第1章 高齢化の状況(第3節 トピックス3)

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第3節 <特集>高齢者の住宅と生活環境に関する意識(トピックス3)

トピックス3 -イギリスとオーストラリアのコミュニティづくりの実際-

日本の高齢化率は30%に近づき、高齢者は「支えられる人」ではなく可能なかぎり支える側に立って活躍することが求められている。同様に、海外においても支えられる側から地域に参加してその地域を活性化する役割を担う高齢者が増えている。

その基本的な考え方はアセットベースト・アプローチ(自分と地域の資源を活用する方法)であり、自分自身の持てる力(資源)と地域にある社会的資源を生かして力強いコミュニティを作っていく動きが広まっている。以下は、イギリスとオーストラリアの最新の事例である。

イギリスのアセットベースト・アプローチ

イギリスでは、NHS(国民医療制度)が2019年に発表した10年計画でNHSサービスモデルの方針が示され、その第一に「『病院外』のケアを強化し、最終的にプライマリケアとコミュニティのサービスの間にある歴史的な分断を解消する」と記載された。また同年に国立医療技術評価機構(NICE)はアセットベースト・アプローチについてのソーシャルワーカー向けのガイドを発行し、「本人中心の会話を通して、各人の強み、好み、願い、ニーズを明らかにする」「誰もが容易にコミュニティで利用可能なサポートを利用し、またそのサポートに貢献できるようにする」ことを求めている。

イギリスは5人に2人程度(39%)の人が継続的にボランティア活動をしているボランティア大国だが、一層住民が参加していく仕組みの整備が進んでいる。

ロンドンBexley区の地域づくり

ロンドンのBexley区にはボランティア活動センターがあり、ボランティア活動と医療・福祉サービスの連携の中心となっている。同センターのコミュニティ連携マネジャーのJattinder Rai氏の報告である。

ボランティア活動センター コミュニティ連携マネージャーのJattinder Rai氏

「私たちは、地域の人ができるだけ医療機関に行かなくてもいいように、ボランティア活動やチャリティ団体(非営利福祉組織)を支援し、地域サービスへの紹介を行う組織です。

Bexley区(約25万人)には約400のチャリティと数多くのボランティア組織があります。GP(地域医)、地域看護師、救急、地域のメンタルヘルスチームなどから紹介されてくるケースが多く、また本人からの相談も多くあります。GPからは直接紹介フォームが送られてきますし、電話やWebサイトでも相談できます。

相談があると、7日以内に私たちから連絡をとり、3週間以内に会います。それから地域のグループや団体を紹介して、その3週間以内にフォローアップでうまくいっているかどうかを確認します。さらに、3~6か月後に本人に連絡して効果を確認するほか、ウェルビーイング評価尺度を使って本人の状態を確認します。1年後にはまた本人に連絡して評価を実施します。

相談を受けると、ふさわしい地域サービスやボランティアによる地域活動を本人と相談して決めて紹介します。この2年間の紹介先では、Mind in Bexley(メンタルヘルス支援)245件、Age UK (高齢者支援全国組織)110件、Crossroads Care SEL(カウンセリング)71件、Carers’ Support(介護者支援)68件、Irish Community Service(アイルランド系助け合い)61件、雇用支援ボランティアセンター50件、BATS(移送支援サービス)33件などです。これ以外に地域グループや公的制度申請支援などが770件でした。地域の活動には、ガーデニング、アート、音楽、ゲーム、トークセラピー、ウォーキングなどのグループ、教育コース、健康的な食生活支援のグループなどがあります。

GPと一緒に取り組むことが特に効果的であると思っています。そしてかかわるすべての人々が平等なパートナーシップをもってそれぞれの強みを発揮しています。」

マンチェスター地域ウィガン市の地域づくりの実際

イギリス各地では、英国公衆衛生庁と協働しているエイジングベタープログラム(宝くじが財源)も地域づくりの一翼を担っている。

その目的は、コミュニティ全体のデザインの中で高齢者の社会的なつながりを向上させることである。

自治体がプログラムに対して資金提供を申請して、実行に移される。

全国の多くの地域で実践されているが、マンチェスター市(約32万人)ではアンビション・フォー・エイジング(高齢期を意欲的に過ごす)活動と呼ばれている。この活動を主導するAge UKのMartine Royleさんが語る。

Age UKの地域開発担当Martine Royle氏

「私たちは、高齢者が社会的に孤立するリスクが高い市内3か所の小地区(各2~3万人規模)で活動しています。私たちはまず、実際にどのような建物、企業、オープンスペースがあるのかを調べ、人々が集まっている所を探しました。コミュニティセンター、図書館、教会、住民協会、医療センター、地元のクラブ、シェルターハウスなどです。それから、地区のリーダーやグループのメンバー、地元の会社、市役所にもこの地区のミーティングに参加するように招待をしました。

ミーティングの中ではまず自己紹介をして、参加者を四つのグループに分けて、それぞれのグループに小地区の大きな地図を渡し、一緒に地域のアセットがどこにあるのか印を付けていきました。これで参加者の地元に対する知識がさらに詳細で最新のものになります。

次のステップは、さまざまな関心のある人たちが集まりました。協働で平等なパートナーとして一緒に取り組むやりかたはここの住民にとっては新しいものでしたが、一緒に手続や文書作りも一緒にやりましょうと持ちかけました。これでプロジェクトが住民にとってより身近なものとなっていきました。

例えば、地域のお祭り、コミュニティのランチ、ガーデニング、魚釣り、編み物、サイクリング、ボーリング等のクラブのプロジェクトがあります。そしてこのエリアで何が起きているのかということの情報ガイドも作り、ボランティア活動参加の呼びかけもしました。『自分たちのできる範囲内でのボランティアでいいんですよ、もしできればアンバサダーにもなれますよ』とお伝えしました。このアンバサダーは今後継続的にコミュニティの代表として活躍していく人たちです。

だんだん衰退しているこの町の中心部に高齢者が出てきて買い物してほしいと思い、そのためにどういう手助けが必要なのかを聞きました。要望が多いのは座る所、そしてトイレでした。そこで私たちは、3つの小地区の中心街に行って、商店や会社に『エイジフレンドリーになりたくありませんか』と尋ねました。エイジフレンドリーになるために、お店や会社はまず椅子、飲み物、電話の提供、そしてスタッフの手助けを要件としました。それから、これらを無料で提供すること、買ってくださいというプレッシャーをかけないこと、可能ならトイレの提供も持ち掛けました。するとお店や会社からはとてもすばらしい反応がありました。会社やお店側にとっても宣伝になるということでした。お店の窓の所にステッカーを貼ってもらうことで、ここがエイジフレンドリーなお店ですよということが人々に分かるようになっています。

商店街のエイジフレンドリー店舗一覧表

また私たちはほとんど外出しない孤立した人を減らしたかったので、NHSのリンクワーカー(GP事務所で患者の地域サービス利用を支援する担当者)や介護者のグループと連絡を取り合って料理教室を始めました。

さらに公衆衛生当局と一緒に年1回のイベントで、小地区の人たちが一緒になって楽しむという機会を設けました。そこでは食事が出て、いろいろなエンターテイメントも行われます。

それから、プロジェクトを進めるための組織も作っています。地域の人による『ローカル投資委員会』は私たちの計画を見てどこに資金を提供するのかを決定します。『フォーラム』は定期的に地域で集まる会議で情報交換が主な内容です。『評価グループ』は私たちの実践や書類等を評価します。『コンサルテーション・グループ』は将来のプロジェクトの検討をします。」

オーストラリアでは高齢者が地域の「ハブ」を作っている

一方、オーストラリアの保健省は、介護が必要になった高齢者で回復可能な人々に短期集中型サービスである「ウェルネスアンドリエイブルメント(W&R)アプローチ」を利用して再び高齢者が地域に戻って充実した生活を続けることを推奨している。その戻る際には、地域の高齢者用ジムや魚釣りクラブへの参加なども例として薦めている。このように公的サービスと地域の自主的な活動との協働をめざす動きがある一方で、高齢者自身による住民組織「ビレッジハブ」と呼ばれる地域づくり活動が注目されている。シドニー近郊ウェイバートン地区にあるハブの責任者、Helen L’Orangeさんがその実際の活動を説明する。

掲示板の説明をするウェイバートン・ハブのHelen L’Orangeさん

「このハブは6年前に作りました。私たちの目標は住み慣れた自宅で生きがいをもってしかもあまりお金をかけずにできるだけ長く暮らすということです。少なくとも6人の友人を作るということも目標にしています。有給のスタッフはいません。80人のコアメンバーがジョブシェアリングをしています。

毎年66ドルの年会費を払ってもらいますが、年金生活者であれば10ドルです。市から年間5,000ドルが出ます。それは転倒防止の活動やボランティア保険料にあてています。

メンバーは300人以上で203の活動があります。年齢は60歳から90歳の間です。男性は3割ですがハブの理事の半分は男性で、男性が多い活動は、ヨガ、ウォーキング、男性だけのディナー、投資の研究グループなどです。メンバーには認知症の人をケアしている介護者が多いので近く認知症カフェも始めます。ある90歳の女性は、アートクラスを始めたいので自分で先生をみつけ、古い教会のホールの賃貸の交渉もしてそのクラスの企画を全部自分で作りました。

毎週Eメールでニュースを伝えます。地元の掲示版で何をするか分かります。ウェブサイトもあります。医師も、特に社会的に孤立している場合や転倒防止などのために患者さんにこのハブを紹介します。

2018年に高齢者担当連邦大臣が私たちに会いに2回来られました。大臣はオーストラリア全土にこのようなハブをぜひ広げたいと言っています。2019年の総選挙後に、ハブの活動を全国に広めるために政府は1,000万ドルを助成することになりました。」

アセットベースト・アプローチの評価と現状

英国公衆衛生庁では「健康とウェルビーイングのためのコミュニティ中心のアプローチ」というガイダンスの中に膨大なコミュニティのアセットをもとにした実践についてのエビデンスを集めている。その中で「コミュニティを公衆衛生の中心に置くことは健康格差を減らし、人々が自分の人生と健康についてより大きな発言権を持つように力を与え、健康弱者の参加を促し、絆があり回復力のある共生的なコミュニティを作ることとなる」として地域活動を強く推奨している。

また、オーストラリアでも保健省ができるだけ長く在宅生活を続けることを提唱している。

以上のように海外では充実した地域生活のための活動と介護予防・孤立防止のための政策とがますます密接な関係を持ちつつある。日本で進められている地域づくりにとっても参考になる動きである。

(国際長寿センター「令和元年度 軽度者に向けた支援についての制度運用に関する国際比較調査研究」等を参考とした)

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