交通事故被害者の支援 第5章 交通事故被害者支援関係者の対応
被害者は、事件、事故にあったことに対して無力であった自分を責め続け、感情は不安定となり、精神的には混乱をきたしている。
思い出したくないのに頭の中によみがえってきたり(フラッシュバック)、うつ状態に陥ったり、頭痛やめまい、吐き気など、身体症状が出ることもある。これらの症状は長い場合には、年単位にわたって続くことがある。このように心的外傷の後に長く続く症状をPTSD(心的外傷後ストレス障害)という。
これら一連の症状は、多くの被害者やその遺族が体験するものであり、自分では受け止めきれない大きな出来事に遭遇した、人としての当然の「心的反応」なのである。しかし、このような状態が長期間にわたって続くと、日常生活や社会生活が破綻したり精神的な障害を起こしたりすることもある。1日も早くこのような状況から脱出し、他者に対する信頼、自分に対する信頼を回復していくために面接相談という支援がある。
この被害者面接には、一つの流れがある。以下、その流れに添って初回、中期、終期の面接の注意点について述べてみたいと思う。
初回面接は、被害者を支援するうえで重要な役割を果たす。面接の雰囲気をくつろいだものとするためには環境調整が必要である。刺激的な置物などは避け、花などは色の淡いもの、大きくないものをさりげなく置くなど注意を払う。観葉植物は大きくても大丈夫である。テーブルの上にはさりげなくティッシュペーパーを備えておき、照明なども明るすぎないことに気を配る。これらの配慮が今後、支援するうえで微妙に作用してくる。
そして実際の面接では、相談室に入って来た被害者に挨拶をし、支援者は起立して迎え入れる。面接受付用紙に家族構成、同居の有無、被害にあった日、相談したいことなどを記入してもらうようにする。
さまざまな配慮を通じて、この場所が安全感と安心感に守られている空間だと感じてもらうことが大事である。被害者は、この段階では直感で支援者を観察している。したがって、非言語的コミュニケーションによって伝わるものも重要である。相談に先立ち、話される内容については秘密が守られること、一回の面接時間は45分〜60分くらいを目安としていることを告げる。
支援者が特に気をつければいけないのは、面接相談には自ら限界があると自覚し、できない約束はしないことである。情報については、確実なものを伝えることである。支援者が知りたいと思う情報を聞くときは、なぜ知りたいのかについて丁寧に説明する必要がある。それを怠ると、相談者が敵意を起こすこともありえるからである。
相談者は(社)被害者支援都民センターに何を求めているのかを、まず支援者が理解し、センターでは何ができるのかを知らせることが必要である。そして、今どのような日常生活を送っているのか、食事や睡眠は取れているのか確認する。家族との関係や安全が確保されているなど、こちらから言葉をかけることによって明らかにしていく。これら一連の過程の中で、相談者は「受け入れられる」と感じ、安心感を持ち、この支援者に話してみようと思うようになるのである。相談者は言葉にしたことでほっとするようである。
しかし、なかには言葉にすることができない方もいる。それは魂を突き刺すほどの痛みだからであり、ときには沈黙したりする。その場合、沈黙はどういう意味があるのか聴き分ける必要がある。そして話しにくい場合は、日記などをつけてみることを提案する。初期の面接では、日記を素材にして面接を進めることはとても有効な場合がある。被害と向きあう主体的な取り組みのはじまりになるのである。
人に支援を求めることは自分の弱さなのではないかという気持ちから、できることなら支援など受けたくないと思う被害者もいる。しかし、そうではない。「これは被害を現実として受け入れようとする勇気なのだ」と告げる。
この時期は、精神的外傷による症状が現れるが、これは多くの被害者に起こり得ることで異常ではないことを告げる。自分が異常でないことを自覚することは、自分を受け入れるきっかけとなる。
中期になると、少しずつ支援者との人間関係もスムーズになり、安心感が増し、自己の感情のコントロールができてくるようになる。悪夢に悩まされる回数が減ってくる。やがて、悪夢から解放されて、熟睡できる日も増え、食欲不振も徐々に解消されていく。
支援者との面接を通して「この辛い体験、喪失したものは忘れることはできない、消すこともできない。自分の悲しい体験は誰にも代わってもらうことはできないが、助けを求めることはできる」と感じられるようになる。
ありのままの感情をそのままに受け入れられる経験を重ねることで、十分に感情を吐き出すことができるようになるからである。そのことで人に備わっている自然治癒(ちゆ)力が働く。
また、言語によって自己の経験や感情を的確に表現し、それが評価されることなく受容され理解されたとき、被害者はどうにもならない現実、どうにもできない自分を受容することができる。そのことができて、初めて喪失した対象に自分の中で別れを告げることが可能になる。
終盤になると、被害者は感情のコントロールは勿論のこと、閉ざされていた人間関係が回復し、地域活動や趣味の世界を獲得する。そこには新たな生きる意味が見いだされて、新しい出会いの準備が始まる。
また、この時期はすべてのものへの感謝を述べる人もいる。感謝が語られ始めると、互いに面接の終結のタイミングを今ここだと感じ合えるのである。終結に当たって面接の流れを振り返り、回復のプロセスを共有しあって終結とする。別れは出会いより難しいので、十分に留意してタイミングを大事にすることである。
以上、面接の流れに沿って大まかに注意点を述べてみた。
支援者として、感受性豊かな同伴者になっているか、常に自分に問いつつ被害者に関わっていくことが大事であると思う。