住宅、障害者向けの住宅、ヘルスケアの建物内でスタッフ用の居住部分)
・Class 4・・・Class 5,6,7,8,9に該当する建物の中で居住にのみ使われている建物
・Class 5・・・Class6,7,8,9以外の専門的な目的もしくは商業目的の建物
・Class 6・・・物品販売やサービス提供のための店舗
・Class 7・・・駐車場、商品の備蓄・生産・陳列のための建物
・Class 8・・・商品の生産ライン(製造、修理、梱包、洗浄などの一連の過程)にかかわる研究所や建物
・Class 9・・・公共的な性格をもつ建物(ヘルスケアにかかわる建物、集会場など)
・Class 10・・・居住に適さない建物(ガレージ、スイミングプールなど)
建物の出入り口や駐車場(聴覚障害者や視覚障害者のための標識の在り方含む)、建物の共有部分と障害者専用部分(ホテルなどであれば確保すべき部屋数や設備)、聴覚障害者や視覚障害者のための情報表示、車いすスペース、トイレ、シャワーなどについて、クラスごとに基準が設けられている。
一方、例えば、Class1にある別荘や一軒家の離れなどは当基準の対象にはならない。また、ホテルやモーテルなどに対して、移動に困難のある人のための配慮を1室単位で要求するものでもない。用具搬送用のエレベーターやゴミ置き場、バーの後ろのスタッフスペースなどといったところも除外される。更に、サービスカウンターの高さとか、スタッフの差別的行為などといった、建物へのアクセスに直接的にかかわらないものについても、この障害基準の対象外となる。
このように、当基準は建物へのアクセスにかかわる内容を全てカバーしているわけではないが、当基準がカバーできない内容についての苦情申し立ては、DDAの中でも特に第23条(公共の建物へのアクセスにおける差別禁止)を根拠に可能である。
c. 基準遵守が求められる人
・建物認定者(building Certifier)・・・民間の認定者、建物調査者、地方議会(local councils)
・建設業者・・・土地開発者(property developer)、不動産所有者、建物デザイナー、建築者(builder)、プロジェクトマネージャー、借地者(property lessees)
・建物管理者・・・不動産所有者、借地者、プロジェクトマネージャー、プロジェクトの運営スタッフ(operational staffs)
d. 過度な負担について
基準を遵守することが「過度な負担(unjustifiable hardship)」に該当するかどうかについては、おおむね、以下の観点を踏まえて判断される。
・基準遵守をめぐって増額もしくは減額されるコスト
・その建物の公共性
・基準遵守が求められる人もしくは機関の資金力
・基準を遵守する際の資金運用が合理的になされた場合の、基準遵守が求められる人もしくは機関への影響
・その建物に関する技術的要素、地理的要素
・資金、スタッフ、技術、情報その他、基準遵守に伴って利用可能なリソース
・基準遵守に伴って求められる変更に要する金額が、その建物の価値(資金によって価値が補われる場合も含め検討)と合致するかどうか
・障害者、建物の利用者、その他関係者に対する基準を遵守した場合と基準を遵守しなかった場合のメリットの比較
・基準遵守によって建物が受ける損害
・基準遵守がより負担の少ない方法で可能かどうか
e. レビューについて
当基準のレビューは、法務大臣とのコンサルテーションの下、革新・産業・科学・調査省の大臣(Minister for Innovation, Industry, Science and Research)が、基準開始5年後にその効果を検証する。レビューは5年ごとで、基準修正の必要性を明確にすることも求められる。
f. 「公共交通へのアクセスにおける障害基準」との関係
当基準は、駅、バス乗り場、飛行場、フェリー乗り場といった公共交通の建物に対しても機能する(しかしながら、定期便乗り入れのない飛行場は対象にならない)。ここでの要件や要件を満たすための時間的枠組みは、「公共交通へのアクセスにおける障害基準」からそのままもってきたものである。