5-2 イランの包括的な最初の報告の国連審査状況
(1) 審査プロセスの現状
これまで、イランについては、2016年9月に行われた第6回事前作業部会で、事前質問事項が提出されている。また、2017年4月から5月に行われる第17会期会合で、イランが、最初の報告を行う予定となっている。
1)障害者権利条約の批准
イランでは、2008年12月3日に、障害者権利条約へのイラン・イスラム共和国の加盟に関する法律が議会で採択され、2008年12月24日に、監督者評議会(Guardian Council)によって、同法が承認された124。そして、2009年1月14日に、当時のイラン・イスラム共和国大統領が、協同組合・労働・社会福祉省(the Ministry of Cooperatives, Labor and Social Welfare)に対して、実施のための法律を送付し、2009年10月23日に、国連に批准書が寄託された125。
2)障害者権利条約に基づく報告
イランの最初の報告は、2013年12月24日に提出(受理)されている。なお、障害者権利委員会の定めた提出期限は、2011年11月23日であった。
最初の報告の作成については、関連する政府機関及び非政府の専門家の協力とともに、外務省(人権事務所)が調整した、としている。報告の草案作成において、以下の省庁などの機関が参加した。最初の報告の作成に参加したとされる機関は、議会(障害者の権利に関する立法府調査センター及び議会少数グループ)、イラン・イスラム共和国裁判所、保健省、文化・イスラム指導省、内務省、協同組合・労働・社会福祉省、道路・都市開発省など関連省庁、地方自治体、犠牲者・退役軍人財団、国家福祉機関、赤新月社、エマーム・ホメイニ救済委員会、女性・家族のための大統領補佐官、イラン放送局、特殊教育機関、市民社会となっている126。
また、報告の草案に協力を求めるため、外務省が会合を開き、そこに、NGO及び活動中の障害者を出席者として招待した。これらの団体から、障害者協会、障害者科学芸術協会、テヘラン脊髄損傷協会、ラード慈善団体、機会均等を求める慈善団体に委託(照会)したとされる127。
この最初の報告は、現在の障害者政策の状況だけでなく、過去4年間のこの分野の発展に関する全体像を示している128。
その後、イランに対する事前質問事項は、2016年9月9日に提出されており、事前質問事項の回答は、2017年1月3日に提出されている。
図表5-2 イランの報告書提出状況(図表5-2のテキスト版)
(出所:障害者権利委員会サイト及び各資料より作成)
3)市民社会からの情報
2016年9月の第6回事前作業部会では、Global Initiative To End All Corporal Punishment of Childrenによって、「Briefing on Iran for the Pre-Sessional Working Group of the Committee on the Rights of Persons with Disabilities」が提出されている129。
この報告では、イランにおける障害のある子供への体罰の適法性(適法としていること)に対して、イランは体罰及びその他の残酷で侮辱的な虐待(処罰)からすべての子供を守る権利を侵害していると指摘している。その上で、障害者権利条約第7条、第15条、第16条、第17条に関連して、国連条約機構の法体系、及び、子供に対する暴力(体罰を含む)を終わらせる世界的な取組、持続可能な開発のための2030アジェンダの文脈で、障害者権利委員会に以下のことを求めている。
- イランの事前質問事項に、体罰の問題を含める。特に、障害のある子供が、あらゆる環境で、あらゆる形の子供への体罰から、法律及び取組において保護されるよう、どのような措置を講じているか尋ねる。
- イランの最初の報告に関する委員会の総括所見では、法案を立法し、あらゆる環境でのあらゆる体罰を明確に禁じるため、優先的な問題として、提案することを勧告している。1935年民法、2013年イスラム刑法、2002年児童保護法において、親/保護者による体罰の使用に対する法的保護を明確に破棄する。18歳未満の者が関与した犯罪の刑罰として、体罰を認める規定を破棄する。
2017年2月の第17会期会合では、Impact Iran130及びthe Center for Supporters of Human Rights131によって、「The Rights of Persons Disabled by Landmines in the Islamic Republic of Iran」及び、The Advocates for Human Rights132、The Abdorrahman Boroumand Foundation133、The World Coalition Against the Death Penalty134によって、「Iran’s Compliance with the Convention on the Rights of Persons with Disabilities: The Death Penalty」の2つの報告書が提出されている。
「The Rights of Persons Disabled by Landmines in the Islamic Republic of Iran」では、イランにおいて、地雷によって障害を受けた人、特に子供の権利に関する提案がなされている135。なお、この報告書の主要な情報源は、地雷によって障害を受けた人及びその家族を擁護する、イラン内外の弁護士、活動家である。(ただし、自身が地雷の犠牲者ではない。)これらの情報に基づき、以下の勧告を行っている。
- 地雷の犠牲者に関する現在の法律の改正
- 議会の議員、犠牲者の弁護士のようなこの分野により精通している人を委員会の構成員の何人かと代える。
- 委員会が、調査を開始し、適宜、待遇(補償)に関して最終決定できるよう保証する。
- 政府機関から任命された委員の数を削減する。
- 地雷による障害者ごとの補償額が、適正な生活水準及びすべての医療及びその他の障害に関連するニーズの支払に適していることを保証する。
- 地雷の生存者を支援する条約の規定から利益を得られる地雷禁止条約へ加盟する。
- 18歳未満の子供が、障害者のための毎月の奨学金(給付金)を受け取れるよう規則を改正する。
- 裁判所の救済措置を受けた、地雷による障害者が、委員会令第2条の給付金を失効されないよう保証する。
また、「Iran’s Compliance with the Convention on the Rights of Persons with Disabilities: The Death Penalty」では、イランの刑事司法制度について報告を行っている136。報告書では、イランの刑事司法制度は、幾つかの方法で、精神障害者、身体障害者の権利を侵害している、としている。その理由として、以下の根拠が挙げられている。第1に、イランの法律の下では、精神障害のある被害者に対して特定の犯罪を行ったと有罪宣告を受けた個人は、そのような障害のない被害者に対する犯罪を行った個人より、軽い刑罰となっている。第2に、イランの法律は、「精神病」と判断する恣意的な基準を強いることで、精神障害のある犯罪者に対する差別をしている。第3に、刑事司法制度は、精神社会的または知的障害のある被告のために配慮を提供せず、公平な裁判の権利が否定されている。第4に、拘置所は、身体障害、精神障害のある拘留者に対する配慮を提供せず、健康に対する権利、自由及び安全に対する権利を侵害している。第5に、幾つかの州では、裁判官が、定期的に、切断刑を課している。
(2) イランの審査プロセスにおける主な論点
ここでは、2017年3月までに提出されたイラン政府、障害者権利委員会がまとめた事前質問事項、イラン政府が2017年1月に提出した事前質問事項への回答について、主要条項に関する論点のポイントを示す。
第5条 平等及び無差別
包括的な最初の報告では、憲法第3条9項で、あらゆる形式の差別の廃止、公平な機会提供を政府の義務としていることを指摘している。さらに憲法第19条(人種の平等)、20条(性別の平等)にも言及しているが、障害者保護に関する包括法などの個別の法制度には触れていない。
事前質問事項は、条約の要件を踏まえた障害者差別禁止法の制定に向けた措置と、民族・宗教・言語・LGBTのマイノリティにおける障害者保護について情報を求めた。これに対し、イラン政府の回答では、行政違反取扱法や民事責任法などの一般的な法制度での規定を説明し、複合的マイノリティについては政治活動やサービス受給に特別なハードルはないと述べている。また、LGBTについては希望者には性同一性の変化(矯正)を援助すると述べるにとどまっている。
第6条 障害のある女子
包括的な最初の報告では、憲法第21条(女性の権利保障)の規定を示すとともに、障害のある女性のための具体的措置の例として就職前職業訓練や家族の教育支援、ワークショップなどを挙げている。
事前質問事項は、障害のある女性への横断的・複合的差別を減らすための措置(特に法的な措置)、障害のある女性や女児に対する暴力への取組について情報を求めた。イラン政府の回答では、特別な状況の女性の労働時間短縮に関する法律の導入、障害のある女性の早期退職や兵役免除などを説明している。虐待や暴力への対応については、国家福祉機関からの弁護士の提供、カウンセリングセンターや緊急ユニットの提供などを挙げ、さらに障害のある女性の司法アクセスに関する法律を立案中であると述べている。
第9条 施設及びサービス等の利用の容易さ
第9条について包括的な最初の報告は、障害者保護に関する包括法第2条で公的機関にアクセシビリティ確保が義務付けられており、国及び地方自治体で障害者、特に傷痍退役軍人のニーズに合わせ施設・移動手段の広範なバリアフリー化措置がとられていると説明している。
これに対し事前質問事項は、障害者保護に関する包括法第2条の規定や国家基準が、条約が求めるアクセシビリティのすべての側面を含んでいるか、その実施の監視や遵守しない場合の罰則が適切に定められているかを問うた。イラン政府の回答は、施設のバリアフリー化プロセスを監視する組織を政府内に設置することや、住居・車両のバリアフリー化の支援について述べるとともに、包括的な最初の報告では触れなかったインターネットや教育資源、ウェブサイトへのアクセス改善についても言及している。
第12条 法律の前にひとしく認められる権利
包括的な最初の報告では、憲法第90条に規定する苦情申立ての権利と、議会によるその実施監督について説明した。障害者の代理意思決定については、精神障害者の後見について、常に検察官が被後見人の利益の遵守を調査するとしている。
事前質問事項では後見の問題を取り上げ、代理意思決定を廃止し支援付き意思決定を提供する仕組みの確立に向けた措置について情報を求めた。これに対しイラン政府の回答では、18歳以上の精神障害者に後見人が指名されること、130万人の障害者を福祉機関が支援し、その法律事務所が後見となって障害者の権利を擁護していること、後見の行動すべてが司法機関に監視されることを述べているが、支援付き意思決定への移行については言及していない。
第19条 自立した生活及び地域社会への包容
包括的な最初の報告では、障害者の自立や社会参加に向けた取組として、障害者と家族に向けた自立生活のための教育の提供、カウンセリングセンターにおけるカウンセリング提供、医療介護プログラムの提供などを挙げた。
事前質問事項では、施設から地域への移行の問題を取り上げ、脱施設化のための戦略や資源について情報を求めた。これに対しイラン政府の回答では、在宅介護サービスの開発、自助社会グループの促進、リハビリクリニックの強化、スモールホームの設立などの取組を挙げ、主な在宅サービスの利用者数を報告している。
第21条 表現及び意見の自由並びに情報の利用の機会
包括的な最初の報告は、第21条についてはテレビ放送の多くの番組に手話がついていることを述べるにとどまっていた。
事前質問事項は、手話や点字が公用語として扱われているかを質問するとともに、マスメディアのアクセシビリティを保証するための措置について情報を求めた。イラン政府の回答では、手話や点字が公式なものとして使用されていること、障害者保護に関する包括法の改正案や内閣府令でこれらを促進していることを述べるとともに、ウェブサイト、新聞・雑誌のアクセシビリティ確保の取組を説明している。
第24条 教育
包括的な最初の報告では、貧困状態の障害者への無償教育提供や、政府盲人センターでの視覚障害者への教育支援の取組を挙げるとともに、2013年から、特殊学校の生徒を普通学校へ統合するインクルーシブ教育の計画が始まったことを述べている。
事前質問事項は、障害のある子供に合理的配慮を提供する教育センターの数や、インクルーシブ教育に割り当てられた人材、資源、財源など、進められているインクルーシブ教育に関する具体的な情報を求めた。これに対しイラン政府の回答は、教育センターの数やインクルーシブ教育を受ける人数などの基本的なデータを示し、インクルーシブ教育のためのツール開発や支援サービスを犠牲者・退役軍人財団が提供していると述べている。
第33条 国内における実施及び監視
包括的な最初の報告は、2つの中央連絡先(福祉社会保障省・国家福祉機関、犠牲者・退役軍人財団)と、議会の少数(専門)グループ、NGOの関与を高める施策について説明した。
事前質問事項では、調整のための仕組みの指名、監視の仕組みを確立するための措置について情報を求めた。これに対し、イラン政府の回答では、2015年の内閣府令によって障害者のための調整諮問委員会が設置されたこと、この諮問委員会は障害者保護に関する包括法の改正により法的根拠を得ること、条約実施の監視のために2つの中央連絡先が合同事務局を設けたことを報告している。
項目 | 包括的な最初の報告のポイント(抜粋) | 事前質問事項での情報提供要求事項 | 事前質問事項への回答 |
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第5条 平等及び無差別 |
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第6条 障害のある女子 |
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第9条 施設及びサービス等の利用の容易さ |
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第12条 法律の前にひとしく認められる権利 |
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第19条 自立した生活及び地域社会への包容 |
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第21条 表現及び意見の自由並びに情報の利用の機会 |
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第24条 教育 |
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第33条 国内における実施及び監視 |
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124 CRPD/C/IRN/1 paragraph1.
125 CRPD/C/IRN/1 paragraph2.
126 CRPD/C/IRN/1 paragraph5.
127 CRPD/C/IRN/1 paragraph184.
128 CRPD/C/IRN/1 paragraph6.
129 INT/CRPD/ICO/IRN/24861/E
130 2014年1月に発足した人権擁護の連合である。7カ国に拠点を置く14団体で構成されている。様々な立場でイランの人権を改善させる活動を行っている。インパクト・イランは、ニューヨーク大学ブルックリン校でのプロジェクトである。(INT/CRPD/CSS/IRN/26753/E)
131 人権支援センターは、2012年に、イギリスで法人化された非営利NPOである。ノーベル賞学者のShirin Ebad博士が創立者であり、センターの代表である。CSHRは、人権意識の向上、教育、エンパワメントを通じで、イラン人の生活を改善する。(INT/CRPD/CSS/IRN/26753/E)
132 国際人権機銃及び法の支配について、公平な促進と保護を表明するボランティアベースのNGOである。1983年に設立され、アメリカ及び世界で、監視・現地調査、法的代理人の指導、教育・研修、出版など、人権を促進する幅広いプログラムを実施している。(INT/CRPD/CSS/IRN/26752/E)
133 イランにおける人権及び民主主義の促進に従事するNPOである。政治とは無関係の独理した団体である。1991年4月18日にパリで暗殺されたイラン人弁護士で民主活動化のAbdorrahman Boroumand博士の名を冠している。財団は、イランの安定した民主主義の確立のために、教育、情報の普及による人権意識の促進が必要不可欠であると考える。(INT/CRPD/CSS/IRN/26752/E)
134 150以上のNGO(弁護士会、地方自治体、組合)の連合であり、2002年5月13日にローマで設立された。目的は、死刑に反対する国際的な重要性を強化することである。最終的な目的は、死刑を普遍的に廃止することである。(INT/CRPD/CSS/IRN/26752/E)
135 INT/CRPD/CSS/IRN/26753/E
136 INT/CRPD/CSS/IRN/26752/E