3-4 公的サービス分野における合理的配慮提供の関係主体
1)行政機関
①中央政府
平等法下での障害者の権利に関する中央政府の責任は省庁横断的に存在する。雇用・教育・医療・福祉など責任を負う分野を持つ主要省庁が存在するものの、すべての部署がそれぞれ提供する公的サービスにおいて平等法を遵守する責任を負う104。
政府平等局は政府内における平等戦略と法制度に責任を負い、各省庁に対して平等についての障壁を除去するための働きかけを行う。同局は特に教育省と協働している。同局はまた、様々なサービス提供者対象向けにガイドラインを発行している。政府平等局が平等人権委員会や地方政府協会(Local Government Association:LGA)など他の組織に対して権限を持つことはないが、必要に応じて資料を提供したり助言を行ったりなどの協力を行う105。
②地方自治体
平等法は公共機関及びその委託を受けて公的サービスを提供する者(事業所)に等しく「公共機関平等義務」を課している。公共機関平等義務の責任者は所属の長が担う(例えばハックニー区では副市長)106。
なお今回の現地調査で、地方自治体において何らかの差別や不平等を被る人たちへの調整・仲介を担う部署が存在するとの情報は得られなかった。公共機関における対応窓口は直接サービス提供を行う部署(担当者)であり、そこで調整が図られ、問題があれば公的苦情処理の手続に従ってヒアリングが行われる107。
各公共機関は、根拠法である平等法の条文及び施行規則、平等人権委員会が提供する各種ガイドライン、さらに地方政府協会が提供している「地方政府のための平等フレームワーク(Equality Framework for Local Government)」ガイドラインなどを参考に、独自のガイドラインを作成したり、法の遵守をチェックする部署を設けたり、様々に工夫をして自らが提供するサービスが公共機関平等義務を遵守するよう図る。
その一環として、各担当部署が業務において公共機関平等義務に遵守するよう支援・啓発・実践推進などを図る部署(平等チーム)あるいは単独の担当官(Equality and Diversity Manager/Coordinator/Officer:平等・多様性マネージャー/コーディネーター/担当官など、名称は様々に異なる)などを置く公共機関は多い。これら担当官・部署の組織内での位置づけや責任の重みは組織ごとに異なるため、組織によって他の職務と兼任することもあり得る。主として組織内の平等法遵守に関して啓発、組織内の取組のモニタリングと評価などを担当するなど、組織内各部署が公的サービス提供において公共機関平等義務を遵守するようチェックする業務を担う。なお、平等法が対象とする保護特性は前述のとおり障害だけではないため、ほぼすべての市民を想定した幅広い対象を扱うことになる。参考として、ある求人サイトが記述している平等・多様性コーディネーターの職務内容を図表3-1に示す。
多くの地方自治体では平等法施行に関して部署間の調整などを行う平等チームを有していたが、現在は財政緊縮のため1名のみのスタッフを抱える自治体(例:サザーク特別区、ダービー市)や他部署の業務に吸収している自治体(例:ハック二―特別区)などがみられる。
地方自治体の担う公共機関平等義務における予防的業務には、障害者団体などの当事者とのネットワークづくりも含まれる。例えば、ロンドンのハックニー特別区政策局では、苦情申立てを受けた時に適切な合理的配慮を提供するために定期的に障害当事者から意見を聞くことを重視し、事前に障害者団体との関係を構築している。また、ダービー市では、平等・多様性マネージャーが地域の障害者運動におけるネットワークを持っている障害当事者であり、障害者団体の代表からなる障害多様アドバイザリー・グループを招聘して定期的に意見を聞き、公共機関の施設建て替えにおけるバリアフリーチェックなど、様々な事前整備での協力を得ている。
図表3-1 平等・多様性コーディネーターの業務内容例
- 多様性への取組を研究、適用、促進し、ベストプラクティスを共有する。
- 平等と多様性問題に関する助言、指導とサポートを提供する。
- 地域社会のニーズを評価し、地域社会の結束を推進する。
- 組織やより広いコミュニティ内の変化を促す。
- 差別に関するあらゆる事案を報告するためのシステムを開発する。
- コミュニティグループとその他の関連機関(警察、地方自治体、NHSトラストなど)とをつなぐ。
- 学校、大学、より広いコミュニティでの意識を高める。
- 地域社会や職場内の紛争に対処する。
- すべてのレベル、幅広い背景を持つ人々と対話する。
- 苦情に対応し、申立人のための選択肢に関する情報を提供する。
- 反差別法の最新の知識を維持する。
- 組織が法定要件を満たすことを確保するために平等法を実践に移す。
- 企業やサービスレベルでのポリシーを書き、実施し、見直す。
- 報告と勧告を提示する。
- スタッフ、関係者やパートナー組織にプレゼンテーションやワークショップを提供する。
(出典:http://www.prospects.ac.uk/equality_and_diversity_officer_job_description.htm)
ロンドンのサザーク特別区では、各部署はそのサービス内容に応じて、例えばコミュニティ開発担当であれば担当地域内の障害当事者グループとの協働を通じて、地域の平等法の課題解決への取組を行っている。同区にもかつて平等チームが存在していたが、他と同様に現在は1名の担当者が多様性実践主官(lead officer responsible for diversity practice)として同区各部署の平等法遵守推進を担当している。その役割はサザーク区独自の平等政策(サザーク平等アプローチ)の周知や、同区スタッフに対する公共機関平等義務の啓発などで、平等チェックに使えるフォームを提供したり、平等法によって同区スタッフ各人が負う義務についての訓練を行ったり、ガイドラインを提供したりして、各部署それぞれの提供サービスの平等法遵守状況を分析するよう働きかける。また区内の平等法保護特性(黒人及びエスニックマイノリティ・LGBT・トラベラー〔いわゆる旧ジプシー〕・高齢・障害)グループとの年4回の会合を運営している。しかし調停の役割は行っていない。なお、スタッフは労働組合に参加してその調停支援を受けることを推奨されている。また、差別を受けた同区スタッフ向けに第三者機関による匿名での利用が可能なヘルプライン(費用は同区が支払っている)が存在する108。
このように、所属組織の平等法遵守に関する役割を担う部署/担当官の職務範囲は幅広いが、担当者1名でその業務を行っている傾向がみられた。平等法の施行後、多くの自治体に平等担当チームが作られたが、2010年移行の財政緊縮の影響を受けて人員を削減している傾向が伺われる。
③他の公共機関(大学、医療機関、その他公共機関)
地方自治体と同様、各担当者がそれぞれ提供する公的サービスにおいて平等法を遵守する責任を負う。ここでも平等・多様性コーディネーターなどの名称で組織内の平等法遵守促進を担うスタッフを置くことが多い。なおこれら平等・多様性コーディネーターの教育・支援については後述する。
2)独立人権機関
平等人権委員会(The Equality and Human Rights Commission)
平等人権委員会は2006年の平等法改正に伴い、既存の3つの平等委員会(人種平等委員会:CRE)障害人権委員会(DRC)、機会平等委員会(EOC))を統合する形で2007年10月に設立された。平等人権委員会は下部組織として、少なくとも過半数及び長を障害者当事者(経験者を含む)が占める障害委員会(Disability Committee)・スコットランド委員会・ウェールズ委員会の3委員会を有している。
平等人権委員会は国から運営資金を得ているものの、独立した人権機関である。また、障害者権利条約33条における「独立した仕組み」として指定されている。
平等人権委員会はすべての人の人権を守り平等を促進する責任を負っており、平等法施行規則の制定に関して権限を有している109。また、法令ガイダンス、技術ガイダンスなど、法令遵守のための手引書を作成し提供している。これらの文書は、平等人権委員会のウェブサイトで公開され、誰でもダウンロードすることができる。
平等人権委員会はまた、差別や不利益に直面した障害者からの苦情申立てを受け付けるヘルプラインを提供していたが、2012年に閉鎖され、現在は民間団体が委託を受け提供している110。また、かつては平等人権委員会の委託を受けた障害調停サービス(Disability Conciliation Service:DCS)が提供されていたが、2012年3月に廃止された。その内容については後述する。
図表3-2 平等人権委員会のウェブサイト
(http://www.equalityhumanrights.com/legal-and-policy/legislation/equality-act-2010/equality-act-guidance-codes-practice-and-technical-guidance)
3)市民社会組織
イギリスの平等法は、その公的調整機関/機能の不在により、適切な合理的調整が提供されないなど当事者が納得できる解決が図られなかった場合には訴訟による解決を想定している。そのため当事者からの相談を受けて苦情処理手続のフォーム提供などアドバイスと情報提供を行う市民団体がさまざまに活動している。
まず、市民アドバイス局(Citizens Advice Bureau、CAB)と呼ばれる、社会生活の中で様々な差別や不利益を受けた市民を対象とした小規模なNPOによる無料の法的アドバイス・サービスが全国各地に存在している。その多くが地方自治体から委託を受け、身近な図書館の一角や駅近くの店舗を借りて運営しており、その担い手は草の根型のボランティアによる組織である。これらのアドバイス・サービスには紛争解決のための権限はなく、提供できるサービスは公共機関への苦情申立て書類を渡すなど限られたものであるものの、市民にとって最も身近な相談窓口の1つとなっている。また、全国アドバイス・サービス組織が加盟する全国組織が作られており、彼らの行う調査・提言などは一定の社会的影響力を有している。
①Citizens Advice
市民アドバイス局は全国3,300の地域で市民からの相談受付を行っている草の根型の市民団体であり、Citizens Adviceはその全国組織である。同団体のウェブサイトによれば、全国で28,500人がアドバイス・サービスのために働いており、うち22,000人はボランティアである。
図表3-3 Citizens Adviceのウェブサイト
(https://www.citizensadvice.org.uk/)
②地域の障害者NPO
また、各自治体から委託を受けて障害者の権利や福祉サービスについて助言や情報を提供する様々な規模のNPOが存在している。草の根のNPOもあれば、SCOPE(脳性まひ)、British Deaf Association(ろう協会) Mencap(知的障害)やRethink Mental Health(精神障害)など障害別の大手NPO傘下にある地域組織も多い。これらの組織では委託を受けたり独自資金によってヘルプラインを設けたりするなどして差別を受けた障害当事者やその家族などからの相談に乗り、彼らの団体のキャンペーンにかかわる大きな問題である場合などには訴訟の直接支援も行っている111。
③Advice UK
イギリスの各地にある独立アドバイス・サービス組織の全国連絡・支援組織である。加盟するアドバイス・サービス組織への情報サービス、アドバイザー研修などを提供している。
図表3-4 Advice UKのウェブサイト
(http://www.adviceuk.org.uk/)
なお、近年は公的サービスの財政縮小のあおりをうけてアドバイス・サービス組織や地域NPOの多くが委託を失うなど活動資金難に直面しており、各地でNPOの閉鎖や改組が行われている112。
④Law Centre
Law Centreは各地に設置されているNPOであり、自分で弁護士を雇えない市民向けに法律相談などを提供している。事務弁護士との相談は、最初の30分間は無料となっている。ここでは、相談者がリーガルエイド(訴訟経費扶助制度)を受けられるかの確認などを行う113。
⑤Disability Law Service
Disability Law Serviceは、障害者問題に関心がある法律家によるボランタリー組織である。障害者が訴訟を起こす場合に代理を務めるのが主な役割で、リーガルエイドを受けられる人が対象となっている114。
このほか、ロンドンで活動する地域障害者団体Inclusion Londonが弁護士などへの平等法の啓発活動や、障害者団体と法律家との共同セミナーを開催するなど橋渡し活動を行っている115。
4)サービス提供者互助組織
イギリスの合理的配慮提供の外部基準、外部評価については後述するが、ここではそれらの基準や評価サービスを提供している主な団体を示す。公的サービス分野では地方政府協会、民間サービス分野ではビジネス障害フォーラムが、有力な基準やサービスを提供し、これらは、各組織が自らの提供サービスが平等法と抵触しないよう自己チェックを行うツール116として幅広く利用されている117。
①地方政府協会(Local Government Association、LGA)
地方政府協会は、イギリスの地方議会が集まって組織した協会組織で、イギリス政府・議会に対して地方政府を代表してロビー活動を行うほか、地方自治体職員の研修サービスなど様々な活動を行っている。
平等法に関しては、地方自治体の平等法への対応を支援するため、実施すべき対応の枠組みを整理した「地方政府のための平等フレームワーク」を策定し、公開している。また、このフレームワークに基づく地方自治体の実践評価の取組である市議会議員による「平等ピア・チャレンジ」を有料で実施している118。
図表3-5 地方政府協会のウェブサイト
(http://www.local.gov.uk/about)
②ビジネス障害フォーラム(Business Disability Forum)
ビジネス障害フォーラムは、イギリスの民間企業が組織する会員制の公益団体で、障害者雇用主フォーラム(Employer’s Forum on Disability)を2012年10月に改組して発足した。現在、約350社が会員となっており、会員には多数の多国籍企業や公共団体も含まれている。
ビジネス障害フォーラムは、「障害基準(Disability Standard)」という平等法における障害者差別禁止に対応するオンライン評価・管理ツールを提供しており、平等法遵守のための自組織サービスの実践的なアセスメントツールとして広く利用されている。また、会員企業向けのヘルプラインも提供している。
図表3-6 ビジネス障害フォーラムのウェブサイト
(http://businessdisabilityforum.org.uk/)
5)その他(訓練や助言サービスなど)
①Equality Advisory & Support Services (EASS)
Equality Advisory & Support Servicesは、イギリスの民間企業Sitelが運営するアドバイス・サービス組織で、前述の平等人権委員会の直営ヘルプライン閉鎖に伴い、同委員会の委託を受けて、平等法、合理的配慮に関する相談受付(ヘルプラインの提供)を行っている119。イギリス最大の障害関係団体であるDisability Rights UK, the Law Centres Federation, Voiceability (an independent advocacy organisation), the British Institute for Human Rights, and the Royal Association of Deaf Peopleが協力して支援プログラムを作っている。また、同団体のウェブサイトでは、差別を受けた時に使うレターの雛形など、多くの資料を公開している。
図表3-7 Equality Advisory & Support Servicesのウェブサイト
(https://www.equalityadvisoryservice.com/app/home)
②平等・多様性コーディネーターの教育 ・支援組織
地方自治体をはじめ、大学など様々な公共機関で平等法遵守にかかわる担当者が平等・多様性コーディネーター(Equality and Diversity Coordinator)などの名称で雇用されている。これらの役職について、インターネット上でも多数の求人情報を検索することができるが、平等・多様性コーディネーターに相当する役職者の全国組織のようなものは見当たらない。また、専門の公的資格もないと思われる。
平等・多様性コーディネーターなどの教育・研修についても整備された公的なサービスは見当たらないが、それぞれの分野において教育サービスを提供するビジネスが非常に盛んに行われている。主な団体を以下に示す。
Equality and Diversity UK
Equality and Diversity UKは、平等・多様性コーディネーター向けの研修サービスや、コーディネーター向け資料サービス、ネットワークサービスなどを提供している民間企業である。
図表3-8 Equality and Diversity UKのウェブサイト
(http://www.equalityanddiversity.co.uk/)
Ability Net
Ability Netは、障害者のIT(コンピュータ技術)活用を支援する慈善団体で、アセスメントサービスや情報提供、アドバイス、コンサルティングなどを提供している。
同団体のウェブサイトの情報によると、職場における合理的調整(適切な支援技術の導入など)の支援サービスを提供している。
図表3-9 Ability Netのウェブサイト
(https://www.abilitynet.org.uk/)
The Centre for Accessible Environments
The Centre for Accessible Environmentsは、建築物環境の障害者アクセシビリティに関する情報提供と研修を提供する慈善団体である。同団体は、「アクセシビリティと合理的調整の管理」に関する、労働安全衛生協会(IOSH)認定研修コースを提供している。
図表3-10 The Centre for Accessible Environmentsのウェブサイト
(http://cae.org.uk/)
ここまで概観したイギリスの合理的配慮提供プロセスの関係主体とその役割を、図表3-11にまとめる。
図表3-11 イギリスにおける関係主体の概要図(図表3-11のテキスト版)
104 House of Lords Select Committee on the Equality Act 2010 and Disability,” The Equality Act 2010: the impact on disabled people”,2016,p.33.労働年金省(Department for Work and Pensions、DWP)内に設置されている障害担当局(Office for Disability Issues: ODI)においては複数いる大臣の一人、障害問題担当大臣(Minister for Disability Issues)が責任を負う。
105 GEOが依頼を受けて平等人権委員会のガイドラインを執筆したこともあった。なお、かつては100名以上のスタッフを抱えていたが財政緊縮に伴い20名ほどに縮小したとのことである。執筆することもある。(2016年2月17日EGO・ODIインタビューによる。)https://www.gov.uk/government/publications/equality-act-guidance
106 2016年2月17日EGO・ODIインタビューによる。
107 2016年2月17日EGO・ODIインタビューによる。
108 2016年2月15・16・19日、3自治体スタッフへのインタビューによる。
109 同上。
110 現在の委託先は後述するEquality Advisory & Support Services (EASS)である。
111 2016年2月16日Citizens Advice and Law Centreインタビュー、2月17日Enfield Disability Actionインタビューによる。ただし、多くの障害者は正式な苦情申立てを行うほどではないが担当窓口が話を聞いてくれないなどの日常的な悩みを体験しており、それに対処する相談窓口はないという。
112 例えば、ダービー市では地元のCitizen’s Advice Bureauと市民向けの有料法律相談を提供するDerby Law Centreとが合併し、Citizens Advice and Law Centreとして活動している。(2016年2月16日Citizens Advice and Law Centreインタビューによる。)
113 http://www.lawcentres.org.uk/
114 http://www.dls.org.uk/
115 2016年2月18日アルフィーインタビュー及びメールによる情報提供より。
116 ビジネス障害フォーラムhttps://www.disabilitystandard.com/
117 2016年2月15日、ハックニー区スタッフへのインタビューによる。
118 協会の会費以外に「ピア・チャレンジ」費用を負担しなければ実施できないため、ハックニー区のようにこの評価を組織改革に活用するなど意欲のある自治体しか利用していないという。(2016年2月15日、ハックニー区スタッフへのインタビューによる。)
119 直営のヘルプラインがEASSに委託されたことによるサービスの質の低下に関する議論はHouse of Lords Select Committee on the Equality Act 2010 and Disability,”The Equality Act 2010: the impact on disabled people”,2016, p46に詳細が記載されている。