2008年7月1日、障害(国連障害者権利条約)法案(Disability (United Nations Convention on the Rights of Persons with Disabilities) Bill 2008)が提出された。障害(国連障害者権利条約)法案ではニュージーランドが条約を批准した際に、条約と国内法が一致しないようなことが起こらないように、そして国内法のあいまいさが障害を理由とした差別につながらないように、諸法令の規定を明確にするための修正が提案された。
障害(国連障害者権利条約)法案は2部構成になっている。第1部は1993年人権法(Human Rights Act 1993)の第2部についての修正である。修正は民間部門の合理的便宜義務をより明確にするためになされている。政府の活動に適用される人権法第1A部にはすでに合理的便宜のための条件を含まれている。1993年人権法の第2部にもまたそれが適用される領域における合理的便宜のための条件が含まれているが、あいまいな部分もあり、修正はそのあいまいな部分を軽減するのに役立つと考えられた。修正が加えられているのは、1993年人権法第36条のパートナーシップ、第37条の労働者又は使用者、並びに職業団体及び事業者団体の組織、第39条の認定機関、第41条の職業訓練機関、第56条の土地、住宅やその他の宿泊場所、第60条の教育機関のそれぞれに関する条項の修正である。
1993年人権法第36条(3)項では、障害又は年齢を理由として、商事組合にパートナーとして参加したり、参加し続けたりする能力に制約がある、又はパートナーとして参加したり、参加し続けたりするにあたって特別な条件を必要とする場合には、商事組合は合理的な条件を付けることを妨げないと規定していた。修正は、合理的な特別のサービス又は合理的便宜を提供すれば、障害のある人がパートナーにとして参加が認められ、かつパートナーとして留まることが可能であるような状況においては、それらの合理的な特別サービス・便宜を提供しないことを違法とする旨を規定した新たな規定を追加した。ただし、特別サービスや便宜を提供しても、通常レベルにまで回復できないほど能力に制約がある場合は、パートナー又はパートナーとなる見込みのある者に関し、合理的な条件を付けることを妨げない旨を規定した代替条項を(3)に追加した。
同様に、第37条では労働者又は使用者、並びに職業団体及び事業者団体の組織において、合理的に提供可能な特別のサービス又は便宜を提供された障害者が、組織のメンバーへの参加が認められたり、組織が提供する恩恵や便宜、サービスに対して等しいアクセスが提供されたりするのであれば、単に障害を理由として合理的な便宜又はサービスを提供しないことは違法である、という新たな条項が追加された。ただし、メンバーとして参加が認められたり、サービス等が提供されたりしたことによって、その障害者本人が危険に陥ったり、第三者に危険を及ぼす(第三者に疾病を感染させるなど)可能性がある場合には、その障害者に合理的便宜・サービスを提供しないことは違法ではない。
第39条では、専門職、職業等の従事に必要な承認、認可又は資格を不要する権限を与えられた認定機関が、障害のために承認、認可又は資格を有する人にとって必要な責務を履行できない場合は、承認、認可又は資格を付与することを拒絶したり、不利な条件で付与したり、取り消したりすることができると規定していた。修正では、資格等の付与を拒絶したり、取り消したりする際に、合理的な特別のサービス又は便宜を使用者や関係者に提供された場合に障害者が必要とされる責務を履行できるか否かを考慮に入れなければならないと規定した条項を追加した。
第41条についての修正では、合理的な特別のサービスや便宜を提供することで、障害者が職業訓練を受けたり、職業訓練のために施設を利用したり、職業訓練を受ける権利を得られるならば、職業訓練機関は障害があるということだけで、それらの特別なサービスや便宜を提供しないことは違法であるという規定を追加した。
土地、住宅、その他の宿泊施設について規定している第56条に対しては、それらの提供者が合理的な特別のサービスや便宜を提供することで、障害者が土地、住宅等を占有することが可能である場合に、それらの特別なサービスや便宜が障害者に対して提供されないことは違法であるという規定を追加した。これらのサービスや便宜が合理的であるかどうかについては、住宅等にどの程度の改造が必要か、そしてその改造が提供者にとって過度な負担を負わせるものかどうかによって判断される。過度な負担かどうかの判断はケースバイケースでなされる。例えば、提供者が大企業である場合に合理的(過度な負担ではない)である改造でも、提供者が小企業や個人業主であるならば合理的ではなくなる。
第60条については、教育機関が施設によって提供される利益やサービスの利用を含む、教育のすべての面において障害者に合理的便宜を提供しなければならないことを明らかにするよう修正した。
障害(国連障害者権利条約)法案の第2部は精神障害者に対する機械的な欠格条項を廃止し、または1988年人格権及び財産権保護法(the Protection of Personal and Property Rights Act 1988)に基づく特定の権限の行使に関するテストに置き換えるよう、特定の制定法を修正するものである。
a. 1992年精神保健(強制的アセスメントと治療)法に基づく機械的な欠格についての修正
多くの制定法では破産したり有罪判決を受けたりしたという事由によって官職においては自動的に欠格になることを規定している。そして、自動的に欠格になるもう1つの事由が精神障害である。多くの制定法は1992年精神保健(強制的アセスメントと治療)法(The Mental Health (Compulsory Assessment and Treatment) Act 1992)が意図する精神障害や、同法の下での強制的な治療命令を受けている人の自動的な欠格について規定している。個々の能力を考慮することなしに自動的に欠格になることは障害を理由とした差別的な効果をもたらす。障害(国連障害者権利条約)法案は自動的な欠格の事由から精神保健法令の下にある個人の状態を除いた。
ある人が1992年精神保健(強制的アセスメントと治療)法が意図する精神障害である、または同法の強制的な治療命令の下で処置を受けている精神障害であるという事実は、その人の活動を遂行する資格をテストするものではなく、むしろ精神障害のある人々が治療を受けている時にも権利を保障されているということに関係している。1992年精神保健(強制的アセスメントと治療)法の下にある人の状態を他の目的のための資格の有無を決定する根拠として使用することは正しくはないし、正確ではない。しかしながら、1992年精神保健(強制的アセスメントと治療)法の下で、拘禁された特別な患者として留め置かれることはある環境においては適切な欠格事由となる。それは精神障害があることが問題なのではなく、拘禁が有罪の決定や刑務所での拘置、官職の機能を満たすことを不可能とする拘留と同じ意味をもつからである。
この修正によって、委員会や政府機関はある人が業務を遂行できないことを規定するための既存の仕組みに頼ることになるだろう。もし能力の評価が求められるなら、委員会や政府機関はその人の状態が業務を遂行する資格に欠けるかどうかを決定したり、官職からから排除する前に能力の評価を、代金を支払って入手したりすることが必要になる。
b. 1988年人格権及び財産権保護法のテストを能力の判定材料として使用することによる自動的な欠格についての修正
1988年人格権及び財産権保護法は、保護者と代理人の指名による自己決定能力に欠けている人の保護を規定している。これがないと、すべての人が法的な責任能力を持っていると推定されてしまう。ある人が法的な能力を行使することが十分ではないと考えられる場合、裁判所の命令が求められる。1988年人格権及び財産権保護法の下での裁判所命令は命令による制限が最小限にとどめられることが規定されている。ある人が完全に、または部分的に自身の事や経済的なことを管理する能力が欠けているかどうかは事実の問題であり、障害があることで一律に決まるものではない。これを決定する基準には以下のような事柄についての能力が含まれている。
・伝達方法の選択
・適切な情報の理解
・状況やその結果の認識
・情報の合理的な取り扱い
能力の判定材料として1988年人格権及び財産権保護法を導入する場合、修正は法令による官職に付随する機能を遂行する能力に欠けた人の問題を処理することを目的としている。それらすべての法令による官職には多くの金銭、財産の管理と信託義務の行使が含まれている。
提案されている修正のいくつかは能力を判定する材料として財産命令を使用することに限らない。1989年教育法の下で人格権に関する命令を使用することは、財産の管理や伝達方法の決定を行う能力に不利に働くにちがいない効果を微妙に帯びている。これらの能力は高等教育機関評議会のメンバーとなることと結び付いている。もし財産や伝達方法の決定を管理する能力に、人格権に関する命令が不利に影響しないなら、評議会のメンバーとして任命されたり、選挙されたり、互選したりする際の障害とはならない。
1988年障害(国連障害者権利条約)法案によって、1988年人格権及び財産権保護法第30条の下で保障された一時的な財産命令を受けた場合、人は自動的に官職から失格することはないが、一時的に停職になることはある。一時的な命令が最終的な財産命令にとって代わられるとき、1988年障害(国連障害者権利条約)法案で規定されたものとして、その効力は自動的に官職から排除されることになるだろう。
2008年障害(国連障害者権利条約)法案の第1部をベースに2008年人権改正法(Human Rights Amendment Act 2008)が制定され、第2部は2008年障害(国連障害者権利条約)法(Disability (United Nations Convention on the Rights of Persons with Disabilities) Act 2008)として制定された。2008年障害(国連障害者権利条約)法は、1989年教育法、2002年地方自治法、2003年自動車販売法、1972年教育研究委員会法を修正する内容となっている。
障害問題担当局(Office for Disability Issues)は障害のある人が障害者権利条約を入手しやすくなるように、ウェブサイトに種々の形式を用意した。
具体的には通常の英語版の他、英語の簡易版(plain English version)、説明絵入りの簡易版(Easy Read version)、先住民の言語であり英語と並んでニュージーランドの公用語の1つであるマオリ語版、マオリ語の簡易版、音声版(audio version)、点字版(Braille version)である。さらにニュージーランド手話版(ビデオ)も用意されている。これは2006年ニュージーランド手話法 (New Zealand Sign Language Act 2006)によってニュージーランド手話が新たに公用語として認められたことによるものである。ニュージーランド手話法の第9条(c)には「政府サービス及び情報は適切な方法(ニュージーランド手話の使用など)を通じて、ろうコミュニティ(deaf community)がアクセスできるべきである」と規定されている。
これまでニュージーランド手話を第一言語として使用するニュージーランドのろう者(Deaf)は政府のサービスへのアクセスが制限されていた。それはニュージーランド手話が公用語として認められていなかったためである。20年もの間、ろうコミュニティは手話を公用語として認めるようロビー活動を行ってきた。その活動を受けて、政府は2003年より手話法制定に関する作業を開始した。
法案の開発に携わる障害問題担当局はろうコミュニティが法案開発に関われるよう、様々な取り組みを行った。これには全国的なろうコミュニティとの協議ミーティング、読みやすいようにしたり、説明絵を入れたりすることによる情報の翻訳、障害問題担当局のウェブサイトでの手話のビデオ・クリップによる情報提供、国会における通訳の編成、インターネットによる国会のデータベースの生中継などが含まれる。
特別委員会は書かれた意見書の代わりに手話のビデオテープによる意見書を初めて受け入れた。300の意見書のほとんどはこれまで国会の作業にアクセスできなかったろう者からのものだった。
法案はすべての主要政党から支持され、2006年4月に法律として通過した。2006年ニュージーランド手話法は、手話がニュージーランドの公用語であることを宣言し、法的手続きにおいて手話を使用する権利を規定し、法的手続きにおけるニュージーランド手話の通訳の能力基準を定めた規則を制定する権限を付与し、政府部門における手話の促進及び使用についての指針を提供した。政府は手話の使用の完全に保障することにおける困難さに打ち勝つと決めている。法務省は法廷にニュージーランド手話通訳者がいることを標準とした。しかし、法廷において十分な経験とスキルのある通訳者は不足している。
ニュージーランド手話は学校のカリキュラムにも含まれている。
2009年4月には障害問題担当局は「ろう者との効果的なコミュニケーション:ニュージーランド手話通訳との作業ガイド 」(Effective communication with deaf people: A guide to working with New Zealand Sign Language interpreters)をオンラインで公表した。このガイドはろう者との効果的なコミュニケーションをとる方法をアドバイスしたものである。
障害者権利条約ではその第31条では、障害者権利条約を実現するために政策を策定し、実施できるように、障害者に関する統計及び研究データを含めて適切な情報収集を行うことが述べられている。
ニュージーランドで障害者調査が初めて実施されたのは1996年である。その後2001年、2006年と5年ごとに行われている。
1996年調査、2001年調査ともに、ニュージーランドの障害者の割合は20%(国民の5人に1人が障害がある)であると述べている。2001年調査の結果の概要は以下のとおりである:
・5人に1人が障害をもっている。
・障害を有する人の割合は年齢とともに増える
・障害種類別にみるとでは身体障害が最も多い。障害者の3分の2に身体障害がある。
・障害程度については、中程度の障害がある人数が減少し、軽度の障害がある人が増えている。
・知的障害者施設や医療施設にいる障害者は減っている。
2006年調査では、成人と児童それぞれのデータが示されている。以下は2006年調査の結果の概要である:
・2006年、障害者の82%は在宅で生活する成人である。5%は施設で生活する成人である。14%は在宅で生活する児童(15歳未満)である。
・ある年齢における障害者の割合は年齢とともに増える。15歳未満の児童の障害者率は10%であり、65歳以上の成人は45%である。
・障害のある児童において、「学習上の障害」が最も一般的な障害の種類である。次に慢性的な健康問題、精神的障害、神経的障害が続いている。児童の障害原因で最も多いのは「先天的な状況や病気」である。
・成人の最も多い障害タイプは身体的障害と感覚障害である。成人の障害原因として多いのは病気、事故、けがである。また、障害の原因となる事故やけがは仕事上(業務上)発生することが多い。
2006年調査に付随して、労働、教育、移動、インフォーマルケア、マオリの各分野について統計調査の結果が報告書として発表されている。