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8.アメリカの障害者政策とモニタリングの枠組み

8-1アメリカにおける障害者政策の枠組み

(1)アメリカにおける障害者政策の概要

 アメリカは、本報告執筆の時点では障害者権利条約を批准しておらず、締約国になっていない。アメリカはこれまで、独自の障害者政策を進めてきたが、その理念や枠組みは、障害者権利条約にも影響を及ぼしたといわれている。
 アメリカ合衆国政府(連邦政府)において、障害者政策を総合的に担当する組織は存在しない。また、障害者政策に関する総合的な基本計画も作られていない。障害者政策全般にかかわる中核的な法律として、「障害を持つアメリカ人法(Americans with Disabilities Act : ADA)」、「リハビリテーション法(Rehabilitation Act)」がある。このほか、各分野において直接・間接に障害者政策にかかわる法律が多数制定されており、これらに基づいた施策が各分野で進められている。基盤的な障害者施策としては、障害年金の給付、メディケア及びメディケイドによる医療保障が挙げられる220

(2)障害者政策の枠組み(法律、基本計画、障害者の定義等)

 アメリカの障害者政策にかかわる主要な連邦法として、障害を持つアメリカ人法、リハビリテーション法(Rehabilitation Act)第501、503、504、508条が挙げられる。

1) アメリカにおける障害者法制の歴史

 アメリカの政策において、障害者差別禁止導入の端緒は、1971年に上院・下院議員が公民権法の中に「障害」を組み入れる改正案を提出したことであった。この法案は廃案になったものの、同じ時期に、職業リハビリテーション法が改正されることとなり、その過程で障害者差別を禁止する条項が挿入された。この障害者差別禁止条項が、1973年リハビリテーション法第504 条である221
 しかしその後、リハビリテーション法第504条の施行の遅れや、適正に施行されないことを理由に、全国的な障害者運動が起こった。リハビリテーション法の問題点として、適用対象が連邦公務員や一定額以上の契約を締結した企業などに限定されていた点が挙げられる。こうしたリハビリテーション法の問題点を踏まえ、障害者に対する差別禁止法理の適用を一般企業にまで拡張することを障害者団体が求めたこと等を背景として、1990年に障害を持つアメリカ人法が成立した222

2) リハビリテーション法の概要

 リハビリテーション法は、職業リハビリテーションプログラムを保証し、雇用、個人の生活を支援し、雇用主を援助するための連邦法である223
 教育省の中の一部門であるリハビリテーション・サービス局(the Department of Education Rehabilitation Services Administration:RSA)がリハビリテーション法に基づくサービス全般を所管しており、アメリカにおける対障害者サービスの最も中心的な行政機関となっている224。リハビリテーション法はまた、国立障害・リハビリテーション研究所(National Institute on Disability and Rehabilitation Research)、全米障害者評議会(the National Council on Disability:NCD)による研究活動に権限を与えている225
 リハビリテーション法の中で、障害者に関する中心的な規定となっているのが1973年に成立した第504条である。第504条は、連邦政府機関が実施したプログラム、連邦資金援助を受けたプログラム、連邦での雇用、連邦政府と契約した者について、障害に基づく排除・差別を禁止するものである。
 このほか、リハビリテーション法の中で障害者に直接関係する条項として、以下が挙げられる。

第501条:連邦機関(行政機関)による積極的差別是正措置(affirmative action)、差別禁止を定めている。苦情申立ては、雇用機会均等委員会(Equal Employment Opportunity Office: EEOC)へ行う。
第503条:連邦政府の請負及び下請け(10,000ドル以上)業者による積極的差別是正措置、差別禁止を定めている。所管は労働省(U.S. Department of Labor)である。
第508条:連邦政府が使用する電子・情報技術の開発、維持、調達の要件で、障害者がアクセス可能な技術要件を定めている。第508条の所管は、U.S. General Services Administration (GSA) Office of Government-wide Policy IT Accessiblity & Workflow Division (ITAW)、U.S. Architectural and Transportation Barriers Compliance Boardである226

3) 障害を持つアメリカ人法の概要

 障害を持つアメリカ人法は、1990年に成立、2008年に改正(2009年1日1日より施行)された。障害を持つアメリカ人法は、アメリカにおける最も包括的な公民権法の1つであり、障害者の差別禁止、及び障害者が他者と同じくアメリカでの生活を営むことができる機会を保証するものである。障害を持つアメリカ人法は、1964年の公民権法、1973年のリハビリテーション法第504条がモデルとなっている227
 障害を持つアメリカ人法 は、第I編が雇用上の差別の禁止(Title I: Employment)、第II編が地方公共団体、州、連邦政府など公共サービスや公共交通機関によるサービスの提供上の差別の禁止(Title II: Public Services)、第III編が民間企業によって運営されている施設、サービス提供上の差別の禁止(Title III: Public Accommodations service and service operated by private entities)、第IV編がテレコミュニケーション等に関する規定(Title IV: Telegraphs, Telephones, and Radiotelegraphs)、第Vが雑則となっている。ただし、もともと公法(public law)形式であったものが、再配置され、合衆国法典に掲載されたため、(法典では)主題の分類が変更されている。第I~III及びV編は合衆国法典第42章126節、第IV 編は合衆国法典第47章5節となっている228
 また、障害を持つアメリカ人法に付随するものとして、障害を持つアメリカ人法施行規則(Regulations)、技術的支援マニュアル(Technical Assistance Manual)、雇用機会均等委員会ガイドライン(EEOC11 Guideline)がある。施行規則は、各当局が、各編や条項ごとに具体的な解釈準則を示したものである229。2010年には、「2010年アクセシブル・デザイン基準(the 2010 ADA Standards for Accessible Design)」の策定(1991年版の改定)に伴い、第II編、第III編の施行規則の一部が修正された230
 障害を持つアメリカ人法の特徴として、「合理的配慮」(reasonable accommodation)の概念が挙げられる。合理的配慮とは、「障害者がその障害ゆえに職務遂行上抱える様々な障壁を解消するための措置」を指す231。この合理的配慮の概念は、その後、障害者権利条約にも採り入れられることになった。

4) リハビリテーション法、障害を持つアメリカ人法以外の障害者政策にかかわる法律

 リハビリテーション法、障害を持つアメリカ人法以外にも、アメリカの障害者政策にかかわる法律は多数制定されている。ADAウェブサイトには、以下のものが挙げられている232

障害者教育法(Individuals with Disabilities Education Act: IDEA)
 Individualized Education Programs(IEP)の開発、見直しについて定めている。各IEPは、有識者チーム(先生、両親など)によって開発される。
 管轄:教育省

電気通信法(Telecommunications Act 255、251(a)(2))
 第255条で、容易に実現できる(readily achievable)場合、電気通信設備及び顧客宅内機器をアクセス・利用可能にすることを義務付けている。
 管轄:連邦通信委員会(Federal Communications Commission)

公正住宅法(Fair Housing Act)
 1988年の改正で、障害を理由とする住宅に関する差別禁止が盛り込まれた。公的・民間セクターの住宅が適用範囲となり、住宅の売買や賃貸における差別が禁止されている。
 管轄・苦情申立て受付:住宅都市開発省(the U.S. Department of Housing and Urban Development)

航空アクセス法(Air Carrier Access Act)
 飛行機への搭乗における障害者への差別的取扱いを禁止している。
 管轄・苦情申立て受付:運輸省(the U.S. Department of Transportation)

高齢者・障害者投票アクセス法(Voting Accessibility for the Elderly and Handicapped Act)
 管轄:司法省

全国有権者登録法(National Voter Registration Act
 「Motor Voter Act」として知られ、運転免許証登録センター、障害者センター、学校、図書館、メール登録等での登録サービスを提供することで、有権者登録プロセスを容易にする233
 管轄:司法省

Civil Rights of Institutionalized Persons Act
 司法長官が、精神障害、発達障害者のために、地方政府の施設(刑務所、拘置所、公判前拘置所、少年矯正施設、老人ホーム、教育機関など)を調査できる権利を定めている。
 管轄:司法省

建築障壁法(Architectural Barriers Act
 連邦政府の予算で設計、建築あるいは改修される施設、又は連邦機関により貸与された施設のアクセシビリティの確保を定めている。
 管轄:U.S. Architectural and Transportation Barriers Compliance Board

発達障害者権利擁護法234the Developmental Disabilities Assistance and Bill of Rights Act
 管轄:保健社会福祉省(the U.S. Department of Health and Human Services (HHS) the Administration for Community Living (ACL)

5) 障害者政策に関する基本計画

 アメリカでは、障害者政策全般を総合的にカバーする基本計画は策定されていない。

6) 障害者の定義

 障害を持つアメリカ人法では、対象となる障害者を次のように定義している235
i)主要な生活活動の1つ又は複数を実質的に制限する身体的又は精神的な損傷(impairment)を有する者
ii)そのような損傷の経歴(record)を有する者
iii)そのような損傷を有するとみなされる者


220 橋都由加子、p.107
221 内閣府、p.17
222 内閣府、p.17-22
223 教育省ウェブサイト http://www2.ed.gov/policy/speced/reg/narrative.html別ウィンドウで開きます
224 橋都由加子、p.107
225 教育省ウェブサイト http://www2.ed.gov/policy/speced/reg/narrative.html別ウィンドウで開きます
226 ADAウェブサイト「A Guide to Disability Rights Lawshttp://www.ada.gov/cguide.htm別ウィンドウで開きます
227 ADAウェブサイト http://www.ada.gov/cguide.htm別ウィンドウで開きます
228 ADAウェブサイト http://www.ada.gov/cguide.htm別ウィンドウで開きます、タイトル訳は内閣府資料による。
229 内閣府、p.22
230 ADAウェブサイト http://www.ada.gov/2010ADAstandards_index.htm別ウィンドウで開きます
231 長谷川珠子、p.30
232 ADAウェブサイト「A Guide to Disability Rights Lawshttp://www.ada.gov/cguide.htm別ウィンドウで開きます
233 http://definitions.uslegal.com/m/motor-voter-act-the-national-voter-registration-act-of-1993-nvra/別ウィンドウで開きます
234 ACLウェブサイトhttp://www.acl.gov/Programs/AIDD/DDA_BOR_ACT_2000/Index.aspx別ウィンドウで開きます
235 ADAウェブサイトhttp://www.ada.gov/pubs/adastatute08.htm#12102別ウィンドウで開きます

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