9.調査結果のまとめと考察

 本調査では、韓国、スウェーデン、スペイン、オーストラリア、ニュージーランドの5か国を対象として、国連障害者権利委員会による各国の包括的な最初の報告の検討プロセスについて、関係資料と関係者へのインタビューを基に詳細な検討内容、最終勧告に至る検討の経緯について調査・分析した。

 各対象国の検討プロセスに関する考察は、それぞれの章の中で行ったので、ここでは5か国全体の検討プロセスを俯瞰した上でのまとめと考察を行うこととする。

(1) 検討プロセスの基本モデル

 各国の検討プロセスの流れを比較検討すると、国連障害者権利委員会は以下のような検討プロセスの形を期待していることがうかがえる。

  1. 包括的な最初の報告の提出後、各国の市民社会から、障害者権利条約の国内実施状況や包括的な最初の報告の内容に関する独自のレポートが国連障害者権利委員会に提出される。
  2. 国連障害者権利委員会は、包括的な最初の報告とパラレルレポートの内容を比較検討し、特に主張や認識が異なっている点や判断が難しい点を整理して、独立した仕組みにそれらの論点を中心にした独自のレポートの提出を促す。
  3. 国連障害者権利委員会は、事前質問事項の検討の前に独立した仕組みからのレポートを受け取り、その内容を踏まえて、事前質問事項の検討を行う。
  4. 事前質問事項は一義的には締約国政府に対する文書だが、政府からの回答だけでなく、市民社会、独立した仕組みからもそれぞれ、独自の回答や見解が国連障害者権利委員会に提出される。
  5. 国連障害者権利委員会は、対象締約国政府、市民社会、独立した仕組みそれぞれからの情報を踏まえ、さらに委員会会期で市民社会、独立した仕組みからの情報提供を受けて、締約国との建設的対話と審査を行い、最終見解をとりまとめる。

 以上が、国連障害者権利委員会が期待する、検討プロセスの基本モデルだと考えられる。

(2) 各国から国連障害者権利委員会へのレポート提出状況

 一方、本調査で明らかになったように、障害者権利条約の国内実施に関わる各主体からのレポート提出状況は、国によってかなり違いがある。

 例えば、市民社会からのパラレルレポートの提出は、韓国の市民社会は非常に活発に行ったが、スペインでは非常に限定的だった。

 また独立した仕組みからの独自レポートについても、国によって提出の有無や回数、提出の時期が異なり、やはり国ごとの違いが大きい。スウェーデンは独立した仕組みを指定していないため、またスペインは市民社会団体であるスペイン障害者代表委員会(CERMI)が独立した仕組みを兼ねているため、独自のレポートの提出がなかった。

 市民社会、独立した仕組みからの情報は、包括的な最初の報告の検討に極めて重要なものと考えられるが、実際には、国連障害者権利委員会の期待どおりに提供されないケースがかなりあることが分かる。

(3) 最終見解に至る検討の基本構造

 調査対象国に対する国連障害者権利委員会の事前質問事項と最終見解の内容を分析すると、最終見解に至る検討において、市民社会から提出されたパラレルレポートの役割が極めて大きいことがうかがえる。事前質問事項や最終見解で取り上げる論点、勧告の内容は、パラレルレポートが指摘した問題点に関するものが多く、パラレルレポートがいわば検討の出発点として用いられていることがうかがえる。

 ただし、パラレルレポートの指摘事項がすべて事前質問事項や最終見解に反映されるわけではない。国連障害者権利委員会は、パラレルレポートの指摘内容を確認・評価するための情報を事前質問事項や独立した仕組みからのレポートを通じて入手し、検討した上で最終見解をまとめる。パラレルレポートが指摘した課題であっても最終見解の勧告には含まれないものもある。それらは、相対的に重要度が低いと国連障害者権利委員会が判断したものや、政府又は独立した仕組みから十分な取組や対応に関する回答もしくは情報が得られたものである。

 この確認・評価のための情報として、各国政府からの情報に加えて、独立した仕組みからの情報が重視される。このため、独立した仕組みに対して、国連障害者権利委員会が独自レポート提出を要請する場合がある。その際には、報告の中で扱うべき論点などについて、国連障害者権利委員会からの助言あるいは意見交換が行われる。

 ただし、国連障害者権利委員会が独立した仕組みからの情報をどの程度重視、あるいは信頼するかは、対象国によって違いがみられる。その理由は明らかではないが、独立した仕組みの対応が不十分な場合や、政府からの独立性が疑われる場合ではないかと思われる。

 例えば、韓国に対する最終見解では、独立した仕組みが提出したレポートが最終見解に影響を与えた形跡がみられるが、オーストラリアでは、中核障害者団体が提出したパラレルレポートの視点が最終勧告に大幅に取り入れられ、独立した仕組みのレポートの影響はほとんど認められない。これは、何らかの理由により、オーストラリアの独立した仕組みの信頼性や独立性が疑われたことによる結果と考えられる。

 また、スウェーデンは独立した仕組みが指定されていないため、独立した仕組みからの情報提供がもともと期待できなかった。その結果、国連障害者権利委員会の検討は市民社会からのパラレルレポートを重視したものとなり、最終見解にもパラレルレポートの視点・主張が多く取り入れられた。

 このように、独立した仕組みからの情報が欠落したり不十分なものである場合には、国連障害者権利委員会の検討の拠りどころとなる情報がパラレルレポート中心となるため、最終見解が市民社会寄りになる傾向がみられる。

(4) 重視される論点

 今回の調査で検討した6条項は、いずれもこれまでの包括的な最初の報告の検討で重視されてきた条項だが、本調査対象国に対する事前質問事項や最終勧告をみると、特に以下の論点が重視されているといえる。

第5条:
障害者の権利の範囲と合理的配慮の理解が重視されている。障害者権利条約が規定する障害者の権利や対象となる障害者の範囲は幅広いものであり、そのすべてが締約国の政策の対象となっているかが問われている。また、合理的配慮が十分に幅広く理解され、その実施に向けた取組がなされているかも重視されている。
第6条:
障害のある女性に対する暴力への対策が重視されている。障害のある女性は、障害と性別による二重の差別の対象となりやすく、先進国でも暴力の問題がしばしば発生するため、法律、制度面も含め十分な対策がとられているかが重視されている。
第12条:
代理意思決定から支援された意思決定への移行が十分に実施されているかが重視されている。この論点は、すべての調査対象国で勧告の対象となっており、特に重視されている論点だといえる。
第19条:
脱施設化と居住の自由の保証が重視されている。障害者が地域社会から隔離された入所施設で暮らすのではなく、地域社会の中で住居を自ら選択して居住できる環境を整えることが重視されている。
第24条:
包容教育の総合的な実施が重視されている。特別支援教育を専門の学校や学級で行うのではなく、できるだけ多くの障害者が普通学級で学べること、学校内で必要な合理的配慮が十分に提供されることが重視されている。さらに、特別支援教育を修了することにより普通教育と同等の資格が得られることも重視されている。

今後の対応への示唆

 本調査で明らかになった検討プロセスの詳細な内容とこれまでの考察から、我が国が今後、包括的な最初の報告の作成とその後の検討プロセスに臨む際に留意すべき点として、以下が挙げられる。

  1. 国連障害者権利委員会が特に重視する論点については、できるだけ国内の障害者施策への反映を進める。短期的に十分な対応がとれないものについては、中長期的な施策の方向性や目標を検討しておくことが望ましい。
  2. 日本政府が包括的な最初の報告の作成と、その後の検討プロセスに臨むに当たって、ニュージーランド政府の対応姿勢が参考になると思われる。
    • 包括的な最初の報告では、政府や地方公共機関等の取組を説明するだけでなく、その取組の目標や現存する課題、それらの課題への対応の見通し等についても説明する。
    • 事前質問事項の中で、指摘された課題への対応が不十分なものについては課題の存在を認め、中長期的な対応の見通しも含めて、施策の方向性や目標を示す。
  3. 障害者政策の立案や実施に当たって、市民社会とのコミュニケーションを強化することが重要と考えられる。
    国連障害者権利委員会の検討の起点として、市民社会からのパラレルレポートは極めて重要な位置付けにある。市民社会とのコミュニケーションを図り、問題の所在や政策の方向性等について共通の認識を持つことは、検討プロセスに臨むための重要な準備となる。
  4. 独立した仕組みである障害者政策委員会について、その独立性を重視した運営を行い、国連障害者権利委員会からの信頼を得ることが重要である。
    これまでみてきたように、国連障害者権利委員会は、包括的な最初の報告の検討のための情報源として、独立した仕組みを重視している。しかし、独立した仕組みの独立性や情報の信頼性が十分でないと判断すると、結果的に市民社会の視点、意見をより重視した形で検討が行われる傾向がある。障害者政策委員会が国連障害者権利委員会から信頼できる情報源として認められるよう、独立性と十分な機能を持つ組織として運営することが重要と考えられる。

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