3-2 イギリス平等法における合理的配慮の概念
本調査のテーマである「合理的配慮」に該当する平等法での概念は、前述のとおり「合理的調整(reasonable adjustment)」である。ただし、DDA、平等法が定める合理的調整の概念と、障害者権利条約や我が国の障害者差別解消法が定める合理的配慮の概念には、大きく異なる部分がある。
DDA、平等法における合理的調整には、「対応型合理的調整(reactive reasonable adjustment)」と「予測型合理的調整(anticipatory reasonable adjustment)」の2つの形態が含まれる。このうち、対応型合理的調整は、障害者個人からの具体的要求に応じてなされる調整であり、障害者個人からの要求がない限りその履行義務は発生しない。これに対して予測型合理的調整では、サービス提供者などが障害者一般の不利益やニーズを予測して、法律に定める措置を講ずる義務を事前に履行しなくてはならない87。このことから、対応型合理的調整は国連障害者権利条約や我が国の障害者差別解消法が定める合理的配慮と同様の概念だと考えられるのに対し、予測型合理的調整は障害者差別解消法における事前環境整備に近い概念だと考えられる。
平等法では、雇用分野には対応型合理的調整を、また公共機関平等義務を負う公的サービス分野には主として予測型合理的調整を適用している88。したがって、一般向けサービスの提供者は、たとえ障害者からの具体的な要求がなくても障害者一般の不利益やニーズを予測し、事前に必要な合理的措置(reasonable steps)を講じておくことが求められる。必要な措置として、平等法は、
①障害者のサービス利用を不可能又は著しく困難にしている慣行、政策又は手続の変更
②障害者のサービス利用を不可能又は著しく困難にしている物理的な形状の変更
③障害者のサービス利用を可能にする補助手段の提供
の3つについて、事前に合理的措置をとることを求めている89。
サービスや公的機能について平等法が求める合理的調整の詳細は、平等法の施行規則(Services, Public Functions and Associations Statutory Code of Practice)第7章に示されている。
施行規則第7.20節では、合理的調整の先行義務について次のように述べ、サービスや公的機能の分野で求める合理的調整が予測型のものであることを示している。
「3つの活動領域(サービス、公的機能、団体)すべてに関して、ある障害を持った個人がサービスの利用を希望することに先立って、1つ又はそれ以上の種類の障害を持つ人々を阻む障壁に関して考慮、並びに行動が求められるという意味において、この義務は先行的なものである。」
さらに、第7.21節では次のように述べ、合理的調整に関する事前予測の重要性を説いている。
「それゆえ、サービス提供者は、合理的調整の義務について考慮するに当たり、ある障害者が彼らの提供するサービスの利用を希望するのを待つべきではない。彼らは障害者の要求と提供し得る配慮を事前に予測するべきである。合理的調整の需要を予測できなかった場合、余計な費用がかかったり、合理的調整の提供義務への対応が遅すぎると見なされるかもしれない。さらに、予測できなかったこと自体は合理的調整を提供できなかったことへの訴えに対する防衛手段にはならないだろう。」
このように、イギリスの平等法ではサービスや公的機能に関して予測型合理的調整を強く求めている点が大きな特徴である。ただし、このことは、障害のあるサービス利用者に対しサービス提供の現場で個別の対応をとることを否定しているわけではない。施行規則第7.26節では次のように述べている。
「サービスを利用しているか、又は利用を希望している特定の障害者の要求をサービス提供者が認識した時点で、その要求を満たすための特別な手段を講じることがサービス提供者にとって合理的になるかもしれない。障害者がサービスにアクセスする上で直面している困難を指摘していたり、その困難に対する合理的な解決方法を提案している場合においては特にそうである。」
このように、平等法はサービス分野について予測型合理的調整を強く求めているが、それだけではなく、合理的に予測対応し切れないケースについては対応型合理的調整も併せて実施することを推奨している。
87 差別的取扱いを受けたと当事者から訴えられた場合、合理的配慮について考慮した証拠記録を示す必要がある。証拠を示せない場合敗訴する可能性がある。(2016年2月17日、ODI&GEOインタビューより)
88 施行規則7.20、川島聡,「英国平等法における障害差別禁止と日本への示唆」,2012,法政大学大原社会問題研究所大原社会問題研究所雑誌641,39-40.
89 平等法20条