2-2 イギリスの包括的な最初の報告の国連審査状況
(1) 審査プロセスの現状
1)障害者権利条約の批准
イギリスは2009年に障害者権利条約を批准し、これに基づいて各施策を行ってきた。2011年には国連に包括的な最初の報告を提出しており、当時の障害者権利条約の実施状況が報告されている43。
2014年秋には国連での報告審査が行われる予定であったが、前述のとおり2010年総選挙の結果、政権交代となり、障害者政策にも大幅な見直しが行われた。その影響は特に市民社会にとって大きなもので、大幅な補助金の削減などが行われ、主要な障害者団体の中にも活動休止などに追い込まれる団体が少なからずあった。その結果、市民社会によるパラレルレポートの作成が大幅に遅れ、2014年にスコットランドの障害者団体がパラレルレポートを提出したが、イギリス全土及びそれ以外の地方からの報告は、2016年末から2017年になってようやく障害者権利委員会に提出された。
これを受けて、障害者権利委員会では、2017年3月開催の第7回事前作業部会でイギリスの包括的な最初の報告の検討を行った後、2017年8月に開催予定の第18会期において事前質問事項を作成することとなった。
2)障害者権利条約に基づく報告
ここでは、障害者権利条約に基づく報告について、障害者権利委員会とイギリス政府及び関係機関、団体のやりとり、報告書提出状況を示す。
図表2-2 イギリスの報告書提出状況(図表2-2のテキスト版)
(出所:障害者権利委員会サイト及び各資料より作成)
3)市民社会からの情報
イギリスの市民社会からの情報は、パラレルレポート(学習障害のためのスコットランド協議会;Scottish Consortium for Learning Disability)、シャドーレポート(Reclaiming our Futures Alliance)を含めて、8件提出されている。また、平等人権委員会から、独立した仕組み(UKIM)として、報告書が提出されており、その補足として、地方の独立した仕組みから、イングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドに関する報告書が提出されている。
団体名 | 提出日 |
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Scottish Consortium for Learning Disability | 2014/5/21 |
Inclusion Scotland | 2016/12/14 |
Disability Rights UK and Disability Wales | 2016/12/14 |
Inclusion Scotland, Disability Rights UK and Disability Wales | 2016/12/14 |
European Union Agency for Fundamental Rights | 2017/2/17 |
Reclaiming our Futures Alliance (UK Shadow Report) | 2017/2/27 |
Reclaiming our Futures Alliance(UK Submission on List of Issues) | 2017/2/28 |
UK Disability Action | 2017/2/22 |
(出所:障害者権利委員会サイトに基づき作成)
資料名 | 団体名 | 提出日 |
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Disability rights in the UK | the United Kingdom Independent Mechanism (UKIM) | 2017/2/10 |
Disability rights in Scotland | Equality and Human Rights Commission & Scottish Human Rights Commission | 2017/2/10 |
Disability rights in England | Equality and Human Rights Commission | 2017/2/10 |
Disability rights in Wales | Equality and Human Rights Commission | 2017/2/10 |
Disability rights in Northern Ireland | Northern Ireland Human Rights Commission and Equality Commission for Northern Ireland | 2017/2/10 |
Disability rights in Northern Ireland | Equality Commission for Northern Ireland, Northern Ireland Human Rights Commission and CRPD Independent Mechanism for Northern Ireland | 2017/2/10 |
Disability rights in the UK | the United Kingdom Independent Mechanism (UKIM) | 2017/2 |
(出所:障害者権利委員会サイトに基づき作成)
(2) イギリスの審査プロセスにおける主な論点
ここでは、2017年3月までに提出されたイギリス政府、市民社会、平等人権委員会からの報告及び障害者権利委員会がまとめた事前質問事項について、主要項目に関する論点のポイントを示す。
基本的事項(実施体制)
イギリスは連合王国という特殊な統治体制の連邦国家であり、各地域に独自の政府(自治政府)と法律があり、各地域の独立性、権限委譲の程度がそれぞれ異なっている。
障害者権利条約の実施体制も、各委譲地域に中央連絡先と独立した仕組み(平等人権委員会など)を置く分権体制となっている。また、障害者施策の法的基盤である平等法は北アイルランドが対象外であるほか、各地域が独自の関連法を定めている。
このような分権的な体制でイギリス全土にわたり適切な条約実施が保証できる仕組みを構築できているのか、各自治政府間での計画や施策の整合、調整はどのように行われているのかが不明確であるとパラレルレポートで指摘されており、事前質問事項でもこの点が取り上げられた。また、包括的な最初の報告で紹介された障害者参画の仕組みが、政権交代に伴い改廃されたことに関連して、条約実施や調整手続への障害者参画の状況が問われた。
第5条 平等及び無差別
第5条については、パラレルレポートでの指摘も踏まえ、事前質問事項でも多くの論点が取り上げられた。
まず、妊娠中絶法で通常の胎児の中絶が24週までしか認められないのに対し、障害がある胎児は出産直前まで中絶が認められることがパラレルレポートで指摘され、事前質問事項では人工妊娠中絶に関する差別防止の措置について情報を求めた。
また、平等法には複合的差別禁止が謳われているが、パラレルレポートによれば、その実施が遅れるとイギリス政府は発表した。これについて事前質問事項では、複合的・横断的差別の防止及び排除のための具体的措置について質問した。
さらに、パラレルレポートでは合理的配慮提供について、分野などにより法的義務の範囲に格差があることが指摘された。これは、イギリスでは公共機関平等義務が定められており公共サービスには予測型合理的配慮義務が課せられているが、雇用分野については予測までの義務はなく、対応型合理的配慮のみを求めていることなどを指摘したものと考えられる。予測型合理的配慮義務は障害者権利条約が求める合理的配慮の概念と比べても厳しい義務といえるが、パラレルレポートはこれを「プロセスの義務」であり成果の達成にフォーカスしていないとしている。これについて、事前質問事項では「制度上の格差に対処するための措置」に関する情報を求めた。
第6条 障害のある女子
パラレルレポートでは、イギリスの新たな社会保障政策は障害と性別の複合差別を考慮していないとの指摘がある。事前質問事項では障害のある女性の政策面での包容の考え方、暴力への対処と被害者支援の措置について情報が求められた。
第9条 施設及びサービス等の利用の容易さ
イギリスでは公共施設、公共輸送、公共通信のアクセシビリティ計画が定められたが、パラレルレポートはその実施が進んでいないと指摘した。事前質問事項では定められた計画への違反に対し、自治政府がどのように対処しているかが問われた。
第12条 法律の前にひとしく認められる権利
包括的な最初の報告では障害者の意思決定支援について、イングランドとウェールズでは2005年意思決定法が、またスコットランドではスコットランド無能力者法が法的枠組みを提供しているとしていた。これらの法律では代理意思決定を規定しており、条約第12条の考え方と整合していないとのパラレルレポートの指摘を踏まえ、事前質問事項ではこれらの法律の廃止に向けた措置や、支援付き意思決定の提供のための措置について尋ねた。
第19条 自立した生活及び地域社会への包容
イギリスでは、労働党政権時代に策定された「自立した生活のための戦略(ILS)」で個人予算という独自の仕組みを導入し、障害者支援サービスの個人化を進めた。しかし、政権交代により自立した生活のための戦略は更新されず、新たに「自立した生活に関する行動枠組み」が策定された。パラレルレポートではこの新しい枠組みは有効でなく、自己指向支援(障害者個人の管理、選択に基づく支援)の資源がかなり不足していると指摘している。
事前質問事項では既存制度の維持に関する取組や、障害者の自立生活のコスト算出の考え方、十分な予算の割り当て保証のための措置などについて質問した。これらは、パラレルレポートの指摘を強く意識した内容といえる。
第21条 表現及び意見の自由並びに情報の利用の機会
第21条に関連して、パラレルレポートでは手話通訳者の利用の困難を指摘しており、事前質問事項でも手話通訳に関する措置について質問している。
第24条 教育
イギリスは障害者権利条約の批准に当たり、第24条を留保している。事前質問事項ではこの留保の取り下げについて質問した。
第24条に関して、パラレルレポートでは障害のある子供が特殊学校へ通学する割合が増加していること、障害学生手当(DSA)の減額による影響が極めて大きいことを指摘した。これらの指摘を踏まえて、事前質問事項ではインクルーシブ教育を進めるための取組、低所得世帯の障害者が教育を受けられることを保証する措置について質問した。
第33条 国内における実施及び監視
基本的事項でも言及したように、イギリスは特殊な分権体制の国であり、条約の実施及び監視体制についても、必ずしも全体が体系的に整備されたものとはなっていない。パラレルレポートでも障害問題担当室の役割や条約実施の保証の仕組みが不明確であることが指摘された。また、政権交代後、独立した仕組みである4つの人権委員会は大幅な予算削減により人員、機能の縮小を余儀なくされていることも指摘された。これについては昨年度調査でも一部把握しており、例えば、平等人権委員会はヘルプラインの提供や障害調停サービスを廃止(ヘルプラインは民間団体へ移管)している。
これらの指摘を受けて、事前質問事項では中央連絡先と調整のための仕組みの業務範囲を質問しているが、特に海外領土の扱いについて情報提供を求めた。また、障害者の関与と監視の仕組みに対する資金割り当てのための措置について質問した。
項目 | 包括的な最初の報告のポイント(抜粋) | パラレルレポートでの指摘 | 事前質問事項での情報提供要求事項 |
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基本事項 |
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第5条 平等及び無差別 |
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第6条 障害のある女子 |
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第9条 施設及びサービス等の利用の容易さ |
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第12条 法律の前にひとしく認められる権利 |
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第19条 自立した生活及び地域社会への包容 |
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第21条 表現及び意見の自由並びに情報の利用の機会 |
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第24条 教育 |
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第33条 国内における実施及び監視 |
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43 包括的な最初の報告の作成プロセスについては、『平成25年度障害者権利条約の国内モニタリングに関する国際調査報告書』4-3(1)で詳述している。