平成26年度 交通安全施策に関する計画

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別添参考

参考-5 平成26年度交通安全ファミリー作文コンクールの最優秀作

○小学生の部 最優秀作〈内閣総理大臣賞〉


声かけありがとう

徳島県北島町立北島南小学校 四年 大島 拓真


ぼくは毎日,お父さんとお母さんから交通安全について,いろいろなことを言われます。「車に気をつけるんよ。」「信号が青になってもすぐにわたらんと左右かくにんしてわたるんよ。」「横だん歩道をちゃんとわたるんよ。」など,まだまだたくさんあります。

四年生になって,学校区の中なら一人で自転車に乗ることができるようになってから,お父さんとお母さんの心配はますますふえたようです。もっとたくさん注意されるようになりました。

「スピード出したらあかんよ。」「ヘルメットは絶対にかぶらなあかんよ。」「友達ときょう争したらあかんよ。」「周りをよく見て運転せなあかんよ。」「なれた道でも何があるか分からんけん,油だんしたらあかんよ。」

あかんよ,あかんよばっかりで,ぼくはいやになります。「分かっとるのに,うるさいな。」と思う時があります。

ある日ぼくは,「毎日同じことを言わんでも分かっとる。」とお母さんに言いました。するとお母さんは,「お母さんもな,おじいちゃんに交通安全について,毎日のように注意されよったんよ。毎日言われよったら心の中にその言葉が深くきざまれて,ずっとのこっとって,気をつけることが身についていったんよ。今でも時どき,その言葉が出てくるんよ。ほなけん,お母さんはいやがられても毎日声をかけるけんな。」と言いました。

そうだ,ぼくは自転車に乗ってスピードを出したいと思っても,お母さんやお父さんの言葉を思い出し,あっ,いかんいかんと心の中で思っています。道を歩いていても,毎日言われていることを思い出し注意しています。おかげでぼくは,きけんな目にあったことはありません。

お父さんお母さんが心配して毎日かけてくれる言葉がぼくの心にもきざまれていて,きけんな目にあわないようにたすけてるのかなと,少しうれしくなりました。

ぼくのことを心配して毎日声をかけてくれるお父さんやお母さんの言葉を感しゃの気持ちで聞こうと思います。そして,心配してくれる人を心配させないように交通ルールを守っていきたいです。


小学生の部受賞者 最優秀賞受賞者

○中学生の部 最優秀作〈内閣総理大臣賞〉


じこ責任

福島県郡山市立郡山第一中学校 三年 鈴木 直緒


どちらかといえば,自分はおっちょこちょいな方で,少し油断するとすぐに階段につまずいて足にあざをつくってしまいます。だから普段から自分の行動にはよく気をつけていたので,学校で定期的に行われている「交通安全教室」は「気をつけているんだから大丈夫。」と軽く思っていました。そんな自分が三年前に交通事故に遭いました。

小学六年生の自分は,とにかくふざけるのが大の得意で,よく休み時間に友達と面白い話で盛り上がっていました。又,祖父の勧めで特設合唱部に小学校四年生から入部し,上の大会へ,そのまた上の大会へ,他の学校に負けない位感動的な“うた”を造りあげようと必死で,副部長も務めていました。部活動がたまたま休みになった日があったため,久し振りの休みが嬉しく,放課後に友達の家で遊ぶ約束をしました。私の移動手段として,当時は大抵自転車を選んでいました。調子に乗り,ヘルメットを着用せずに乗車する日も有りました。私はその日はヘルメットを着用していませんでした。

帰り道,友達とのくだらない遊びが時を忘れさせ,門限より十分遅れて友達の家を出ることとなりました。早く帰宅したくて,いつもより少し飛ばして自転車を走らせていました。すると,スーパーの駐車場から道路へ一台の車が顔を出しました。こちらが止まると,しばらく止まって頂けたので,「ありがとうございます。」と礼をしながら通過をしようとしました。その瞬間,いきなり前進してきました,その車が。

「バン!」

大きな音がぶつかり合いました。パニックになって,目に涙が溜まりました。メタリックのライトブルーの車の頭は,きれいに自転車の形にへこみました。車を降りたのは三十代半ばくらいの女性で,
「大丈夫?けがしてるでしょ。」
と何回も問いかけてくれました。手をつくことが出来たので右足の太もものすり傷だけで済んだのが不幸中の幸いでした。それよりも車の弁償などお金で頭がいっぱいになり,
「大丈夫です。すみません。」
とくり返すことしか出来ませんでした。私は必死に学校の「交通安全教室」の内容を思い出しました。ようやく,「親に連絡する」という言葉が出て来ました。

「お母さんに電話させて下さい。」

ふるえる声をふり絞って女性の携帯電話を借り,母との連絡が付くと,ようやく落ち着くことが出来ました。女性は,私の母が来るまで待つ,謝りたい,と言いましたが,私が,
「足のけがは大したことないので,大丈夫です。」
と言ったので女性は母が来る前にへこんだ車に乗って帰ってしまいました。

帰宅すると家族全員が私を心配してくれました。もう,いっぱいいっぱいで「ごめんなさい。」しか言えなかった事。その女性は帰った事。全て話しました。すると,父は
「警察行くぞ。」
と言って車のエンジンをかけました。私が,
「そんな大した傷でもないよ,大丈夫!」と明るく言っても黙って車を走らせ続けました。警察署に着くと,父は警察官に事情を話し,車の色とナンバープレートから警察官は女性を呼び出しました。警察官をはさんで机ごしに討論になりました。私は罪悪感でいっぱいになりました。あんなに怒っている父を初めて見ました。結局,女性側の“左方未確認”と私を病院へ連れて行かなかった“判断の誤り”ということが父の怒りの論点でした。私は謝罪されましたが,自分に対してモヤモヤした気分になり,恐怖がよみがえってその日は何度も泣きました。もう二度とあの様な経験はしたくないです。

その日から私は自転車に乗る際に必ずヘルメットを着用しています。今度万が一自分が歩行者と衝突すると,自分が加害者なので,どんな時も落ち着いて走行しています。しかし,私の街を走っている自転車はほとんどヘルメットを着用していません。さらに,最近頻繁に交通事故のニュースを目にします。交通事故を絶対甘く見てはならないし,意識してもおこりうるので自転車に乗ったら子供だけではなく大人もヘルメット着用を義務づけるべきだと思っています。確かに,「面倒」と思うかもしれませんが,交通事故に遭えば「後悔」するので,ヘルメットは重要だと思います。それに,どれだけ急用だとしても,事故に遭ってからでは本当に遅いので,落ち着いてゆずり合う心が大切だと思います。事故を通して,自分の行動には責任を持つべきだと私は思いました。

○一般(高校生以上)の部 最優秀作 〈内閣総理大臣賞〉


そのとき,我が子を守るもの

石川県野々市市 米田 真由


「もし何かあっても,恨んだりしないから,お願い乗せてって‼」これは実際に,返答に困る私に友達のママが言った言葉です。

数年前,友達親子と公園へ遊びに行く約束をした時の事です。車なら十分程の場所ですが,友達には車がなく,私が乗せてあげなければ,公園まで電車で三十分はかかります。

最初は断りました。だって私の車には,我が子の分のチャイルドシートしかないのです。友達は,子供を抱っこして乗るからと言い,遂には冒頭の言葉が返ってきた次第です。

結局私は,その強引さに負けて乗せてしまいました。その時はたまたま何事もなくて済みましたが,ハンドルを握る以上は命を預かる訳ですから,無責任だったと反省しています。

その時の自分を戒めるように,昨年,事故は起こりました。その日私は生後八カ月の下の娘を乗せて運転していました。あと百mで自宅という通り慣れた交差点。信号は青。いつものように通り過ぎようとしたその時,助手席の窓の向こうに,あり得ない近さで迫り来る車が見えました。えっ⁉と思う間もなく,ものすごい衝撃を感じ,車は横転。天井を路面に着く形で漸く停止しました。

事故原因は相手の信号無視でした。私は無我夢中で車外に出て,娘が座る後部席のドアを開けました。娘は逆さまの車内で,チャイルドシートに張り付くような格好で大泣きしていました。幸い私は軽傷,娘もチャイルドシートに守られて,無傷でした。

事故の衝撃で娘のマグはぺちゃんこにつぶれ,さっき買ったばかりの粉ミルクの硬い缶も,ひどくへこんでいました。娘の柔らかい手を握り,もしチャイルドシートに乗っていなかったら…と思うと,背筋が凍りつく思いがし,涙があふれました。

現在チャイルドシートの装着率は六割程度と聞きます。親として,自分の世代で「装着は当然」という世の中にしなくては…。事故後,以前に増してそう思うようになりました。

事故の数日後,上の子の幼稚園に行くと,何人ものママが,私の擦り傷だらけの腕を見てどうしたのかと聞いてきました。私が事情を話すと,「怖いね。近くだとチャイルドシート着けない時もあったけど,もうやめるわ。」とか「じいちゃんが抱っこして乗るとか,つい許してたけど,次からきっぱり断るわ。」といった声が聞かれ,ささやかながらも私の交通安全運動がスタートした思いでした。

私は,自らも忘れるまいという警告も込めて,周りの人たちに伝えています。「近くだから」「つい」なんて絶対ダメ。事故はいつ起きるかもわからないし,気をつけていても避けきれない事故もあることを。何より事故の瞬間は想像以上の衝撃で,自分の手では何一つ守れず,大切な我が子はチャイルドシートで守るしかないということを。

このことが,一人でも多くの人の記憶に残り,装着率百%の実現に向け少しでも貢献できるといいなぁと思っています。


受賞者達
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