第1章 高齢化の状況(第3節)
第3節 高齢社会における仕事と生活の調和
○ これまでみてきたように、高齢者の中には意欲や能力のある高齢者が増えてきており、高齢者は「支えられるもの」であるという考え方は実態から乖離してきている。しかしながら、「高齢者は支えられるものである」という固定的なイメージが依然として残っているために、就労意欲や社会参加意欲のある高齢者の活力や能力が十分に活用されていない状況にある。
○ 若い世代に目を向けると、仕事と生活の間で問題を抱える人が多く見られる。こうした高齢者や若い世代がともに、やりがいや充実感を感じながら働くとともに、家庭や地域生活などにおいても、自らのライフステージに応じて多様な生き方が選択できる社会を実現する必要があり、その際に重要な視点は「世代を通じた仕事と生活の調和」である。
○ 若い時期において、やりがいや充実感を感じながら働くのみならず、家庭や地域生活などにおいても希望する生き方をすることは、高齢期において自らの意欲や能力を活用し、就労や社会参加を行うために必要であり、「個人の人生を通じた仕事と生活の調和」という視点も重要である。
1 憲章と行動指針
○ 平成19年12月18日に、関係閣僚、経済界・労働界・地方公共団体の代表等からなる「仕事と生活の調和推進官民トップ会議」において、「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章」(以下、憲章)及び「仕事と生活の調和推進のための行動指針」(以下、行動指針)が策定された。
○ 憲章では、仕事と生活の調和が実現した社会を「国民一人ひとりがやりがいや充実感を感じながら働き、仕事上の責任を果たすとともに、家庭や地域生活などにおいても、子育て期、中高年齢期といった人生の各段階に応じて多様な生き方が選択・実現できる社会」と定義している。具体的には、就労による経済的自立が可能な社会、健康で豊かな生活のための時間が確保できる社会、多様な働き方・生き方が選択できる社会としている。この社会を実現させるために、主な関係者(企業と働く者、国民、国、地方公共団体。)の役割を定め、行動指針においては企業や働く者、国民の効果的な取組、国や地方公共団体の施策の方針を定めている。
2 世代を通じた仕事と生活の調和
○ 少子高齢化に伴い、労働力人口は減少し、今後もさらに減少すると予想されている。しかし、60歳後半で就業を希望しているにもかかわらず働けていない者が、男性で21.0%、女性で18.3%を占めており、働く意欲がありながら就労できていない者がいまだに多く存在している。今後、労働力の確保がより一層難しくなると考えられる状況では、育児世代や働き盛り世代等が働きすぎで仕事以外の時間を持つことが困難である状況はより厳しいものとなると考えられる。働く意欲がある高齢者が働くことができず、若い世代が働きすぎで仕事以外の時間を持つことが困難である状況を改善するためには、「世代を通じた仕事と生活の調和」の実現が必要である。
○ 高齢者の実態は「支えられる人」というイメージから乖離してきているにもかかわらず、依然として高齢者=支えられる人という固定観念が変わっていない。そのことが高齢者のマンパワーの活用の隘路になっている。今後、高齢者の意欲をいかし、さらに社会の各方面での活躍の場を広げていくためには、固定観念にとらわれることなく、実態に即して、国民の意識を改革していくことが喫緊の課題である。
○ 高齢者は一律に仕事に必要な能力や体力を持たないという先入観を転換していくことが必要であり、高齢者を一律にとらえるのではなく、体力や意欲、本人の希望など多様化するニーズにあわせ就業形態、就業日数・時間などについて柔軟な働き方のメニューを検討し、用意していく必要がある。また、ハローワーク等を活用した高齢者の再就職等の促進やシルバー人材センターの活用促進を推進することに加えて、企業や労働者の多様な働き方の普及や自己啓発、能力開発などを積極的に支援していくことが求められる。
3 個人の人生の中での仕事と生活の調和
○ これまで職場での人間形成が中心であったために、退職後に地域活動に参加しようと思っても、「地域デビュー」が実現できず、関心や興味があるのにもかかわらず、実現できていない状況にある。また、高齢者のみの世帯も増加しており、孤立死などが社会的な問題となっている。これは、特に都市部では、退職期に職場から地域へ生活の場の移行がうまくいかずに、地域とのつながりが築けずに地域から孤立してしまうことも多いこともその一因である。能力開発・自己啓発が進んでいない背景としては、個々人が能力開発や自己啓発を行いやすい環境が整っておらず、自己啓発の問題点として、忙しくて余裕がない、費用がかかりすぎる、休暇取得・早退等の業務の都合でできないことを挙げる人が多い。また、高齢期に健康に過ごすための準備も十分でない。
○ 実際には仕事のための能力開発や自己啓発は十分に取り組まれているとはいえない。その背景としては、忙しくて自己啓発の余裕がない、費用がかかりすぎる、業務の都合など、個々人が能力開発や自己啓発を行いやすい環境が整っていないため、自己の将来に向けた投資をするといった、「ライフ」に目を向けることが十分にできていないことが課題としてあげられる。また、健康で長生きするための備えとして、若い頃からの健康管理、健康づくりが必要であるが、その重要性が十分に認識されていないこともあり、実行になかなか結びつかない現実がある。若い時期に「ワーク」の比重が大きいため、自己の能力開発や地域参加等のライフに目を向けることができず、高齢期において望ましい仕事と生活の調和を実現するための準備が不十分であるといえる。
○ 健康で自立した高齢期を送るためには、若い時期から高齢期まで自分の人生全体を見渡しての「仕事と生活の調和」を考えることが重要である。現役時代には、とかくワークの比重が大きくなりがちであるが、若い時期から、それぞれが高齢期を見据えたプランを立て、自己啓発や健康づくりに取り組めるような仕事と生活の調和の実現が必要である。一定の年齢や退職年齢の一定期間前になったときに、高齢期の人生プランを考えるために一定期間の休暇が取れるような制度を導入し、実際に利用しやすい職場風土づくりに取り組むなど企業としても支援していくことが求められる。
元気な高齢者がそれぞれの意欲や能力に応じて地域活動への参加を実現することは、やりがいを感じながら自身の望む高齢期を送ることができるのみならず、増加する支えを必要とする高齢者に対して元気な高齢者が支えを必要とする高齢者を支える「高齢者同士の支えあい」といった、新しい支え合いの連帯を構築することも期待できる。
4 おわりに
○ 「団塊の世代」が退職期を迎えはじめた。「団塊の世代」がいっせいに退職期を迎え、労働市場から完全に撤退をしてしまうと、急激な労働力の減少となり、働き過ぎの若い世代への負担が急激に増えることが予想される。意欲や能力のあり、まだまだ働きたいと考える「団塊の世代」のワークへの意欲を活かすことによる、「世代間の仕事と生活の調和」の実現するための環境づくりが一層求められる。
「団塊の世代」は高学歴化、サラリーマン化、都市化の象徴である。そんな団塊の世代が、退職を契機として生活の中心を職場から地域に移す。これは「団塊の世代」というマスとして、数々社会変化の原動力となってきた人たちが、ワークとライフのバランスのあり方を見つめ直し、高齢期の生活の多様な可能性を追求する絶好の機会でもある。常に新しいライフスタイルの先駆者であった「団塊の世代」が高齢期の仕事と生活の調和をどのように実現していくのかに注目したい。