目次]  [次へ

第1編 共生社会の実現に向けて

第1節 共生社会の実現に向けた取組

1 共生社会の実現の重要性

平成28年7月26日、神奈川県相模原市の障害者支援施設「津久井やまゆり園」(以下「施設」という。)に施設の元職員である男が侵入し、多数の入所者等を刃物で刺し、19人が死亡、26人が負傷するという事件が発生した。

これを受け、様々な観点から必要な対策を早急に検討するため、政府は、直ちに「障害者施設における殺傷事件への対応に関する関係閣僚会議」(以下「閣僚会議」という。)を設置した。また、それを受けて同年8月に設置された「相模原市の障害者支援施設における事件の検証及び再発防止策検討チーム」(以下「検討チーム」という。)では、事実関係の徹底した検証と、それを踏まえた再発防止策について議論が行われ、同年12月8日に報告書(以下「検討チーム報告書」という。)が取りまとめられたところである(事件の検証及び再発防止については、第2節に記載)。

今回の事件は、障害者への一方的かつ身勝手な偏見や差別意識が背景となって、引き起こされたものと考えられる。こうした偏見や差別意識を社会から払拭し、一人一人の命の重さは障害のあるなしによって少しも変わることはない、という当たり前の価値観を社会全体で共有することが何よりも重要である(「検討チーム報告書」より)。また、今回の事件発生を受け、共生社会の実現とそのための国民の理解促進の重要性が改めて認識されたものと考えられる。

障害者基本法(昭和45年法律第84号)第1条では、全ての国民が、障害の有無にかかわらず、等しく基本的人権を享有するかけがえのない個人として尊重されるものであるとの理念にのつとり、全ての国民が、障害の有無によつて分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会(以下「共生社会」という。)を実現するため、障害者の自立及び社会参加の支援等のための施策を総合的かつ計画的に推進することを目的とする旨定めている。

それとともに、同法第8条では、国民の責務として、国民は、共生社会の実現に寄与するよう努めなければならない旨定めている。また、障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(平成25年法律第65号)(以下「障害者差別解消法」という。)第4条では、同じく国民の責務として、国民は、障害を理由とする差別の解消の推進に寄与するよう努めなければならない旨定めている。

国民がこのような責務を果たしていくためにも、政府としては、共生社会の実現を目指す強い姿勢を明確に示しつつ、学校教育の段階からあらゆる場面において共生社会に係る教育を進めること等も含め、障害及び障害者に対する更なる国民の理解が促進されるよう、あらゆる機会を活用して、共生社会の実現に向けた様々な啓発等の取組を粘り強く着実に展開していくことが求められている。

2 共生社会実現のための啓発の取組

政府では、全ての国民が障害の有無にかかわらず、互いに人格と個性を尊重し合い、理解し合いながら共に生きていく共生社会の実現に向け、障害者基本法及び障害者差別解消法の理念に沿って、障害及び障害者に対する国民の理解を促進するための広報啓発活動に取り組んでいるところである。

(内閣府における取組)

今回の事件も踏まえ、内閣府では平成28年度に共生社会の実現に向けたいくつかの具体的な取組を行った。

加藤内閣府特命担当大臣の施設訪問・献花の様子(平成28年8月29日)

(1)障害を理由とする差別の解消に向けた地域フォーラムの開催

内閣府では、平成28年4月から施行された障害者差別解消法に対する理解及び各地域における取組の促進等を図るため、地方公共団体と連携して「障害を理由とする差別の解消に向けた地域フォーラム(以下「地域フォーラム」という。)」を開催している(平成28年度は全国15箇所で開催。詳細は「第3編第1章」及び内閣府ホームページ参照)。

今回の事件後、神奈川県横浜市で開催された地域フォーラム(平成28年9月2日(金))では、加藤勝信内閣府特命担当大臣が出席し、一般の参加者を前に、命の尊さや共生社会実現の重要性について発信を行った。

加藤内閣府特命担当大臣の地域フォーラムでの挨拶の様子(平成28年9月2日)
障害を理由とする差別の解消に向けた地域フォーラム(神奈川)/加藤内閣府特命担当大臣出席
  • 日時: 平成28年9月2日(金) 13:00~16:00
  • 場所: 神奈川県かながわ県民センター2Fホール
  • フォーラムにおける加藤大臣発信のポイント

*  障害者の存在を否定するような発言は、断じて許すことはできない。

*  すべての命は等しく尊いものであり、かけがえのない存在。

*  内閣府として、すべての国民が障害の有無にかかわらず、互いに人格と個性を尊重し合い、支え合いながら未来を築いていく「共生社会」、「一億総活躍社会」の実現に向けて、障害者に対する関心と理解を深めるため、広報啓発など具体的な取組を行っていく。

※加藤大臣挨拶全文:内閣府ホームページ

(2)政府広報を活用した意識啓発

内閣府では政府広報を活用し、障害及び障害者に対する理解促進と共生社会の実現に向けた意識啓発を行った。

(政府広報:新聞広告の掲載)
政府広報内閣府 一人ひとり、かけがえのない命
【新聞突出し広告】
  • 障害及び障害者に対する理解促進
  • 「共生社会」実現に向けた意識啓発

※平成28年9月13日~18日/70紙に掲載

(政府広報:動画番組の配信)
【政府広報番組】
  • 番組名:霞が関からお知らせします2016
  • 放送日:平成28年12月3日(土)
  • テーマ:障害者に対する理解促進
  • 概 要:障害の有無にかかわらず、お互いに人格と個性を尊重し支え合う共生社会。その実現のためには障害のある方に対する理解を深めることが大切である。12月3日~9日に実施された障害者週間にあわせて、障害のある方が利用する施設(重度心身障害者向け施設)を訪問し、障害者の方々の思いや日常の活動、周囲の方との交流の模様を紹介。

※政府広報ホームページ(政府広報オンライン

あしたの暮らしをわかりやすく政府広報オンライン

(3)障害者週間におけるシンポジウムの開催

障害者基本法では、12月3日から9日までの期間を「障害者週間」と規定しており、この期間を通じて、国、地方公共団体、民間団体が連携・協力し、障害及び障害者に対する関心と理解を深め、障害者が社会、経済、文化その他あらゆる分野への参加の促進が図られるよう、様々な取組が行われている(詳細は「第3編第1章」及び内閣府ホームページ参照)。

内閣府では、「障害者週間」事業の一環として、真の共生社会とは何かを改めて問うシンポジウムを開催した。

【シンポジウム概要】
  • 開催日時 平成28年12月2日(金)14:30~17:00
  • 開催場所 中央合同庁舎第8号館
  • テーマ  真の共生社会とは何か、あらためて問う-全ての命と尊厳の尊重を
  • 趣旨 「障害者基本法」が掲げる「全ての国民が、障害の有無にかかわらず、等しく基本的人権を享有するかけがえのない個人として尊重される(第1条)」、「全ての障害者が、障害者でない者と等しく、基本的人権を享有する個人としてその尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい生活を保障される権利を有する(第3条)」等の理念を改めて確認し、全て国民の命と尊厳が尊重されることの大切さを広く共有し、共生社会の実現に揺るぎなく向かっていくことを確認する機会とするもの。
プログラム

①基調講演

野澤 和弘 氏((株)毎日新聞社論説委員、障害者政策委員会委員)

②パネルディスカッション

  • 久保 厚子 氏(全国手をつなぐ育成会連合会会長、障害者政策委員会委員)
  • 熊谷晋一郎 氏(東京大学先端科学技術研究センター准教授)
  • 名里 晴美 氏(社会福祉法人訪問の家理事長)

※コーディネーター:野澤 和弘 氏

「真の共生社会」実現のため、共有された主な課題や認識等
  • 共生社会とは、障害のある人とない人が具体的に接し関わりあう中で、全ての人の尊厳が守られる社会。
  • 具体的に接し関わりあう中で、障害のある人とない人が共に知り合うことが共生社会実現にとって重要。
  • 「障害の有無によって分け隔てられない共生社会」の実現は、全ての人が安心して暮らせる社会への転換となっていくもの。
  • 今後取り組むべき課題の一つとして、学校教育の中で障害者及び障害の社会モデルについて学ぶことが重要。
  • 障害者と接する機会が限られ、障害者のことがあまり知られていないことがある。子供の時から、分け隔てられず接していくことが大切。
  • 障害のある子供を持つ親が経験した苦労や工夫した育児・生活に対する理解の促進(学校教育の中で「心のバリアフリー」を社会モデルとして学ぶことが重要)。
  • 障害者施設と地域住民との交流の重要性(障害者が地域で暮らしている姿を様々な場面で具体的に知ってもらうことが大切)。
  • 障害者が社会参加をして成長し、共生社会を実現するためには、家族も当事者も一歩踏み出すことが大切。行政もそのための取組が必要。
  • 「暴力を受けない」状況をつくること。そのためには頼れる依存先を増やしていくことが必要。誰も取り残されない社会づくりを進めていくことが必要。
「障害者週間」記念シンポジウム 【テーマ】真の共生社会とは何か、あらためて問う-全ての命と尊厳の尊重を

神奈川県相模原市の障害者支援施設で殺傷事件が発生した直後の7月29日(金)に開催された内閣府の審議会「障害者政策委員会」では、冒頭で、石川准委員長が、今回の事件について触れた上で、亡くなられた方々への御冥福と御遺族の方々へのお悔やみ、負傷者とその関係者等へのお見舞いが伝えられ、全委員により黙祷がささげられた。

黙祷後、本委員会の構成員である全国手をつなぐ育成会連合会の田中正博委員より、今回の事件の発生直後に、障害のある人や御家族の不安を少しでも軽減させ落ち着いて暮らしてもらえるよう、団体が発出した声明文(※声明文は「障害のある方」に向けたものを含む2種類)が紹介された(声明文は机上配布)。【声明文は全国手をつなぐ育成会連合会のホームページ別ウィンドウで開きますでも閲覧可能】

声明文①
神奈川県立津久井やまゆり園での事件について(声明文)

平成 28年7月 26日未明、障害者支援施設「神奈川県立津久井やまゆり園」(相模原市緑区、指定管理者・社会福祉法人かながわ共同会)において、施設入所支援を利用する知的障害のある方々が襲われ、19 人が命を奪われ、20 人が負傷するという未曾有の事件が発生しました。被害に遭われ亡くなられた方々に、衷心よりご冥福をお祈りするとともに、ご家族の皆様にはお悔やみ申し上げます。また、怪我をされ治療に当たられている方々の一日も早い回復をお祈り申し上げます。

抵抗できない障害のある人に次々と襲いかかり死傷させる残忍な行為に私たちは驚愕し、被害にあわれた方々やそのご家族の無念を思い、悲しみと悔しさにただただ心を震わせるばかりです。職員体制の薄い時間帯を突き、抵抗できない知的障害のある人を狙った計画的かつ凶悪残忍な犯行であり、到底許すことはできません。

事件は、当会会員・関係者のみならず、多くの障害のある方やご家族、福祉関係者を不安に陥れ、深く大きな傷を負わせました。このような事件が二度と起きないよう、事件の背景を徹底的に究明することが必要です。

今後、事件対応に関わる皆様には、まずは被害者及び被害者の遺族・家族、同施設に入所されている方々のケアを十分に行ってくださるようお願いいたします。その上で、事件の背景・原因・内容を徹底して調査し、早期に対応することと中長期に対応することを分けて迅速に行いつつ、深く議論をして今後の教訓にしてください。加えて、本事件を風化させないように今後の対応や議論の経過を情報として開示してください。

また、事件で傷ついた被害者やご遺族が少しでも穏やかに過ごせるよう、特に報道関係機関には特段の配慮をお願いします。

事件の容疑者は、障害のある人の命や尊厳を否定するような供述をしていると伝えられています。しかし、私たちの子どもは、どのような障害があっても一人ひとりの命を大切に、懸命に生きています。そして私たち家族は、その一つひとつの歩みを支え、見守っています。事件で無残にも奪われた一つひとつの命は、そうしたかけがえない存在でした。犯行に及んだ者は、自らの行為に正面から向きあい、犯した罪の重大さを認識しなければなりません。

また、国民の皆様には、今回の事件を機に、障害のある人一人ひとりの命の重さに思いを馳せてほしいのです。そして、障害の有る無しで特別視されることなく、お互いに人格と個性を尊重しながら共生する社会づくりに向けて共に歩んでいただきますよう心よりお願い申し上げます。

■声明文②
津久井やまゆり園の事件について(障害のあるみなさんへ)

7月26日に、神奈川県にある「津久井やまゆり園」という施設で、障害のある人たち19人が殺される事件が起きました。容疑者として逮捕されたのは、施設で働いていた男性でした。亡くなった方々のご冥福をお祈りするとともに、そのご家族にはお悔やみ申しあげます。また、けがをされた方々が 一日でも早く回復されることを願っています。

容疑者は、自分で助けを呼べない人たちを次々におそい、傷つけ、命をうばいました。とても残酷で、決して許せません。亡くなった人たちのことを思うと、とても悲しく、悔しい思いです。

容疑者は「障害者はいなくなればいい」と話していたそうです。みなさんの中には、そのことで不安に感じる人もたくさんいると思います。そんなときは、身近な人に不安な気持ちを話しましょう。みなさんの家族や友達、仕事の仲間、支援者は、きっと話を聞いてくれます。そして、いつもと同じように毎日を過ごしましょう。不安だからといって、生活のしかたを変える必要はありません。

障害のある人もない人も、私たちは一人ひとりが大切な存在です。

障害があるからといって誰かに傷つけられたりすることは、あってはなりません。もし誰かが「障害者はいなくなればいい」なんて言っても、私たち家族は全力でみなさんのことを守ります。ですから、安心して、堂々と生きてください。

平成28年7月27日

全国手をつなぐ育成会連合会

会長  久保 厚子

第2節 相模原市の障害者支援施設における事件の検証及び再発防止

事件後、事実関係の徹底した検証と、それを踏まえた再発防止策を関係省庁一丸となって検討するため、政府は、厚生労働省を中心に、9名の構成員に加え、内閣府、警察庁、法務省、文部科学省のほか、神奈川県、相模原市といった関係自治体も参加した検討チームを平成28年8月に設置した。検討チームでは、その時点で把握された事実関係に基づく検証を行うとともに、関係団体等からの意見聴取を実施し、同様の事件が二度と発生しないよう、精神保健医療福祉等に係る現行制度に加え、いかなる新たな政策や制度が必要なのか、更には、いかなる社会を新たに実現していくことが必要なのかという観点から、計8回の会議を開催し、事実関係に基づく検証結果を中間とりまとめとして同年9月14日に、事件に関する再発防止策を報告書として12月8日に、それぞれ公表した。この翌日に開催された閣僚会議では、当該報告書の内容について報告されるとともに、再発防止策を実効性あるものとするため、関係府省庁で連携して具体的な取組を進めることについて確認された。

また、ここで明らかとなった課題等に対応するため、措置入院者が退院後に医療等の継続的な支援を確実に受けられるよう所要の措置を講ずること等を内容とする「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律の一部を改正する法律案」が平成29年2月28日に閣議決定され、第193回国会に提出された。(法律案の概要については、図表1-1)

閣僚会議の様子(平成28年12月8日)
図表1-1 精神保健及び精神障害者福祉に関する法律の一部を改正する法律案の概要
図表1-1 精神保健及び精神障害者福祉に関する法律の一部を改正する法律案の概要(続き)

「相模原市の障害者支援施設における事件の検証及び再発防止策検討チーム」報告書の要旨(事件の検証を通じて明らかになった課題と再発防止策の方向性)

※記載は平成28年12月時点のもの

(1)共生社会の推進に向けた取組

ア 事件の検証を通じて明らかになった課題
  • 中間とりまとめにおいては、今回のような事件が二度と起こらないようにするためにも、差別や偏見のない、あらゆる人が共生できる包摂的(インクルーシブ)な社会をつくることや、地域で生活する精神障害者の方々に、偏見や差別の目が向けられないようにする必要があることを課題として提示した。
  • 中間とりまとめ後に本チームで行った関係団体からのヒアリングにおいては、次のようなことが重要との意見があった。
    • 「容疑者の思い込みによる偏った価値観が、報道などにより拡大再生産され、多くの方が不安を強く抱き、今も感じている」ため、容疑者の間違った発言を徹底的に払拭すること
    • 共生社会の実現を求める姿勢を明確に伝えていくこと
    • これまで進めてきた精神障害者の地域移行の流れを阻害し、精神障害者への偏見を助長しないようにすること
    • 退院後の患者を地域で孤立無援にさせない、安心して生活できる仕組みをつくるために、地域住民と行政、福祉、医療などによる包括的なケアを機能させること
イ 再発防止策の方向性
  • 政府は、政府広報や「障害を理由とする差別の解消に向けた地域フォーラム」、「障害者週間」などのあらゆる機会を活用して、改めて、障害の有無に関わらない多様な生き方を前提にした共生社会の構築を目指す政府としての姿勢を明確に示し、本年4月に施行された障害者差別解消法の理念等を周知・啓発していくことが必要である。
  • また、障害のある人もない人も、お互いの人権を尊重して支え合うことの重要性を、成長過程を通じて自然に身に着けていくことができるよう、学校教育をはじめとするあらゆる場における「心のバリアフリー」の取組を充実させるべきである。
  • 現在、障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律(平成17年法律第123号)に基づき都道府県及び市町村が作成する障害福祉計画について、国が示す基本指針の見直しを行っている。今回の事件から得られた教訓を活かし、共生社会の考え方が障害福祉計画に反映されるようにするなど、同法に基づく障害者の地域移行や地域生活の支援をこれまで以上に進めていくべきである。

(2)退院後の医療等の継続支援の実施のために必要な対応

ア 事件の検証を通じて明らかになった課題
  • 容疑者は、精神保健福祉法に基づいて13日間の措置入院となっていたが、措置入院の解除後は、措置入院先病院に2回通院した以外、医療機関や地方自治体等から必要な医療等の支援を受けていなかったことが、事件の検証を通じて明らかになった。
  • 具体的には、容疑者の措置入院先の病院であった北里大学東病院(以下「東病院」という。)は、措置権者である相模原市に症状消退届を提出する際、「訪問指導等に関する意見」と「障害福祉サービス等の活用に関する意見」の記載欄を空欄で提出した。
  • また、相模原市は、このことについて東病院に確認せず、加えて、症状消退届の記載から容疑者の退院後の帰住先を八王子市と認識していた。このため、相模原市は容疑者を退院後の支援の対象外と判断し、措置解除の際に退院後に必要な支援の検討を行わなかった。
  • 結果として、相模原市に帰住していた容疑者は、通院を中断した後、地方自治体や医療機関のいずれからも、医療等の支援を受けていなかった。
  • 厚生労働省が、措置入院者の退院後の支援のあり方について、都道府県及び政令指定都市(以下「都道府県等」という。)に行った調査によれば、退院後の医療等の支援について明文化したルールを設けている都道府県等は約1割に止まっていることが明らかとなった。このうち、明文化したルールを設けていた相模原市においても、個人情報保護条例に違反するおそれがあるとし、他の地方自治体に対しては、退院後の支援に必要な情報を提供するルールとなっていなかった。今回の事件においても、相模原市は、帰住先と認識していた八王子市に情報提供をしていなかった。
  • また、厚生労働省が、症状消退届の記載について、一部の都道府県等に行った調査によれば、措置解除後に直接通院となるケースでは、「訪問指導等に関する意見」と「障害福祉サービス等の活用に関する意見」のいずれについても、全体の2割程度は空欄であり、記載がある場合でも、全体の半分以上は「必要ない」との記載であった。この調査により、症状消退届を作成する措置入院先病院において、退院後の支援のあり方について、十分に検討が行われていない実態が明らかとなった。こうした実態について、都道府県等や厚生労働省は問題意識を持たずに制度を運用してきた。
  • このように、相模原市や東病院と同様の対応は、他の地方自治体や病院でも行われる可能性があると言っても過言ではない状況である。これは、現在の精神保健福祉法のもと、措置入院者の退院後の医療等の支援について、支援内容の検討や、支援を行う際の責任主体や関係者の役割、地方自治体を越えて患者が移動した場合の対応等が明確になっていなかったことが原因と考えられる。
  • こうした現状を改善し、入院中から措置解除後まで、患者が医療・保健・福祉・生活面での支援を継続的に受け、地域で孤立することなく安心して生活を送ることが可能となる仕組みが必要である。精神科病院、精神科診療所、障害福祉サービス事業所等の協力のもと、あらゆる地方自治体において、このような仕組みを整備することが、ひいては、今回のような事件の再発を防止することにつながると考えられる。
  • 本チームで行った関係団体からのヒアリングでは、退院後の医療等の支援について、患者を犯罪防止の観点から監視するものではなく、患者に対して、適切な治療や福祉サービスを確実に提供するために行われるべきであるとの意見があった。
イ 再発防止策の方向性 
  • 措置入院から退院した後の患者が、医療等の継続的な支援を受け、地域で孤立することなく生活を送れるようにするためには、措置入院中から措置解除後の各段階において、明確な責任主体を中心として、関係者による退院後の医療等の支援が進められていく仕組みを設けることが必要である。
  • 措置入院中・措置解除時の対応としては、以下のような仕組みが考えられる。
    • 措置を行った都道府県知事又は政令市長(以下「都道府県知事等」という。)が、措置入院者の「退院後支援計画」を作成すること
    • 都道府県知事等が、計画の作成に当たり、関係者と支援内容等の検討を行うための会議を開催すること
    • 措置入院先病院は、退院後生活環境相談員を選任し、患者の退院に向けた支援を行うこと
    • 措置入院先病院は、患者の退院後の医療等の支援ニーズに係るアセスメントを行い、その結果を都道府県知事等に伝達すること
  • また、措置入院者の退院後の対応としては、帰住先の都道府県や保健所設置市等(以下「保健所設置自治体」という。)が、退院後支援計画を引き継ぎ、関係者による支援の調整等を行うことにより、患者に必要な支援を継続的に確保する仕組みとするべきである。

(3)措置入院中の診療内容の充実

ア 事件の検証を通じて明らかになった課題
  • 容疑者は、措置入院先病院において、措置入院時の精神症状について、「大麻使用による脱抑制」であると診断された。一方で、精神科救急の現場は、主に統合失調症や気分障害を想定した診療体制であるため、薬物使用に関連する精神障害への対応が不十分な環境であることも多い。また、薬物使用に関連する精神障害の診断がなされた場合には、薬物以外の精神障害の可能性の検討が不十分となったり、生活歴の聴取や心理教育目的での関わりが希薄になったりする可能性がある。
  • 一般的に「大麻使用による脱抑制」のみで、容疑者の措置入院時のような精神症状が生じることは考えにくい。今回の事件でも、薬物使用に関連する精神障害について十分な診療経験を有する外部機関の医師の意見を聴くことや、より詳細な生活歴の把握、心理検査等の実施により、異なる診断や治療方針が検討されたり、本人の性格特性に応じた支援体制が構築された可能性があった。
  • 加えて、薬物使用に関連する精神障害の場合には、患者本人だけでなく家族への支援が必要となることが多い。このため、入院中からあらかじめ家族に適切な心理教育を行い、家族支援が可能な多職種・多機関と連携をとるなどの対応が考えられる。今回のケースでは、こうした対応がとられていなかったと考えられる。
  • 以上のように、薬物使用に関連する精神障害について十分な診療経験を有する医師にとっては当たり前である治療方針等の知見が、一般的な精神科救急の現場に普及していないことが明らかとなった。こうしたことの背景には、そもそも、措置入院中の診療内容において留意すべき事項等について、明確になっていないことが挙げられる。
  • また、医師の養成段階から生涯にわたる医学教育において、退院後の医療等の支援に係る内容や、薬物使用に関連する精神障害に関する内容が十分なものとなっていないことも背景として考えられる。
イ 再発防止策の方向性 
①措置入院中の診療内容等についてのガイドラインの作成等
  • 措置入院中の患者に対する適切な診断、治療や、措置解除後の患者に対する必要な医療等の支援が行われるようにするためには、厚生労働省において、
    • 院内多職種ミーティングによる治療方針の決定や、認知行動療法の考え方を取り入れた社会復帰に向けた治療プログラム等の提供、
    • 心理検査や退院後支援ニーズアセスメントによる退院後の治療方針の検討、
    • 薬物使用に関連する精神障害が疑われる患者への対応
     等の措置入院中の診療内容等についてのガイドラインを作成する必要がある。措置入院先病院において、こうしたガイドラインに沿った診療が広く行われるよう、ガイドラインの普及のための研修や診療報酬等による対応を検討し、体制面の強化等を図ることが必要である。
  • また、措置入院者に対して手厚い医療を提供できる体制を確保するため、違法薬物の使用等が関連する事例や、特性に応じた対応が必要なパーソナリティ障害等の存在が予想されるときは、十分に対応が可能な公的病院等の専門性の高い医療機関を、措置入院先として積極的に活用すること等が考えられる。
②専門知識を有する医師の育成
  • 措置入院者に対して質の高い医療を提供するためには、医師の養成段階から生涯にわたる医学教育の充実を図り、措置入院者の診療等を行う医師の質を高めることが必要である。
  • このため、厚生労働省においては、指定医の取得や更新時に受講が義務づけられている指定医研修会の研修内容に、「地域復帰後の医療等の継続的な支援の企画」や「薬物使用に関連する精神障害」に関する内容を加え、指定医の専門性を高めるべきである。さらに、厚生労働省は、精神科医等を対象として現在行っている、薬物依存症治療に係る研修の一層の推進を図るべきである。
  • また、文部科学省と厚生労働省が連携をとりながら、卒前の医学教育の指針となる「医学教育モデル・コア・カリキュラム」の改訂等の取組を行うに当たって、「地域復帰後の医療等の継続的な支援の企画」や「薬物使用に関連する精神障害」に関する教育が充実するよう、必要な対応をとるべきである。

(4)関係機関等の協力の推進

ア 事件の検証を通じて明らかになった課題
  • 警察においては、容疑者が衆議院議長公邸に持参した手紙に係る情報を得た後、容疑者の言動等を踏まえ、警察官職務執行法(昭和23年法律第136号)第3条に基づき容疑者を保護した。そして、精神保健福祉法第23条に基づき相模原市への通報を行った。これを受け、相模原市においては、指定医の診察を経て、容疑者を緊急措置入院とし、その後、措置入院とした。なお、容疑者については、その手紙の内容等から、刑罰法令を適用して検挙することは困難であり、また、これらの一連の対応は法令に沿ったものであった。
  • 一方で、精神保健福祉法第23条に基づく警察官通報が行われたもののうち、措置診察や措置入院につながった割合については、地方自治体ごとにばらつきが生じている。
  • 厚生労働省が行った調査によると、措置診察の必要性を判断する際に、精神保健福祉センターの指定医等に相談することを定めたマニュアルを作成している地方自治体は、調査した17自治体のうち8自治体であった。

また、厚生労働省の通知では、措置入院の診察を行う指定医について、同一の医療機関に所属する者を選定しないこととするとともに、措置決定後の入院先について、当該指定医の所属病院を避けるよう配慮することを求めている。この通知に沿った指定医の選定を行っているのは、調査した11自治体のうち2自治体であった。

  • このようなばらつきの背景には、措置診察や措置入院の判断に当たってのチェックポイントや手続が明らかにされていないことがあると考えられる。
  • また、今回の事件では、容疑者の尿から大麻成分が検出されるなどの大麻所持が疑われる情報が、措置権者である相模原市から、警察等の関係機関に提供されなかった。このように、措置入院の過程で認知された犯罪が疑われる具体的な情報について、地域の関係者間での円滑な共有のあり方が必ずしも協議されていないことが明らかとなった。
  • さらに、本チームの議論では、緊急措置診察や措置診察の時点で他害のおそれが精神障害によるものか判断が難しい事例(以下「グレーゾーン事例」という。)があることについて、都道府県知事等や警察などの関係者が共通認識を持つべきではないかとの意見が出された。
  • なお、厚生労働省は、指定医資格の不正申請に係る調査の結果を踏まえ、平成28年10月26日に89名の指定医の指定の取消処分を行った。その調査の過程において、容疑者の措置診察を行った指定医2名のうちの1名は、指定医の指定申請時に不正なケースレポートを提出していたことが判明した。当該指定医は、自ら診療録に何も記載しなかった事実を認め、既に指定医の辞退届を提出し、指定医の資格を喪失している。
イ 再発防止策の方向性
①措置診察等の判断に係るチェックポイントの作成等
  • 緊急措置診察や措置診察は、法定受託事務であるとともに、患者の人権制限にも関わる行為である。このことに鑑み、各都道府県等で適切な判断が行われるよう、精神保健福祉法の理念を踏まえ、国において適切に、指導・支援を行うことが必要である。また、警察においては、法令に基づく保護、通報等を適切に行うことが必要である。
  • このため、警察官通報が行われたもののうち、措置診察や措置入院につながった割合にばらつきが生じていることの要因分析等を進める必要がある。そして、都道府県知事等における適切な判断の参考になるよう、判断に当たってのチェックポイントや必要な手続を明確化するべきである。
  • また、指定医の指定申請に当たっての不正が多数認められたことを踏まえ、厚生労働省においては、その要因を分析し、指定医制度の見直しを行うことにより、同様の事案の再発防止を図ることが必要である。
②都道府県等における協議の場の設置等
  • 措置入院の適切な運用が図られるためには、都道府県や市町村、警察、精神科医療関係者等の関係者の相互理解を推進する必要がある。
  • このため、これらの関係者が地域で定期的に協議する場を設置することなどにより、その相互理解を図っていくことが必要である。協議の内容としては、措置診察に至るまでの地域における対応方針、通報等に基づく移送のあり方、具体的な犯罪情報を把握した場合の情報共有のあり方等が考えられる。また、国は、協議の開催に当たっての支援を行うことが必要である。

なお、グレーゾーン事例のうち、医療・福祉による支援では対応が難しいものについて他害防止の措置を執れるようにすることについては、人権保護等の観点から極めて慎重でなければならない。

(5)社会福祉施設等における対応

ア 事件の検証を通じて明らかになった課題
  • これまで社会福祉施設等は、地域と共生していく考えのもと、地域に開かれた存在であることを基本的な方針としてその運営を進めてきた。一方で、国や地方自治体からは、児童福祉施設等を除いて、社会福祉施設等における防犯に係る安全確保の対策を示してこなかった。
  • 今回の事件を受け、中間とりまとめでは、社会福祉施設等の防犯に係る取組を進めていくために、国が、具体的な点検項目を示す必要があることを課題として提示した。
  • また、今回の事件は、障害者の生活支援を行う施設の元職員が起こした由々しきものであった。社会福祉施設で働く職員が、障害者等に対する差別意識を持つことなく、利用者に寄り添いながら働くことができるよう、施設職員の人材育成、職場環境の確保を図っていく必要性が明らかになった。
イ 再発防止策の方向性
  • 厚生労働省は、平成28年9月15日付けで、関係課長名による「社会福祉施設等における防犯に係る安全の確保について(通知)」を発出した。これにより、職員に対する防犯講習の実施等の「社会福祉施設等における防犯に係る日常の対応」、不審者情報がある場合の関係機関への連絡体制や想定される危害等に即した警戒体制等の「緊急時の対応」に関する具体的な点検項目が示された。この通知では、地域と一体となった開かれた社会福祉施設等となることと安全確保との両立を図ることや、利用者の自由を不当に制限したり、災害発生時の避難に支障が出たりすることのないよう留意することにも言及している。
     また、警察庁においても、同日、この通知を都道府県警察に周知し、社会福祉施設等から協力要請があった際の適切な対応を指示している。
  • 「地域に開かれた施設である」というこれまでの方針を変えることがあってはならず、これからも、こうした基本的な方針と、安全確保がなされた施設であることの両立を図っていくことが必要である。また、防犯対策を講じていく上では、避難路の確保等防災対策とともに考えることも必要である。
  • 今後、社会福祉施設等は、この通知を踏まえながら、それぞれの状況に応じた防犯に係る安全確保策を講じていくことが必要である。国や地方自治体においては、各施設における取組が進むよう必要な支援をすることが求められる。
  • また、社会福祉施設等を利用する方が安心して生活できるように、権利擁護の視点を含めた職員への研修を更に推進することが重要である。加えて、職員が過重な労働負担等により心身ともに疲弊して孤立することがないようにすることや、共生社会について理解を深め、やりがいを持って働けるようにすること、そのほか、「ニッポン一億総活躍プラン」に掲げる職員の処遇改善を着実に実施すること等により職場環境の改善を進めていくべきである。こうした取組を通じて、職員がいきいきと障害者へのサービスに従事できるようにすることが必要である。
図表1-2 「相模原市の障害者支援施設における事件の検証及び再発防止策検討チーム」報告書(概要)
図表1-3 「相模原市の障害者支援施設における事件の検証及び再発防止策検討チーム」
目次]  [次へ