スウェーデンの障害者教育の現状と特徴を概観しながら、障害当事者の教育を受ける権利の保障される状況を法制度に照らし合わせながら整理していきたい。基本原理は、障害のある児童生徒を通常の学校である基礎学校において就学させる中で、特別な支援を必要とする児童生徒に支援を提供することである。インクルーシブ教育は、スウェーデンでは現在の時点で「自明のこと」とも考えられており、分離、抽出等は、極力、必要最低限に抑えられている。就学の場所、用意されるプログラムの決定への、当事者である児童生徒並びに親の関与が重要視されている。決定に異議のある場合、あるいは、差別された場合は、異議申し立てのための多様なルートが用意されている。政治状況の変化によって、2011年7月1日から新しい学校教育法、新しい教育課程に移行する。これに伴って、教員養成も新しいものに変わる予定である。ただ、2014年までは、現在の教員養成は少なくとも同一理念のもとに推移することになる。障害のある児童生徒、インクルーシブ教育といった観点で、従来の路線が極端に変化することは想定できない。国際的な学力テストの状況から、スウェーデンも知識重視に走る傾向は顕著であるが、障害のある児童生徒の教育に関しては、いかなる変化が生じるかは見守るしかない。
【キーワード】:ノーマライゼーション思想・インテグレーション・インクルーシブ教育
特別な支援、援助措置プログラム、特別指導、学校教育法、教育課程、異議申し立て
障害のある児童生徒が教育を受ける権利をいかに保障されるのが適切で理にかなったことであるのか。これを海外の先進事例から学ぶにあたってスウェーデンがいかなる点で有意義でありかつ日本の現状にとって有効でありえるのか。こういった立場から、2011年3月現在のスウェーデンの実情を踏まえて報告を行うこととしたい。
ノーマライゼーション思想を源流とするスウェーデン社会は、1980年に社会サービス法を制定し、福祉社会のノーマライゼーション思想による再構築を図った。憲法にも規定されているように「教育」は雇用、住宅等と並んで福祉社会の最も重要な要素として認識されている。スウェーデンの憲法の一つである「統治憲章」の下に、「社会サービス法」を中心して「差別禁止法」等が整備されている。教育に関しては、「学校教育法」「教育課程」を根幹にして、「基礎学校令」「高等学校令」「養護学校令」「特別学校令」等が整備されている。これらは、全て、スウェーデンの全ての国民を対象としたものである。
障害のある児童生徒を主体に置いたとき、障害ゆえに、特殊学校、養護学校等がまず就学先として用意されるわけではない。まず、調査されるべきは、当事者が特別な支援(särskilt stöd)を必要とするか否か、である。必要なら、通常の学校の中で、まず、支援を行わなければならない。視覚障害、肢体不自由の児童生徒は、この原則により、既に通常学校にインクルージョンされている。ろう、聴覚障害、言語障害の児童生徒は、障害ゆえに、ろう学校、養護学校等に就学させて義務教育を修了させる。ただし、これは、当事者である児童生徒及び保護者が異議申し立て処理委員会(öKN)に対して異議申し立てができる。ろう学校に関しては、ろうの当事者が、手話を第1言語とする立場から、通常の学校ではなく「分離された教育」としてのろう学校を選択したのであるから、これは当事者主体の原則からして、これで妥当である。異議申し立ての事例の多くは、養護学校に関連するものが多い。ただし、多くは、児童生徒の適切な指導を求めて、通常学校である「基礎学校」の中で、適切な、当事者のニーズにあった「特別な支援(särskilt stöd)」を要請するものである。適切な特別な支援(särskilt stöd)を求めて、基礎学校ではなく、養護学校への就学、転学を求めるものもある。日本と必ずしも状況が同じではない。
しかし、いずれにせよ、スウェーデンにおいては、法制度において、障害のある児童生徒を通常学校に就学させなければならないという規定は存在しないものの、SIA調査委員会の思想が根強く、「共に学ぶ」思想が少なくとも政策レベルでは相当に強固であるといえる(Skolverket,1998,s.20)。事実、学校教育法第3章第3条第1項の規定には、「基礎学校は、全ての児童生徒の入学を認めなければならない。」とある。インクルーシブ教育は、スウェーデンにおいては、ほぼ自明のことであり、議論の的にさえならなかった、という指摘さえある(Bengt Persson, 2011,s.21.)。
法制度に共通する諸理念のうち特に重要なのは、教育課程にみられる「放置された弱者への連帯」というキーワードである(二文字 2011,26)。今回の報告書での主題である「障害のある児童生徒の就学形態」に関わっても、その理念は重要である。障害だけに限らず、多様な理由で「学習に困難を持つ児童生徒」に、そういった法制度を整備した上で、児童生徒、保護者等、当事者の「意思決定過程への参加」を強調し、当事者である児童生徒の「教育を受ける権利」を実質的に保障しようとするものである。理念通りに進まない部分に関しては、学校視察局(skol- inspektionen)を中枢に、異議申し立て処理委員会(öKN)、児童生徒オンブズマン(BEO)という3部門体制で、問題の処理に当たっている。さらに、差別禁止オンブズマン(DO)という機関が加わって差別に至った事例の解決にあたる。
障害のある児童生徒の就学をめぐって、「スウェーデン・モデル」の特徴は、インクルーシブ教育を究極的理念として掲げながら、個別の法的な違反事例を適切に処理することによって、実態としての差別事例の除去に鋭意努めるところにある。その一方で、学校視察局(skolinspektionen)等による監察、視察、審理を待って、学校教育局が違反行為に対する指導に当たるというシステムが他の諸国に比べてもよく整っている。従って、障害のある児童生徒のみならず、全ての児童生徒が漏れなく、学校教育法、教育課程の規定する目標を達成できるよう応援する全体としてのシステムを学ぶことができるかと考える。
全ての児童生徒を通常の学校において義務教育を修了させること。その原則の例外として、当事者への特別な支援(särskilt stöd)提供のために、特殊学校、養護学校への就学が想定される。義務教育への就学の究極の原則が通常の「基礎学校」にあること。当事者としての児童生徒、保護者の意見表明、決定過程への参加のシステムが存在すること。学校側と親の意見が分かれる場合の、異議申し立てのシステムが十分機能する体制が整っていること。こういった点を学びたい。
障害のある児童生徒の教育は、世界各国とも共通することではあるが、第2次世界大戦後の現代の歴史においては、隔離された専門的な特殊教育として整備されるところから出発した。通常の子どもを対象とする一般教育制度と、障害のある児童生徒を対象とする障害者教育制度が複線的に別々に発展してきたのである。しかし、1950年代の北欧でのノーマライゼーション思想の潮流は、障害者を「分離」「隔離」「特殊化」する一連の発展に異議を唱える思想の原点となった(テッセブロー、1999, 52-80)。
ここでは、まず、通常の一般教育制度を要約し、続いて、別途、別路線として発展してきた「特殊教育諸学校」の状況を簡単に整理しておきたい。一般学校教育制度と特殊教育の学校制度は、ノーマライゼーション思想の発展、成熟と歩調を合わせて「統合」「融合」されて行くことになる。しかし、完璧に一本化されるわけではない。その「かねあい」が微妙であり、その「按配」が、正に今、私たちの関心の的となっているのである。
スウェーデンの学校制度は、1842年の国民学校令(1842 års folkskolstadga)の制定を契機に全国民を対象とする民衆教育の発展とともに整っていった(Isling, åke 1980, s.93)。障害のある児童生徒の学校教育に関して言えば、1960年の教育課程(Lgr60)による特別指導の拡大が特筆される。10年後、1972年には、全児童生徒の3分の1を超えるものが、短期又は長期の特別な支援(särskilt stöd)の対象となった。1950年代のノーマライゼーション思想の影響もあったと考えられる。さらに、1970年代は、障害の概念も、かつての絶対的なものから相対的なものに代わっていった。当事者の障害そのものよりも、周囲の環境の不備が、当事者を「障害者」にするという、後のWHOによる障害の概念が普及していった。学校教育内容に関する委員会(Skolans-innre-arbete, SIA-utredningen)は、「学習が困難な児童生徒」よりも、「指導に困難を来している学校」をこそ問題にした。同委員会の思想は1980年の教育課程(Lgr80)に強く反映している(Skolverket(1998)ss・16-17)。障害のある児童生徒の教育を「特殊教育」に閉じ込めず、通常の学校教育の枠組みで行うというスウェーデン・モデルはこうして出来上がっていった。
障害のある児童生徒も勿論含めて、全ての児童生徒に教育を保障しようとするスウェーデンの教育体制を見てみよう。憲法は当然のことながら、教育に関しても、出発点であるスウェーデンにおける憲法の一つである統治憲章に次の規定が見られる(二文字、2011、21-22)。
【第1章・第2条】 公的権力は、全ての人の等しい価値並びに一人一人の自由と価値を尊重しながら行使されなければならない。
国民一人一人の個人的・経済的・文化的な福利は、公的事業の基本的な目標でなければならない。特に、健康・雇用・住居・教育への権利を保障すること、並びに、社会福祉・社会保障を促進することは、国及び地方公共団体の責任とされなければならない。
国及び地方公共団体は、全ての人が、社会において参加と平等を達成できるように促進しなければならない。(中略)
国及び地方公共団体は、性別・皮膚の色・国別又は民族別の出自・言語あるいは宗教上の所属・機能障害の有無・性的傾向・年齢・その他の、一人一人の人としての存在に関わる状況を根拠とする差別と闘わなければならない。
【第2章第21条】 国及び地方公共団体による義務教育に該当する全ての児童生徒は、国及び地方公共団体の学校において、基本的な教育を無料で受ける権利を有する。国及び地方公共団体は、高等教育の整備にも責任を有する。
福祉社会の基礎を構築する一つとしての教育の役割は、スウェーデンにおいて特に重要である。「雇用・住居・教育」という表現で、人間としての生活における基本的な重要事項としての「教育」が特記されている。教育が社会福祉の中枢を占めるものであるということが理解できよう。
図1に示すように、スウェーデンの現行の学校教育制度は、就学前教育に始まり、義務教育9ヵ年の基礎学校を中心に構成される。基礎学校の前に1ヵ年の6歳児学級、基礎学校の後に3ヵ年の高等学校が続く。高等学校の修了後は高等教育として大学等への進学が可能である。さらに、コミューンが用意する各種の成人教育も提供されている。基本部分は日本とも共通する学校制度であるが、幾つかの固有の特徴も備えているものとして、成人教育の制度の充実を指摘できる。その中心は、国民大学(folkhögskola)と呼ばれる18歳以上の成人を対象とする学校であり、全国各地に散在する。スウェーデンにおいて伝統的なリカレント教育のシステムを支えるものとなっている。
以上のように、スウェーデンの一般学校制度は、国民の全てが生涯にわたって、必要な教育を受けることができるように整備されている。大学に至るまで教育は全て無償であり、学校給食や基本的な文具等の支給を含めた手厚い規定が学校教育法を中心に備わっている。障害のある児童生徒への教育は、そういった一般的な基盤の上に構築されるものであることを、まず指摘しておきたい。
日本語での「障害」はスウェーデン語では「機能障害」(funktionshinder)にあたる。いろいろな法律に定義が見られる。その幾つかを引用する。
【差別禁止法第1章第5条4項】 機能障害とは、出生時の疾病あるいは傷害の結果として生じた、機能障害による継続的な身体的・精神的・知的能力の低減が、生後発現したもの、あるいは、発現すると予測されることをいう。
同様の規定であるが、「学校教育における差別禁止ハンドブック」という冊子から関連の定義を引いておきたい(DO,BEO & Skolinspektionen, 2009, s.11)。
(機能障害とは)
学校教育においても近似の定義が見られる。
【学校教育法第1章第16条】 本法における知的障害者についての規定は、脳損傷、外因性の障害あるいは内因性の疾病、自閉症又は自閉症に類似する症状による知的障害者、能力障害を持つ人にも適用される。
ただし、学校教育法は、知的障害児には養護学校を、ろう、聴覚障害児、言語障害児には特殊学校を用意するという規定を置くのみで、それぞれ、知的障害、ろう、聴覚障害、言語障害についての規定はない。上に挙げたように、例外的に、知的障害に含まれるべき関連の障害の例を指摘したものがあるだけである。
スウェーデンの学校において、学校教育法、教育課程に定める到達目標を達成できない児童生徒を、特別な支援(särskilt stöd)が必要な児童生徒として規定し、彼らに援助措置プログラム(åtgärdsprogram)を作成するように求めている。例えば、次のように規定している。
【学校教育法第4章第1条第2項】 特別な支援が学習活動において困難のある児童・生徒に与えられなければならない。
図2 スウェーデンにおける知的障害者の教育(養護学校教育制度)
障害のある児童生徒の就学の場としては2種類ある。一つは、障害のある児童生徒のみを対象とする特殊な学校に、通常の児童生徒とは分離して収容するタイプである。
これは障害に応じて2種類存在する。
・特殊学校 | ろう・聴覚障害・言語障害を持つ児童生徒 又は、重度・重複障害を持つ児童生徒 |
・養護学校 | 知的障害をもつ児童生徒 |
* 特殊学校
特殊学校については、全国区の特殊学校が3校、地域別特殊学校が5校あり、約500名が就学している。主として「ろう」の児童生徒が就学している。聴覚障害児の多くは通常の基礎学校に就学している。かつては、日本と同様に、視覚障害を持つ児童生徒のための「盲学校」並びに「肢体不自由」のある児童生徒のための学校も存在していたが、彼らは、適切な設備を整えれば「通常の学校」に統合が可能であるため、現在は存在しない。従って、分離教育は、手話を第1言語とする「ろう学校」並びに重度の重複障害児の学校が少数、国立の学校として例外的に存在する。
* 養護学校
養護学校は、義務教育レベルで2種類あって、軽度の者を対象に基礎養護学校(grundsärskola)が、中度・重度の者を対象に訓練養護学校(träningskola)がある。義務教育修了後は権利として就学できる場として、高等養護学校(gymnasiesärskola)がある。制度としては、知的障害者のための成人教育(särvux)もある。
学校数 | 児童生徒数 | 教員数 (児童生徒100人あたり) | |
---|---|---|---|
基礎学校 | 4,870 公立 4,260私立 610 | 962,400 | 8.3 |
基礎養護学校 | 750 | 10,140 | 25.8 |
訓練養護学校 | 4,250 | ||
高等養護学校 | 267 | 8,200 | 24.0 |
特殊学校 | 8 全国区の特殊学校 3 地域別特殊学校 5 | 550 |
出典:SCB(2008)Utbildnings statistisk årsbok 2008, 数字を抽出して表を作成した。
統合には、大きく分けて2種類ある。一つは、障害を持つ児童生徒を「個別に」、又は、そのバリエーションとして「集団で」通常学級に統合するタイプである。視覚障害児、肢体不自由児は、ノーマライゼーション思想の発展に伴って、この種の統合教育に吸収されていった。
それに対して、「場の統合」は、主として、知的障害を持つ児童生徒の学校、すなわち、養護学校にあてはまる。スウェーデンでは、知的障害児の学校が、通常の基礎学校とは別立てで発展した歴史がある。その養護学校が、「場の統合」によって、通常の学校たる基礎学校と同一の校地内に統合された。これが「場の統合」である。日本の特殊学級と一見同一に見えるがそうではない。日本型の養護学校が、小規模化して、養護学校としての資源を保持したまま通常学校に吸収されたようなものである。
養護学校が、「場の統合」を展開したのは1970年代であり、1970年代の末には、知的障害児の内軽度の者が通学する基礎養護学校では、90%を超えていた。次の表を参照されたい。
したがって、スウェーデンでは、「場の統合」は既に1970年代に解決していたといえる(Särskolekommitten 1991,s.50. 二文字 2006, p.83)。
・「個の統合」
養護学校の場合、「場の統合」は現在では、当然の事態である。しかし、スウェーデン全体で見ると、「個の統合」においては必ずしも大きな進展はみられない。「場の統合」は、通常学級での授業が週の時間表の半分以上を占めるという条件が付されている。こういった厳しい(妥当ともいえる)条件の下では、次の表にみるように養護学校の児童生徒の8%前後で推移しており、統合の進捗状況に進展のあまり期待できない現状ではこの数字は限界であるように思われる(Särskolekommitten(1991))。
障害のある児童生徒を教育する教員の養成を簡単に整理しておきたい。1966年に、視覚障害、聴覚障害の児童生徒対象の教員養成、1967年には、知的障害の児童生徒を対象とする教員養成が制度化された。通常の学校において教師経験が3年以上あることを入学条件とする、言わば上級の専門的教師として位置づけられた。全国で6つの大学に特殊教育教師の養成コースが整った。特殊教育教師(speciallärare)養成制度の完成である。その後、通常学校での「普通教育と一体となった特別指導」を推進するためにも、通常学校の教師に助言を与え、指導する役割をも担える「特殊教育専門家」が求められるようになった。その経緯を経て、1990年には、特殊教育コーディネーター(specialpedagog)の養成コースが拠点大学を中心に整備された。現在は、障害者教育の教員養成制度としては、特殊教育教師(speciallärare)と特殊教育コーディネーター(specialpedagog)の2つのコースがある。
障害当事者が教員になっている例に関して、統計的資料は特に存在しない。ろうの教師がろう学校で勤務する例は、手話教育の点からもある程度あることが推定される。視覚障害者も同様に、視覚障害関係の学校で、幼児から成人に至るレベルで多数存在する。視覚障害がありながら通常の学校に勤務する例は、相当多数に上ると推察される。スウェーデンにおいても、障害者が教員になることが必ずしも普通とは言えないが、実際には相当多数の障害者が教員になっていると考えられる(2011年3月のスウェーデン視覚障害者連盟でのインタビューによる情報)。
学校教育を平等に受ける権利は、全ての児童生徒にあまねく適用される。
【学校教育法第1章第2条第1項】 全ての児童・生徒は、児童・生徒のための国及び地方公共団体の学校教育制度において、性、居住地、社会的・経済的状況の別に関わらず、教育を受ける機会が平等に与えられなければならない。同一の学校形態の中で地域における教育格差があってはならない。
全ての児童生徒が義務教育を受ける権利は統治憲章第2章第21条において規定されている。障害のある児童生徒も、それに当然のことながら含まれる。その上で、障害のある児童生徒という言葉ではなく、「特別な支援(särskilt stöd)を必要とする児童生徒」という表現で、権利規定を置いている。
【学校教育法第1章第2条第2項】 学校教育は知識及び技能を児童・生徒に与えなければならない。また家庭との協同のもとに、児童・生徒が人間及び社会構成員として責任の取れるように、調和のとれた発達を促さなければならない。
学校教育においては、特別な支援を必要とする児童・生徒に対して特別な配慮がなされなければならない。
【学校教育法第4章第1条第2項】 特別な支援が学習活動において困難のある児童・生徒に与えられなければならない。
まず、憲法の規定によって、障害の有無に関わらず差別があってはならないとの規定を定めている。
【統治憲章(憲法)第1章第2条】 国及び地方公共団体は、全ての人が、社会において参加と平等を達成できるように促進しなければならない。国及び地方公共団体は、性別・皮膚の色・国別又は民族別の出自・言語あるいは宗教上の所属・機能障害の有無・性的傾向・年齢その他の、一人一人の人としての存在に関わる特性を根拠とする差別と闘わなければならない。
DOの冊子によれば(DO,s.11)、
機能障害を理由とする差別事例を3つ引用しておきたい(DO 2009,s.11)。
学校における差別的行為に対しては、差別禁止オンブズマン(DO)、児童生徒オンブズマン(BEO)に通知することで救済を受けることができる(DO 2009,s.40)。
* 差別禁止の例外
差別禁止を規定する傍ら、合理的なものに関しては、規定の適用を除外している。ここでは年齢に関する事項が該当する。
【差別禁止法第2章第6条第1項2】 第5条に規定された禁止事項は次のことを妨げるものではない。
2 就学前教育活動、学童保育、6歳児学級、基礎学校、養護学校、特殊学校に該当する義務教育レベルの公立学校及び私立学校に関しての年齢を考慮する規定の適用。
* 挙証責任
差別を受けたものが、救済を求めてDO、BEO等の当局に通知した場合、訴えられた側の当事者は、証拠をあげて反論しなければならない。次に明確な規定がある(二文字、2011,p.292)。
【差別禁止法第6章第3条】 差別されているか、又は、報復の対象となっていると考える者が、差別や報復を受けたと想定できる理由を提示した場合、提訴された側は、差別や報復が発生していないことを示さなければならない。
まず、学校教育法によって、当該の児童生徒が養護学校に就学するのが適切か否かの判断をコミューンが行うことを規定している。特殊学校も養護学校に準じている。
【学校教育法第3章第4条】
第1項 | ホームコミューンの養護学校担当当局は児童・生徒が就学義務の期間、養護学校に入学しなければならないかどうかを判定する。入学判定に関しては当該の児童・生徒の保護者が関与することも可能である。 |
第2項 | 特殊学校の設置者は当該の児童生徒が就学義務の期間、特殊学校に入学しなければならないかどうかを判定する。入学判定に関しては当該の児童・生徒の保護者又は当該の児童・生徒のホームコミューンが関与することも可能である。 |
第3項 | 養護学校に入学することを許可された児童・生徒が、基礎学校に転出することが可能であると判定された場合は、養護学校担当当局は当該の児童・生徒がそれ以上養護学校の児童・生徒である必要はないという結論を出さなければならない。特殊学校に入学している児童・生徒が、基礎学校又は養護学校への転出が可能であると判断された場合は、特殊学校の設置者に関しても同様のことが適用される。 |
【学校教育法第5条】
第1項 | 養護学校又は特殊学校への入学に関する第4条の規定による決定に対して異議申し立てを学校教育に関する異議申し立て処理委員会において行うことができる。 |
第2項 | 当該の児童・生徒の保護者に限って決定に対する異議申し立てが可能である。 |
【学校教育法第6条】
該当する学校の設置者間で合意が成立し、かつ、当該の児童・生徒の保護者が同意を示す場合、基礎学校の児童・生徒、並びに、養護学校、特殊学校の基礎学校レベルの児童・生徒は、最高6ヶ月を限度とする期間において、在籍する学校以外の学校形態の児童・生徒として試行的に入学を許可される。
入学の判定ないしは特別な支援(särskilt stöd)の内容等の判定は、校長の責任である。校長を議長に児童生徒保健チーム又は児童生徒指導会議と称される会議(elevhälsoteamet, elevvårdskonferens)が招集される。構成メンバーは次のような職種からなっている。通常は、この中から5ないし6人で構成される(Eva Hjöne et.al. 2008, ss.57-58、77-78、二文字 2002, 47-49)。
メンバーからの情報を総合的に判断して、最終的には校長が責任を持って決定を下す。この、いわば判定会議に、当事者である児童生徒、その保護者の参加が求められる。親の同意を尊重することによって、「子どもにとっての最善」が期待できる。
基礎学校令第5章第1条の規定でも、「学習に支援を必要とする児童生徒に対し、特別な支援(särskilt stöd)を提供しなければならない。決定は校長によってなされる。(中略)援助措置プログラム(åtgärdsprogram)の策定には、児童生徒及び保護者の参加する機会が与えられなければならない。」とされている。
根本原則は、「普通教育と一体となった特別指導(samordnad specialundervisning)」であって、全ての児童生徒を通常の学校教育の枠組みにおいて就学させることである。ただし、通常の学級では、個別の児童生徒への特別な支援(särskilt stöd)が困難な場合等、学校教育法及び教育課程で定める教育目標に到達するための支援が受けられない場合に限っては別の教育形態が用意されることになっている。
* 養護学校(知的障害児)
【学校教育法第6章第1条】 養護学校教育の目的は、知的障害のある児童生徒に対して、一人一人の状況に合わせた教育を提供することである。
* 特殊学校(難聴・ろう)
【学校教育法第7章第1条】 特殊学校の目的は、ろうあるいは難聴の児童生徒に対して、一人一人の状況に合わせた教育を提供することである。
* 特別な教育形態
【学校教育法第10章第3条第1項】 病院等あるいは児童生徒の自宅又はその他の適切な場所で、特別指導(särskild undervisning)が提供されなければならない。
【学校教育法第10章第3条a第1項】 視覚障害又は重度の言語障害を持つ児童生徒は、特別なリソースセンターで義務教育を修了することができる。その教育は、特別な例外的措置を除いて、基礎学校または養護学校での教育に相当していなければならない。
* その他の教育形態
【学校教育法第10章第4条第1項】 義務教育対象の児童生徒は、本法の規定する教育とは異なる内容であっても、それが適切である場合は義務教育として認められ、修了することが許可される。教育活動の査察の必要性は満たされなければならない。
障害のある児童生徒を受けいれる本来の教育形態は、通常の学校の中にある。特別な支援(särskilt stöd)を必要とする児童生徒に提供される措置とは何か。基礎学校令第5章第1条〜第10条の規定がその内容となっている。
* 特別支援(Särskilda stödinsatser)
【基礎学校令第5章第1条】 学校教育法(1985:1100)第4章第1条第2項において、学校の活動に困難のある児童生徒に特別支援を提供しなければならない旨の規定がある。
第5条及び第10条によって別途規定がある場合を除き、本章による特別支援(särskilt stöd)の決定は校長によってなされる。
学校職員・児童生徒・保護者その他の情報によって、当該の児童生徒に特別な援助措置(särskilda stödåtgärder)の必要性が発生した場合、校長はその必要性を確認しなければならない。確認の結果、当該の児童生徒が特別な支援(särskilt stöd)を必要としていることが示された場合、校長は援助措置プログラム(åtgärdsprogram)の作成を指示しなければならない。プログラムには、ニーズの内容・実施方法・検証と評価が明示されていなければならない。
児童生徒と保護者は、援助措置プログラム(åtgärdsprogram)の作成に際して、これに参加する可能性を与えられなければならない。
【基礎学校令第5章第4条第1項】 児童生徒が、基礎学校の第3、第5、第9学年の末において、到達しなければならない目標を達成できない恐れがある場合、又は、他の理由によって特別な支援(särskilt stöd)を必要とする場合は、補習指導(stödundervisning)が提供されなければならない。
* 個別指導プラン(IUP, individuella utvecklingsplan)
* 援助措置プログラム(åtgärdsprogram)
基礎学校の児童生徒の学校での目標到達の進捗状況に関して、児童生徒、保護者、教師での学期ごとの懇談会が開催される。その際に当該の児童生徒に関する個別指導プラン(IUP, individuella utvecklingsplan)を提示しなければならない。これは、全ての児童生徒に関して作成される。これに対して、援助措置プログラム(åtgärdsprogram)は、特別な支援(särskilt stöd)を必要とする児童生徒を対象とするものである。個別指導プランが児童生徒の学齢期の全期間にわたって作成されるのに対して、援助措置プログラムは、特別な支援(särskilt stöd)を必要とする児童生徒に関して別途に作成されるものである。従って、特別な支援(särskilt stöd)を必要とする児童生徒に関しては、個別指導プラン並びに援助措置プログラムの両方が作成されることになる。個別指導プランで援助措置プログラムの代替とすることはできない(Skolverket 2008a, s.7)。
援助措置プログラム(åtgärdsprogram)の作成の目的は、親の同意を得て、確実にプログラムを実行し成果を挙げることにある(Skolverket 2008a s.6)。
通常の学校である基礎学校において児童生徒が適切な指導を受けられないと、当事者又は保護者が判断する場合、異議申し立て処理委員会等に異議を申し立てることができる。
【基礎学校令第4条】 校長及び保護者の同意があれば、基礎学校に登録された児童生徒が、養護学校のクラスで授業を受けることができる(統合された児童生徒として―【訳者注】)。
統合された児童生徒には基礎学校のカリキュラムが適用される。基礎学校の校長の決定があれば、養護学校のクラスでの授業計画を配慮して基礎学校のカリキュラムと異なるものに変更することができる。
児童生徒にとって適切な支援を受けるために、養護学校が適切であると判断され、親も同意すれば転校が可能である。特殊学校への転校も同様である。
特別な支援(särskilt stöd)を必要とする児童生徒という表現で、いわゆる障害児に限らず幅広く、児童生徒一人一人に必要な支援を提供するスウェーデン・モデルは、インクルーシブ教育を先取りしたものである。遡っては、1950年代のノーマライゼーションの思想を源流として確認できる。1960年の教育課程以降、SIA委員会、1980年の教育課程に至るまで、ノーマライゼーション、インテグレーション、インクルーシブ教育をキーワードとする展開があった。通常の教育の中で、障害当事者に、その必要に応じる支援を提供してきた。政治的には社会民主労働党の教育政策が、順調な経済発展を伴ってこのような障害児教育の展開を可能にしてきたと考えられる。しかし、最近2回にわたる同党の選挙での敗北によって、いままでの空気に変化が見られる。国際的な学力テストの結果においてスウェーデンが必ずしも好成績ではなく、その危機感が、経済の不調とも連動して、右よりの政権にシフトして行く傾向が顕著になっている。スウェーデンにおける障害児教育の、もはや自明とまで表現されるようになったインクルーシブ教育のトレンドが、一朝一夕に崩壊するとは考えにくいが、知識優先、成績重視の風潮は以前より加速しつつある。「インクルーシブ教育は普通教育の発展の鍵」(エマニュエルソン、2004)とまで表現されたスウェーデンの実態がどのような変容を遂げることになるのか。本年、2011年の7月には、新たな学校教育法と新たな教育課程が発効することになっている。本報告は、新たな体制へシフトする前夜のスウェーデンの実態ということになる。ただし、障害当事者をめぐる環境が一気に悪化するとは考えられない。様々な関係者とのインタビューの中で、むしろスウェーデンの堅調な体制を感じることもできた。ここから数年かけて、いかに変化するか注目したい。