第1 目的及び基本的考え方

1 大綱策定の目的

我が国は世界有数の長寿国であるのみならず、高齢者[1]には高い就業意欲が見られ、体力や運動能力も一貫して向上傾向を示している。これらは雇用、教育、健康、社会保障などの分野における我が国のこれまでの諸施策も、また国民一人一人の取組も、成功裏に進められてきた証左であると言える。

その一方、今後、我が国の高齢化はますます進行し、併せて総人口の減少も進むことが見込まれている。また、一人暮らし高齢者の一層の増加が見込まれ、生活面や福祉面などで様々な課題が生じ、性別や地域などによっても異なる対応を求められるようになる。さらに、地域コミュニティの希薄化、長寿化に伴う資産面健康面の維持など新たな課題も生じてくる。これまでの我が国の社会モデルが今後もそのまま有効である保証はなく、10年、20年先の風景を見据えて持続可能な高齢社会を作っていくことが必要である。

こうしたなか、高齢者の体力的年齢は若くなっている。また、就業・地域活動など何らかの形で社会との関わりを持つことについての意欲も高い。65歳以上を一律に「高齢者」と見る一般的な傾向は、現状に照らせばもはや、現実的なものではなくなりつつある[2]。70歳やそれ以降でも、個々人の意欲・能力に応じた力を発揮できる時代が到来しており、「高齢者を支える」発想とともに、意欲ある高齢者の能力発揮を可能にする社会環境を整えることが必要である。一方で、全ての人が安心して高齢期を迎えられるような社会を作る観点からは、就業、介護、医療、まちづくり、消費、交通、居住、社会活動、生涯学習、世代間交流など様々な分野において十全な支援やセーフティネットの整備を図る必要があることは言うまでもない。また、AI(人工知能)などICT(情報通信技術)を始めとする技術革新が急速に進展している状況も踏まえれば、こうした社会づくりに当たって我が国の技術革新の成果も充分に活用することが期待される。

今後、我が国は、これまで経験したことのない人口減少社会、高齢社会に入っていく。人口の高齢化に伴って生ずる様々な社会的課題に対応することは、高齢層のみならず、若年層も含めた全ての世代が満ち足りた人生を送ることのできる環境を作ることを意味する。こうした認識に立って、各般にわたる取組を進めていくことが重要である。

このため、高齢社会対策基本法[3]第6条の規定に基づき、政府が推進すべき基本的かつ総合的な高齢社会対策の指針として、この大綱を定める。

2 基本的考え方

高齢社会対策は、高齢社会対策基本法第2条に掲げる次のような社会が構築されることを基本理念として行う。

<1>国民が生涯にわたって就業その他の多様な社会的活動に参加する機会が確保される公正で活力ある社会
<2>国民が生涯にわたって社会を構成する重要な一員として尊重され、地域社会が自立と連帯の精神に立脚して形成される社会
<3>国民が生涯にわたって健やかで充実した生活を営むことができる豊かな社会
これらの社会の構築に向け、以下に掲げる3つの基本的考え方に則り、高齢社会対策を進める。

(1)年齢による画一化を見直し、全ての年代の人々が希望に応じて意欲・能力をいかして活躍できるエイジレス社会を目指す。

65歳以上を一律に「高齢者」と見る一般的な傾向が現実的なものでなくなりつつあることを踏まえ、年齢区分で人々のライフステージを画一化することを見直すことが必要である。年齢や性別にかかわらず、個々人の意欲や能力に応じた対応を基本とする必要がある。また、高齢社会化は、高齢者のみの問題として捉えるべきではない。全世代による全世代に適した持続可能なエイジレス社会の構築を進めながら、誰もが安心できる「全世代型の社会保障」への転換も見据え、全ての人が社会保障の支え手であると同時に社会保障の受益者であることを実感できる制度の運営を図る。

こうしたなか、寿命の延伸とともに、「教育・仕事・老後」という単線型の人生を送るのではなく、ライフスタイルの多様化が進む時代であることから、高齢社会への関わり及び自身の生涯設計について、若年期からの意識の向上が求められる。その上で、高齢社会の各主体が担うべき役割を明確にしていく中で、高齢者にとって、その知識や経験など高齢期ならではの強みをいかすことのできる社会を構築していくことが重要である。

(2)地域における生活基盤を整備し、人生のどの段階でも高齢期の暮らしを具体的に描ける地域コミュニティを作る。

人生のどの段階でも高齢期の暮らしを具体的に描くことができ、最後まで尊厳を持って暮らせるような人生を、全ての人に可能にする社会とすることが重要である。

経済社会の発展による都市部での人の出入りの活発化、人口減少が進む地方での過疎化の進行等により、地域での触れ合いや助け合いの機会が減少している。人はライフステージとともに、例えば子育て、疾病、介護の場面で孤立を抱えることもある。また、離別・死別なども生じることもある。65歳以上の一人暮らし高齢者の増加は男女ともに顕著となっている。今後は、多世代間の協力拡大や社会的孤立の防止に留意しつつ、地域包括ケアシステムの推進、住居確保、移動支援等に対する一層の取組により、高齢者が安全・安心かつ豊かに暮らせるコミュニティづくりを進めていくことが重要である。

また、高齢社会を理解する力を養い、長寿化のリスク面に備える観点からは、社会保障に関する教育等を通じて支え合いの意義に関する個々人の意識も高めていく必要がある。

(3)技術革新[4]の成果が可能にする新しい高齢社会対策を志向する。

高齢者が自らの希望に応じて十分に能力が発揮できるよう、その支障となる問題(身体・認知能力、各種仕組み等)に対し、新技術が新たな視点で解決策をもたらす可能性に留意し、従来の発想を超えて環境整備や新技術の活用を進めることを含め、その問題を克服するための方策を検討することも重要である。また、こうした目的での技術革新の活用に多世代が参画して、それぞれの得意とする役割を果たすよう促すことが必要である。

こうした観点から産業界が担う役割は大きい。高齢社会に伴う新たな課題に産業界が応えることによって、全ての世代にとっての豊かな社会づくりが実現されるとともに、産業界自身の一層の発展の機会につながり得ると考える。政府はこの観点から産業界の参画しやすいよう、環境づくりに配意することが求められる。

こうした取組に当たり、官民データの利活用等により高齢社会の現況を適切に把握し、エビデンスに基づく政策形成を行う必要がある。


[1] 「高齢者」の用語は文脈や制度ごとに対象が異なり、一律の定義がない。ここでは便宜上、一般通念上の「高齢者」を広く指す語として用いるが、主な主体は高齢期に特有の課題を抱える者全般を想定。

[2] 高齢者の定義と区分に関しては、日本老年学会から、「近年の高齢者の心身の健康に関する種々のデータを検討した結果、」「特に65~74歳の前期高齢者においては、心身の健康が保たれており、活発な社会活動が可能な人が大多数を占めて」いることから、75~89歳を「高齢者 高齢期」と区分することを提言したい、との発表が行われている(平成29年1月5日)。また、平成26年度の内閣府の調査では、「一般的に何歳頃から『高齢者』だと思うか」との問に、「70歳以上」もしくはそれ以上又は「年齢では判断できない」との答えが回答者の9割近くを占めた(高齢者の日常生活に関する意識調査(平成26年度)。調査対象は全国の60歳以上の男女6,000人。)。

[3] 高齢社会対策基本法(平成7年法律第129号)

[4] 政府では、“Society 5.0”、すなわち、「サイバー空間の積極的な利活用を中心とした取組を通して、新しい価値やサービスが次々と創出され、人々に豊かさをもたらす、狩猟社会、農耕社会、工業社会、情報社会に続く人類史上5番目の社会」の実現に取り組むこととしている(経済財政運営と改革の基本方針2017、平成29年6月9日)。

目次 | 次のページ