5-4 主要レポートの記述内容のポイント
ここでは、スウェーデンの包括的な最初の報告の検討プロセスでやりとりされた主なレポート、文書について、記述内容のポイントを比較・検討し、国連障害者権利委員会の最終見解に至る意見・情報の流れの概略を整理・分析する。ここでは、図表5-2に示したレポート、文書類のうち、太字で示したものを整理・分析の対象とする。また、整理・分析の対象とする条項は、第4章と同じく第5条、第6条、第9条、第12条、第19条、第24条の6条項とする。
(1) 第5条 平等及び無差別
主要レポート及び文書類の障害者権利第5条に関する記述のポイントを図表5-3に整理した。
スウェーデンの検討プロセスでは、第5条に関して主に2つの論点でやりとりがあった。スウェーデンの法律における差別禁止の徹底の問題と、差別に関する裁判制度、特に平等オンブズマンの役割の問題である。
前者については、スウェーデン政府は包括的な最初の報告で差別禁止法を中核とする差別禁止及び合理的配慮の考え方を説明したが、スウェーデン障害連盟のパラレルレポートは、スウェーデンの法律には障害者に対する不平等を引き起こしているものがなお存在し、差別禁止の対象領域の広がりが不十分だと指摘した。事前質問事項ではこれを受けて、スウェーデンの差別禁止法が及ぶ領域や、合理的配慮の理解について確認を求めた。また、スウェーデンの選択議定書に対する国連障害者権利委員会の決議への対応について説明を求めた。事前質問事項への政府回答では、2009年以降に施行された包括的な差別禁止法について説明し、特に雇用・労働分野での合理的配慮を義務化していることを説明した。一方で国連障害者権利委員会の決議については、「政府の立場からすれば、スウェーデンの法律は条約と合致しており、法律の改正は不要である。」と明確に拒否した。これに対し最終見解では、国連障害者権利委員会はスウェーデンの新しい法律が合理的配慮の否定を差別とみなしている点を評価しつつも、障害者権利条約第5条との完全な整合を保証する観点から法案を見直すよう促している。
差別に関する裁判制度については、スウェーデン障害連盟のパラレルレポートで、平等オンブズマンの支援の対象が限られていることを指摘した。事前質問事項ではこの点についての説明と、差別に関する訴訟などの統計情報の提供が求められた。事前質問事項への政府回答では、差別法に基づく平等オンブズマンの権限が公共・民間の領域を包括していることを説明し、平等オンブズマンの申立て受付、調停、訴訟支援に関する統計データなどが提供された。これに対し、国連障害者権利委員会の最終見解では、この論点については特に言及がなかった。
文書名 | 提出・採択時期 | 記述のポイント | ||
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包括的な 最初の報告 |
2011年 2月 |
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パラレルレポート (Swedish Disability Federation) |
2011年 4月 |
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- |
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事前質問事項 | 2013年 9月 |
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事前質問事項への政府回答 | 2013年 12月 |
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事前質問事項への回答 (Swedish Disability Federation) |
2014年 2月 |
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- |
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最終見解 | 2014年 4月 |
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(2) 第6条 障害のある女子
主要レポート及び文書類での障害者権利条約第6条に関する記述のポイントを図表5-4に整理した。
スウェーデン政府は、包括的な最初の報告の中で第6条に関して差別禁止法の規定、各政策領域での特別な措置、女性に対する暴力撲滅のための行動計画などについて説明した。しかしスウェーデン障害連盟のパラレルレポートでは、障害者に関する政府の調査や分析にジェンダーの視点が欠けており、障害のある女性の問題が把握できていないことを指摘した。これを受けて事前質問事項では、障害のある女性の立法や政策導入への参加、障害者統計での把握について情報提供を求めた。
事前質問事項への政府回答ではスウェーデンの障害政策の基本原理や公式統計の考え方が説明されているが、具体的な対応の説明はなされなかった。これに対し最終見解では、国連障害者権利委員会はスウェーデンの障害者統計、政策、行動計画にジェンダーの視点が含まれていないとして懸念を表明し、ジェンダーの視点の法律・政策などへの浸透と、具体的な対策をとることを勧告した。
第6条については、スウェーデン政府の取組が遅れていた結果、事前質問事項への政府回答も十分な内容が記述されていなかったため、前述のパラレルレポートの指摘に沿った最終見解になったと考えられる。
文書名 | 提出・採択時期 | 記述のポイント |
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包括的な 最初の報告 |
2011年 2月 |
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パラレルレポート (Swedish Disability Federation) |
2011年 4月 |
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事前質問事項 | 2013年 9月 |
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事前質問事項への政府回答 | 2013年 12月 |
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事前質問事項への回答 (Swedish Disability Federation) |
2014年 2月 |
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最終見解 | 2014年 4月 |
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(3) 第9条 施設及びサービス等の利用の容易さ
主要レポート及び文書類での障害者権利条約第9条に関する記述のポイントを図表5-5に整理した。
第9条について、スウェーデン政府は包括的な最初の報告の中で詳細かつ具体的に取組の説明を行った。スウェーデン障害連盟のパラレルレポートでは、アクセシビリティに関する規制などの取組を評価する一方、その規制が守られていないことや取組の強化の必要性を指摘している。これを受けて事前質問事項では、障害者のアクセシビリティ確保の包括的政策や監視システムの有無、関連する政策や行動計画の見直し、公共調達での対応など、政策を強化し実効性を高める取組について質問がなされた。
事前質問事項への政府回答では、主に包括的な最初の報告以降の法整備や制度整備について説明がなされた。しかし、スウェーデン障害連盟は事前質問事項への独自の回答で、アクセシビリティに関する包括的な戦略の欠如と責任の分散、公共調達規定の未実施、ウェブアクセシビリティ要件の未整備、さらに規則が守られない場合の罰則がないことなどを指摘した。
これらを受けて国連障害者権利委員会の最終見解では、地方自治体の取組の促進を勧告するとともに、コンプライアンスへの懸念、公共資料のアクセシビリティへの懸念、公共部門の情報・コミュニケーションのアクセシビリティ規制の枠組み整備の奨励などに言及した。これらの指摘は、スウェーデン障害連盟の意見をかなり取り入れたものといえる。
文書名 | 提出・採択時期 | 記述のポイント |
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包括的な 最初の報告 |
2011年 2月 |
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パラレルレポート (Swedish Disability Federation) |
2011年 4月 |
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事前質問事項 | 2013年 9月 |
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事前質問事項への政府回答 | 2013年 12月 |
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事前質問事項への回答 (Swedish Disability Federation) |
2014年 2月 |
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最終見解 | 2014年 4月 |
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(4) 第12条 法律の前にひとしく認められる権利
主要レポート及び文書類での障害者権利条約第12条に関する記述のポイントを図表5-6に整理した。
第12条に関しては、代理意思決定の問題が検討プロセスでの主要な論点となった。この問題は、包括的な最初の報告では触れられておらず、スウェーデン障害連盟のパラレルレポートで、管財人制度の問題として指摘された。事前質問事項ではこの指摘を踏まえて、スウェーデンの法律で代理意思決定が認められているのか、また管財人の権限の範囲について質問がなされた。
事前質問事項への政府回答でスウェーデン政府は、管財人について代理意思決定に関係することを認めた上で、その任命の条件や障害者本人の決定権の範囲について説明した。しかし、最終見解で国連障害者権利委員会は、管財人が代理意思決定者であることに懸念を表明し、ただちに支援された意思決定の形態に置き換える措置をとるよう勧告した。
文書名 | 提出・採択時期 | 記述のポイント | |
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包括的な 最初の報告 |
2011年 2月 |
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パラレルレポート (Swedish Disability Federation) |
2011年 4月 |
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事前質問事項 | 2013年 9月 |
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事前質問事項への政府回答 | 2013年 12月 |
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事前質問事項への回答 (Swedish Disability Federation) |
2014年 2月 |
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最終見解 | 2014年 4月 |
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(5) 第19条 自立した生活及び地域社会への包容
主要レポート及び文書類での障害者権利条約第19条に関する記述のポイントを図表5-7に整理した。
障害者の生活支援について、包括的な最初の報告では社会サービス法、特定機能障害者援助サービス法(LSS)での支援の規定を説明している。これに対しスウェーデン障害連盟のパラレルレポートは、政府の新たな法解釈により援助が大幅に削減されたことを指摘した。事前質問事項はこの指摘について現状を確認する質問、障害者の地域社会への包容の監視方法に関する質問となっている。
事前質問事項への政府回答でスウェーデン政府は、障害者の生活援助の考え方を説明するとともに、援助の縮小についてはスウェーデン社会保険調査団の中間報告を引用し縮小の事実があったことを認めたが、その原因については幾つかの可能性を述べるにとどまった。一方、スウェーデン障害連盟は事前質問事項への独自の回答で、生活援助の縮小について政府に反論し、給付中止や削減を受けた人の生活に深刻な影響が出ていると主張した。
これらを受けて、最終見解で国連障害者権利委員会は、2010年以降の政府の法解釈改訂による障害者への公的援助の縮小に懸念を表明し、十分かつ公平な財政的援助の提供を保証するよう勧告した。これは、事前質問事項への政府回答の内容も踏まえた上で、前述のスウェーデン障害連盟の指摘・主張を取り入れた内容といえる。
文書名 | 提出・採択時期 | 記述のポイント |
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包括的な 最初の報告 |
2011年 2月 |
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パラレルレポート (Swedish Disability Federation) |
2011年 4月 |
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事前質問事項 | 2013年 9月 |
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事前質問事項への政府回答 | 2013年 12月 |
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事前質問事項への回答 (Swedish Disability Federation) |
2014年 2月 |
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最終見解 | 2014年 4月 |
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(6) 第24条 教育
主要レポート及び文書類での障害者権利条約第24条に関する記述のポイントを図表5-8に整理した。
第24条について、スウェーデン政府は包括的な最初の報告の中でかなり詳細な制度、取組の説明を行っている。その中で、2010年の教育法改正により、校長の決定を生徒が上訴できるようになったことが紹介されている。これに対しスウェーデン障害連盟のパラレルレポートは、学校が障害のある生徒の入学を拒否できるケースがあること、施設のアクセシビリティ欠如により障害のある生徒の選択肢が狭められていること、教師の知識・経験の不足を指摘した。事前質問事項は、おおむねこれらの指摘事項について現状を確認する質問となっている。
事前質問事項への政府回答では、2010年以降の制度改正、戦略と目標の設定、調査の実施、各種基準の改正などについて説明した。この中で、特別支援に関する上訴権についても触れている。一方、スウェーデン障害連盟は事前質問事項への独自の回答で、学校のアクセシビリティの問題、教育関係者の知識強化の必要性を指摘した。
これらを受けて、最終見解で国連障害者権利委員会は、特別支援に関する上訴権の設定などを挙げてスウェーデンの包容教育制度を賞賛した。一方、パラレルレポートが指摘した障害のある生徒の入学拒否の問題には懸念を表明し、すべての子供たちの包容と必要な支援を保証するよう求めた。
文書名 | 提出・採択時期 | 記述のポイント |
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包括的な 最初の報告40 |
2011年 2月 |
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パラレルレポート41 (Swedish Disability Federation) |
2011年 4月 |
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事前質問事項42 | 2013年 9月 |
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事前質問事項への政府回答43 | 2013年 12月 |
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事前質問事項への回答44 (Swedish Disability Federation) |
2014年 2月 |
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最終見解45 | 2014年 4月 |
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40 スウェーデンの包括的な最初の報告(文献9)
41 スウェーデン障害連盟オルタナティブレポート(文献10)
42 スウェーデンの包括的な最初の報告に関する事前質問事項(文献11)
43 事前質問事項へのスウェーデン政府回答(文献12)
44 事前質問事項へのスウェーデン障害連盟回答(文献13)
45 スウェーデンの包括的な最初の報告に関する最終見解(文献14)