第1部 陸上交通の安全

第2章 鉄道交通の安全

1.鉄道事故のない社会を目指して

  • 一たび事故が発生すると、利用者の利便に重大な支障をもたらすばかりでなく、被害が甚大となる。
  • 各種の安全対策を推進し、国民の鉄道に対する信頼を揺るぎないものとする必要がある。

2.鉄道交通の安全についての目標

  1. 乗客の死者数ゼロを目指す。
  2. 運転事故件数の減少を目指す。

3.鉄道交通の安全についての対策

<2つの視点>

  1. 事故個別の問題の解決
  2. 過去に起きた事故等の教訓の活用

<6つの柱>

  1. 鉄道交通環境の整備
  2. 鉄道の安全な運行の確保
  3. 鉄道車両の安全性の確保
  4. 救助・救急活動の充実
  5. 被害者支援の推進
  6. 研究開発及び調査研究の充実

第1節 鉄道事故のない社会を目指して

人や物を大量に、高速に、かつ、定時に輸送できる鉄道は、国民生活に欠くことのできない交通手段であり、列車の運行が高密度である現在の運行形態においては、一たび事故が発生すると、利用者の利便に重大な支障をもたらすばかりでなく、被害が甚大となる。このため、各種の安全対策を推進し、国民の鉄道に対する信頼を揺るぎないものとする必要がある。

I 鉄道事故の状況等

1.鉄道事故の状況

鉄道における運転事故は、長期的には減少傾向にあり、平成17年の発生件数は905件、死傷者数は1,358人であり、12年の発生件数936件、死傷者数749人と比較して、発生件数で3%の減少、死傷者数で81%の増加となっている。一方では、16年10月の新潟県中越地震に伴う東日本旅客鉄道株式会社(以下「JR東日本」という。)の上越新幹線の列車脱線事故、17年3月の土佐くろしお鉄道宿毛線における列車脱線事故、17年4月のJR西日本福知山線における列車脱線事故、そして、17年12月のJR東日本羽越線における列車脱線事故といった社会的にも大きな影響を与えた運転事故が発生している。

鉄道運転事故の事故発生件数、死傷者数及び死者数の推移

2.近年の運転事故の特徴

近年の運転事故の特徴としては、踏切障害事故及び人身障害事故で運転事故の90%近くを占めていることがあげられる。

II 交通安全基本計画における目標

【数値目標】乗客の死者数ゼロ

鉄道における運転事故は、長期的には減少傾向にあるがJR西日本福知山線列車脱線事故といった重大な運転事故が発生し、社会的に大きな影響を与えた。列車の運行が高密度である現在の運行形態においては、一たび事故が発生すると、利用者の利便に重大な支障をもたらすばかりでなく、被害が甚大となることを示す結果となった。これにより、鉄道システムそのものへの国民の信頼が揺るぎかねない状況である。一方で、近年は輸送量の伸び悩み等から、各事業者において、経営合理化の要請が強まっており、さらには、地方の鉄道において、沿線の過疎化、高齢化等により厳しい経営を強いられている事業者が多い状況である。こうした現状を踏まえ、国民の理解と協力の下、第2節に掲げる諸施策を総合的かつ強力に推進することにより、乗客の死者数ゼロを目指すとともに、運転事故件数の減少を目指すものとする。

第2節 鉄道交通の安全についての対策

I 今後の鉄道交通安全対策を考える視点

鉄道における運転事故が長期的には減少しており、これまでの交通安全基本計画に基づく施策には一定の効果が認められる。しかしながら、運転事故が年数百件程度発生している現状から、事故個別の問題を解決するとともに、過去に起きた事故等の教訓を活かして効果的な対策を講ずるべく、総合的な視点から、鉄道交通環境の整備、鉄道の安全運行の確保、鉄道車両の安全性の確保といった各種交通安全施策を推進していく。

II 講じようとする施策

【第8次計画における重点施策及び新規施策】
  • 運転保安設備の整備(速度超過防止用ATS等の設置)(1(2))
  • 鉄道の地震対策の強化(1(3))
  • 乗務員及び保安要員の教育の充実及び資質の向上(2(1))
  • 鉄道事業者に対する保安監査等の実施(2(4))

1.鉄道交通環境の整備

鉄道交通の安全を確保するためには、鉄道線路、運転保安設備等の鉄道施設について常に高い信頼性を保持し、システム全体としての安全性の基礎を構築する必要がある。このため、鉄道施設の維持管理等の徹底を図るとともに、運転保安設備の整備、鉄道構造物の耐震性の強化等を促進し、安全対策の推進を図る。

(1)鉄道施設の点検と整備
鉄道交通の安全を確保するために、軌道や路盤等の施設の保守及び強化を適切に実施するとともに、降雨による土砂崩壊、あるいは落石、雪崩等による被害を防止するため、線路防護設備の整備を促進する。鉄道構造物の定期検査及び維持・補修については、過去に一部の鉄道事業者において定期検査未実施の事実が確認されたことを踏まえ、定期検査の厳正な実施及び適切な施設の維持管理の徹底を図る。地方中小鉄道については、事業者が緊急に整備する事項、中長期に整備する事項を定めた保全整備計画に基づき、施設、車両等の適切な維持・補修等の促進を図る。地下鉄道の安全対策については、韓国において発生した地下鉄火災を受けて、地下鉄道の火災対策基準(昭和50年制定)に不適合な駅に対して平成20年度までに整備を行うよう義務づけたところであり、その整備促進を図る。また、駅施設等について、高齢者、障害者等の安全利用にも十分配慮し、段差の解消、転落防止設備等の整備によるバリアフリー化を推進するとともに、プラットホームからの転落事故に対しては、列車の速度が高く、かつ、1時間当たりの運行本数の多いプラットホームについて、非常停止押しボタン又は転落検知マットの整備、プラットホーム下の待避スペースの確保等適切な安全対策の推進を図る。
(2)運転保安設備の整備
JR西日本福知山線列車脱線事故を受け、緊急整備計画に基づく急曲線における速度超過防止用ATS等の設置を平成21年度までに完了するなど、運転保安設備の整備・充実を図る。また、事故・地震発生等の緊急時において必要な情報を迅速に伝達できるよう列車無線等の通信装置の整備・高度化を促進する。
【数値目標】速度超過防止用ATS等を急曲線2,865箇所に設置
(3)鉄道の地震対策の強化
平成16年10月に発生した新潟県中越地震の被害状況を考慮の上、新幹線を運行しているJR各社等からなる「新幹線脱線対策協議会」における検討内容を踏まえ、活断層と交差していることが確認され耐震対策が必要なトンネルについては平成19年度までに対策を実施し、中間部付近が拘束されている高架橋柱については詳細調査を行い、平成18年度までに耐震補強を実施する。また、逸脱防止対策等についても検討を進める。その他の新幹線の高架橋柱の耐震補強は、当初の平成20年度までの予定を前倒しし、平成19年度までに概ね完了する。在来線の高架橋柱についても引き続き耐震補強の促進を図る。さらに、今後発生が予測される大規模地震に備え、主要な鉄道駅における耐震補強、地下鉄の電波遮蔽空間における災害情報の再送信設備の整備を促進する。
【数値目標】新幹線の耐震対策が必要なトンネルの対策及び高架橋柱の耐震補強をすべて実施

2.鉄道の安全な運行の確保

JR西日本福知山線列車脱線事故が発生したことを踏まえ、国による事業者の指導・監督の在り方の見直しについて検討を進め、結論の得られたものから速やかに実施する。具体的には、経営トップから現場まで一丸となった安全管理の態勢の構築を推進するとともに、その確認を国が行う「安全マネジメント評価」の仕組み等を導入する。さらに、JR東日本羽越線列車脱線事故が発生したことを踏まえ、強風対策についてソフト・ハードの両面から検討を進め、結論の得られたものから速やかに実施する。このほか、鉄道の安全な運行を確保するため、乗務員及び保安要員の資質の維持・向上を図るよう指導するとともに、保安監査の強化・充実を図る。また、国民全体に対しても広報活動を通じて安全意識の高揚を図る。

(1)乗務員及び保安要員の教育の充実及び資質の向上
鉄道の乗務員及び保安要員に対する教育訓練体制と教育内容について、教育成果の向上を図るよう指導する。また、乗務員及び保安要員の適性の確保を図るため、科学的な適性検査の定期的な実施を図るよう指導するとともに、運転士の資質の確保を図るため、動力車操縦者運転免許試験を適正に実施する。なお、運転士の資質の向上を図るため、運転士の教育の在り方や職場環境の改善方策等について、検討を進め、結論の得られたものから速やかに実施する。
(2)列車の運行及び乗務員等の管理の改善
大規模な事故又は災害が発生した場合に、迅速かつ的確な情報の収集・連絡を行うため、国及び鉄道事業者において、夜間・休日における連絡体制の充実、通信手段の拡充を図る。また、大都市圏、幹線交通の輸送障害等による被害や社会的影響を軽減するため、鉄道事業者に対し、運行管理体制の充実を図ることにより、ダイヤの乱れ、事故の発生等の際、列車の運行状況を的確に把握し、緊急連絡、乗客への適切な情報提供、迅速な応急復旧による運行の確保、応急輸送体制の充実等、迅速かつ適切な措置を講ずるよう指導する。さらに、乗務員等がその職務を十分に果たし、安全運転を確保できるよう、就業時における心身状態の把握を確実に行うなどにより、職場における安全管理を徹底するよう指導する。なお、更なる安全性の確保を図るため、運転士の資質管理等の制度化について検討を進め、結論の得られたものから速やかに実施する。
(3)鉄道交通の安全に関する知識の普及
踏切事故等鉄道の運転事故及び置石・投石等の鉄道妨害、線路内立入り等の外部要因による事故を防止するためには、踏切道の安全通行や鉄道事故防止に関する知識を広く一般に普及する必要がある。このため、鉄道事業者に対し、学校、沿線住民、道路運送事業者等を対象として、全国交通安全運動等の機会をとらえて、ポスターの掲示、チラシ類の配布等による広報活動を積極的に行うよう指導する。また、建設工事・保守作業等施設の建設・保守に携わる作業員についても、安全対策の徹底を図るよう、鉄道事業者を指導する。
(4)鉄道事業者に対する保安監査等の実施
鉄道事業者に対し、定期的に又は事故の発生状況等に応じて保安監査等を実施し、施設及び車両の保守管理状況、運転取扱いの状況、乗務員等に対する教育訓練の状況、安全管理体制等についての適切な指導を行う。なお、JR西日本福知山線列車脱線事故が発生したことを踏まえ、過去の指導に対するフォローアップの強化等、保安監査の強化・充実について検討を進め、結論の得られたものから速やかに実施する。また、定期的に鉄道保安連絡会議を開催し、事故及び事故防止対策に関する情報交換等を行う。なお、事業者の長自ら安全に係る現場の状況等を把握するとともに、社内報告体制等の充実を図ることは輸送の安全確保の基本であることから、様々な機会を通じて指導等を行う。
(5)気象情報等の充実
鉄道交通に影響を及ぼす自然現象を的確に把握し、気象警報・注意報・予報及び津波警報・注意報並びに台風、大雨、地震、津波、火山噴火等の現象に関する情報の質的向上と適時・適切な発表及び迅速な伝達に努める。鉄道事業者は、これらの気象情報等を早期に収集・把握し、運行管理へ反映させることで、鉄道施設の被害軽減及び列車の安全運行の確保に努める。また、気象、地震、津波、火山現象等に関する観測施設を適切に整備・配置し、維持するとともに、防災関係機関等との間の情報の共有やITを活用した観測・監視体制の強化を図るものとする。さらに、広報や講習会等を通じて気象知識の普及に努める。
(6)鉄道事故原因究明体制の強化等
鉄道事故及び重大インシデントの原因究明の調査を迅速かつ適確に行い、鉄道事故の防止に寄与するため、事故調査職員の専門調査技術の向上を図るとともに、各種調査用機器の活用により分析能力の向上に努める。また、人員の増強等の体制の整備にも努める。

3.鉄道車両の安全性の確保

科学技術の進歩を踏まえつつ、適時・適切に鉄道車両の構造・装置に関する保安上の技術基準の見直しを行うとともに、検査の方法・内容についても充実させ、鉄道車両の安全性の維持向上を図る。

(1)鉄道車両の構造・装置に関する保安上の技術基準の改善
鉄道車両に導入された新技術、車両故障等の原因分析結果及び車両の安全性に関する研究の成果を速やかに技術基準に反映させる。
(2)鉄道車両の検査の充実
鉄道車両の検査については、IT等新技術を取り入れた検査機器の導入を促進して検査精度の向上を図るとともに、新技術の導入に対応した検修担当者の教育訓練内容の充実を図る。また、車両の故障データ及び検査データを科学的に分析し、保守管理へ反映し車両故障等の予防を図る。

4.救助・救急活動の充実

鉄道の重大事故等の発生に対して、避難誘導、救助・救急活動を迅速かつ的確に行うため、主要駅における防災訓練の充実や鉄道事業者と消防機関、医療機関その他の関係機関との連携・協力体制の強化を推進する。

5.被害者支援の推進

損害賠償請求の援助活動等の強化や被害者等の心情に配慮した対策の推進を図る。特に、大規模事故が発生した場合に、警察、医療機関、地方公共団体、民間の被害者支援団体等が連携を図り、被害者を支援する。

6.研究開発及び調査研究の充実

鉄道の事故防止のための研究開発を推進するとともに、事故原因の究明のための総合的な調査研究の推進を図る。

(1)鉄道の安全に関する研究開発の推進
鉄道の安全対策については、事故防止のための研究開発を推進し、鉄道交通の安全性の向上に努める。このため、交通安全環境研究所においては、より安全度の高い鉄道システムを実現するため、施設、車両、運転等に関する新技術の評価とその効果予測に関する研究及びヒューマンエラー事故の防止技術に関する研究を行う。また、安全度の高い新しい交通システムの実用化を促進するため、安全性・信頼性評価に関する研究を推進する。また、近年発生した鉄道の重大事故等を踏まえ、鉄道総合技術研究所が行う事故及び震災時の被害軽減に関する試験研究・技術開発等、安全性の更なる向上に資する技術開発を推進する。
(2)鉄道事故の原因究明のための総合的な調査研究の推進
鉄道事故及び重大インシデントの原因究明の調査を迅速かつ適確に行うため、各種の記録装置の分析等過去の事故調査で得られたノウハウや各種分析技術の向上及び事故分析結果等のストックとその活用等により総合的な調査研究を推進し、その成果を原因の究明に反映させる。