8.アメリカの障害者政策とモニタリングの枠組み
8-2 障害を持つアメリカ人法の実施体制と救済制度
前述のとおり、障害を持つアメリカ人法は幅広い政策分野をカバーしており、連邦政府の各省庁がそれぞれの政策領域について実施を担当する。その中で、司法省は障害を持つアメリカ人法実施の中核組織として、多様な役割を担っている。
(1)障害を持つアメリカ人法についての司法省の役割
障害を持つアメリカ人法ウェブサイト(以下、「ADAウェブサイト」と表記する。)によると、司法省は障害を持つアメリカ人法に関して、図表8-1に示す多様な役割を担っている236。障害を持つアメリカ人法全体の事務局業務、報告業務だけでなく、関係組織への技術支援、差別や法律違反に関する苦情申立て受付、救済や紛争処理等、幅広い業務が含まれている。
ADA Technical Assistance Program | 企業、州、地方政府、個人に技術的支援を提供する。 |
---|---|
ADA Information Line | 障害を持つアメリカ人法の要件についての情報の提供、苦情の受付のフリーダイヤルの運営。 |
ADA Publications and Documents | 障害を持つアメリカ人法規制、技術支援の資料の提供。 |
ADA Enforcement | 司法省を原告として訴訟を起こし、裁判所によって損害賠償、差別の救済を命令する。 |
ADA Regulations | 第II、III編の実施のための規制を設けることができる。the U.S. Access Boardに、最低限のガイドラインminimum guidelinesの発行を要求できる。 |
Proposed ADA Regulations by the Department of Justice | 規則の見直し、変更の提案。 |
ADA Certification of State and Local Accessibility Requirements | 新たに建築・更新された建物や設備のアクセシビリティの認証。 |
ADA Mediation Program | 紛争解決のための調停を行う。調停プログラムは、専門家を仲介者とする。 |
ADA Status Report | 障害を持つアメリカ人法ステータスレポート(四半期)の作成。 |
出典:ADAウェブサイト http://www.ada.gov/statrpt.htm
(2)司法省以外の省庁における障害を持つアメリカ人法についての役割分担
障害を持つアメリカ人法は幅広い分野を対象としており、各分野での実施に責任を負う連邦政府機関を定めている。ADAウェブサイトによると、司法省以外の連邦政府機関の担当分野は、図表8-2のとおりである。
雇用 | 雇用機会均等委員会(EEOC) |
---|---|
輸送 | 運輸省、連邦交通管理局(U.S. Department of Transportation, Federal Transit Administration ) |
電話リレーサービス | 連邦通信委員会 |
障害を持つアメリカ人法ガイドライン | アクセス委員会(U. S. Access Board) |
教育 | 教育省 |
ヘルスケア | 保健社会福祉省 |
労働 | 労働省 |
住宅 | 住宅都市開発省 |
公園・リクリエーション | 内務省 |
農業 | 農務省 |
出典:ADAウェブサイト http://www.ada.gov/ada_fed_resources.htm
(3)障害者差別に対する救済制度
障害を持つアメリカ人法では、障害者差別に対する救済制度についても定めている。
差別を受けた人は、障害を持つアメリカ人法が定める受付機関に苦情申立てを行うことができる。苦情申立てを受け付けた機関は、調査を行い、必要な場合には救済手続、紛争処理手続をとる。
救済制度は、行政上の救済、司法上の救済の2段階の制度となっている237。ADR(裁判外紛争処理)として、メディエーション・プログラムが用意されている。
1) 苦情申立てと司法手続
障害を持つアメリカ人法の違反、障害者差別に関する苦情申立て先や、取り得る司法手続については、以下に示すように、分野ごとに異なる238。
第I編に関して:
雇用機会均等委員会、又は指定の州(designated State)、local fair employment practice agencyへ苦情申立てを行う。雇用で障害を理由に差別された場合は、雇用機会均等委員会の地方事務所へ苦情申立てを行う。
雇用機会均等委員会から告訴状(”right-to-sue" letter)を得た個人は、連邦裁判所へ提訴することができる。
第II編(州・地方政府の活動)に関して:
司法省へ苦情申立てを行う。差別を受けた個人が直接、連邦裁判所へ民事訴訟(private lawsuits)を起こすことも可能である。
第II編(公共交通)に関して:
苦情申立ては直接、運輸省の連邦交通局公民権事務所(Office of Civil Rights Federal Transit Administration U.S. Department of Transportation)へ行う。
第III編(公共施設)に関して:
苦情申立ては、司法省へ行う。差別を受けた個人が直接、連邦裁判所へ民事訴訟(private lawsuits)を起こすこともできる。
IV編(テレコミュニケーションリレーサービス)に関して:
管轄は、連邦通信委員会(Federal Communications Commission)。初めにサービスプロバイダーに苦情申立てをして、解決できない場合、連邦通信委員会へ苦情申立てを行う。
2) メディエーション・プログラム
障害者差別の紛争解決の手段として、司法手続以外に、メディエーション(調停)プログラムが用意されている。
メディエーションは、1990年代前半から採用されるようになった。障害者差別や障害を持つアメリカ人法違反に関する苦情申立てを受け付けた段階で、メディエーションに付した方が迅速かつ効率的に解決できそうな場合には、雇用に関しては雇用機会均等委員会内外のメディエーター、サービス利用や建物のアクセスに関してはキーブリッジ・ファウンデーション(KBF)のメディエーションに付託する。
司法手続でなくメディエーションを採用することのメリットは、解決までの日数が短いこと、安価であること、両当事者の満足度が高いこと、上訴の割合が低いこと等である239。
236 ADAウェブサイトhttp://www.ada.gov/doj_responsibilities.htm
237 長谷川珠子、p.31
238 ADA「A Guide to Disability Rights Laws」http://www.ada.gov/cguide.htm、内閣府、p.68-71
239 内閣府、p.10