第8次交通安全基本計画・基本理念

1.交通事故のない社会を目指して

我が国は、本格的な人口減少と超高齢社会の到来というかつて経験したことのない新たな時代を迎えつつある。このような大きな環境変化を乗り越え、真に豊かで活力のある社会を構築していくためには、その前提として国民の安全と安心を確保していくことが極めて重要である。

その際、交通事故による被害者数は災害や犯罪等他の危険によるものと比べても圧倒的に多いことを考えると、交通安全の確保も、安全で安心な社会の実現を図っていくための重要な要素である。

したがって、その重要性が認識され、様々な対策がとられてきたところであるが、依然として交通事故件数は高い水準で推移しており、更なる対策の実施が必要である。

人命尊重の理念に基づき、また交通事故がもたらす大きな社会的・経済的損失をも勘案して、究極的には交通事故のない社会を目指すべきである。言うまでもなく、交通事故のない社会は一朝一夕に実現できるものではないが、悲惨な交通事故の根絶に向けて、今、新たな一歩を踏み出さなければならない。

2.人優先の交通安全思想

文明化された社会においては、弱い立場にある者への配慮や思いやりが存在しなければならない。交通について言うと、道路については、自動車と比較して弱い立場にある歩行者、すべての交通について、高齢者、障害者、子ども等の交通弱者の安全を一層確保することが必要となる。このような「人優先」の交通安全思想を基本とし、あらゆる施策を推進していくべきである。

3.施策推進に当たっての基本的な考え方

本計画においては、このような観点から、(1)道路交通、(2)鉄道交通、(3)踏切道における交通、(4)海上交通、(5)航空交通のそれぞれの交通ごとに、計画期間内に達成すべき数値目標を設定するとともに、その実現を図るために講じるべき施策を明らかにしていくこととする。

具体的には、交通社会を構成する人間、車両・船舶・航空機等の交通機関及びそれらが活動する場としての交通環境という三つの要素について、それら相互の関連を考慮しながら、交通事故の科学的な調査・分析や、政策評価を充実させ、可能な限り成果目標を設定した施策を策定し、かつ、これを国民の理解と協力の下、強力に推進する。

第一に、人間に対する安全対策については、交通機関の安全な運転・運航を確保するため、運転・運航する人間の知識・技能の向上、交通安全意識の徹底、資格制度の強化、指導取締りの強化、運転・運航の管理の改善、労働条件の適正化等を図り、かつ、歩行者等の安全な移動を確保するため、歩行者等の交通安全意識の徹底、指導の強化等を図るものとする。また、交通社会に参加する国民一人一人が自ら交通安全に関する意識を改革していくことが極めて重要であることから、交通安全に関する教育、普及啓発活動を充実させる。

第二に、交通機関が原因となる事故の防止対策としては、人間はエラーを犯すものとの前提の下で、それらのエラーが事故に結び付かないように、不断の技術開発によってその構造、設備、装置等の安全性を高めるとともに、各交通機関の社会的機能や特性を考慮しつつ、高い安全水準を常に維持させるための措置を講じ、さらに、必要な検査等を実施し得る体制を充実させるものとする。

第三に、交通環境に係る安全対策としては、機能分担された道路網の整備、交通安全施設等の整備、交通管制システムの充実、効果的な交通規制の推進、交通に関する情報の提供の充実、施設の老朽化対策等を図るものとする。また、交通環境の整備に当たっては、人優先の考えの下、人間自身の移動空間と自動車や鉄道等の交通機関との分離を図るなどにより、混合交通に起因する接触の危険を排除する施策を充実させるものとする。特に、道路交通においては、通学路、生活道路、市街地の幹線道路等において、歩道の整備を積極的に実施するなど、人優先の交通安全対策の更なる推進を図ることが重要である。

これら三要素を結び付けるものとして、また、三要素それぞれの施策効果を高めるものとして、情報の役割が重要であることから、情報の収集・提供、情報通信技術の活用等を積極的に進める。また、有効かつ適切な交通安全対策を講ずるため、その基礎として、交通事故原因の総合的な調査・分析の充実・強化、必要な研究開発の推進を図るものとする。

さらに、交通事故が発生した場合に負傷者の救命を図り、また、被害を最小限に抑えるため、迅速な救助・救急活動の充実、負傷者の治療の充実等を図ることが重要である。特に、犯罪被害者等基本法(平成16年法律第161号)の制定を踏まえ、交通安全の分野においても一層の被害者支援の充実を図るものとする。

交通の安全に関する施策は、このように多方面にわたっているが、相互に密接な関連を有するので、有機的に連携させ、総合的かつ効果的に実施することが肝要である。また、これらの施策は、少子高齢化、国際化等の社会情勢の変化や交通事故の状況、交通事情等の変化に弾力的に対応させるとともに、その効果等を勘案して、適切な施策を選択し、これを重点的かつ効果的に実施するものとする。

さらに、交通の安全は、交通需要や交通の円滑性・快適性と密接な関連を有するものであるので、自動車交通量の拡大の抑制等によりこれらの視点にも十分配慮するとともに、沿道の土地利用や道路利用の在り方も視野に入れた取組を行っていくものとするほか、地震や津波等に対する防災の観点にも適切な配慮を行うものとする。

交通事故防止のためには、国、地方公共団体、関係民間団体等が緊密な連携の下に施策を推進するとともに、国民の主体的な交通安全活動を積極的に促進することが重要であることから、国及び地方公共団体の行う交通の安全に関する施策に計画段階から国民が参加できる仕組みづくり、国民が主体的に行う交通安全総点検、地域におけるその特性に応じた取組等により、参加・協働型の交通安全活動を推進する。

4.公共交通におけるヒューマンエラーへの対応

このほか、平成17年に西日本旅客鉄道株式会社(以下「JR西日本」という。)の福知山線における列車脱線事故が発生し社会的に大きな影響を与えたところであり、陸海空すべての公共交通機関の分野において、交通行政や交通機関にかかわる者が安全の確保が最優先の課題であることを再認識し、真摯に交通安全対策や自らの交通安全に対する取組を見つめ直すとともに、ヒューマンエラーを単に個人の問題として捉えず、有効な対策を確立するために、そのエラーの背後関係を調査し、企業の体制やシステム全体の改善の観点から事故防止対策を充実することが重要である。