第3部 航空交通の安全

第1節 航空事故のすう勢と交通安全対策の今後の方向

1 航空事故のすう勢

 航空機の大型化及び高速化並びに航空交通量の増大に対応して,航空交通の安全を確保し,事故発生を防止するため,これまでの交通安全基本計画において,航空保安施設の整備,航空保安業務の近代化,航空機の安全性を確保する体制の充実強化,航空交通に関する情報システムの整備等の施策が進められた。
 これらの施策の成果として,我が国においては,昭和61年以来定期航空運送事業における乗客死亡事故は皆無であったが,平成6年に中華航空機のエアバスA 300機が名古屋空港への着陸進入中に墜落し, 264名の死者を出す事故が発生した。一方,小型機の事故発生件数は,近年は減少傾向を示しているが,操縦士の不注意や基本的な操作ミス等による事故が散発している。

2 航空交通安全対策の今後の方向

 航空機の高性能化,航空保安システムの整備,乗員訓練の充実等により大型機の事故は減少してきているが,一方において,航空機数や航空交通量の増加,航空機の大型化,高速化の進展,ヘリコプター等の小型機の利用増加等による航空交通の多様化に伴い,中華航空機の事故のように,一たび事故が発生すれば多数の人命を危うくするおそれがあることから,航空交通の安全確保には,万全を期していく必要がある。このため,平成8年度を初年度とする第7次空港整備五箇年計画を中心に,航空保安システムの整備,空港の整備,航空機の安全な運航の確保,航空機の安全性の確保等の施策を総合的かつ計画的に推進し,もって,航空交通の安全を確保し,航空事故の絶滅を図るものとする。
 また,ニアミス(異常接近)についても,個々の事例について,その発生原因を究明し,同種事例の発生防止措置を講ずる等その防止対策を一層充実し強化する。

第2節 講じようとする施策

1 航空交通環境の整備

 1) 交通安全施設の整備
 空港の整備,管制施設・保安施設等の航空保安システムの整備等については,第7次空港整備五箇年計画に基づき総合的かつ計画的に推進する。
 ア 航空保安施設の整備
 航空交通の増大や多様化に対応して,航空機の安全運航の確保を最優先としつつ,航空交通容量の拡大を図る。このため世界的なレベルで次世代航空保安システムへの移行が平成22年(2010年)を目標に計画されている情勢の下,今後予想される航空交通の増大等のニーズに適切に対応できるよう新技術について積極的に研究開発を進め,これを活用し,かつ,我が国の航空交通の実態に適合した効率的な次世代の航空保安システムの構築に本格的に着手する。
 具体的には,平成11年(1999年)に打ち上げを予定している気象及び航空管制業務ミッションを行う運輸多目的衛星(MTSAT)を用いた航空衛星システムを国際民間航空機関(ICAO)や隣接国との国際的調整等を十分図りつつ,管制・保安・通信の各施設にわたって開発及び整備を進めていく。同時に,次世代航空保安システムの運用が本格化するまでの間,航空交通量の増大,新設空港の整備の進捗に合わせ,現行の航空保安システムを引き続き整備する。

(ア)管制施設の整備

  1.  次世代航空保安システム
     航空路においては,航空機の位置情報を正確にとらえ管制間隔の短縮を図る「自動従属監視(ADS)」,航空機と地上の管制機関との双方向データ通信を実施するための「管制データリンク」及び米国の周回航法衛星(GPS衛星)を用いた衛星航法システム(GNSS)の信頼性を向上させるための「GNSS完全性チャンネル(GIC)」を中核とするMTSATを利用した航空衛星システムの整備を推進するとともに,航空機の垂直管制間隔の短縮等を図る。そのほか,増大する航空交通量に対応し,全国の航空交通流量や空域の運用状況を一元的に把握・管理しながら交通量予測を行い,特定の航空路や空港に航空機が過度に集中することを未然に防止するなど,航空機の安全確保と運航の効率化等を図るための「航空交通流管理(ATFM)」においては,空中待機時間の予測,混雑を緩和するための最適飛行経路の推奨等の機能向上に向けた整備を図る。
     空港においては,交通の高密度空域における航空機の監視機能の強化等を図るための「改良型二次レーダー(SSRモードS)」の開発を図るとともに,安全で円滑な地上走行を確保するための「地上走行誘導・管制システム(SMGC)」の導入を図る。
  2.  現行航空保安システム
     航空路においては,航空路上の航空機の位置を探知するための「航空路監視レーダー(ARSR)」網の整備は,主要航空路の二重覆域化等についてはおおむね所期の目的は達しているが,航空交通量の増加が顕著な国際航空路において,更にARSRによって空域をカバーする必要がある部分に新たにARSRの整備を図るとともに,既設ARSRの二次レーダー(SSR)の覆域拡大を図る。また,飛行計画に関する情報の処理及び管制機関への配信を行うための「飛行計画情報処理システム(FDP)」及びARSR情報の処理及びレーダースコープ上への便名・高度・速度等の表示を行うための「航空路レーダー情報処理システム(RDP)」について所要の性能向上を図るほか,「遠隔対空通信施設(RCAG)」等の機器の性能向上整備を推進する。
     空港においては,空港周辺の航空機の位置を探知するための「空港監視レーダー(ASR)」の新設及び性能向上整備を図るほか,ASR情報の処理及びレーダースコープ上への便名・高度・速度等の表示を行うための「ターミナルレーダー情報処理システム(ARTS)」等の性能向上を推進する。さらに,低高度における水平又は鉛直方向の急激な風向及び風速の変化である低層ウインドシアによる航空機事故を未然に防止するための「ウインドシア検出装置」をハード・ソフトの両面から引き続き検討する。

(イ)保安施設の整備

  1.  次世代航空保安システム
     航空路においては,航空機に対して地上局からの方位・距離の情報を提供する方位・距離情報提供施設(VOR/DME)等の地上無線施設や衛星航法システム等の位置情報を基に効率的な飛行経路を提供できる「広域航法(RNAV)」の導入を図ることにより,航空交通容量の拡大を推進する。
     空港においては,RNAV経路のターミナル空域への導入を推進するほか,進入フェーズについて衛星航法システムの導入を図るとともに,精密進入については衛星航法システムの補強,マイクロ波着陸システム(MLS)の利用をICAO及び機上装置の動向を踏まえ検討する。
  2.  現行航空保安システム
     航空路においては,国際航空路の複線化等を踏まえ,航空路を航行する航空機の安全かつ効率的な運航を確保するため,必要に応じてVOR/DME等の整備を図る。
     空港においては,新設空港の整備に合わせ計器着陸装置(ILS),VOR/DME,精密進入用灯火等の新設及び既設空港については性能向上のための整備を推進する。また,就航率や定時性の改善による利便性等の向上を図るため,ILS及び航空灯火等の高カテゴリー化を引き続き必要に応じて検討する。

(ウ)通信施設の整備

  1.  次世代航空保安システム
     航空路においては,明瞭な音声のみならずデ-タの通信も可能となる「VHFデータリンク」の整備を図り,通信の高度化を推進する。また,これら空地間データ通信及び地上管制機関間のデ-タ通信を効率的に伝達し得る「航空通信ネットワーク(ATN)」の整備を図る。
  2.  現行航空保安システム
     航空路においては,航空交通情報等の伝達・処理を行うための「航空交通情報システム(DTAX,AFTAX,IDP)」及び洋上を航行する航空機との通信を行う「国際対空通信施設」等の性能向上整備を図る。
     空港においては,航空機の安全かつ効率的な運航を確保するための情報を一元的に監視できる「運航管理卓」等の整備の推進及び性能向上を図る。
 イ 空港の整備
 国内・国際航空需要の増大に対応するため,国際ハブ空港等の大都市圏における拠点空港の整備を最優先課題として推進するとともに,地域拠点空港,地方空港等についても,既存施設の高質化等を図るための整備を推進する。
 ウ 空港・航空保安施設の耐震性の強化
 空港・航空保安施設は,阪神・淡路大震災においても関西国際空港や大阪国際空港は大きな被害を受けず,緊急輸送や鉄道・道路の代替輸送の拠点として活躍した。しかし,各種施設の被害の甚大さ,重大さにかんがみ,また,大震災時の航空輸送の役割の重要性を踏まえ,空港・航空保安施設について一層の耐震性強化を図る。
(ア)既存の土木施設・建築施設の耐震補強等
 既存の土木施設,建築施設については,旧設計基準によって建設された施設や老朽化等により初期の耐震性能が損なわれている施設がある。これらの施設については,少なくとも現行の設計基準が求める耐震性能を持つように補強する。
(イ)管制施設の多重化等の推進
 一般的な地震動はもとより,高レベルの地震動に際しても,航空機事故防止のため,適切な航空管制が行われなければならない。そのため,管制施設の機能が停止することのないよう,航空路管制施設及び空港管制施設の代替機能について,検討の上所要の整備を図る。
(ウ)空港・航空保安施設の新しい耐震構造の在り方の検討等
 他の機関の耐震強化策の検討動向を考慮しつつ,さらに空港・航空保安施設の耐震設計基準等の検討を行うとともに,既存空港の液状化対策工法の研究等耐震性強化のための試験研究を推進する。

 2) 航空交通管制に係る空域の整備
 我が国周辺の限られた空域を安全かつ有効に利用するため,必要に応じ調整の上各種空域についての整備を進める。
 また,大都市圏における拠点空港の整備に対応するため,空域利用について関係機関と調整を進めるとともに,次世代航空保安システムに対応した航空路等についての調査等を行う。

 3) 飛行検査の充実
 航空衛星の導入等の次世代航空保安システムの整備に伴い,実機を飛行させて航空保安施設の各種機能の精度等を検査する飛行検査業務の量的,質的変化に対応するため,現用のYS-11型機を,高性能な新型機に更新整備するとともに,高効率,高精度な技術を取り入れた飛行検査情報処理システムを導入する等,飛行検査体制の整備及び強化を推進する。

2 航空機の安全な運航の確保

 1) 航空従事者の技量の充実等
 航空機の大型化,高性能化及びハイテク化に対応し,運航の安全確保に万全を期するため,航空機乗組員等の航空従事者の技量を的確に把握し,適切な訓練の実施により技量水準の維持向上を図るよう事業者に対する指導を徹底する。また,航空機の安全運航を確保するためには航空機乗組員の心身の状態が健全であることが極めて重要であるため,日常の健康管理等が適切に行われるよう事業者を指導する。さらに,安全に関する情報を周知徹底するとともに,安全意識の高揚を図るよう事業者を指導する。

 2) 航空保安職員の教育の充実
 次世代航空保安システム等の新技術の導入,整備の進展等に対応して,必要な航空保安職員を確保するための訓練施設の充実を図るとともに,最新知識・技術を習得させるため,研修の強化を一層推進する。

 3) 大型航空機の安全確保に関する対策の強化
 近年の航空機のハイテク化に伴うヒューマンファクター問題,衛星を利用した新たな運行方式等に適切に対応するため必要な対策を推進するとともに,大型航空機を運航する航空運送事業者に,法令及び関係規程の遵守,教育訓練の徹底,安全運航に資する装置の装備促進の指導等を行う。

 4) 小型航空機等の事故防止に関する指導等の強化
 小型航空機の事故を防止するため,法令及び規程の遵守,操縦士等に対する教育訓練の充実,的確な気象状況の把握等について指導強化する。また,近年普及してきたレジャー航空については,関係団体を通じ事故防止の指導を行う。また,災害時における救援航空機等について,ふくそうする航空交通の中での安全運航確保のための施策の充実を図る。

 5) 航空機の運航安全システムの充実
 航空機の運航回数の増加に対応して一層の安全を図るため,航空機衝突防止装置等の新しい安全システムの実用化の推進を図る。

 6) 危険物輸送の安全基準の整備
 医療技術等の発展に伴う放射性物質等の航空輸送量の増加,化学工業の発展に伴う新規危険物の出現等による危険物の航空輸送量の増加及び輸送物質の多様化に対応し,ICAO及び国際原子力機関(IAEA)において国際的にも危険物輸送に関する安全基準の整備強化が進められているところであり,これらの動向を踏まえ所要の基準の整備を図る。

 7) 航空事故原因究明体制の強化
 航空事故の原因究明の調査を迅速,適確に行い航空事故の防止に寄与するため,調査要員の研修の充実を図るとともに,各種調査用機器の整備の推進に努める。

 8) 航空交通に関する気象情報等の充実
 航空交通の安全に関係の深い台風,雷電,乱気流,着氷,悪視程,火山噴煙等について,観測の成果や飛行場予報,飛行場警報,飛行場気象情報,空域気象情報等の適切な発表及び関係機関への迅速な伝達に努める。
 また,これらの情報内容を充実するため,静止気象衛星システム,ドップラーレーダー等の空港気象レーダー,空港気象常時監視通報装置,航空路火山灰監視装置及び気象資料伝送網の整備や高度化を図るなど,航空気象業務体制の充実強化に努める。

3 航空機の安全性の確保

 1) 航空機,装備品等の安全性を確保するための技術基準等の整備
 諸外国の技術基準との整合性にも配慮しつつ,航空機技術の急速な進展を航空機,発動機,プロペラ,無線設備その他の装備品等の安全性に関する技術基準等へ反映させることにより,安全性の向上を図る。

 2) 航空機の安全性に係る情報の収集及び処理体制の充実
 航空機の運航回数の増加に対応して,航空機の安全性に関する情報の収集及び処理体制を強化し,適切な対策を事前に講ずることによって,機材故障等の発生を未然に防止する。

 3) 航空機の検査体制の充実
 国際化等時代の要請に対応した航空機検査制度について,航空審議会の答申(平成7年12月)に沿い,同制度の改正等必要な措置を講ずる。
 また,ボーイング式777型機等,技術革新による新型航空機の出現並びに航空機の大型化及び高性能化に対応して,航空機検査官の研修の充実を図り検査体制を強化する。
 さらに,無線設備についても時代の要請に対応した検査を実施するため,必要な措置を講ずる。

 4) 航空機の整備審査体制の充実
 航空機の安全運航に重要な日常の点検整備について,航空機の安全性に関する技術研究の成果,我が国及び外国における運用経験,事故等の原因の解析結果並びに製造国からの情報を的確に把握し,我が国での航空機の使用形態に適合した適切な整備方式を確立するよう,今後とも事業者を指導する。
 また,定例整備の海外委託等整備を取巻く新しい環境に対応できるよう航空機の整備に対する審査及び指導体制の充実を図る。

 5) 航空機の経年化対策の強化
 ICAOに設置されている耐空性継続パネルにおける審議状況及び体系的な経年機対策が進展している米国の動向等を踏まえ,経年化対策として疲労及び腐食対策をさらに推進する。

4 救助・救急体制の整備

 1) 捜索・救難体制の整備
 航空機の遭難,行方不明等に際して,迅速かつ的確な捜索・救難活動を行うため,関係行政機関の合議体である救難調整本部においては,種々の緊急状態に対応した活動計画,訓練,情報の収集・処理体制等を充実するとともに,施設の性能向上等により,連絡・協調体制の強化を図る。

 2) 消防体制及び救急医療体制の整備
 空港の消防体制について,国の管理する第1種及び第2種空港については,国際的な基準に準拠して,引き続き化学消防車の配備等所要の措置を講じて,その充実強化を図る。新東京国際空港及び関西国際空港並びに地方公共団体の管理する第2種及び第3種空港についても,上記に準じ,消防施設等の整備に努めるよう空港管理者を指導する。
 また,空港における救急医療体制については,年次計画に従い救急医療に必要な医療資器材の配備等を進めるとともに,救急医療活動が的確かつ円滑に実施できるよう関係医療機関等との連携の強化を図る。

5 科学技術の振興等

 1) 航空交通の安全に関する研究開発の推進
 国立の試験研究機関においては,研究費の充実,研究設備の整備等を図り,衛星データリンク,GPS等の導入による新しい航空保安システム及び航空交通管制システム等に関する研究,航空機衝突防止方式の機能向上や自動着陸航法の開発等安全システムに関する研究並びに航空機の安全な離着陸のための滑走路等空港土木施設の研究等を推進し,関連試験研究機関相互の連絡協調体制の強化による総合的な研究開発を推進する。
 なお,試験研究結果は,速やかに安全対策に反映させるとともに,その活用を推進する。

 2) 航空事故の原因究明のための総合的な調査研究の推進
 航空事故の原因究明の調査を迅速かつ適確に行うため,航空機に搭載されている種々型式を異にする飛行記録装置から飛行機の運航状態を正確に再現する汎用性のある飛行記録解析システムのハードウェア及びソフトウェアの開発等総合的な調査研究を推進し,その成果を事故原因の究明に反映させる。