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平成15年度 交通事故被害者支援事業報告書

第4章 パイロット事業

I はじめに

 交通事故被害者支援事業における「パイロット事業」の目的は、交通事故被害者支援に関する海外の先駆的な研究あるいは実践活動についての情報を収集すると同時に、その成果をわが国における交通事故被害者支援事業への応用の可能性を検討するところにある。
 本年度は、大規模な交通事故が発生した場合の「危機応答チーム」(Crisis Response Team)について、アメリカ合衆国における具体的な活動の状況およびそれに携わる活動員の養成プログラムについて研究することとした。具体的には「全米被害者支援機構」(National Organization for Victim Assistance)(NOVA)による、「危機応答チーム」活動について紹介すると同時に、そのための活動員を養成するための訓練課程についても紹介することとした。この目的を達成するために、NOVAの「危機応答」活動に関する文献を検討すると同時に、訓練課程に参加し、その内容および訓練方法について研究することとした。
 以下本文においてその成果を報告するが、これにより今後のわが国の交通事故被害者支援事業の発展のために何らかの貢献をすることができれば、何よりの喜びとするところである。


II 調査の目的および方法

 交通事故の発生形態は多様である。また、その発生形態により被害者(以下、被害者本人および遺族・家族を含むものとする)の受ける被害の種類や程度、さらにはそれへの対応も異なってくる。
 交通事故の被害者が直面するさまざまな問題やそれへの対応については、この「交通事故被害者支援事業」において研究してきたところであるが、そこでの研究の対象は、主として、被害者本人の数が多くても数人である、比較的「小規模」な形態の交通事故であった。しかし、交通事故のなかには、十人以上あるいは数十人の被害者が関わるものがある。例えば、集団登校途中の児童の列に自動車が突っ込み、多数の死傷者が発生した場面を想定してみよう。そこには、負傷した児童およびその家族、死亡した児童の家族、一緒に通学していた目撃者である児童およびその家族、それらの児童が所属する小学校の他の児童やその家族および教職員、さらには事故が発生した地域の住民、などさまざまな人々が関わりを持つことになる。このような場合には、通常の「小規模」な事故の対応方法では、適切に対応しきれないことが生じる。従って、多くに人々を対象とする対応や被害者支援が行なわれなくてはならないこととなる。そのような対応方法の一つが「危機応答チーム」による活動である。
 「危機応答」とはどのような活動であるか、またそれを行う「危機応答チーム」とはどのような集団であるか、については後に詳しく紹介するが、NOVAの定義に従うと、「危機応答チーム」とは、次のような集団を指す。

 「地域社会全体にわたって心的外傷を生じさせるような出来事の直後において、援助の要請に24時間以内に対応しうる、訓練を受けたボランティアの集団。」

 このような「危機応答チーム」の活動は、わが国においても、震災や小学校における児童死傷事件などにおいて既に実施されているが、交通事故の被害者に対しては、まだ一般的になっていないように思われる。そこで今回の「パイロット事業」においては、「危機応答チーム」の活動の交通事故被害者への適用の可能性を検討するために、まずアメリカ合衆国のNOVAによる「危機応答チーム」の活動について研究することとした。NOVAは後述するように、主として犯罪の被害者に対する支援に関するさまざまな活動を行なっているが、「危機応答チーム」については、犯罪事件だけでなく事故や災害などにも派遣しているので、わが国における交通事故への「危機応答チーム」の活動を検討する場合、参考となる部分が多い。
 以下においては、目次の項目に従い、NOVA自体の紹介を行なうと共に、その「危機応答チーム」とのかかわりを持つ活動を紹介することとする。
 執筆に際しては言うまでもなくさまざまな資料を参照したが、本報告書の性格上、その出典等については詳しく言及していなが、ご了解をお願いする次第である。なお、「VII NOVAの『基礎危機応答訓練』の実際」については、主として平成16年3月22日より26日までの5日間に亘り、アメリカ合衆国オレゴン州ウィルソンビルで開催された「NOVA全国危機応答チーム基礎訓練講座」に参加した際に得た資料等に基づき、記述したものである。


III NOVAの概要

1 NOVAの目的
 NOVA(National Organization for Victim Assistance)(全米犯罪被害者支援機構)は、犯罪被害者支援を行う民間団体であり、その設立は1975年である。従ってNOVAは、アメリカ合衆国で、最も長く犯罪被害者支援活動を行っている団体であると言えよう。
 NOVAの目的は、犯罪および大惨事などの被害者の権利を確かなものとすると同時に、被害者に対する支援活動を行うことである。NOVAには、全米において被害者支援を行っている公的機関および民間機関、刑事司法機関、精神保健関係の専門家、研究者、被害者や遺族などが会員となっている。

2 NOVAの活動
 NOVAの活動は、次の4種に大きく分類される。すなわち、被害者の権利の代弁および擁護活動、被害者に対する直接的支援活動、専門家に対する支援活動、および会員に対するサービス活動である。以下、そのそれぞれについて、危機応答活動との関係に注意しながら、簡単に紹介することとする。

(1) 被害者の権利の代弁および擁護活動
 NOVAは被害者の権利を代弁し、またその権利を擁護するために、さまざまな立法活動に関わっている。それらの代表的なものとしては、犯罪被害者補償制度の拡充のための提言、「反テロリスト法」の制定作業への協力、被害者衝撃陳述(Victim Impact Statement)に関する各州の立法作業へのアドバイス、連邦憲法における犯罪被害者の権利条項の追加のための活動、「全米被害者権利週間」の制定のための活動、などが挙げられる。

(2) 被害者に対する直接的支援活動
 NOVAの活動開始時においては、NOVAの活動目的に直接的支援活動は含まれていなかった。しかしながら、活動開始当初からほかに頼るべきところのない犯罪被害者から直接的支援の要請に応えることがしばしばあったことから、その後直接的支援をその活動目的の一つに加えることとなった。現在、NOVAは次のような直接的支援活動を行っている。
 まず、NOVAは24時間ホットラインを開設している他、手紙やFAXなどによる相談にも応じており、年間の受理件数は6万件に上るといわれている。その多くは他機関に紹介されその対応に委ねられるが、直接対応することもある。なお、NOVAの本部はワシントンD.C.に置かれていることから、ワシントンD.C.における法執行機関などとコロンビア特別区被害者支援ネットワークを設立して、これらと連携して直接的支援活動を行っている。
 次に、NOVAは危機介入チームによる直接的支援活動を行っている。この活動が開始されたのは、1986年のオクラホマ州のエドモンドの郵便局の爆破事件の直後である。この活動については、本報告書の他の部分で詳しく紹介する。なお、この危機介入チームの活動は、OVC(1)の資金援助を得て行われることもある。また、NOVAのこの活動は、FEMA(2)や全米交通安全委員会と連携して行われることもある。さらに、NOVAはレバノンにおいてアメリカ市民が人質となったとき、その家族に対する支援活動なども行ったことがあるなど、広範囲の直接的支援活動に従事している。

(1)OVC:Office for Victims of Crime(司法省犯罪被害者対策室)
(2)FEMA:Federal Emergency Management Agency(連邦危機管理庁)

(3) 専門家に対する支援活動
 NOVAが行う専門家に対する支援活動は、次の2つに大別される。第1は被害者支援にかかわる専門家に対する一般的な教育・研修活動であり、第2は最新の問題に対応するための特別セミナーなどの開催である。
 前者、すなわち一般的な教育・研修活動であるが、これには全米各地で開催される、多種多様な専門家に対する研修会などが代表的なものである。また、さまざまな研修用の教材の開発をし、それらの刊行も行っている。また、「全米危機応答チーム訓練研究所」(National Crisis Response Team Training Institute)と呼ばれる、危機応答チームに関する研修会の開催がある。これには、40時間の基礎コース、24時間の上級コース、および50時間の訓練者のためのコースがある。これらについて、特に基礎コースについては、後に詳細に紹介する。
 後者の最新の問題に対応するための特別セミナーであるが、これには例えばMADD(Mothers Against Drunk Driving)(飲酒運転に反対する母親たち)と共同で開催した、自助グループに関する研究会や、連邦憲法における犯罪被害者の権利条項制定のための研究会などが、含まれる。

(4) 会員に対するサービス活動
 NOVAは個人会員および団体会員あわせて約4,500の会員を擁している。これらの会員に対するサービス活動としては、会報の発行および全国大会の開催が挙げられる。特に全国大会は2,000人以上が参加する非常に大規模なものであり、「北米被害者支援年次大会」と呼ばれている。

3 NOVAの組織
 NOVAは1975年に、研究者や、強姦被害者援助センター、DVシェルター、検察官事務所、法執行機関および民間機関における被害者支援担当者などによって設立された。設立当初においては、運営はボランティアによってなされ、また運営資金は主として寄付によるものであったが、その後の組織の発展に伴い、組織および運営は大きく変化している。
 まず、NOVAの運営方針の決定は22人の理事によって構成される理事会(Board of Directors)によってなされる。理事は、会員総会によって選出され、その任期は3年である。そのほかに7人の指名理事が存在する。なお、これらの理事は無給である。それぞれの理事の背景はさまざまであり、刑事司法、精神保健、軍、教育、地方自治など、多様性に富んでいるものである。なお、理事会において理事長(President)が選出され、理事長が組織の代表者となる。現在の理事長は、Beth Rossmanある。
 理事会は、事務局長(Executive Director)を雇い、さらに事務局長はその他の職員を雇用する。現在の事務局長は、わが国でも広く知られている、Marlene Youngである。現在フルタイムの専任職員は6人であり、そのほか数名のパートタイムの職員がいる。そのほかに、数多くのボランティアがNOVAに関わっている。このうち、本稿の目的との関連で重要なのは、危機応答チームにおいて活動するボランティアであり、現在2,000人以上が登録されている。


IV NOVAの「危機応答チーム」の活動の歴史

 1980年代にNOVAは、大規模な犯罪、事故、災害などが、地域社会全体に対して心的外傷を与えるという事実に注目するようになった。その結果、犯罪、事故、災害等の大惨事直後に、心的外傷に直面している人々に対する「危機応答チーム」による活動を開始することを決定した。
 1986年8月20日に、NOVAによる最初の危機応答チームが、オクラホマ州エドモンドに派遣された。前年に開発されたマニュアルに従い、7人によって構成された危機応答チームが、事件から24時間以内に現地に到着し、活動を開始した。これ以来現在に至るまで、NOVAは100回以上、危機応答チームを各地に派遣している。
 これらの数多くの派遣の経験から、NOVAは危機応答チームによる活動を効率的に行なうためには、数多くのボランティアの統率およびボランティアのケアを中心的に行なうこととなった。
 現在、NOVAの危機応答チームによる活動は、次の3種の活動に要約することができる。

(1)心的外傷に直面し困難に陥っている住民を、地域の責任者が特定するに際しての支援を行なう。
(2)危機応答チームが到着した後に、地域の援助者の訓練を行なう。
(3)「デブリーフィング」という名前でも知られている、集団的危機介入プログラムを開催する。


V 「危機応答チーム」の活動の実際

 「危機応答チーム」(Crisis Response Team)(CRTの略語が用いられることが多い)およびその活動内容については、さまざまに定義され、また説明される。以下においては、NOVAのマニュアル(3)に従い、「危機応答チーム」の定義、活動、およびその具体的な運営方法を紹介することとする。なおこの章は翻訳であるので、節の番号の振り方は他の章とは異なっているが、ご了解をお願いしたい。

(3)Marlene A. Young, Responding to Communities in Crisis: The Training Manual of the Crisis Response Team, Kendall/ Hunt Publishing Company, 1994, pp.12-1 - 12-13.

[はじめに]

A 定義

  1. NOVAの「地域社会危機応答チーム」の定義は次の通りである。
     地域社会全体にわたって心的外傷を生じさせるような出来事の直後において、援助の要請に24時間以内に対応しうる、訓練を受けたボランティアの集団。

  2.  「地域社会全体にわたって心的外傷を生じさせるような出来事」の定義は次の通りである。
     地域社会の全体にわたって心的外傷を生じさせるような出来事とは、生命を脅かすような傷害や死亡を生じさせる出来事のことである。その出来事が広範囲の心的外傷を生じさせるかどうかを判断するために参照すべき基準は、以下の要素を含むが、これに限定されるものではない。
    1. 人々が互いに親しい関係で結ばれている地域社会において発生した出来事であること
    2. 複数の目撃者が存在する出来事であること
    3. たとえば公的な人物の暗殺や保育所での児童殺害のように、その事件の直接の被害者が地域社会にとって特別な重要性を有する出来事であること
    4. 地域社会が修羅場あるいは極端な悲惨的状況にさらされるような出来事
    5. メディアの大きな関心を呼び起こすような出来事

B 最近の地域社会の危機の例としては、ロングアイランドの鉄道における大量殺人事件、ニュージャージーにおける検察官補の強盗殺人事件、サンタモニカにおける火事、中西部における洪水、アラバマにおけるアムトラックの列車の脱線事故などが挙げられる。

[具体的な内容]

A 危機応答チームの目的

  1. 大惨事の直後において地元の援助者が直後および長期的な活動計画を立てるのを支援する。
  2. 地元の援助者の大惨事に対応しようとする試みを援助する。
  3. 地元の援助者に対して、危機応答や心的外傷への長期的ストレス反応について訓練する。
  4. 危機的な状況に置かれている人々へのデブリーフィングの模範を示して、地元の援助者を支援する。

B サービスの段階

  1. 印刷物、訓練の概要、ビデオテープ、その地域における活用資源一覧表などを含む、災害支援に関する資料を送る。
  2. 電話相談を行なう。なおそのような相談は、地域社会との以下のような合意に基づかなければならない。
    1. 地域の機関は、その大惨事への対応において主導的役割を果たすものとする。NOVAがその人を通じて援助を提供することができる連絡担当者を決定する。
      連絡担当者は、大惨事への対応に際して生じたことがらを一日に2回電話によりNOVAに連絡するものとする。
    2. NOVAは他機関の紹介や相談に毎日24時間態勢で対応する。
    3. NOVAは地域の職員およびボランティアの電話によるデブリーフィングに対応する。
  3. 地域の危機応答チームを援助するための現場での対応については、以下の指針に従うものとする。
    1. 地域の機関が対応組織が作られたことを確認し、主任連絡担当員が指名されること。
    2. 主任連絡担当員はNOVAの訓練を受けており、また危機応答および介入に関するNOVAの方式を理解していなければならない。
    3. 地域の機関は、職員およびボランティアを、危機応答に関するNOVAの方式に従って活動できるように訓練しなければならない。
    4. NOVAは、「全米危機応答チーム」から1名ないし2名を、その地域社会に派遣するものとする。派遣されたものの役割は相談、指導および訓練に関する支援に限定される。これらのものは、直接的な個人および集団に対するカウンセリングという介入活動に関わってはならない。
    5. 「全米危機応答チーム」が現地から自分の本拠地に戻った直後に、NOVAは長期的な計画に役立てることのできる勧告を地域社会に提供するものとする。
  4. 現場での危機応答チームの配置。以下においてはサービスの諸段階のうち配置につき、それがどのように行われるかについて論じることとする。

C 配置のために適切なチームの構成員を選択するための指針

  1. 問題となっている大惨事の型、およびその種の悲劇に関する個人の経験の型についての評価がなされるべきである。同種の大惨事を経験した者がチームのメンバーとして活用されないことがしばしばあるが、それは危機応答に関わることによって解決がなされていない反応が引き起こされることがあるからである。他方、同種の大惨事を経験した者が介入を行うに際して識見を示すことがあるが、それも経験の賜物なのである。
    1. ほとんどの危機介入チームにおいては、以下のような専門職の代表との連携が行われなくてはならない(しかしながら、一人の人が二つ以上の役割を確実にこなすことができることもしばしばある)。
      (1)法執行機関を代表する者(その代表者が現在は管理部門を担当するものであっても警邏の警察官の経験があることが望ましい)
      (2)心理学者あるいは精神科の医師
      (3)被害者支援サービスを行うカウンセラー
      (4)聖職者
      (5)医師
      (6)児童カウンセラー
    2. チームのメンバーの特性を地域社会の人々の特性と一致させる努力がなされるべきである。考慮されるべき特性としては、人種的・民族的構成、社会経済的背景、教育的背景、都市部であるか農山村部であるか、言語、宗教的背景などがある。
    3. 個人の性格も考慮されるべきである。理想的な危機介入チームの構成員はカリスマ的であり、柔軟性に富み、如才なく、かつ忍耐強いチームワークが得意な人である。また常識を有しており、自己中心的ではなく、自分が貢献していることについての認識に関心を持っていることが望ましい。
    4. チームの構成員のすべてが地域社会に対する危機介入の訓練を受けるつもりであり、またNOVAの危機応答に関する指針、デブリーフィングの指針および訓練要領を遵守するつもりであること。
    5. チームの構成員のすべてがボランティアであること。

  2. チームの構成員の役割
    1. チームの指揮者(leader):チームと地域社会の間の公式的な連絡係としての役割を果たす。現地におけるチームの構成員の配置を行なう。メディア担当の係りが別に指定されていない場合には、スポークスマンとしての役割を果たす。必要に応じて構成員のデブリーフィングと保護・管理を行なう。一般的には、チームの指揮者は学術博士あるいは医学博士の学位を有する男性の精神保健の専門家であることが望ましい。
    2. チームの管理者(manager):管理者は、有給であれ無給であれ、通常はNOVAの本部職員である。管理者は全ての後方支援部門を担当する。チームとNOVA本部との連絡係を担当する。チームの指揮者に対して指令書を準備するほか、必要な援助を行なう。物品およびNOVAの資料の配送を担当する。危機応答活動の終結の際に、NOVA本部に報告を行なう。
    3. メディア連絡係:メディアからの全ての問い合わせを担当する。必要に応じて記者会見を開催する、チームの指揮官が担当する場合を除いては、チームのスポークスマンとしての役割を担当する。メディア連絡係は、チームの管理者または指揮者が兼ねても構わない。
    4. チームのその他の構成員:チームメンバー全員は、与えられた任務の全てを果たさなくてはならない。構成員は、危機応答に関する基本的な事柄について3時間の講義を行なうことができる能力を持っていることが期待される。

  3. 時間に制約がある場合において、大惨事への危機応答の際の地域社会での滞在時間は、一般的には約48時間である。数日、数週間あるいは数ヶ月にわたる大惨事の場合では、滞在期間は長期となることもある。しかしながら一つのチームが連続して滞在するのはおそらく5日までである。長期の滞在が必要な場合には、第二のチームが第一のチームと交代することになる。

  4. 地域、地区あるいは州のチームが存在する場合において、NOVAの指針を用いることのできる場面は次のようなときである。
    1. 地域の支援者が心的外傷に直面しているとき
    2. 外部のチームの方が政治的敵対や地域における対立を荒立てないような場合や後方支援が促進されるような場合
    3. 地域社会に対する援助を行なうために、あるいは現在活動しているチームが経験したことがないような問題を処理するために、全国的な組織の「配備」が求められているとき
    4. 地域にチームが存在する場合には、地域のチームの指導部の許可が無ければ、NOVAは大惨事への危機応答をすることはない。ただし地域のチームが適切さを欠いていることについての明確な理由が地域の代表によってなされている場合には、この限りではない。

  5. 現地におけるチームの構成員の行動指針
    1. チームの構成員は可能であれば全員が大惨事の現場に行くものとする。
    2. チームの指揮者の許可なしには、チームの構成員はメディアに話してはならない。
    3. チームの意思伝達の秘密が守られないところでは、死体に関する冗談(morgue humor)を言ってはならない。
    4. チームの構成員は、チームの指揮者の許可を得ることなしに、会見などの約束をしてはならない。
    5. チームの構成員は、原則として、他の構成員と夕食および朝食を一緒にとることを心に留めておかなくてはならない。ただし他の予定などがチームの指揮者によって認められている場合はその限りではない。
    6. チームの構成員は、地域において接触のある人々の行為や行動についての悪口は、たとえそのことが他の構成員と認識を共有することであっても、言ってはならない。
    7. チームの構成員は、地域の受け入れ側の人々に対して、食物、輸送、資料のコピーや他の援助を求めるなどの個人的な要求をしてはならない。
    8. チームの構成員の身体が快適であることに、高い優先順位がおかれるべきではない。このことは、場合によっては、構成員は食物、睡眠、練習なしに出動することがあることを意味する。チームの構成員は、厳しい気候に晒されることもある。宿泊施設は豪華ではなく、また食物は劣ったものであるかもしれない。地域の受け入れ側に苦情を言うべきではないし、また構成員の間で文句を言うとしても可能であれば最小限のものに止めておくべきである。
    9. チームの構成員はNOVAの代表としてその地域社会にいるのであるから、指示されたとおりに活動を行うべきであって、チームの指揮者や管理者に承認されていない行為を行ってはならない。
    10. チームの構成員は、チームの指揮者または管理者によって定められた全ての規則を遵守しなければならない。定められた規則に違反した構成員は、即座に戻されるものとする。
    11. チームの構成員の服装基準
      (1)男性:スーツあるいは背広型の上着、履き心地のよい靴、リラックスするときのカジュアルな服。
      (2)女性:ワンピースあるいはスーツ。赤あるいはピンクが主な服装、あるいは黒尽くめの服装は望ましくない。履き心地のよい靴、およびワンピースやスーツ用の靴。但し、つま先が露出しているものは不可。過剰な装身具類は不可。必要なときのために、スラックスおよび歩行用の靴を準備する。
      (3)雨具やオーバーコートなど、天候の変化に対応できるものを忘れてはならない。
      (4)特定の職業の象徴となるものを持ってゆく。たとえば、聖職服、法執行官のバッジ、看護婦のバッジ、制服など。

D 危機介入チームによる対応の「ハウツー」

  1. 援助サービスの提供、あるいは援助の要請への対応
    1. 電話:被害者支援機関、法執行機関、検察官、郡の責任者、市長などがから、自分が中心的な連絡担当者であるとの申し出がある。
    2. 提供:自分がNOVAの誰であるかをまず述べる。危機応答チームがどのようなものであるかを簡明に説明する。相手方が援助を望んでいるかどうかを尋ねる。
    3. 今まで支援を受けたところを示し、そこに問い合わせをするように案内する。
    4. チームの構成員になる見込みのある人10人ないし12人に連絡を取る。出動の待機をするつもりがある者を見つける。
    5. 地域の主要な連絡担当者が、危機応答チームが必要であると判断した場合は、チームの構成員を72時間まで待機させる。彼らに自分の荷物の準備をさせ、次の指示があるまで出動の準備をさせる。
    6. チームの構成員になる見込みのある者のために、旅行に関する印刷物を用意する。

  2. 地域の主要な連絡担当者が危機応答チームを必要と判断する場合には、その者に以下のことを求める。
    1. 地域の関係機関の了承を得ること。関係機関には、以下のものが含まれる。
      (1)警察署あるいは保安官事務所
      (2)精神保健機関
      (3)危機管理機関
      (4)自治体の首長
      (5)その大惨事が犯罪がらみのものである場合は、検察官
      (6)その大惨事が州全体にわたるものであるか、州全体からの反応があると思われる場合は、州知事あるいは州検事総長
      (7)州の被害者支援部門
      (8)被害者支援機関
      (9)その他適当と思われる機関
    2. NOVAに対して、以下のようなその地域社会の特徴を知らせるよう求める。
      (1)住民の特徴(民族、社会経済的特徴、主要な産業、教育水準、年齢、宗教)
      (2)過去において心的外傷を経験したかどうか
      (3)政治的な関心
      (4)その地域の人柄
    3. 現場でのチームの本拠地の場所。少なくとも一つの、可能であれば複数の通信手段が利用できなければならない。

  3. NOVAの危機応答チームの調整者は、地域社会からの情報を基に検討して、チームの構成員を選び出す。

  4. チームの構成員と連絡を取り、旅行の手配をする。

  5. NOVAの危機応答チームの職員およびボランティアは、NOVAが対応することが明らかになり次第、必要な物品の荷造りをしなければならない。

  6. 地域の主要な連絡担当者に、以下の必要な物品を用意するよう求めなければならない。
    1. 訓練やデブリーフィングに用いるためのフリップチャート(一枚ずつめくれるようになっている解説用の図表)とその筆記用具
    2. デブリーフィング用のコーヒーと清涼飲料
    3. 可能であれば、その他の軽い飲食物
    4. 灰皿

  7. 対応する危機については、NOVAが支援を提供したときからNOVAが現場を離れるまでの間、ニュースを通じて状況を見定めなくてはならない。

  8. 地域の主要な連絡担当者は、同様に地方紙の全ての記事を保存することを求められる。

  9. チームの構成員は以下の事柄について知らされるべきである。
    1. チームの指揮者が誰であるかということ、またチームの管理者が誰であるかということ(NOVAの職員)
    2. 行動および服装に関する指針
    3. 地域社会の中において気付くことになると思われる、その地域の政治や組織に関する何らかの関心事。
    4. チームの構成員は誰でも、持ち込み手荷物については一個だけに制限される。
    5. NOVAの本部職員およびボランティアは、チームが現地で出会うことになる人や直面する重要な事柄に関する文書を提供する責任を有する。

  10. 危機に対応するための手順には、一般的には、以下の活動が含まれる。
    1. 最初の集合場所における、チームの会合(チームの構成員は、他のいかなる会合にも先立って、お互いに会わなければならない)
    2. チームの現場への訪問
    3. 地域の連絡担当者との計画に関する打ち合わせ
    4. 地域の援助者すべてに対する訓練集会
    5. 危険度が高いグループに対するデブリーフィングの集会。考えられるグループとしては以下のものがある。
      (1)救助職員
      (2)救急医療関係者
      (3)被害者および遺族
      (4)法執行官
      (5)消防士
      (6)地域の被害者支援関係者
      (7)子ども
    6. 地域社会全体に対する一回あるいは数回のデブリーフィング集会
    7. チームの構成員のための毎晩のデブリーフィング
    8. 現地を離れる前の、地域のチーム構成員との最後のデブリーフィング
    9. 地域の援助者との臨時の会合
    10. 記者会見および記者との面談

  11. NOVAの本部の職員は、以下の事後的な処理を行う。
    1. チームの構成員にお礼の手紙を書く。
    2. 地域の受け入れ担当者および援助者にお礼の手紙を書く。
    3. 現地において援助することができなかった被害者あるいは遺族に(可能である場合には)援助の申し出をする。
    4. 少なくとも以下の頻度で、現地の連絡担当者と連絡を取る。
      (1)現地訪問後1週間以内
      (2)現地訪問後1ヶ月後
      (3)現地訪問後3ヶ月後
      (4)現地訪問後6ヵ月後
      (5)現地訪問後1年後

[結論]

 「準備っていうのは、何かをする前にしておくことだよ。そうすれば、実際にするときにはバタバタしないですむんだ」
(A.A.ミルン『クマのプーさん』のクリストファー・ロビンのことば)


VI NOVAによる「危機応答チーム」の訓練課程

1 訓練課程の種類
 訓練課程は、「基礎危機応答訓練」(Basic Crisis Response Training)、「上級危機応答訓練」(Advanced Crisis Response Training)、および「訓練者のための訓練」(Training of Trainers)の3種である。以下、それぞれについて簡単に紹介する。

(1) 基礎危機応答訓練
 基礎危機応答訓練は、40時間の講義および演習等によって構成されており、5日間にわたる講習会において開講される。
 この訓練においては、危機応答計画の立案、危機介入のための技術等が、講義および演習形式で提供され、これを受講することによって危機、心的外傷、危機介入などについての基礎的知識を習得できることとなっている。
 なお、このカリキュラムの詳細については、後に紹介する。

(2) 上級危機応答訓練
 上級危機応答訓練は、24時間の講義および演習によって構成されており、3日間にわたる講習会において開講される。
 この訓練は、基礎危機応答訓練を修了した者を対象とするものである。ここでは、NOVAの危機応答チームの具体的な活動の背後に存在する諸理論についての解説がなされたり、またより高度な技能などについての講義などがなされる。

(3) 訓練者のための訓練
 訓練者のための訓練は、基礎危機応答訓練および上級危機応答訓練を修了した者を対象として開講され、その名称が示すとおり、危機応答チームにおける訓練を担当する者を養成するための課程である。40時間の講義および演習によって構成され、5日間にわたって開講される。

2 訓練課程の開催
 上記の訓練課程は、全米の各地区のさまざまな機関からの要請に応じて、各地で開催されるほか、NOVAの主催によって全米各地においてそれぞれ年に数回開催されている。なお、これらの訓練に参加するためには、受講料を支払う必要があるが、その額は基礎危機応答訓練については500ドル、上級危機応答訓練については450ドル、訓練者のための訓練においては750ドルとなっている。
 開催日程や申込手続きについては、NOVAのホームページにおいて情報を得ることができる。


VII NOVAの「基礎危機応答訓練」の実際

1 概要
 この章においては、NOVAの「基礎危機応答訓練」がどのように行われるかについて、具体的に紹介しようとするものである。具体的には、先に述べた通り、報告者が参加した、平成16年3月22日より26日までの5日間に亘り、アメリカ合衆国オレゴン州ウィルソンビルで開催された「NOVA全国危機応答チーム基礎訓練講座」の様子を紹介することとする。
 講師は、NOVAの事務局長であるMarlene Youngの他2名が担当した。参加者は、26名であり、その多くは地元オレゴン州内の郡の検察官事務所の被害者支援部門における被害者支援担当員であったが、その他警察関係者や学校関係者も数名参加していた。テキストとは、Marlene Young執筆による、The Community Crisis Response Team Training Manual(Third Edition)(4)である。これは第3章で紹介した資料(第2版)を、「2001年9月11日のテロリストによる攻撃」の直後に派遣されたNOVAの危機応答チームによる活動の経験を参考にして改訂されたものである。なお、書名は「マニュアル」となっているが、本書の最初に解説されているように、「実務用参照マニュアル」と「教科書」の両方の性格を有するものである。

(4)Marlene Young, The Community Crisis Response Team Training Manual, 1987, 1994, 1998, 2002, by the National Organization for Victim Assistance

2 内容
 上記の「マニュアル」は、1,000ページ以上のバインダー式の資料であり、ここにその内容の詳細を紹介することは無理であり、また本報告書の性格上からも必要は無いであろう。そこで、ここではその目次の項目のみを掲げることとする。

はじめに
第1章 危機応答の概観
第2章 心的外傷の反応―内部要因
第3章 心的外傷の反応―外部要因
第4章 危機介入
第5章 集団的危機介入
第6章 死亡および死亡告知
第7章 長期的ストレス反応
第8章 心的外傷後のカウンセリング
第9章 精神的・宗教的な問題
第10章 危機応答チームの編成
第11章 危機的状況におけるメディアへの対応
第12章 危機発生前の現地における計画
第13章 集団的危機介入会合の模擬訓練
第14章 クラス報告:危機的状況における地域社会への応答計画
第15章 文化をめぐる問題
第16章 年齢構成―児童
第17章 年齢構成―高齢者
第18章 援助者のストレス反応
第19章 集団的危機介入の実践
第20章 ボランティア専門職としての危機応答担当者
付録

3 日程
 上記の内容は、5日間にわたる40時間の講義および演習において教育される。その日程および時間割は以下のとおりである。

(1)第1日
8時30分−9時30分
 導入

9時30分―10時30分
 危機応答チームについての入門的知識
 ・ ビデオテープ
 ・ 練習:「大惨事」をめぐる諸問題
 ・ 休憩

10時30分―11時00分
 ビデオテープの内容についての議論

11時00分―12時00分
 危機反応の概略
 ・ 心的外傷の概要
 ・ 個人の反応の適応能力

12時00分―2時00分
 昼食および小グループに分かれてのディスカッション

2時00分―3時30分
 心的外傷の反応:内的要因
 ・ 危機に対する身体的反応
 ・ 危機に対する情緒的反応
 ・ 心的外傷に対する脳の反応

3時30分―3時45分
 休憩

3時45分―5時30分
 心的外傷の反応:外的要因
 ・ 時間的要素
 ・ 空間的要素
 ・ 役割に関する要素
 ・ 大惨事の型
 ・ 大惨事の与える影響

(2)第2日
8時30分−9時30分
 危機介入
 ・ 危機介入の目的と意義
 ・ 危機介入の諸要素
   「安全と安心」
   「表出と確認」
   「予測と準備」

9時30分―10時45分
 危機介入の練習(小グループ)および休憩(小グループ毎)

10時45分―12時00分
 集団的危機介入
 ・ 集団的介入の目的
 ・ 基本的モデルの比較
 ・ NOVAモデルの説明

12時00分―1時30分
 昼食および危機応答チームについてのディスカッション(小グループ毎)

1時30分―2時30分
 死をめぐる諸問題の概観

2時30分―3時15分
 死の与える影響
 ・ 死に対する反応
 ・ 死に関する不安
 ・ 怒り
 ・ 罪悪感
 ・ 羞恥心

3時15分―3時30分
 休憩

3時30分―4時00分
 死と喪失
 ・ 悲嘆のプロセス
 ・ 悲嘆の型
 ・ 心的外傷を生じさせる悲嘆
 ・ 援助のヒント

4時00分―5時00分
 死亡告知
 ・ 死亡告知の技法
 ・ 援助のヒント

(3)第3日
8時30分―9時30分
 長期的ストレス反応
 ・ 概観
 ・ 心的外傷後ストレス反応
 ・ 長期的危機反応

9時30分―10時30分
 ビデオテープ

10時30分―10時45分
 休憩

10時45分―11時30分
 心的外傷後カウンセリング
 ・ 危機応答担当者による心的外傷後カウンセリングの諸要素
   教育、経験および行動力
   語り、再確認および付託
   行動、支援および実現

11時30分―12時30分
 危機における宗教的問題
 ・ 宗教的問題の重要性
 ・ 宗教的問題をめぐる議論のガイド
 ・ 援助のヒント

12時30分―1時30分
 昼食

1時30分―2時45分
 地域危機応答チームの編成
 ・ 危機応答チームの目的
 ・ 危機応答チームの準備
 ・ 現場における応答の過程
 ・ 危機後の点検

2時45分―3時15分
 メディアへの対応

3時15分―3時30分
 休憩

3時30分―4時30分
 地域における危機応答チームの準備

4時30分―5時30分
 危機応答チームについての小グループ打ち合わせ

(4)第4日
8時30分―10時30分
 危機介入の模擬訓練
 ・ 模擬訓練の目的
 ・ 模擬訓練の活動
 ・ 模擬訓練後の議論

10時30分―10時45分
 休憩

10時45分―11時00分
 質疑応答

11時00分―12時00分
 事例研究の発表
 ・ 発表の目的
 ・ 発表と批評
 ・ 成果

12時00分―1時00分
 昼食

1時00分―2時00分
 事例研究の発表(続き)

2時00分―3時30分
 文化をめぐる諸問題

3時30分―3時45分
 休憩

3時45分―5時30分
 年齢をめぐる問題

(5)第5日
8時30分―10時00分
 復習と質問

10時00分―10時15分
 休憩

10時15分―11時30分
 援助者のストレス
 ・ ストレス反応の理論
   燃え尽き
   代理受傷
   「同情による疲れ」
 ・ ストレス反応の軽減
 ・ 有効な対応方法

11時30分―12時30分
 集団的危機介入の練習

12時30分―1時30分
 昼食

1時30分―3時30分
 集団的危機介入の練習(続き)

3時30分―4時30分
 修了証書の要件

4時30分―5時30分
 修了式


4 おわりに
 わが国においても危機介入や危機応答についての文献が見られるようになったが、NOVAの訓練コースのように、総合的かつ実践的な訓練コースは開発されておらず、また実施されていない。
 わが国においても、NOVAの訓練コースを参照するなどして、本格的な危機応答チームのための訓練コースが開発され、またそれに基づいて危機応答チームによる本格的な活動が行われることが期待される。


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