第一次ベビーブーム世代が高齢期を迎える平成27(2015)年、65歳以上人口は現在より1,100万人も多い3,300万人に達し、高齢化率も26.0%と国民の4人に1人を超えている。我が国がいよいよ本格的な高齢社会に移行することを踏まえ、13年12月、新しい高齢社会対策大綱が閣議決定された。新大綱では、旧来の画一的な高齢者像を見直すことなどを基本姿勢に掲げ、横断的課題として、多様なライフスタイルを可能にする高齢期の自立支援などを取り上げている。
本章では、高齢者の生活や意識の多様性を明らかにし、活動的な高齢者、一人暮らし高齢者、要介護等の高齢者という三つのタイプの高齢者の視点から、分野横断的に求められる施策を概観し、高齢社会の将来像を展望する。
高齢者は、所得や貯蓄は平均でみれば現役世代と遜色なく、持ち家率は現役世代よりもむしろ高い。健康状況は現役世代に比べれば劣るというものの、およそ4人に3人は健康上の問題で日常生活に影響はない。およそ2割は労働力として活動しており、半分はグループ活動に参加しており、およそ7割がボランティア活動に参加意欲を持っている。子供夫婦との同居はおよそ3割で、成人子と同居していない高齢者が半数、意識としても子や孫との同居を望む者は4割程度である。
多くの高齢者は、自立した活動的な生活を送っている。今後、ベビーブーム世代が高齢期を迎えるにつれ、このような高齢者が更に増加していくことが予想される。
しかし、高齢者の姿は多様であり、活動的な高齢者が増加する一方で、介護を要する寝たきりや痴呆等の高齢者も、数としては今後増加することが予想される。また、日常的な相互支援機能を担う同居家族のいない、一人暮らしの高齢者が今後割合としても増加することが予想されている。
活動的な高齢者の家族形態は多様であるが、多くは子供とは別居し、夫婦で暮らしている。しかし、将来的には子供と同居を希望して、そのために住居の建替え等を考えている者もいる。また、家族や親族の中では話し相手などのほか、孫の世話や老親の介護など上下の世代への支援の役割を担っている者もいる。
経済的には比較的恵まれている者が多く、資産を子孫に残すより自分のために活用したいと思っている者も少なくない。
健康状況も良く、働いている者も多く、健康のためにも、70歳代まで、あるいは元気ならいつまでも働く方がよいと思っている者も多い。働いている者も多いが、年齢などが合わなくて希望しても働けない者もいる。
ボランティア活動などへの参加意欲も高く、実際に参加している者も多いが、家庭の事情などのほか、同好の友人がいない、気軽に参加できる活動が少ないなどの理由で参加していない者もいる。
多様な家族構成等に応じて、子や孫の世代との同居、隣居等のための住宅の建設や増改築を融資制度の活用等により促進する。
貯蓄等の金融資産を活用できるよう、金融商品等の開発を促進、投資教育などの機会を充実する。また、土地家屋などの資産を活用できるよう、中古住宅市場などの環境整備を行う。
判断能力が低下しても資産を活用して尊厳を持った暮らしを続けられるよう、任意成年後見制度の普及を図る。
一方、高齢者の中には現役の者に比べて経済的に恵まれている者も見受けられることにかんがみ、税や社会保障などでの一律の優遇措置について見直しを行う。
生活習慣の見直しによる主体的な健康づくりを支援する。
定年の引上げや継続雇用制度の導入について啓発・指導を行う。また、多様な働き方や地域社会への参画を促進するため、臨時的・短期的な就業機会を提供するシルバー人材センター事業を推進するとともに、高齢者の起業を援助する。募集・採用における年齢制限を緩和するよう、事業主に対する啓発・指導を行う。
より若い時期から職場以外にも友人等を得られるよう、働き方の多様化・柔軟化、労働時間の短縮に取り組むとともに、退職後にボランティア活動に参加するためのきっかけづくりを進める。活動の受け皿として、ボランティア活動の養成・研修や拠点確保、NPO法人制度の普及・活用等を進める。
高齢者も、年齢によって就労が制限されることなく、希望すればいつまでも様々な形で働き続けることができる。負担能力のある高齢者は負担することによって、社会保障制度等がより世代間で公平な持続可能なものとなっている。
また、若いうちから仕事以外にも地域などに友人を持ち、その友人や地域の人たちの誘いで退職後はNPO活動などにも参加し、若い世代とも交流しながら、仕事や子育てに忙しい世代に代わって地域社会を支える中心的役割を果たしている人も多い。
家族形態は多様であるが、ほとんどの人がそれぞれの形で家族と交流し、家族の中で役割を担っている。家族や友人などと運動や栄養などの健康的な生活習慣を楽しむために専門家の支援も受けられ、また、より高齢になったときにも安心してゆとりある生活ができるよう、貯蓄や住宅などの資産を活用することもできる。
一人暮らしの高齢者は経済的に豊かな者がいる一方で、特に女性を中心に経済状況が良くない者も多い。他の高齢者に比べて賃貸住宅に住む者が多いが、賃貸住宅では居住水準が不十分で構造や設備に問題がある場合も少なくない。民間賃貸住宅では、入居を断られることもある。
他の高齢者に比べてより高齢の者が多いこともあって、健康状況が良くない者がやや多くなっている。就業や社会活動への参加は他の高齢者に比べて少なく、近所付き合いも少ない。相談相手や緊急時の連絡先として隣近所の人を頼る割合は高い。
外出は徒歩が多く、自分や家族の運転する自動車の利用が少ない。その分、他の高齢者に比べてバスやタクシーの利用が多くなっている。
図1−3−4 高齢者の性・年齢階級別にみた一人当たり世帯所得(単独世帯・二人以上の世帯、平成9(1997)年)
高齢期になっても就労所得を得、また、適正な額の年金を得られるよう、生涯を通じて雇用における男女の均等な機会及び待遇の確保、職業生活と家庭生活の両立支援、女性のニーズに対応した職業紹介や職業訓練、農林漁業経営への女性の参画を促進する。また、就業など個人のライフスタイルの選択によって不合理な取扱いが生じないよう、公的年金制度の見直しを進める。
日常的な生活支援や緊急時の連絡・支援のための地域でのネットワークづくりの普及を進め、高齢者への周知を図る。また、生活支援サービスの提供を行う高齢者向け住宅の供給、生活支援施設を併設した公共賃貸住宅団地、家族以外の血縁に基づかない共同居住などに対応した住宅の供給を促進する。
高齢者が使いやすいように配慮した優良な賃貸住宅の供給を促進する。高齢者の入居を受け入れる民間賃貸住宅を都道府県知事などに登録し、その住宅については滞納家賃を債務保証することによって、大家の不安を解消し、登録を促進する。
近所付き合いや社会参加の促進のための環境整備を図る。きめ細かなサービスが地域の実情に応じて提供されるよう、地域福祉を推進する。このため、市町村による地域福祉計画の策定を支援する。
生涯を通じて女性の職業能力開発の機会が増え、職業生活と家庭生活の両立や子育て後の適正な待遇での再就職が容易になることにより、賃金や被用者年金への加入期間の男女間格差が少なくなる。また、働き方の違いなどによる年金制度上の不合理な取扱いが生じなくなる。これらにより、低所得の一人暮らしの女性高齢者の経済状況は改善される。
賃貸住宅も高齢者に配慮した構造設備のものが増え、民間賃貸住宅でも入居拒否に遭うことはなくなり、生活支援サービスが付設された高齢者向け住宅に住む、気の合った友人と一緒に住む等、多様な住まい方が選択できるようになる。
労働時間や通勤時間の短縮により、就労している若い時期から地域の人たちと付き合いを続ける人も多く、また、高齢期になって地域での様々な交流活動に参加して新しい友人を得る人も多い。外出などの日常的な支援や緊急時の連絡ネットワークも整備されていることにより、安心して地域で暮らすことができる。
要介護者等の家族形態は一人暮らしから三世代同居まで多様であるが、要介護度の重い者は三世代同居に多い。主に介護している家族は女性が多く、高齢者も少なくない。また、要介護度の重い高齢者を介護している家族の中には、ほとんど終日介護に当たり、健康状況も良くない者もいる。介護者の負担が重いために施設入所を希望する者もいる。また、要介護者に対して憎しみを感じたり、虐待につながる場合もある。
サービスの利用状況は様々であるが、サービスへの満足度は比較的高い。サービスに対する苦情には、質や管理者等の対応に対するものが多い。
住宅設備や道路等の地域の状況は、多くの場合、要介護者等の利用に配慮したものになっていない。健康・体力に自信がないと、学習・社会活動にも参加しにくい。
「ゴールドプラン21」に基づき、訪問介護や通所介護などの在宅サービス、介護施設やケアハウスを計画的に整備する。
介護保険制度の普及定着を進める。
ケアマネジャー、ホームヘルパー等の養成、研修を充実し、事業者の情報公開等を進める。痴呆介護に関する研究、専門職の養成、研究・研修のためのネットワークづくりを進める。特別養護老人ホームの全室個室化・ユニットケア化を進めるとともに、介護施設における身体拘束廃止に向けた取組を推進する。
虐待や財産権の侵害について、成年後見制度や権利擁護事業の普及を図るとともに、高齢者の人権に関する啓発、人権相談や人権侵犯事件の調査・処理を通じ、その予防や被害の救済を進める。
住宅設計指針の普及、融資制度の活用等により、要介護者が生活しやすい住宅の供給を促進する。ユニバーサルデザインの生活用品等の研究開発を促進する。道路、駅、車両、病院、劇場、官庁施設等をすべての人が利用しやすいものにしていく。また、情報通信技術を活用した在宅の学習・社会参加や健康管理システムの研究開発を促進する。
手すりの設置、段差の解消など、高齢者に適した住宅が整備され、自宅内で転倒して骨折することは少なくなる。様々な生活用品は、安全で誰にでも使いやすいものとなっている。また、訪問介護や通所介護などの良質なサービスを利用することにより、要介護者等の生活の質が改善され、介護する家族の負担も軽減される。
施設で生活する場合でも個室があり、小規模ユニットでのケアがなされ、身体拘束は廃止されることにより、自宅での生活に近い生活を送ることができる。痴呆介護についての研究も進み、痴呆等がある場合でも適切な介護を受けられるようになる。
家族の負担の軽減、介護従事者の研修、高齢者の人権に関する意識の向上などにより、虐待や財産権の侵害なども少なくなり、また、人権侵犯があった場合の救済も速やかに行われるようになる。
また、道路等も、歩道の幅が広がり、段差が改善されるなど、要介護等の高齢者も利用しやすいものとなり、要介護等の状態になっても外出し、地域の人たちと触れ合い、生活を楽しむことができるようになる。また、情報通信機器を活用して、外出しなくても、健康チェックなどの医療サービスを受けたり、友人と交流したり、様々な活動に参加したりできるようになる。