第1部 陸上交通の安全

第2章 鉄軌道交通の安全

第1節 鉄軌道事故のすう勢と交通安全対策の今後の方向

 鉄軌道の運転事故は,長期的に減少傾向にあり, 平成7年の発生件数は 1,035件,死傷者数は 813人であり, 平成2年の発生件数 1,382人, 死傷者数 1,005人と比較して, 発生件数で25%, 死傷者数で19%の減少となっている。
 運転事故の減少傾向は,これまで講じてきた各種の安全対策の成果と考えられるが,今後の大都市圏における混雑緩和のための輸送力増強計画及び幹線鉄道網の整備に対応して,列車運行の一層の高速化,高密度化が進められていることに伴い,一たび事故が発生した場合,被害が甚大になるおそれがあるとともに,利用者の利便にも重大な支障をもたらすことが予想される。
 このため,自動列車停止装置の高機能化の促進等により,一層の安全性の向上を図るとともに,高齢者,身体障害者等の鉄道施設の安全な利用にも十分配慮した駅施設の整備を促進する。さらに, 阪神・淡路大震災の経験を踏まえ鉄道構造物の必要な耐震性の強化を促進する。
 また, 緊急時に備えた運行管理体制の充実,乗務員等の教育訓練の充実,安全管理体制の充実,鉄軌道の安全に関する知識の普及等の安全対策を強力に推進することにより,運転事故の一層の防止に努めることとする。

第2節 講じようとする施策

1 鉄軌道交通環境の整備

1) 線路施設等の点検と整備
 鉄軌道交通の安全を確保するためには,基盤である線路施設について常に高い信頼性を保持する必要があり,軌道や路盤等の施設の保守及び強化を適切に実施するとともに,降雨による土砂崩壊,あるいは落石,雪崩等による施設の被害を防止するため,線路防護施設の整備を促進する。
 また,駅施設等については,旅客の安全確保のため,高齢者,身体障害者等の安全利用にも十分配慮しつつ,所要の設備の整備を図る。

2) 運転保安設備の整備
 列車運行の高速化,高密度化に対応し,列車運行の安全確保を図るため,列車集中制御装置(CTC)の整備を促進するとともに,既設の自動列車停止装置(ATS)の高機能化等の運転保安設備の整備・充実を行う。また,事故・地震発生等の緊急時において必要な情報を迅速に伝達し,乗務員が適切な対応を取れるよう列車無線等の通信装置の整備を促進する。

3) 鉄道構造物の耐震性の強化
 平成7年7月26日の鉄道施設耐震構造検討委員会の提言を受け,既存の高架橋,開削トンネル等については,新幹線及び輸送量の多い線区を対象として,兵庫県南部地震程度の地震に対しても構造物が崩壊しないように必要な緊急耐震補強を行う。
 また,同委員会において,兵庫県南部地震における構造物の被災原因のなお一層の解明を含めて,鉄道施設の耐震性に関するより専門的かつ多面的な研究を行い,鉄道施設の新しい耐震構造の在り方等の検討を進める。

2 鉄軌道の安全な運行の確保

1) 乗務員及び保安要員の教育の充実及び資質の向上
 鉄軌道の乗務員及び保安要員に対する教育訓練体制と教育内容について,教育成果の向上を図るよう指導する。また,乗務員及び保安要員の適性の確保を図るため,科学的な適性検査の定期的な実施を図るよう指導するとともに,動力車操縦者の資質の確保を図るため,動力車操縦者運転免許試験を適正に実施する。

2) 列車の運行及び乗務員等の管理の改善
 列車の運行状況を的確に把握し,ダイヤの乱れ,事故の発生等に際して,鉄軌道事業者が迅速かつ適切な措置を講ずることができるよう,運行管理体制の充実を図るよう指導する。
 また,乗務員等がその職務を十分に果たし,安全運転を確保できるよう,就業時における心身状態の把握を確実に行うなどにより,職場における安全管理を改善するよう指導する。

3) 鉄軌道交通の安全に関する知識の普及
 踏切事故等鉄軌道の運転事故及び置石,投石等の鉄道妨害,線路内立入り等の外部要因による事故を防止するためには,踏切道の安全通行や鉄軌道事故防止に関する知識を広く一般に普及する必要がある。このため,鉄軌道事業者に対し,学校,沿線住民,道路運送事業者等を対象として,全国交通安全運動等の機会をとらえて,ポスターの掲示,チラシ類の配布等による広報活動を積極的に行うよう指導する。

4) 鉄軌道事業者に対する保安監査等の実施
 鉄軌道事業者に対し,定期的又は必要に応じて保安監査等を実施し,施設及び車両の保守管理状況,運転取扱いの状況,乗務員等に対する教育訓練の状況,安全管理体制等についての適切な指導を行う。
 また,定期的に連絡会議を開催し,鉄軌道事業者の事故情報の交換,効果的な事故防止対策の検討等を行う。

5) 気象情報等の充実
 鉄軌道交通の安全に関係の深い台風,大雨,大雪,霧,地震,火山噴火等について,予報,注意報・警報及び情報の適時・適切な発表及び関係機関への迅速な伝達に努める。
 また,これらの情報内容の充実及び効果的な利用のため,量的な表現を含めた,時間的・空間的にもきめ細かい予報の発表の実施を目指すとともに,静止気象衛星システム,極軌道気象衛星の利用体制,気象レーダー観測網,地域気象観測網及び気象資料伝送網の充実強化を図るほか,地震観測,東海地震予知等のための地震常時監視体制,火山観測業務等,地震,火山に係る業務体制の充実強化を図る。
 さらに,広報や講習会等を通じて気象知識の普及に努める。

3 鉄軌道車両の安全性の確保

1) 鉄軌道車両の構造・装置に関する保安上の技術基準の改善
 科学技術の進歩,交通環境の変化に対応して鉄軌道車両の構造・装置に関する保安上の技術基準の見直しを行う。さらに,鉄軌道車両に導入された新技術,車両故障等の原因分析及び車両の安全性に関する研究の成果を速やかに技術基準に反映させる。

2) 鉄軌道車両の検査の充実
 鉄軌道車両の検査については,コンピューターの利用等新技術を取り入れた検査機器の導入を促進することにより,検査精度の向上を図るとともに,新技術の導入に対応して検修担当者の教育訓練内容を充実させる。また,鉄軌道車両の故障データ及び検査データを科学的に分析し,その結果を車両の保守管理内容に反映させるよう指導する。

4 救助・救急体制の整備

 鉄軌道の重大事故等の発生に際して,救助・救急活動を迅速かつ的確に行うため,鉄軌道事業者と救急搬送機関,医療機関その他の関係機関との連絡協調体制の強化を図る。

5 科学技術の振興等

1) 鉄軌道の安全に関する研究開発の推進
 鉄軌道の安全対策については,事故防止のための研究開発をより一層推進し,鉄軌道交通の安全性の向上に努める。
 このため,交通安全公害研究所においては,新しい交通システムの実用化や高度化した台車,電子機器等の導入に対応した安全性,信頼性評価のための研究に必要な研究施設及び研究体制を充実する。
 また,鉄道総合技術研究所における降雨や地震に関する防災システム,事故時に衝撃を吸収する車体構造等の技術開発を促進する。

2) 鉄軌道の運転事故原因究明のための総合的な調査研究の推進
 鉄軌道の特殊な運転事故の発生に際しては、その徹底的な原因究明を行い,事故の再発防止に資するため,必要に応じ専門家等により実験を含む総合的な調査研究を行い,その成果を速やかに安全対策に反映させる。