検討会(第4回)
1.日時:平成24年2月2日(木)15:00~17:00
2.場所:中央合同庁舎4号館 第2特別会議室
- 3.出席者:
- (委員)清家座長、香山委員、関委員、園田委員、弘兼委員、森委員
- (オブザーバー)笹井文部科学省生涯学習政策局男女共同参画学習課長、武田厚生労働省政策統括官付社会保障担当参事官、山口国土交通省総合政策局安心生活政策課長
- (内閣府)村木政策統括官、内野大臣官房審議官、原口高齢社会対策担当参事官、飯島高齢社会対策担当参事官補佐
- 4.議事:
- (1)高齢社会対策の基本的在り方等に関する検討会報告書(素案)について
- (2)報告書副題案について
- (3)意見交換
検討会(第4回)議事録
○清家座長 香山先生は少し遅れて見えるということでございますので、ただいまから「高齢社会対策の基本的在り方等に関する検討会」を開催させていただきます。
本日は、前回検討会で御議論をいただきました報告書(素案)について、引き続き御議論をいただくとともに、前回からいろいろ御指導をいただいております副題について、引き続き御議論をいただきたいと思います。
まず、事務局の方から、前回の報告書(素案)からの変更点等について、説明をお願いいたします。
○原口参事官 それでは、資料1に基づきまして、御説明申し上げます。
2ページ「目次」でございます。
前回、園田委員から構成等につきましての御提案をベースに、各委員にもお諮りしながら修正いたしたものとして柱立てをしてございます。
「3.超高齢社会における課題」と「4.今後の超高齢社会に向けた基本的な考え方」が対応できるような形として整理してございます。
3ページ「はじめに」でございます。
前回書きました内容の構成を変更したものでございます。
震災を契機にという形を冒頭に持ってまいりまして、構成を変更しております。
中段以降でございますけれども、現在活躍している、また活躍したいという方に対して「支えられる人」として一律にとらえられることは尊厳を傷つけることになること。また、過度の不安感、負担感を払拭することが重要ということを書き込んでございます。
6ページ、(元気で働く意欲の高い高齢者の増加)のところは、後段の方につきましては、表現の適正化をしてございます。
8ページ、(2)健康・福祉の3番目のパラグラフは、高齢者医療制度について修正をしてございます。
9ページ、(4)生活環境の1番目のパラグラフは、高齢者の居住の安定確保に関する法律に関しまして、表現の適正化を図ってございます。
10ページ、3.の柱書きでございます。
園田委員からの御意見にございましたが、課題の整理に当たっての緊急度の高さであるとか、構造転換の必要性についてきっちり書くということでございますので、修正いたしまして、整理したものでございます。
(1)「高齢者」の実態と捉え方の乖離の<1>の2つ目のポツでございます。
団塊の世代についての書きぶりでございますが、前回の弘兼委員の御意見等を踏まえまして、団塊の世代も近年物を言わない方々が増えてきているというお話がございました。
後段の方でございますが「この団塊の世代は、年齢を重ねるに伴い発信力が弱まった者も増えつつあるものの、総じて社会に対して大きな影響力を与えうる世代であると考えられる」という形で整理してございます。
11ページ、2つ目のポツでございます。
先ほど申し上げましたが「はじめに」のところで記載した部分について、活躍している方や活躍したいと思っている方たちを一律に「支えられる人」であるととらえることは、その人たちの誇りや尊厳を低下させかねないという形で、再度記載したところでございます。
(2)世代間格差、世代内格差の存在の4つ目のポツでございます。
「とりわけ女性高齢者は、若中年期の就労環境等により、所得や貯蓄が十分でなく、平均寿命の長期化と相まって、経済的に困窮化している人もみられる。」という形で、前回、男性高齢者と女性高齢者の問題点を整理するというお話になっておりましたけれども、こちらの格差のところに女性高齢者の問題点として整理してございます。
12ページ、「他方」のところでございます。
森委員から御指摘がございましたが、「全ての人が社会保障の支え手である」ということをきっちり書くということでございましたので、上から3行目のところに加筆してございます。
(4)地域力、仲間力の弱さと高齢者等の孤立化でございます。
第1パラの中に「自己力」「地域力」「仲間力」という言葉がございます。そちらにつきまして、どのようなものなのかという形で概念等を整理してございます。
13ページ、1つ目のポツの「特に」のところでございます。
先ほど申し上げましたけれども、男性高齢者のコミュニケーションの問題点につきまして、「その背景には、会社での立場や人間関係を重視してきたために、他のバックグラウンドを持つ人とのコミュニケーションが苦手であるといった男性高齢者の傾向もある。」という形で書いてございます。
(5)不便や不安を感じる高齢者の生活環境でございます。
後ろの4.の基本的な考え方の(5)安全、安心な生活環境の実現に対応する課題として、柱を立てまして整理したものでございます。
その中で<1>高齢者が不便を感じる地域生活圏でございますけれども、2つ目のところで、買い物弱者について、地域で生活するインフラが失われたという例示等を挙げながら、3つ目のポツでございますが、高齢者にとって地域の不便な点としては、日常の買い物、病院への通院、高齢者には使いにくい交通機関等が挙げられる。4つ目のポツでございますが「地域の中で、満足な生活ができるようにする必要があるが、それを可能とするバリアフリー化が十分に進んでいるとは言い難い。」という形で課題を整理してございます。
14ページ、<2>高齢者が巻き込まれる事件の増加、認知症高齢者の増加の4番目と5番目でございます。
森委員から、認知症が今後増大するという形で、高齢者の問題を取り上げていただきたいというお話がございましたので「一人暮らしの高齢者が増加していくことも考慮すると、認知症になっても安心して暮らせるような仕組みづくりが課題である」という形で整理してございます。
15ページ、上から2つ目のポツ「一方、非正規労働者はOff-JT等を受ける機会が正社員と比べて少ないなど、教育訓練の機会が少ない状況にある。」でございますが、森委員から、非正規労働者の問題点についても整理してほしいという御意見がございましたので、加筆してございます。
<2>「人生65年時代」の仕組のままの老後の経済設計や蓄積した資産の未活用でございます。こちらは、園田先生の意見を踏まえてございます。
前段につきましては、貯蓄等の資産形成で非正規労働者の問題も加えてございます。
後段につきましては、これまでの居住用住宅による資産形成の課題について整理いたしまして、修文してございます。
最後のところで「人生65年時代」から「人生90年時代」への転換の必要性について整理してございます。
4.今後の超高齢社会に向けた基本的な考え方でございます。
こちらの柱書きにつきましては、前回、園田委員から、この後に整理されているものにつきまして総括的な整理の方がよろしいというお話がございました。つきましては、4点整理いたしました。
1番目は、「高齢者」の捉え方についての意識改革
2番目は、社会保障制度の設計について
3番目は、顔の見える互助の再構築
4番目は、資産の取得について
若干コメントを付しながら整理し、修文したものでございます。
16ページ、(1)「高齢者」の捉え方の意識改革のところでございますが、先ほど来申し上げていますとおり、「はじめに」のところで御説明申し上げた中身につきまして、詳細に書き込んだ形で整理してございます。
17ページ、上の方で、意識改革に当たっての考え方について整理しております。
まず第1といたしまして、とりわけ意欲と能力のある65歳以上の人の実像を全世代の者が再認識できるよう、65歳以上の人を多様性を踏まえてとらえていく必要がある。
第2といたしまして、今後は「高齢者」を65歳以上の者としてとらえることについて考えることが重要といった形で、現時点では国民の高齢者に対する認識と、統計区分としての高齢者の実像が合わなくなってきているということを挙げながら、4つ目のポツでございますが、そのため、データの提示等についても考えていくことが重要であるという形で整理をしてございます。
18ページ、上の方で、社会保障制度のところでございます。
前回、森委員から御指摘がございましたが「全世代対応型」の持続可的な社会保障制度を構築していくことが重要という形で盛り込んでございます。
(3)の<1>の上から4つ目でございます。
前回は「雇用就業形態や労働時間等のニーズが多様化してきている。」ということでございましたが、その前に「短時間・短日勤務を希望する高齢者もみられるなど、」という例示を入れてございます。
19ページ、<2>さまざまな生き方を可能とする新しい活躍の場の創出でございます。
2番目のポツの後段でございます。「高齢者にこうした社会参加の機会を提供していくことは、若年雇用者を脅かさない活躍の場を創出していくと考えられる。」ということで、こちらは関委員から御指摘がございました高齢者と若年者の雇用の配慮について整理したところでございます。
5番目のポツの「さらに」で、子育てに専念してきた主婦や、子育てをしながらパートをしてきた主婦が蓄積してきた、生活者としての経験を活かし、地域において子育てに悩む若中年層を高齢女性が支援するといった形での社会参加や就業に結びつけることも重要である。こちらは前回、関委員から御指摘をいただきまして、子育て経験を持ちながら社会参加、就労への重要性について整理したところでございます。
一番最後の「なお」のところでございますが、こちらも関委員から御指摘をいただきまして、高齢期に向けた生涯学習や健康維持の必要性について整理したところでございます。
20ページ、2つ目のパラグラフの一番最後でございますが「その際、子どもや若者が高齢者にITを教えるといった世代間交流の観点も期待したい」と。こちらは前回、香山先生から御指摘があったところを加筆したものでございます。
同じく一番最後のパラグラフになりますが「国内だけではなく、今後急速に高齢化を迎えるアジアの国々等においても、潜在的な市場が広がっており、高齢者のニーズにマッチしたサービス・商品開発は、日本の経済成長にもつながっていると考えられる。」とあります。こちらは前回、森委員から、成長戦略とのつながりを記載するよう御指摘がございましたので、整理してございます。
21ページ、3ポツ目でございますが「また、高齢者の多様な経験や知恵を活かし、高齢者が子育て世代等の若い世代を支え、逆に子供や若者が高齢者にITについて教えるなど世代間の交流を促進させていくことが重要である。」とあります。前回、香山先生の世代間交流の観点からの整理でございます。
4ポツ目「なお、『互助』の再構築を推進するといっても、これは、公助や共助の後退を意味するものではない。」「このうち国や地方公共団体をはじめ関係機関・団体が行うのは、公助と共助に加えて、自助や互助が行われやすくなるような、地域力や仲間力を高めるための環境づくりである。すなわち、NPOの促進、互助を行いやすくする場所の提供、先進事例の情報提供といった自助や互助のバックアップ機能を整備することなども求められる。」というところにつきましては、関委員からの御指摘を踏まえて書き込んでございます。
<2>孤立化防止のためのコミュニティの強化のところでございます。
2ポツ目は、関委員からの御指摘でございまして、身体能力の低下に伴い日常的な外出を控えがちな高齢者に対しては、例えば些細な日常家事の手助けを通じて、社会とのつながりを失わせないような取組みを工夫していく必要があるというところで整理してございます。
22ページ、2ポツ目は、関委員からの御指摘でございます。高齢者の日常生活に過不足なく地域の目が届いている地域を実現していくため、支援団体に対するサポートも重要である。
3ポツ目は、香山委員、関委員からの御指摘でございます。なお、アウトリーチをする際には、プライバシーの尊重を希望する人や、一人でいることを好む人の存在等にも配慮した仕組みづくりも必要という形で整理してございます。
23ページ、<2>日常生活圏域の生活環境の保障につきましては、買い物弱者等を含めます高齢者一般に対しまして、居住というところを中心にとらえて、生活環境の保障が重要であるという園田先生の御意見を反映させたものでございます。
1ポツ目は、心身が衰えた高齢者であっても安全・安心かつ快適に最後まで住み続けられるための環境整備を図る必要がある。
2ポツ目は、その上で、日常生活に必要な買い物等ができる生活利便施設に加え、医療、介護等に関するサービスが日常生活圏域において適切に配置され、不便なく利用できる環境が求められている。
3ポツ目は、日常的な生活支援と居住の場の提供が一体となったサービス付き高齢者向け住宅等の多様な居住の場を整備していくことも望まれる。
4ポツ目は、これらの整備にあたっては、必ずしも全てを新規に整備する必要はなく、地域内の既存住宅や既存施設、埋もれた人材等を発掘し、それらの利活用を積極的に進める。これを通じまして、高齢者のみならず、障害者や子ども、その家族・親族等も安心して暮らすことができるという形で整理してございます。
24ページ、<3>犯罪、消費者トラブルからの保護及び成年後見人等の拡充でございます。
3ポツ目、また、多くの人々に認知症が正しく理解され、認知症の方が住み慣れた地域で安心して暮らせる町がつくられていくよう、社会全体で認知症の人とその家族を支え、見守り、ともに生きる地域を築いていくことが重要という形で、森委員の御指摘を踏まえた形で対応し、整理してございます。
25ページ、2ポツ目「なお、女性高齢者のなかには」のところでございますが、関委員の御指摘を踏まえまして、女性高齢者の自己啓発、スキルアップの必要性を整理いたしまして、そこのパラに整理したところでございます。
<2>資産形成とその活用による安定した老後生活の実現でございます。
前段につきましては、貯蓄等について整理しております。資産形成が困難な非正規労働者の雇用の安定等を通じた必要性についても整理してございます。
3つ目の「また」以下につきましては、資産の適正な承継の必要性について触れてございます。
26ページ、「わが国では」以下のところは、園田委員の御意見を反映させていただいております。
2ポツ目、我が国の既存住宅ストックは、滅失期間が欧米の住宅に比べて短く、現下の不動産取引上はその経済価値が費用化しにくい状況になっている。今後は、経年によって資産劣化しない、次世代への承継可能な高耐久・高品質の住宅建設を推進することが重要である。
3ポツ目、そのためにも、既存住宅を適正に評価し、流動性を高める中古市場の整備が極めて重要である。
4ポツ目、高齢者が築き上げてきた資産を次世代が適切に継承し、住宅、住環境及びその資産価値が世代を通じて循環する仕組みは「人生90年時代」にあっては不可欠であるという形で整理させていただきました。
今回初めてお出ししますが、最後の「おわりに」でございます。
上から順に、かいつまんで申し上げていきます。
「人生65年時代」を前提とした高齢者のとらえ方についての意識改革をはじめ、働き方や生き方、コミュニティや生活環境の在り方、備え等を「人生90年時代」を前提としたものへ転換させ、尊厳のある超高齢社会を実現させていかなければならない状況に直面している。
2ポツ目ですが、尊厳のある生き方とは、高齢者になっても自己力を高め、健康で活動できるうちは身の回りのことは自分で行い、いざ支えられる側になった時にも、人間らしさを保って生活できる生き方である。
3ポツ目ですが、若年期からの準備や、高齢期に向けた生涯学習や健康づくりを行えば、高齢期に自立し、生きがいを感じながら充実して暮らすことができ、高齢期を希望に満ちた人生の円熟期とすることも可能であると考える。
27ページです。
若年期から将来に備えた準備ができるように、現役時代の働き方を変えていく必要があり、企業や社会が積極的にワーク・ライフ・バランス型の働き方を促進していくことが求められる。
さらには、できるだけ高齢者も支える側に積極的にまわっていくなど社会に対する責任を負った、尊厳のある生き方ができることが重要である。その際には、全ての世代が積極的に参画する世代間及び世代内の「互助」の精神が求められる。
「顔の見える助け合い」である「互助」を再構築することで、お互いに支え合っているという安心感が芽生える。
さらには、高齢者だけではなく、世代間の交流を通じた若者や子育て世代とのつながりが形成されていくと考えられる。
高齢社会とは、高齢者のために対応が限定された社会のことではなく、高齢社会に暮らす子どもから高齢者まで全ての人が安心して幸せに暮らせる社会のことである。社会を持続可能なものとするためには、少子化対策の推進が重要である。
世界で最も高い高齢化率、そして今後も急速に進む高齢化に、決して悲観的になるのではなく、全世代が一丸となってより良い社会を実現できる社会を構築していくべきである。
そしてそうした社会を、現役世代や団塊の世代をはじめとする「新たな高齢者」が「大人の責任」として次世代に引き継いでいくことが大事であろう。
「尊厳のある生き方」には、「自分はいい人生を送った」と思ってこの世を去っていける形で締めくくられることも包含される。最終の、心豊かな人生の終わり方についても考えていかなければならないのだろう。
東日本大震災後、避難所を含めたいろいろなところで助け合い、そういった支え合いの気持ち、絆は日本人の誇りであるということを認識すべきである。
日本が復興を遂げる中で、人とのつながりの重要性を再認識し、「互助」を再構築することにより、全ての世代が参画し、高齢者が「尊厳のある生き方」ができる超高齢社会を実現することができれば、今後高齢社会を迎え、同じような課題を抱える国々に向けてのモデルとして発信することができよう。
本報告書により、一人でも多くの国民が尊厳のある超高齢社会の実現に向けて理解を深め、議論を更に進展させることを期待する。
このような形で書かせていただきました。
以上でございます。
○清家座長 ありがとうございます。
まず最初に、報告書(素案)について、委員の先生方から御意見をいただきたいと思います。もう既に、事前にいろいろ御意見をいただいたものを織り込んではございますけれども、改めてまたほかの委員の方が織り込んだ部分等も含めて、御意見をいただければと思います。
では、どなたからでもよろしくお願いいたします。
森委員、どうぞ。
○森委員 つい先日、厚労省の社会保障・人口問題研究所の数値が出ていました。たしか2060年までの推計です。
例えば高齢者の交通事故の問題とか、警察庁の発表は暦でやっています。推計でもそうですけれども、直近の数値を載せた方がよりいいのではないかと感じましたので、一度その辺のことをお考えください。
○清家座長 わかりました。
それは対応できれば、是非そうした方がよろしいですね。
ほかにいかがでございましょうか。
園田委員、どうぞ。
○園田委員 素案をいただいて、最後に「おわりに」がまとめてあり、書いていらっしゃることは全部そのとおりだと思ったのですが、また例によって組替えをやってみました。今、書かれているものの組立てを少し入れ替えてみたというだけです。御参考までに、資料3-1です。
「おわりに」ということで、全体を通して言いたいことは「誰もが長い人生をいきいきと誇りを持って安心して暮らせる社会をめざして」ということです。冒頭に、ポジティブに私たち日本社会が超高齢社会に対応する世界モデル構築への挑戦をしているんだと言ってはどうかということです。
日本はなかなか世界で1番のものが少なくなったのですが、当面は世界一の高齢化国でありまして、世界一の長寿国でもあります。そういう意味で、世界が日本はこれをどういうふうに乗り切っていくのかを注目している。それに対して、私たちは突きつけられた超高齢化を決して悲観的にとらえるのではなく、それをどう乗り越えるかが試されている、チャレンジをしているのだと、ポジティブにとらえていると言ってはどうかということです。
それが乗り越えられれば、これから欧米諸国はもとより、東アジアの国々が高齢化を迎えるということで、超高齢化対応の世界標準となり得るモデルを私たちは創造することができるかもしれない。ほかの国はそれに続いてくるのだということを、決してブラフではなく、言ってはどうかというのが1つ目です。
2つ目は、今までこの会議で何回も「20世紀型」と申し上げてきたのですが、人生65年の世代循環というのは、ある意味、日本の高度経済成長以降、安定的な社会をつくってきたわけですが、今それを90年型に転換しなくてはいけない。言わば、ずっと今世紀に入って以降、生みの苦しみを味わっているのではないかということを言ってはどうかということです。
つい先日、日銀の白川総裁が、日本の失われた20年は、最初の10年と後の10年は違っていて、今の10年は超高齢化と人口縮減により経済的な大きな問題に直面していると。そういう意味での生みの苦しみです。
その過程で、高齢者には年金とか医療とか介護ということを切り口にした不安が蔓延しており、もう一つ「ヤング・オールド・バランス」という言葉を出しましたけれども、その皺寄せが若い世代に集中していて、そういうことが巡り巡って、ある意味、少子化とか人口縮減ということにも結びついているのではないかということです。
必ずしもそれで少子化が解消できるわけではないかもしれませんが、人生90年型の安定的なフェーズに持っていければ、先の見通しもきちんと立つわけですから、ひょっとすると少子化も解消できるかもしれないということです。
今回、皆さんで議論した点は、高齢者の尊厳を守り、高齢者の持っている力を最大限引き出すということで、そこがポイントだということです。
それと同時に、その上での多角的、多重的な支え合いが必要で、「互助」の可能性というのは、その多角的、多重的な人々の間で、地域の間でということと、世代間の支え合いが重要ではないでしょうか。
最後は、やはり昨年の3.11、東日本大震災の教訓を乗り越えて、私たちは新しい地平を目指すのだということを言ってはどうでしょうかということです。
つい最近、伊藤滋先生という日本の都市計画の大家の先生と、新春対談というのでお話をして、2人ともすごく過激に議論しているので、多少とも参考になればということで、資料3-2と、それに関連して資料3-3を提出しました。もし御興味があればということで、添付資料です。
以上です。
○清家座長 ありがとうございます。
ちょうど今、今回新しく書いていただいた「おわりに」の部分が議論になりましたので、ほかのところの議論も勿論後でしますけれども、ここに絞って議論をいたしましょうか。ここは特に大切なところでもありますから。
この関係で、ほかに何か御意見ございますか。
関委員、どうぞ。
○関委員 資料4をごらんください。4ページのところで、「おわりに」について、この点は入れた方がいいと、強調したらいいと考えたことと、足りないと思ったところを少しまとめてみました。
まず、最初の2点は、素案にも載っていることで、しっかり明記する必要があるということですが、今回の報告書が「人生90年時代」に向けた「意識改革」を推進している点はしっかり書く必要があると思います。
また「尊厳のある超高齢社会の実現」を目指している点も明記する必要があると思いました。
次に、園田委員もおっしゃった「互助」の視点で、「絆」の大切さを重視する点も書いていくべきではないかと思います。書き方ですが、震災で日本が「互助」の大切さに改めて気づかされた点を謙虚に活かしていこうといった形で文章をつくっていくといいのではないかと思いました。
次の点ですが、この「おわりに」を拝見すると、意欲と能力のある65歳以上の人のことが中心に書かれています。しかし、やはり最後のところでも、意欲と能力のある65歳以上の人に活躍していただく環境づくりの視点と、高齢者が支えられる環境も整備された、安心して生活できる社会づくりの視点の双方をしっかりバランスよく、前者のみが強調されないように書いていく必要があるかと思いました。
例えば80代の高齢者が気持ちよくぼーっとしていたり、遊べる雰囲気のある社会も重要であって、「お疲れ様」と高齢者を評価するといった視点を併記するとよいかと思いました。
次は、園田委員もおっしゃっていた、高齢社会先進国として、世界に先駆けて社会を変えていく視点は私も重要だと思いました。園田委員のレジュメを最初に拝見させていただいたのですけれども、ポジティブにとらえる視点というのはとても重要で、そういった書きぶりだといいと思いました。
ただちょっと気になったのは、日本の超高齢社会の取り組みを評価するかしないかを決めるのは、世界です。ということで、世界に発信していくというよりも、世界に先駆けて、世界に誇れるような社会づくりを目指すという姿勢を表現した方がいいのではないかと思いました。日本がやっていくことが世界モデルになるかどうかは、我々から、これが世界モデルだと言うような話ではなく、世界がしばらく経ってから、世界モデルととらえてくれるかどうかという話だと思います。そういう意味では、もう少し謙虚に書いていってもいいのかなと思いました。
その中でひとつ、こういった世界に発信していくという視点において入れておいた方がいいかなと思ったのは、次のような文章です。
「高齢社会の先駆者として注目されている日本人は、長寿社会において、支える側と支えられる側の関係も含めて、『高齢者』の捉え方について、世界に先駆けて考えていくことが重要である。」といった形で、高齢者の捉え方についてポジティブに、他にない超高齢社会である日本だからこそ、他ではまだ行っていないとしても考えていくのだという前向きな姿勢が示されるといいのではないかと思いました。
次の点ですが、前回の会議で清家座長もおっしゃっていたリダンダンシーの視点、それも盛り込むとよいのではないかと思いました。つまり、効率性のみを重視する社会から、無駄のように見えることも両立できる社会、ゆとりある社会を目指す点も記載するとよいのではないかと思いました。
この点、前回の会議で例として挙がっておりました小売店と量販店の話は、とてもわかりやすくて面白いと思いまして、そういった具体例を「おわりに」に記載すべきではない場合は、その話を23ページの「<2>日常生活圏の生活環境の保障」のところに盛り込むのもよいのではないかと思いました。
もう一点、先ほど園田委員から「おわりに」の話があったのですが、そこで少し気になった点は、65年の世代循環を90年型に転換するというところの記載内容です。確かにいろいろな高齢社会の不安とか、しわよせが若い世代に集中していて、ワーク・ライフ・バランスが崩れているといったことから、少子化につながっているという要素はあります。ただ、少子化というのは、なぜ子どもを産まないかというのは、別の要素もいろいろ関係しているのではないかと思います。高齢社会の不安ということから、少子化が解消できるという話に直結させていいのか疑問に思いました。
以上です。
○清家座長 ありがとうございます。
ほかに「おわりに」について、何か御意見ございますでしょうか。
弘兼委員、どうぞ。
○弘兼委員 中国とかいろいろなところを取材しまして、中国人の社会では、日本で言う「済みませんけれども」という言葉がないんです。ここにある「支え合いの気持ち、絆は日本人の誇りである」と、日本人は、なぜこの支え合いの気持ちと「済みませんが」とか、謙譲の美徳という日本特有の言葉があるのか。その歴史的な背景みたいなものがもしわかれば、入れたらどうかという気がいたします。
謙譲の美徳というのは、アメリカの方には「excuse me」というのがあるんですが、日本みたいに「どうぞお先に」と譲ったりとか、こういう気持ちというのは、恐らく世界中では日本が一番あるような気がするので、日本人に芽生えた謙譲の美徳の、つまり支え合いに必要なメンタル的なものというのはどこから来るものだろうかということが、明解でなくてももしわかれば、そういうふうに記しておいていただければという気がしました。
あと、仲間意識という、お互いに絆意識ですけれども、これは今、若い人の間で非常に人気漫画になっている『ワンピース』がありまして、このテーマが「仲間」なんです。早稲田の斎藤投手も、「お前は何か持っているか」と言われたときに、「仲間です」と答えたということです。つまり、若い人たちには、仲間力とか、絆というものを割と大切にするような、漫画を通じてもあるのですが、こういうのもこれから高齢社会に向かっていく上で、若い人たちに絆意識、仲間意識というものを持たせるような教育も必要ではないかという気がしました。
○清家座長 ありがとうございます。
森委員、どうぞ。
○森委員 前段の「はじめに」と「おわりに」で、震災をきちんと持ってきたことによって、今、弘兼先生もおっしゃったように、そういうことがいろんな意味で絆なり、あるいは仲間力とか、いろんな人間関係のつながりというものがここで惹起をされて、そしてそれが広がっていけば、いろんな意味で、ある面では、震災の地域だけではなくて、全国至るところでそういう問題に対しての意識が芽生えれば、今回これは65年時代から90年代時代という意識を変えることと同時に、そういうものが蘇ることにつながるのではないかと思います。
1つだけ気になったことがあります。
「おわりに」の5段目のところです。「その実現に際しては、高齢者に関する諸施策を」とあります。今回の検討会の議論は、いろいろな物事を全世代の視点で見ていかなければいけないということです。今の書き方だと、またそれぞれ高齢は高齢でいってしまうという懸念というのがある。
それから、もう一つ気になったことが、27ページの4ポツ目「高齢社会とは」というところです。先ほどお話がありましたが、そこの最後のところに「社会を持続可能なものとするためには、少子化対策の推進が」とあります。「少子化対策」というのが、ここで急に出てきています。要するに持続可能な社会を構築するためには、少子化対策を含めて高齢社会に暮らす子どもから高齢者までの全ての人が安心して暮らせるということですが、それを最後のところに持ってこられると、それだけが1つの少子化対策だけということにとらえられてしまうという感じがしました。
以上です。
○清家座長 ありがとうございます。
香山委員、何かございますか。
○香山委員 先ほどの弘兼先生の、何で日本語は謙譲の美徳があるのかというのは、たしか民俗学者の長野晃子さんという方が『日本人はなぜいつも「申し訳ない」と思うのか』という大変面白い本を書かれていて、それはベネティクトの『菊と刀』に反論する形で、日本は恥の文化で、欧米は罪の文化だと言っているけれども、決して恥ではなくて、いわゆる「申し訳ない」と自分の方から先に言うというのは、民話の研究などからベースになって、古来から日本人は持っていて、著者はそれを非常に肯定的に考えていて、欧米に比べて道徳観が足りないとか、そういったいわゆる従来の日本のそういう罪の意識がないとか、すぐ謝ってしまうとかいうのとは違うんだと肯定的に評価しているものがあって、そういうものもひとつ御参考になるかなと思いました。
あと、これは「おわりに」そのものからは少しずれてしまうかもしれませんけれども、先ほど来出ている、世の中で高齢社会を割とポジティブなものにとらえて、今回こういった検討と対策を行うのだという姿勢を貫くというか、それは多分、清家先生がいつもおっしゃっている「尊厳」ということを全体のトーンとして貫くということと重なると思います。私も非常に賛成で、この「おわりに」からずれてしまうかもしれませんが、むしろ「はじめに」のところでも、今回のこういった超高齢社会に向けての基本的な考え方を提示するということで、一言「それはつまり」みたいな形で、決してこれは高齢社会になってしまったから、しょうがなくこういう対策を行うんだというものではなく、もう少しその人たちの尊厳ある生活、いきいきとした生活を実現するということは、ただ必要だからやるというのではなくて、新しい日本の姿勢を示すとか、新しい幸福感を自立するとか、そこはまた言い過ぎかもしれませんが、そのようにこれは決して仕方がないから変えましたということではないということを一言、「はじめに」の段階でも「おわりに」と呼応するような形で打ち出してもいいかと思ったことでございます。
○清家座長 ありがとうございます。
弘兼委員、どうぞ。
○弘兼委員 今回、ポジティブな提案ということで、こういう形でいいとは思うのですが、1行か2行でも、実はこのポジティブばかりではなくて、高齢者のホームレスというのはこれから格段に増えると思うので、絆とか、そういうお互いに支え合うことを全くされないお年寄りというか、高齢者が路上で生活するようになるという現実が絶対に来ると思いますので、こういうことに対する対策も立てていかなければいけないという文言も一言あってもいいのではないかという気がしました。
○清家座長 ありがとうございます。
そうしましたら、「おわりに」のところは、今、香山委員も言われたように、「はじめに」のところとつながってくるので、勿論これは報告書ですから、読者には全部精読してもらいたいのですが、「はじめに」と「おわりに」しか読まない人も結構おられるので、ここは大切なところです。
今、各委員からお話がありましたように、最初に園田委員が提案されたように、まず超高齢社会というのは、みんなの生活水準が高くなって長生きをするようになって高齢社会となったと。それを本当に喜べるようにするには、いろんな課題がありますというもって行き方が、おそらく「はじめに」の冒頭にもあった方がよく、「おわりに」の冒頭にもあった方がいいということだと思います。これは園田委員が最初に言われたように、まさに順番の問題だと思うのですが、まず、我々はポジティブにとらえますと。そのポジティブにとらえるためには、年をとっても尊厳のある生活ができる必要があるので、そのために課題はこうこうこうですと。そして最後に、またもう一度、これらが実現できると、よりよい高齢社会が出てきますという形に組替えていただく、あるいは少し修文していただくということがよろしいかと思います。
それは「はじめに」も含めて、3.11のことは必ず書く必要があるのですが、これを冒頭に持ってくるのがいいのかどうかというのも、少し皆さんの御意見を伺いたい。
もう一つ、森委員が言われた点は、ここだけではなくて、いろいろなところで大切だと思うのは、高齢者に関する諸施策とか、あるいは更に具体的に少子化対策とかというのは、恐らくこの報告書から派生していろんな政策が出てくるので、多分この報告書は、ほかの部分もそうですけれども、余り限定的にこの政策が大事だとか、これをやった方がよいとか書かない方がいいのかもしれません。つまり、そういう諸施策が後ろに透けて見える必要はあるのですが、この報告書自体に余り具体的な限定をつけてしまうと、具体的にそれぞれの役所がいろんなことをやったりするときに、必ずそれをやらなければいけないということになったり、あるいは逆に、それ以外のことはなかなかしにくいということになるので、できるだけ幅広くとらえられるような表現にしておいた方がいいと思います。それは森委員が言われるように、まさに今ここで我々が言っているのは人生全体の話なので、高齢者向けの諸施策だけではないというのは、本当にそのとおりだと思います。また、持続可能性も少子化対策だけではないから、もう少しそこのところに、具体的に、しかし、ここの文章から少子化対策が出てきたり、いろいろな高齢者に関する諸施策が出てきたりするような書きぶりにしていただけたらいいかと思います。
では、そのほかにところについていかがでしょうか。
関委員、どうぞ。
○関委員 そうしますと、細かい話になるのですけれども、資料4の3ページ目をごらんください。
幾つか気になった点の一つが、11ページの「(2)世代間格差・世代内格差の存在」のところです。
一人の人には、支えられる側面も、他の人を支える側面もあるかと思います。例えば介護保険の要支援者が、孫の子守をして子ども世代を支えている場合もあります。
このように高齢者というのは多様であって、支えられる側と支える側と、2項対立的にとらえられないよう留意すべきではないかと思いました。更に、高齢者が一方的に支えられるようになるよりも、場面によっては支える立場に立てる方が望ましいと思います。
また、支えるということも「支える立場として活躍」すると前向きにとらえた方がよいかと思います。
ということで、ここで世代間衡平を確保するために、高齢者には支える立場に立って活躍してもらいたいと記載するに当たっても、その高齢者は多様な者であるという点を明記した方がよいかと思います。そのため、12ページの(2)の2段落目の文章を、事例を入れるとともに次のように変更してはどうでしょうか。
「また、一人の人は多様な側面をもっており、例えば介護保険の要支援者として支えられる側に立つと同時に、孫の子守をして子供世代を支える側に立つ人もいる。こうした、意欲と能力のある多様な65歳以上の者が、支えられると同時に、支える立場として活躍できるようにすることで、世代間の衡平性を確保する必要がある。」
次に、4ページです。
報告書の21ページですが、行政からの孤立化の話が抜けているのではないかと思いまして、それについてです。
孤立化というのは、地域から孤立する話のみではなく、行政からのアウトリーチが成功しておらず孤立化して、必要な行政サービスを受けられない場合もあるかと思います。そこで、次のように21ページの<2>の1段落目の文章を書き加えてはどうかと思いました。
「高齢者、とりわけ一人暮らしの高齢者については、行政からのアウトリーチが成功しておらず孤立化する場合があるとともに、地域における孤立が顕著である。」
以上です。
○清家座長 ほかにはいかがでしょうか。
香山委員、どうぞ。
○香山委員 報告書の24ページの(6)若年期からの備えのところでいろいろと書いていただいて、25ページには「定年前からどのような生活を送りたいかをイメージしておくことが重要であり、学校、職場、地域においては、高齢期における就労、社会参加、学習」という文言があるのですが、前回も発言させていただいたのですが、今後、コミュニティとか家庭で、いわゆる高齢者、おじいちゃん、おばあちゃんとかに触れることが若い人たちも少なくなっている中で、若いころからの取組ということでは、それが高齢者教育とか、老人教育とか、もうちょっと具体的な教育という可能性も、もしできれば記載しておいた方がいいと思います。
例えばちょっと作文させていただいたのですが、「若年期から高齢期に備える場合、高齢社会についての総合的な知識が必要である。そのためには、できるだけ多くの国民が高齢社会についての客観的かつ総合的な知識を取得できるよう、教育や学習の機会の提供を進めることが望まれる」といったような、もしかしたら学校教育という場で、この高齢者とか高齢期に関する何か教育の機会を取得することも必要だということを、もし必要でしたら、書いていただければと思いました。
○清家座長 弘兼委員、どうぞ。
○弘兼委員 今、我々は大体、生まれるのは病院で生まれて、死ぬのも病院で死ぬというシステムができ上がっていますれども、私たちが子どものころは、自宅でお産婆さんが取り上げて生まれた。そして、死ぬのも在宅というか、家で死んでいました。私の祖母も自宅で死んで、そのままみんなで葬式を出したという形があるのですが、これから団塊の世代が恐らく2030年ぐらいにばたばたと死ぬと思うのですけれども、そのときに恐らく病院とか、そういう施設がいっぱいになってくるであろうことが確実になると思います。もしかしたら、亡くなって役場に行くまで1か月ぐらい冷凍されるかもしれないという、そういう時代が多分来ると思うのですが、そうなってくるときに、病院の施設、病棟が足りない。そこで、病院をたくさんつくるという形よりも、在宅死を迎えるという、これは医者に聞いたら非常に難しいのですけれども、苦しみから逃れる方法とか、そういうのが何かできるようになれば、在宅死ということも、これから一考していかなければいけない問題ではないかという気がします。
そうすることによって、子どもたちが、人間が死ぬという死生観みたいなものを植えつけられると思うのです。今の子どもは、ゲームに慣れているせいか、死んでももう一回リセットしたら蘇ると思っている子どもが、小学校低学年で10%ぐらいあるという、前に何かの統計を見たことがあるのですけれども、人間というのは必ず死ぬんだと。そして、おじいちゃん、おばあちゃんというのは、これまで人生を全うして、こうやって崇高な死を迎えるんだぞということを、人が死ぬという現場を見せることによって学ばせるというのも1つの役割ではないかと思うのです。
黒沢明監督の『赤ひげ』という映画がありまして、あの中に、オランダで西洋医学を学んだ若い加山雄三が、三船敏郎のところに来て、まず最初にやらされたことは、藤原釜足という俳優が、今日多分この患者はがんで死ぬから、死ぬところをよく見ておけというシーンがあるんです。非常に苦しんで、虚空をつかみながら悶絶して死んでいくところを若い加山雄三扮する医師がずっと見ていて、人間の死というものを学ぶというシーンがあったのですが、それにちょっと近いようなことを今の子どもたちにも、うちのおじいちゃん、おばあちゃんが、昨日まで生きていたけれども、こうやって亡くなって、死んだら冷たくなるんだよというものも、これから少し考えていかなければいけない分野ではないかという気がいたしました。
○清家座長 ありがとうございます。
森委員、どうぞ。
○森委員 内閣府の報告書の中に、介護と仕事の両立ということがいかに難しいかということが出ていました。そういうことができる環境を整備することが、これからの大きな課題だというコメントも載っていたと思います。
そうすると、こういう問題というのは、当然最初はやはり女性の方に負担がくる。それから、単身世帯も含めて、だんだん全体に比重がかかってくるということで、5ページのところにも「自分自身の肉体的・精神的負担を心配している人が多い。実際に介護等を理由に離職・転職する人も増加する傾向にある。」と書いてあります。どこかでそういうふうに環境整備をしていかないと、この問題は、ある面では、どんどん負担がかかってきて、家庭環境が変わってしまい、うつ状態だとか、老老介護のことも含めて、いろんなことに派生していく危険性を持っています。こういうことでせっかく報告書が内閣府の方から出ているので、それを最大限啓蒙するためにも、使われた方がいいのではないかと思いました。
○清家座長 ありがとうございました。
ほかにはよろしいでしょうか。
原口参事官どうぞ。
○原口参事官 それでは、各委員からの御指摘につきまして、お答えさせていただきます。
まず、森委員の介護と仕事の両立の困難性のところでございますけれども、場所といたしましては、18ページ目の(3)高齢者パワーの活用の<1>柔軟な働き方の実現というところで、6ポツ目でございます。「多様で柔軟な働き方の実現は、高齢者のみならず、子育て世代等にとっても働きやすい環境につながる。こうして、職業人生を通じて、子育て、介護など人生の様々な段階における仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)の実現を促進することが必要である。」とあります。さらっとした書き方になっておりますが、書きぶりについては考えてみたいと思います。
弘兼先生の御指摘の在宅死と申しますか、そこは地域なのか、そこのところの子どもたちがどのようにとらえているのかというところにつきましては、検討してみたいと思います。
香山先生がおっしゃった若年期から高齢期に備える場合の高齢社会についての知識の付与につきましては、どこか適切な場所に書き込みたいと考えます。
関先生からの御指摘でございますが、まず、2ページ目の支え、支えられる高齢者のところでございますが、これは報告書のつくり方といたしまして、世代間、世代内の格差というところは社会保障につながる形で、対応する形で書いてございます。そういう形で事務方としては整理したつもりでございます。
支えられる側の中から支え手になる方もいらっしゃるというお考えは正しいと思っておりますけれども、ここのところで書き込むのはいかがかなということもございますので、内容等につきましては、また先生と御相談の上、書かせていただければと思います。
あと、行政からの孤立化がございますけれども、実際、行政からアウトリーチを行っている例も多くあろうかと思いますが、住民の方では、逆に拒否されたりする方もいらっしゃいますし、先生の修文案を取り立てて申し上げるわけにもいかないのですが「とりわけ一人暮らしの高齢者については」というところが、まずどれぐらいのボリュームというか、実際そういうことがうまくいっていないのかというエビデンスがないと、一方的にこの文章を書くのは難しいと考えますので、また関先生と御相談をさせていただいて、検討させていただければと思います。
○清家座長 私の方からもお願いというか、委員の先生方に一応御了解を得たいのは、書きぶりは、できるだけ先生方の御意見を盛り込むようにしていただきたいのですけれども、1つは、文章間の整合性についてです。
1つの例ですが、これはこういうふうに直してほしいという訳ではないのですが、例えば19ページのところに「<2>さまざまな生き方を可能とする新しい活躍の場の創出」の2つ目のポツで「経済的な側面ではなく、雇用にこだわらない社会参加の機会を確保していく」ということがあって、その後「高齢者にこうした社会参加の機会を提供していくことは、若年雇用を脅かさない活躍の場を創出していくと考えられる」と書いてあります。これはむろん間違ってはいないと思うのですが、この書きぶりだけだと、雇用の形で社会参加すると、必ず若者の雇用の場を脅かすかというと、決してそうではなくて、我々はむしろそうではない働き方がありますよということを別のところで言っているわけなので、この辺の書きぶりを少し検討して頂きたいということです。
それからさらに気がついたこととして、科学的には正しいのでしょうけれども、23ページの「<2>日常生活圏域の生活環境の保障」のところで「心身の機能が低下した高齢者の行動能力は、小中学生にほぼ等しいとも考えられる」と書いてあります。これは科学的には正しい記述なのだろうと思いますが、やはり誤解を招きかねないというか、尊厳という観点から言うと、例えば「心身の機能が低下した高齢者の行動範囲は、小中学生のそれに近いとも考えられる」といったように、少しワーディングを科学的に間違っていない範囲の中で変更した方がいいのかなということがございます。
それから、先ほどの「おわりに」のところなどでも、先生方が言われたことはすべて妥当だと思います。その中で、例えば「自己力」といったような、ここで新しく出てきた概念については、前に定義はしているのですが、もう一度定義し直すとか、あるいは「何々すなわちここで述べた自己力は」とか「経済的、社会的に自立して生活できること、すなわち自己力」とか、そういうふうに修正することはあってよいかと思います。
もう一つは、先ほどちょっと申し上げたのですが、やはり全体的に、これは先生方のいろんな御意見をうまく織り込んでいただいていて、とても包括的なっていると思うのですが、書き方のトーンとして、かなり一般的に書かれているところと、個別具体的になっているところが少し混ざっております。先ほども申しましたけれども、一般的な方針がここに書かれていて、その奥に具体的な政策が透けて見えるというか、そういう姿で統一してもらった方がいいと思いますので、その辺も少し相談をしていただきながらですが、修文をしていっていただければと思いますが、そのような了解でよろしいでしょうか。
○清家座長 それでは、またここに戻るということもありますし、内容とも関連いたしますので、戻るということもございますが、副題の話に入りたいと思いますので、この件について御説明をいただきたいと思います。
○原口参事官 資料2でございます。
まず、本報告書の副題といたしまして、7個御提示いただいております。
一応、お出しいただいたものを列記してございます。
香山委員からは、
「尊厳ある自立と支え合いを目指して」
「尊厳ある自立と互助の社会を創るために」
「世界をリードする高齢者幸福社会を目指して」
「高齢者が幸福な国はみんなが幸せである」
関委員からは、
「尊厳のある高齢社会への意識改革」
森委員からは、
「尊厳のある超高齢社会を目指して」
「尊厳のある超高齢社会(互助と協働の社会)を目指して」
以上のものを御提案いただいています。
下の方に続きますが、「はじめに」の大きな課題に対しまして、香山委員から、
「あまりに多様化する高齢者」
「もはやあなたの知っている高齢者ではない」
というものを大きなところのくくりに付けたということです。
4.ですが、同じく基本的な考え方の柱のところには、香山委員から、
「力を活かし、安心して暮らす」
(1)~(6)ですが、
(1)「高齢者」の捉え方の意識改革に対しては、関委員から、「現役65歳は高齢者か」
(2)の社会保障の確立につきましては、「支え支えられる安心社会」
(3)高齢者パワーの活用につきましては、「社会を支える頼もしい現役シニア」
という提案が出されています。
(4)地域力の強化と安定的な地域社会の実現につきましては、関委員から「絆力を高める「互助」コミュニティ」というものを御提案いただいております。
(5)安全・安心な生活環境の実現につきましては、「高齢者に優しい社会はみんなに優しい」
(6)若年期からの「人生90年時代」への備えと世代循環の実現につきましては、「ワーク・ライフ・バランスと次世代へ承継する資産」という形で関委員から御提案をいただいております。
○清家座長 ありがとうございました。
まず、報告書全体の副題について、少し御議論をいただきたいと思います。
匿名ではなく名前が出てしまっているので、もしよろしければ、香山委員、関委員、森委員から、その趣旨について簡単に御説明いただけますか。
○香山委員 私も余り深く考えずにというと無責任ですけれども、思いつくままにいろいろ書いてしまいました。どれも言い方が硬いか、柔らかいかだけで、ほかの委員の言葉にもある「尊厳」という言葉を入れたらどうかということと、これは報告書全体で言ったらいいかどうかは別として、ほかの委員のサブタイトルでは、中の項目のタイトルにもなっています、支え支え合うという「互助」という視点を入れたらどうかとは思って書いています。
いずれにしても、ここでは「尊厳」ということを打ち出せればいいのではないかと考えました。
○清家座長 ありがとうございます。
関委員、いかがですか。
○関委員 私のところでは、ほかの委員も皆さんも挙げられているので、多分共通して重要なキーワードであるととらえている、「尊厳ある生き方」の視点を入れるといいということが1点。
もう一つは、この報告書が全体的に何を目指しているかというと、先ほど清家座長もおっしゃっていたように、これから先の社会の方向性、全体的なイメージ像をつくることを目指しているのではないでしょうか。すると、やはり人生65年時代のままという意識を変えて、90年時代の社会に向けた意識に変えていくというところが何よりも重要です。そして、どういう意識改革をするかということの内容が、高齢者のとらえ方とか、支え合いを重視するとか、そういった具体的な点ですので、そういう意味で、意識改革というところを強く打ち出すといいのかなと思いました。
もう一つは、私もこの「支え支え合い」の話、自立と互助の話とか、そういったことはキーワードかなとも思ったのですけれども、それは何となくいろんなところにありそうな言葉かと思い、もうちょっと明確に中身をイメージしやすいという意味で「意識改革」の方が、ある意味新しさがあるのかなと思って、それを考えてみました。
○清家座長 ありがとうございます。
森委員、一言お願いします。
○森委員 できるだけ簡単な方がいいということがひとつありました。
それから、超高齢社会をポジティブに考えてみるとすると、いかにして自分らしく生きていくかということのために、やはり「尊厳」が大事だということです。それを若いときからどういうふうに目指していくかという意味で、「尊厳のある」とさせていただきました。
あとの括弧の部分は、ここで「互助」という考え方というので、互助と同時に、自助、共助、公助という、ある面ではコラボレーションという、協働というものが求められるということで括弧を入れたということです。
○清家座長 ありがとうございます。
それでは、皆様方の御意見いかがでございましょうか。
○香山委員 済みません、そもそもの話をして申し訳ないですが、副題というのは何のために付けるんですか。これを読む人たちに何かキャッチーに読んでもらうためか、あるいは内容を一言でまとめるためなのか。副題を付ける意味です。
○清家座長 普通、副題は両方あると思いまです。両方の意味だと思います。
ですから、内容をよく表していて、なおかつ、その副題だったら読んでみようかと思わせるようなものかと思います。
○香山委員 今回は、この報告書の本題は。
○清家座長 「高齢社会対策の基本的在り方等に関する検討会 報告書」というのは、一応もう決まっていますので、何か副題を付けた方がいいのではないかと思います。
○香山委員 本題を少し柔らかくするような意味だとすれば、勿論、内容が一番大事なのですが、余り漢字が多くない方がいいとかありますか。あるいは「高齢社会」という言葉が2回出てくるのは読みづらいとか、そういった本題とのカップリングで、本題にないものを補う意味だとしたら、何かわかりやすい言葉がいいとか、そういう制約みたいなものはあるんですか。
○原口参事官 特に制約はございませんけれども、確かに「高齢社会対策の基本的在り方等に関する検討会 報告書」というのは固定ですので、言葉が重ならない方がいいような気がします。
○香山委員 極端にもっと、例えば「いきいき笑顔の高齢者」とか、それぐらい本当に平易な方が望ましいとか、そういうわけでもないんですか。
○原口参事官 先ほど座長の方からおっしゃっていただきましたが、中身がまずわかる話でございませんと、何だという話になりますので、まずそれがありまして、その中で読まれる方がなるべく多い方がよろしゅうございますので、いい表現ぶりをお願いしたいなというところです。
○清家座長 そういう視点で少し幅広く。
弘兼委員、どうぞ。
○弘兼委員 よく単行本とか、本の副題というか、章によって分けてあるんですけれども、いかにこの本を読みたいという気持ちを起こさせるかというのに「何々であるのか?」という疑問符を持ってくることが多いんです。そういうやり方も、ひとつあるのではないでしょうか。
例えば「65歳は本当に高齢者なのか?」とか、そういう問いかけ的な形をすると、ちょっと読んでみようかなという気になるかもしれません。
○清家座長 ありがとうございます。
ほかにどうでしょうか。
園田委員、どうですか。
○園田委員 私は、先ほどの「おわりに」の資料3-1のところに書きましたように、「誰もが長い人生をいきいきと誇りを持って安心して暮らせる社会をめざして」ということを議論したのかなと思っています。皆さんの御提案に近いとしたら、私のものはちょっと長いですが、すごく簡単な言葉ですがそういうふうに思いました。
○清家座長 「世界に冠たる長寿社会でいきいきと」とか、そんな感じですかね。
ここに出していただいた副題から、最大公約数的に見ると、「尊厳ある高齢社会を目指して」であるとか、そんな感じになるのかもしれませんし、もう少し「いきいき」とを強調するとすれば、今、園田委員が言われたような副題の付け方もあるかもしれません。あるいは弘兼委員が言われたような、何かもうちょっと疑問を突きつけて、その疑問にこれが答えていますというものもあるかもしれません。
ですから、考える際の基準としては、先ほどの香山委員の御質問から言えば、両方の意味があるということだと思います。内容を表していて、なおかつ惹きつける。
その惹きつけるという観点から言うと、いろんな考え方があるのですが、公的な報告書なので、余り極端なこともできないかもしれないということもあるかと思います。
弘兼委員、どうぞ。
○弘兼委員 かなり公的な報告書に、極端な形で参加したことがあるんです。
これは御手洗さんがまだ経団連の会長だったころ、伊藤元重さんが座長になって、「FTA/EPAに関する提案書」という提案書を書いたときのことです。そのときちょうど小泉首相だったのですが、伊藤さんの方から、「弘兼さん、この報告書に漫画を付けて書いてくれ」と言われまして、年をとって、白髪になった島耕作は、フィリピンとかそういう東南アジアの方の看護師さんに世話を受けているところの漫画を描いて、小泉さんにそのまま持って行ったら、小泉さんが非常に喜んだということがありました。
だから、報告書と言ってもそんなに硬く考えなくてもいいのではないかという例もありました。
○清家座長 わかりました。
園田委員、どうぞ。
○園田委員 実は私、事務局に、弘兼先生に1枚書いていただくとよいのではとお話ししました。島耕作がリタイアした後ということで、その漫画を1枚付けて頂いてはと言ったことがあります。
○弘兼委員 今、墓穴を掘るようなことを言ってしまいました。時間があればね。
○清家座長 それは是非。
○園田委員 それが付いているだけで、インパクトが違います。
○清家座長 プレミアムが付きますね。
○弘兼委員 講談社とも相談してみます。
○清家座長 版権の問題は大丈夫でしょうか。
○弘兼委員 いわゆる一般に商売とかとは関係ないですから、こういうものは大丈夫です。
○香山委員 副題は「島耕作は90歳のときどうなっているか」というふうにするというのもあるかもしれないですね。
○弘兼委員 それもありかもしれないですね。
○園田委員 「島耕作のハッピーな老後」とかはどうでしょう。
○弘兼委員 島耕作は22年生まれですから、ちょうど団塊の世代の第1号です。
○清家座長 関委員、どうぞ。
○関委員 もう一つ、「意識改革」という言葉にこだわっている理由です。私自身は、この報告書の中で特に今までにない観点として重要なのは、高齢者のとらえ方について、65歳というのは高齢者なのだろうかといったことについて問うているところです。この点が非常に新しいと思っているのですが、その話をすると、具体的な制度改革の話と勘違いされる方が多いような気がします。しかし、これはそういう話ではなく、先ほど清家座長がおっしゃっていたように、この報告書というのはイメージをつくるものであって、特に中でも重要なのは、若い人も含めた意識を変えていくというところです。そこで、それを前面に出しておいた方がいいのではないかと思い「意識改革」という言葉にこだわってみました。
○清家座長 わかりました。
ほかにはよろしゅうございますか。
そうしましたら、今、伺った意見も踏まえて、もう一度考えて、また案を出していくということで、スケジュール的にはよろしいですか。
○原口参事官 はい。
○清家座長 そうしたら、今度は1.~4.の副題についてです。
特に3.と4.の辺りの副題でしょうか。これを少し議論するということでございますが、いかがでしょうか。
香山委員、どうぞ。
○香山委員 私は平易な言葉にし過ぎてしまったので、もうちょっと上の副題とかにもマッチするような形できちんとしたというか、副題を提案していただければと思います。
○清家座長 わかりました。
○香山委員 お願いします。
○清家座長 では、どうでしょうか。
御自由にお願いします。
関委員も随分たくさん提案をしてくださっていますね。
○関委員 副題と題そのものについて気になっている点を書いてみました。
3.のところについて、全体のタイトルに副題を付けなかったのは、課題というのはいろいろとそれぞれあるので、全部をまとめたタイトルは付けにくかったということもありますし、報告書で一番主張したいところは4.だと思いましたので、そこに視点が集まるように、そちらに付けてみました。
3.のところでは1点、「(2)世代間格差、世代内格差の存在」のところで、これはほかの部分にも共通するのですけれども、「、」というのは視覚的に見出しに余り合わないかなと思いますので、そういったものは「・」にするとよいかなと思いました。
「(4)地域力、仲間力の弱さと高齢者等の孤立化」は、ひとつこだわっているところです。「仲間力」という言葉がどういう意味を持つのか、どういうイメージを与えるのかというのは本当に人それぞれですので、非常に難しいことだと思うのですが、私自身は「仲間力」も重要なんですが、今回より強調すべきは「絆力」であるのではないかと考えています。ここは資料4で言えば、1ページのところに図を挙げて説明していますので、そちらをごらんいただければと思います。
「地域力・絆力の弱さと高齢者等の孤立化」という形で「絆力」に変更した方がいいのではないかと思っています。勿論、絆力というのもいいイメージがあるかどうかは、先ほど少し園田委員とも話していて思ったのですが、なかなか難しいです。「リンク力」の方がいいのではないかとかいう話もありますが、なぜ「仲間」ではなくて「絆」という言葉にこだわっているかといいますと、この図を見ていただきたいと思います。
「仲間」という言葉は、共通した何かを持つグループとか集団、点線で囲まれた1つの集まりのことを指すのに対して、「絆」という言葉は、共感による人と人との結びつき、黒い線を指すものだと思っています。
例で考えると、被災者間の助け合いは仲間による支援ですが、例えば東京などに住む被災者、被災地と関係の少ない人が行う支援は絆による支援なのではないかと思います。震災によってとりわけ気づかされた貴重な助け合いというのは、絆力に基づくものではないかと思います。つながる人たちは、必ずしも仲間である必要はなくて、新たに注目すべきなのは、より緩いつながりである、線のところである絆のつながり、絆力ではないかと思いました。
特にこれまでの地縁や血縁を避けて、地域から出て行った人も、行いやすい、新しい助け合いの形というものが求められていると思いますが、それは絆に基づく側面の方が強いのではないかと思っています。
課題として指摘するのも、つながる力の弱さ、「絆力」の弱さではないかと考えましたので、ここのタイトルを変えました。
あと、資料の下に書いてあるのは、こういうふうに「絆力」に変えるとすると、報告書内の書きぶりも幾つか変えなければいけないというところです。また、絆のとらえ方は何かという説明もする必要がありますので、例えば12ページの(4)「地域力・絆力の弱さと高齢者等の孤立化」の3行目のところは「さらに、今はそれらの中間の領域において、高齢者を支える力、つながる力が弱く、地縁を中心とした『地域力』や、共感による人と人との結びつきである『絆』を強める『絆力』の増幅が今後の課題であると言える。」としたらどうかと思います。
資料の2ページになります。
13ページの2段落目の最後は、「このように、地域社会の中での人間関係を含め、地域力や絆力が弱体化し、喪失する中で、社会的孤立や孤立死の問題がでてきたといえる。」
21ページの3段落目は「さらに、地域コミュニティのつながり、『絆力』の再構築に向けても重要な役割を果たす。」といったように、報告書の中の方も変えていったらいいのではないかと思います。
3.の(5)の<2>のところです。
見出しはできるだけ短い方がアピール力があると思いましたので、「増加」という言葉が重なっていることから、これは「高齢者が巻き込まれる事件・認知症高齢者の増加」とした方がいいのではないかと思いました。
3.の(6)の<2>のところです。
これも長いので、少し短く変えた方がいいのではないかと思っています。
ただ、先ほどこの意味を伺ったところ、ここで書かれているのは資産形成の話ではないということなので、短くするとしても、例えば「『人生65年時代』のままの老後の経済設計や蓄積した資産」と、蓄積された資産の話であるということは入れる必要があるかと思います。なお、「まま」という言葉は蓄積した資産にもかかりますので、「未活用」という言葉は削除してもいいのではないかと考えています。
4.の(1)のサブタイトルですけれども「現役65歳は高齢者か」というところです。「高齢者」という言葉は65歳以上の者を指して使われる場合が多い中、すべての65歳以上の者が支えられる人ではないという意識改革が必要であるという観点からすると、端的に「65歳は高齢者か」とした方が、直接的な問いかけになるのではないかと思います。
4.の(2)のサブタイトルですけれども、なぜ「支え支えられる安心社会」としたかといいますと、全世代がお互いを「支え」るとともに、しっかり「支えられる」ことにより、安心感が高まる社会を目指す点を表現しようと思いました。
4.の(3)のタイトルのところですが「活用」という言葉は高齢者を使うといったイメージにつながりやすいので、前向きな表現で「高齢者パワーへの期待」という形にする方がいいのではないかと思いました。
4.の(3)のサブタイトルですけれども「社会を支える頼もしい現役シニア」としてみました。パワーを期待したいのは、現役である65歳以上の者です。また、年長者を敬いつつ、年齢を惹起させない「シニア」という言葉が、意欲と能力のある65歳以上の者をイメージしやすい言葉なのではないかと思いました。
そこで、こうした趣旨を組み合わせて、意欲と能力のある65歳以上の者を「現役シニア」という言葉で表現してみるといいのではないかと思いました。新しいフレージングになってしまいますが、イメージしやすいものであると思って、ここに入れてみました。
これに伴って、中身の報告書も幾つか修正する必要があります。例えば18ページの(3)の<1>の3段落目の文章は、ここに書かれている形で修正してはどうかと思いました。
4.の(4)のサブタイトルも、先ほどの3(4)の趣旨から、弱まった絆力を高める地域社会を実現させる点を盛り込んで「『絆力』を高める『互助』コミュニティ」としてはどうかと思いました。
あと、この「互助」という言葉は非常に大切なフレーズですので、どこかに盛り込むべきだと考えています。
資料3ページです。
4.の(5)のサブタイトルは「高齢者に優しい社会はみんなに優しい」としました。
これは香山委員が全体のところで挙げられたものと非常に近いものかと思いますが、ユニバーサルデザインの観点を表現して、こういったサブタイトルを考えてみました。
4.の(5)の<2>と<3>のところは、「、」よりも「・」の方が視覚的にいいとか、「及び」より見やすい「と」に変えた方がいいといった視覚的な変更です。
4.の(6)のサブタイトルは「ワーク・ライフ・バランスと次世代へ継承する資産」としました。「ワーク・ライフ・バランス」というキーワードは、サブタイトルのどこかに盛り込んだ方がいいかと思いまして、ここに盛り込んでみました。
4.の(6)の<1>のタイトルは、もうちょっとイメージしやすいように「人的資本の蓄積とその活用」を書き換えるとよいのではないかと思いまして「今日から始まる人生設計」としてみました。
特にここでの記載内容を見てみますと、ワーク・ライフ・バランスなどを整えることによる若中年期からの自己啓発や健康管理などが中心となっています。そこで、その点をよりわかりやすく示す表現としました。
特に若・中年者に「今日からあなたも備えないと!」というメッセージを強く伝えたいと思って、こういう表現を使いました。
○清家座長 どうもありがとうございました。
各セクションの副題について、まず、そもそも各セクションには副題を付けることになっているのですか。
○原口参事官 各セクションに付けなければならないという決まり等はございません。
○清家座長 付けた方がわかりやすいということですかね。
○原口参事官 わかりやすいというか、対外的にこの説明をするときに、例えば文字をぱっと見たときにも、こういうことが書いてあるんだという方がよろしいかなと思いまして、付けられるところは付けた方がよろしいということで、お願いしたいと思います。
○清家座長 そういう面では、できるだけ付ける方向でということですね。
では、何か御意見等ございますでしょうか。
園田委員、どうぞ。
○園田委員 関委員の御提案で「絆力(きずなりょく)」という点についてだけ、コメントです。
「絆力」「仲間力」のどちらでもいいのですが、関委員の資料4の1.で書いてあることを、あえて私が解説してみると、「絆力」とおっしゃっているのは矢印の部分ですね。「仲間力」というのは点線で囲まれた部分ですが、理系的に説明すると「絆力」というのは運動エネルギーを指しているんです。あるものとあるものとの間に働く運動エネルギーを指しています。私が「仲間力」とか「地域力」といったときには、その点線で囲まれた中に持っている位置エネルギー、ポテンシャルエネルギーを指しているので、ちょっと質が違うということです。
それと、私は「絆(きずな)」というのは、個人的には余り好きな言葉ではなくて、社会学では「紐帯」という言葉になるんです。ソーシャルネットワークサイエンスでは、英語だと「リンク」、日本語にすると「枝」ということになります。何で余り好きではないかというと、絆、紐帯といくと、次に「ファッショ」というのがあって、「ファッショ」というのは「束ねる」という意味があるので、余りそれを強調するのが個人的には好きではありません。先ほど、位置エネルギー、仲間力、地域力と申し上げたのは、ソーシャルキャピタル、すなわち関係資本力ということの、ポジティブ、いい方の面を強調したかったからです。悪い方の面は、実はソーシャルキャピタルはほかに対して排除する力にもなります。多分ここが非常に微妙なんですけれども、「仲間力」ということだと、この指とまれみたいな、ポジティブなイメージになるのかなと思って使ったということがあります。私はどちらでも構わないのですが、あえてワーディングを説明してみると、そういう違いがあるのかなと思いました。
○清家座長 わかりました。
ほかには御意見ございませんか。よろしいですか。
そうしましたら、このサブタイトルについても、今いろいろいただいた御意見を少し踏まえて、事務局の方でまた検討していただいて、私も少し相談に乗らせていただいて、また次回に提案させていただくということでよろしゅうございましょうか。
○清家座長 ありがとうございました。
そのほか、全般的に何かお気づきの点とかございますか。よろしいですか。
そうしたら、ここでちょっと提案というか、お願いなんですけれども、弘兼先生、よろしいですか。
○弘兼委員 何をですか。
○清家座長 表紙のところに、いきいきと高齢化した島耕作を。
○弘兼委員 時間がありましたら。
○清家座長 それではちょっと御相談ということででお願い申し上げます。
もちろんなかなか難しいということであればまた別ですけれども。
○弘兼委員 いろいろと判断もありますのでね。
○清家座長 もし可能であったらということで、私はそれがあると嬉しいなという気がいたします。
それでは、そういうことで、次回、大変恐縮ですけれども、2月23日までに、また事務局の方で少し御検討をいただき、その前に各委員の先生のところに御指導をいただきに行っていただいて、そして最終的に、私と事務局の方で相談をして、案をまとめて、23日に最終回として報告書をとりまとめるということにしたいかと思います。
今後の予定等について、事務局から御説明をお願いしたいと思います。
○原口参事官 今、清家座長の方からお話をいただきましたとおり、次回の検討会でございますが、2月23日木曜日14時から開催の予定でございます。
次回の検討会が最終回となりますので、今回いただきました御意見、タイトル等も含めまして、事務局にて修正、案を再度作成いたしまして、最終的な報告書を御提示させていただき、とりまとめをいただければと考えております。
また、御欠席される場合におきましては、できる限り事前に資料をいただきますと、会議の場で紹介いたしますので、文章等で御意見をいただければありがたいと思っています。
○清家座長 ですので、少し事務局には御苦労をおかけいたしますが、例えば事務局と私とで相談して、まず最初の素案をつくって、それを委員の先生方に事前に見ていただいて、いろいろそこでまた御意見をいただいて、最終的な素案をお出しすると。そういう意味では、1回ぐらい行ったり来たりしてやって、いずれにしても次回が最終回なので、そこでとりまとめができるようにしていだくということでよろしいですか。
先生方にもちょっとお時間をいただいて、少し見るようにしたいと思います。
○清家座長 では、そのような形でさせていただきたいと思います。
本日はどうもありがとうございました。
参考
最終的に採用された副題は「~ 尊厳ある自立と支え合いを目指して ~」
弘兼委員による「高齢社会対策の基本的在り方等に関する検討会報告書」挿絵