第1部 陸上交通の安全

第1章 道路交通の安全

第1節 道路交通事故のすう勢と交通安全対策の今後の方向

1 道路交通事故のすう勢

1) 道路交通事故の現状
 我が国の交通事故による死傷者数は,昭和46年以降着実に減少に向かい、昭和45年に16,765人を数えた死者数も昭和54年には 8,466人とほぼ半減した。しかしながら、その後増勢に転じ、平成7年の交通事故件数は 761,789件と過去最高を記録し、死者10,679人、負傷者 922,677人を生ずるに至っている。特に死者数については,第5次の交通安全基本計画の下で各般の交通安全対策を鋭意推進したものの、昭和63年以降8年連続して死者数が1万人を超えており、第5次の交通安全基本計画の目標(平成7年の年間の死者数を1万人以下にすること)は遺憾ながら達成するに至らなかった。
 なお、近年の道路交通事故による死者数を人口10万人当たり、自動車1万台当たり及び自動車1億走行台キロ当たりでみると、人口10万人当たりでは若干の増減はあるもののほぼ横ばい、自動車1万台当たり及び1億走行台キロ当たりでは漸減傾向となっている。
 近年の交通死亡事故の発生状況を見ると、その特徴は次のとおりである。

  1. 16歳から24歳の若者及び65歳以上の高齢者で死者数の過半数を占める状況
  2. 高齢者の死者数の急増
  3. 自動車乗車中の死者数が高水準で推移
  4. 自動車乗車中の死者のうちシートベルト非着用者が7割以上
  5. 夜間における死亡事故件数が高水準で推移
  • これは、
  • ア 自動車保有台数及び運転免許保有者数の増加や、経済の発展、自動車を利用した余暇活動の増大等に伴って道路交通量が増加していること
  • イ 高齢化の進行により、死亡事故の当事者となる比率の高い高齢者人口が増 加するとともに、社会参加の拡大等による高齢者の交通行動の機会が増大していること、また、それに伴い、高齢運転者が増加していること
  • ウ シートベルトの着用率が低迷していること
  • エ 国民生活や経済活動の24時間化等に伴って事故の危険性の高い夜間の交通 量が引き続き増加していること等によるものと考えられる。

2) 道路交通を取り巻く状況の展望
 我が国の道路交通を取り巻く今後の状況を展望すると、運転免許保有者数、車両保有台数、自動車走行台キロ共に着実に増加することが見込まれる。また、このような道路交通の量的拡大に加え, 道路交通の質的変化も一層進むことが見込まれる。特に今後の高齢化の進行は、道路交通にも大きな影響を与えるものと考えられる。

3) 道路交通事故の見通し
 道路交通を取り巻く状況は、経済社会情勢の動向に伴い今後複雑に変化すると見込まれ、将来の交通事故の状況については、正確には見極め難いところであるが、自動車走行台キロの伸び等事故発生の諸要因を一定の前提の下に推定し、将来の交通事故を予測すると、歩行中及び自動車乗車中の事故や、高齢者の死者数が増加するものと見込まれ, 現状よりもなお一層憂慮すべき事態になることが懸念される。

2 道路交通安全対策の今後の方向

 量的・質的に変化していく道路交通を背景とした厳しい道路交通事故状況に対処していくためには、人命尊重の理念に立つことはもちろんのこと、交通事故がもたらす大きな社会的・経済的損失をも勘案して、交通事故及びこれによる死傷者を根絶し、安全かつ円滑・快適な交通社会を実現することを目指して、経済社会情勢の変化を踏まえつつ、交通事故の実態に十分対応した交通安全対策を積極的に推進する必要がある。
 このため、あらゆる交通安全対策の出発点となる総合的事故調査分析や、交通安全対策の効果評価・予測等を充実し、これらに基づいて、効果的な交通安全対策を重点的に推進していくとともに、高齢化、情報化、国際化等の社会情勢の変化に対応した施策の展開を図る。
 また、交通の安全は、交通需要や交通の円滑性・快適性と密接な関連を有するものであるので、これらの視点に十分配慮するとともに、沿道の土地利用や道路利用の在り方も視野に入れた取組を行っていくものとするほか、防災の観点にも適切な配慮を行うこととする。
 このような観点から、道路交通環境の整備、交通安全思想の普及徹底、安全運転の確保、車両の安全性の確保、道路交通秩序の維持、救助・救急体制の整備、損害賠償の適正化、交通安全に関する科学技術の振興等の各般の交通安全対策を充実し、官民の連携を一層緊密にしつつ、総合的かつ計画的に推進することとする。特に、次の重点施策及び新規施策を強力に推進する。

1) 高齢者の交通安全対策の推進
 高齢化の進行に伴い、今後とも増加することが懸念されている高齢者の交通事故を防止するため、参加・体験・実践型の交通安全教育を推進するほか、各種の普及啓発活動の推進や、反射材の効果への理解及び反射材用品の普及を促進し、高齢者への交通安全意識の普及徹底を図る。また、弱者感応信号機、幅の広い歩道、歩車共存道路、コミュニティ道路等の整備、生活ゾーンにおける交通規制の充実や住居系地区等におけるコミュニティ・ゾーンの形成等による歩行空間の整備を行うとともに、追越しのための付加車線、分かりやすい道路標識等の整備を推進し、高齢者等が安心してくらせる道路環境づくりを行う。さらに、運転免許証の更新時等における適性検査や運転実技講習の充実、高齢者が乗りやすい自動車の開発促進等、高齢者の安全運転対策を推進する。
 なお、高齢者の交通安全対策の実施に当って、高齢者の交通行動の実態に即したきめ細かい対策を推進することが重要であるため、その基礎となる高齢者の交通行動等についての調査研究を推進する。

2) シートベルトの着用の徹底
 自動車乗車中の死亡事故においてシートベルト非着用者が高い割合を占めていること等を踏まえ、後部座席におけるシートベルトの着用、子供を同乗させる場合におけるチャイルドシートの利用を含め、シートベルトの着用の推進を図るとともに、シートベルト及びチャイルドシートの着用効果及び着用方法について正しい理解を求め、シートベルトの正しい着用の徹底を図る。
 このため、あらゆる機会をとらえた普及啓発活動や、各種の広報媒体を通じた積極的な広報活動を展開するとともに、シートベルト着用義務違反に対する指導取締りの充実を図る。また、教育・広報等と取締りを組み合わせた着用推進施策(ステップ方式)等、シートベルトの効果的な着用推進対策について検討・実施する。

3) 安全かつ円滑な道路交通環境の整備
 事故多発地点について重点的に対策を講じるとともに、交通管制センター・信号機の高度化、道路標識の大型化・内照化・自発光化、道路標示の高輝度化等を推進する。また、道路の面的整備等と交通規制を組み合わせたコミュニティ・ゾーンの形成、歩道の整備、自転車道の整備、休憩・情報提供・地域連携等の機能を持つ「道の駅」の整備等の推進を図る。このほか、新たに、高度道路交通システム(ITS:Intelligent Transport Systems )の推進や交通需要マネジメント施策の推進を図るとともに、官民一体となった総合的駐車対策を推進する。さらに、災害に強い道路及び交通安全施設等の整備、的確な交通規制の実施等災害時における交通安全を確保するための施策を推進する。

4) 交通安全教育の推進
 幼児から高齢者に至るまでの交通安全教育の一貫性の確保及び家庭、学校、職場、地域等の教育相互の有機的な連携を図るとともに、指導者の養成・確保、教材等の充実、参加・体験・実践型の教育の一層の普及を図る。また、運転者教育に関しては、安全に運転しようとする意識の育成及び危険予知・回避能力の向上を図る観点から、免許取得前教育、免許取得時教育、免許取得後の再教育の充実を図る。特に、運転実技再教育については、その充実を図るため、指導者の養成・確保を図るとともに、実施場所の整備を推進する。

5) 車両の安全性の確保
 平成4年3月の運輸技術審議会答申に基づき、車両の安全基準の拡充・強化を実施する。また、先進安全自動車(ASV:Advanced Safety Vehicle)の開発支援を行うほか、自動車の安全性に関する研究開発の一層の促進を図る。さらに、自動車の技術安全情報の自動車使用者への提供や、自動車の安全装置の正しい使用方法等の普及促進などを実施し、車両の安全性の確保・向上を図る。

6) 効果的な指導取締りの実施
 交通事故に直結する違反、交通渋滞を引き起こす違反、その他国民への迷惑性の高い違反に重点を置いた効果的な指導取締りの実施などを推進する。

7) 救助・救急体制の整備
 交通事故による負傷者の搬送途上等における応急処置等の充実を図る観点から、救急救命士の養成・配置等の一層の促進、ドクターカーの活用の推進を図るとともに、ヘリコプターによる救急業務の実施を推進する。また、交通事故による負傷者の救命率を向上させるためには、事故現場に居合わせた関係者等による迅速、適切な応急手当が必要不可欠であり、心肺そ生法等の応急手当の一層の普及に努める。さらに、救命救急センター等の一層の整備促進を図る。

8) 事故調査・分析、交通安全に関する調査研究の充実
 交通安全対策の原点となる事故調査・分析の充実・強化を図る観点から、交通事故総合分析センターの充実・活用を図るとともに、官民の保有する交通事故調査・分析に係る情報提供の充実を図る。また、交通安全対策に関する効果評価・予測等に関する調査研究の充実を図る。さらに、高度道路交通システム(ITS)等に関する研究開発の充実を図る。

9) 官民一体となった交通安全推進体制の確保
 交通安全対策に関する行政及び民間団体間の定期的な連絡協議の場の設置や、官民の交通安全に関する各種情報の集約・提供体制の整備を図ることにより、国、地方公共団体及び民間団体等による官民一体となった交通安全活動推進体制を一層強化するとともに、交通安全に関する国民挙げての活動の展開や地域社会における住民参加型の自主的な活力ある交通安全活動の推進を図る。

3 第6次交通安全基本計画における目標

 2に掲げる諸施策を総合的かつ強力に推進することにより、交通事故の増加傾向に歯止めを掛け、特に死亡事故の防止には格段の意を注ぎ、交通事故死者数の減少に努める。もちろん、交通事故による死傷者数を限りなくゼロに近づけ、国民を交通事故の脅威から守ることが目標であるが、当面、年間の交通事故死者数を平成9年までに1万人以下とし、さらに、平成12年までに9,000 人以下とすることを目指すものとする。