3-3 合理的配慮提供の枠組み

 前節で述べたように、イギリスの平等法は公共機関平等義務を伴う公的サービス分野において予測型合理的調整を求めている。公的サービスにおける合理的調整提供義務を担う主体であるサービス提供者(公共機関及びその委託を受けて公的サービスを提供する事業者)90は、障害者からの要求がなくてもそのニーズを予測し、必要な措置をとることが求められる。このため、多くの地方自治体や公共的なサービスを提供する団体での取組も、法令遵守の観点から、この事前措置を適切に行うことを目的として行われる予防的な取組が重視されている。

 地方公共団体は予測型合理的調整のために組織内の各部署での取組を進め、また組織内平等法遵守の推進などを行う単独の担当部署(平等チームなど)あるいは担当官(平等・多様性マネージャーなど)を置くところが多いが、その設置は任意であるため、組織ごとに取組体制は若干異なる(後述する自治体の事例を参照されたい)91。なお、直接市民と接する担当者は合理的配慮を求める当事者への対応記録を残して将来の訴訟に備える92

 本調査の目的である公的サービス分野での対応型合理的調整提供に関する合意形成プロセスについては、各自治体における公的苦情申立ての一連の手続(council's complaints procedure)がそれに相当する。ここではまず、担当窓口において交渉し、必要ならば部署のマネージャーが対応し、納得できない場合には苦情受付部署に申立てを行う。以上の手続で解決しない場合に初めてオンブズマン(local government ombudsman)に該当ケースが行く93。なお、公的サービス以外の民間事業者に対する苦情・相談の場合を含め、平等法に伴って設置されている平等人権委員会ヘルプラインに相談することもできるが、後述するようにかつて存在した障害者権利委員会による調整機能は既になくなっているため94、実質的に問題解決はサービス提供者と合理的配慮を求める当事者間に基本的に委ねられていることになる95

 公的サービスを利用する障害者側が納得できなかった場合は前述のように、一連の公的苦情申立て手続を経て、最終的に合意に至らない場合は訴訟になる96。なお平等人権委員会のヘルプライン97が訴訟を支援することもあるが、前述のように非常に重要なケースを除いては実質的な支援を行うことはない。また、民間事業者98についての苦情は平等人権委員会ヘルプライン以外に公的相談窓口がないことが、自治体のインタビューにおいて課題と指摘されていた99

  なお公共機関・民間事業所どちらが相手の場合でも、自治体の委託を受けて運営されている地域NPOの市民アドバイスサービス(CAB)や障害者NPOに相談し苦情処理の申請フォームや情報を得ることができるが、調停的な役割は行っておらず、その権限は限られている100

  公的サービス提供において、障害者から合理的配慮を求められた場合、前述のように、業務担当者は必要に応じて上司の判断を仰ぎつつ個別に対応し、訴訟リスクに備えて対応の記録を残す101。現場での判断を助けるためにさまざまな主体(分野別サービス提供者向け及び市民)に向けて平等法・施行規則に基づく多種多様な指針(ガイドライン)が平等人権委員会から発行されており、これらは裁判官にもよるが訴訟になった場合に参考にされる102。また政府の平等局(Government Equality Office、EGO)からも各種ガイドラインが発行されている。さらに、サービス提供団体に対しては、後述する地方政府協会やビジネスフォーラムのような会員組織がそれぞれの分野でのガイドラインを発行したり自己評価ツールや調停サービスを提供したりするなど傘下のサービス提供組織を支援している103


90 29条「(7)合理的調整を行う義務は下記の者に適用される。(a)サービス提供者(第55条第(7)項参照)、(b)公共又は公共の一部へのサービスの提供ではない公務を行う者」と規定されている。
91 2016年2月17日EGO・ODIインタビューによる。
92 同上。
93 Local Government Act 1974
94 2000年に設置された障害権利員会(DRC)は「障害のある人々とサービス提供者との間で起こった争いに対し、独立した仲裁業務を行う」機能を有した。(独立行政法人高齢・障害雇用支援機構障害者職業総合センター,「EU諸国における障害者差別禁止法制の展開と障害者雇用施策の動向」,2007,p.43)
95 同上。
96 同上。ただし一般の障害者にとって訴訟を起こすに当たりハードルは高い。
97 かつては人権平等委員会のヘルプラインが直接提供されていたが、2012年より委託を受けた民間団体が運営している
98 委託を受けて公的サービスを提供している場合を除き、公共機関平等義務は負わない。ただし平等法下で合理的配慮提供義務は負う
99 2016年2月16日Derby市インタビューによる
100 また、抗議行動を起こしたり、マスコミに取り上げさせたり地元選出の議員に訴えるなどの行動を起こすこともできる。最終的な解決手段は訴訟である。(2016年2月16日Derby CABインタビューによる)
101 2016年2月17日EGO・ODIインタビューによる。ただし、障害者が実際に苦情を申し立てたり訴訟を起こすには多くのバリアがある。(2016年2月16日Derby CABほかインタビューによる。)(2016年2月16日Derby市インタビューによる。)
102 法的根拠はないが、裁判官は判決にあたって参考にすることができる(2016年2月18日元DRCメンバーCasserley弁護士インタビューによる)。
103 同上。

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