第1 目的及び基本的考え方
1 大綱策定の目的
我が国は、戦後の経済成長による国民の生活水準の向上や、医療体制の整備や医療技術の進歩、健康増進等により、平均寿命を延伸させ、長寿国のフロントランナーとなった。このことは、我が国の経済社会が成功した証であると同時に、我が国の誇りであり、次世代にも引き継ぐべき財産といえる。
しかしながら、人口縮減に伴い、世界に前例のない速さで高齢化が進み、世界最高水準の高齢化率となり、世界のどの国もこれまで経験したことのない超高齢社会を迎えている。
また、戦後生まれの人口規模の大きな世代が65歳となり始めた今、「人生65年時代」を前提とした高齢者の捉え方についての意識改革をはじめ、働き方や社会参加、地域におけるコミュニティや生活環境の在り方、高齢期に向けた備え等を「人生90年時代」を前提とした仕組みに転換させる必要がある。そして、活躍している人や活躍したいと思っている人たちの誇りや尊厳を高め、意欲と能力のある高齢者には社会の支え手となってもらうと同時に、支えが必要となった時には、周囲の支えにより自立し、人間らしく生活できる尊厳のある超高齢社会を実現させていく必要がある。
さらに、少子高齢化に伴う人口縮減に対応するためには、人材が財産である我が国においては、今まで以上に高齢者のみならず、若年者、女性の就業の向上や職業能力開発の推進等により、国民一人ひとりの意欲と能力が最大限に発揮できるような全世代で支え合える社会を構築することが必要である。
このため、高齢社会対策基本法(以下「法」という。)第6条の規定に基づき、政府が推進すべき基本的かつ総合的な高齢社会対策の指針として、この大綱を定める。
2 基本的考え方
高齢社会対策は、法第2条に掲げる次のような社会が構築されることを基本理念として行う。
<1>国民が生涯にわたって就業その他の多様な社会的活動に参加する機会が確保される公正で活力ある社会<2>国民が生涯にわたって社会を構成する重要な一員として尊重され、地域社会が自立と連帯の精神に立脚して形成される社会
<3>国民が生涯にわたって健やかで充実した生活を営むことができる豊かな社会
これらの社会の構築に向け、以下に掲げる6つの基本的考え方に則り、高齢社会対策を進める。
(1)「高齢者」の捉え方の意識改革
高齢者の健康や経済的な状況は多様であるにもかかわらず、一律に「支えられる」人であるという認識と実態との乖離をなくし、高齢者の意欲や能力を活かす上での阻害要因を排除するために、高齢者に対する国民の意識改革を図る必要がある。
また、1947年から1949年に生まれ、社会に対して多大な影響を与え得る世代であると考えられる団塊の世代が2012年から65歳となり、2012年から2014年に65歳以上の者の人口が毎年100万人ずつ増加するなど高齢者層の大きな比重を占めることになる。このため、これまでに作られてきた「高齢者」像に一層の変化が見込まれることから、意識改革の重要性は増している。このため、高齢者の意欲や能力を最大限活かすためにも、「支えが必要な人」という高齢者像の固定観念を変え、意欲と能力のある65歳以上の者には支える側に回ってもらうよう、国民の意識改革を図るものとする。
(2)老後の安心を確保するための社会保障制度の確立
社会保障制度の設計に当たっては、国民の自立を支え、安心して生活ができる社会基盤を整備するという社会保障の原点に立ち返り、その本源的機能の復元と強化を図るため、自助・共助・公助の最適バランスに留意し、自立を家族、国民相互の助け合いの仕組みを通じて支援することとする。
また、格差の拡大等に対応し、所得の再分配機能の強化や子ども・子育て支援の充実を通じて、全世代にわたる安心の確保を図るとともに、社会保障の機能の充実と給付の重点化、制度運営の効率化を同時に行い、税金や社会保険料を納付する者の立場に立って負担の増大を抑制する。これらを通じ、国民一人ひとりの安心感を高め、持続可能な社会保障制度の構築を図るものとする。その際、年齢や性別に関係なく、全ての人が社会保障の支え手であると同時に、社会保障の受益者であることを実感できる制度を確立する。
(3)高齢者の意欲と能力の活用
高齢期における個々の労働者の意欲・体力等には個人差があり、家庭の状況等も異なることから、雇用就業形態や労働時間等のニーズが多様化している。意欲と能力のある高齢者の、活躍したいという意欲を活かし、年齢にかかわりなく働くことができる社会を目指すために、多様なニーズに応じた柔軟な働き方が可能となる環境整備を図るものとする。
また、生きがいや自己実現を図ることができるようにするため、様々な生き方を可能とする新しい活躍の場の創出など社会参加の機会の確保を推進することで、高齢者の「居場所」と「出番」をつくる。
さらに、今後、高齢者の意欲と能力が最大限発揮されるためには、高齢者のニーズを踏まえたサービスや商品開発の促進により、高齢者の消費を活性化し、需要面から高齢化に対応した産業や雇用の拡大支援を図るものとする。
(4)地域力の強化と安定的な地域社会の実現
地域とのつながりが希薄化している中で、高齢者の社会的な孤立を防止するためには、地域のコミュニティの再構築を図る必要がある。また、介護の面においても、高齢化が進展する中で核家族化等の世帯構造の変化に伴い、家庭内で介護者の負担が増加しないように介護を行う家族を支えるという点から、地域のつながりの構築を図るものとする。地域のコミュニティの再構築に当たっては、地縁を中心とした地域でのつながりや今後の超高齢社会において高齢者の活気ある新しいライフスタイルを創造するために、地縁や血縁にとらわれない新しい形のつながりも含め、地域の人々、友人、世代や性別を超えた人々との間の「顔の見える」助け合いにより行われる「互助」の再構築に向けた取組を推進するものとする。また、地域における高齢者やその家族の孤立化を防止するためにも、いわゆる社会的に支援を必要とする人々に対し、社会とのつながりを失わせないような取組を推進していくものとする。さらに、高齢者が安心して生活するためには、高齢者本人及びその家族にとって、必要な時に必要な医療や介護が受けられる環境が整備されているという安心感を醸成し、地域で尊厳を持って生きられるような、医療・介護の体制の構築を進める必要がある。
(5)安全・安心な生活環境の実現
高齢者にとって、日常の買い物、病院への通院等、地域での生活に支障が生じないような環境を整備する必要があり、それを可能とするバリアフリーなどを十分に進める。あわせて、子育て世代が住みやすく、高齢者が自立して健康、安全、快適に生活できるような、医療や介護、職場、住宅が近接した集約型のまちづくりを推進し、高齢者向け住宅の供給促進や、地域の公共交通システムの整備等に取り組む。また、高齢者を犯罪、消費者トラブル等から守り、高齢者の安全・安心を確保する社会の仕組みを構築するために、地域で孤立させないためのコミュニケーションの促進が重要である。このため、高齢者が容易に情報を入手できるように、高齢者にも利用しやすい情報システムを開発し、高齢者のコミュニケーションの場を設ける必要がある。
(6)若年期からの「人生90年時代」への備えと世代循環の実現
高齢期を健康でいきいきと過ごすためには、若い頃からの健康管理、健康づくりへの取組や生涯学習や自己啓発の取組が重要である。また、男性にとっても女性にとっても、仕事時間と育児や介護、自己啓発、地域活動等の生活時間の多様でバランスのとれた組み合わせの選択を可能にする、仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)の推進を図るものとする。また、高齢期における経済的自立という観点からは、就労期に実物資産や金融資産等のストックを適正に積み上げ、引退後はそれらの資産を活用して最後まで安心して生活できる経済設計を可能とする取組を図るものとする。あわせて、高齢者の築き上げた資産を次世代が適切に継承できるよう、社会に還流できる仕組みの構築を図るものとする。
なお、非正規雇用の労働者は正規雇用の労働者と比べ、教育訓練の機会が 少ないため職業能力の形成が困難であり、かつ雇用が不安定で、相対的に低賃金であるなど、資産形成が困難であるため、非正規雇用の労働者に対しては、雇用の安定や処遇の改善に向けて、社会全体で取り組むことが重要である。