3-7 イギリスにおける合理的配慮提供に際しての合意形成プロセスについての考察
イギリスでは、公共・民間を問わず、サービス提供に関しては予測型の合理的調整の提供が平等法によって求められており、公共団体での取組も予防的な取組が重視されていることが分かった。
一方、サービス現場での障害者への個別対応や苦情申立てへの対応といった合意形成プロセスについては、平等法やその施行規則では明確な規定がないものの、各主体が独自に体制や手順を定めて対応していることが分かった。これは、公的サービスへの苦情申立て手続が既に確立していることに加え、合理的調整が適切に提供されない場合、平等法では訴訟による解決が想定されていることから、各主体はコンプライアンスの確保と訴訟回避のため、自衛的な措置として合意形成プロセスの整備に取り組んでいると考えられる。
前述のようなイギリスの取組には、合意形成プロセスの整備の観点から、幾つかの問題点が指摘できる。
第1に、平等法では各主体が整備すべき合意形成プロセスについて規定や指針が提供されていないため、各主体が用意している手続やその業務を担当する組織体制が主体によってまちまちであり、外部から分かりにくくなっている。アメリカのADAコーディネーターのような、合理的配慮提供に責任を負う役職も平等法では定められていない。幾つかの地方自治体へのインタビューから、公的苦情申立てがまだ多くの障害者にとっては敷居が高いなか、人権平等員会のヘルプラインは存在するものの介入や調停機能はなく、問題解決は当事者間に委ねられ、当事者の申立てを聞き支援する公的サービスが存在しないことが課題として伺えた。
第2に、多くの地方自治体でかつて組織されていた平等・多様性チームが財政緊縮を受けて人員削減されている傾向が顕著であり、個々の改組はより確実な合理的配慮提供を目指しているとしても、組織的に取り組むための人的資源が十分でないとの印象を受ける127。
こうした問題の多くは、平等法とその関連文書である施行規則において調停機能を明確に示していないことが原因の1つであると考えられるが、これについては前述のとおり、過去において公的議論を踏まえて設立された調停サービスが財政難などを理由に停止されているという背景がある。また、二大政党による政権交代によって障害者政策を含む公的施策に劇的な変更が生じるなど、政治的背景の影響もあり、平等法の完全履行はまだ道半ばであると考えられる。イギリスは、障害者への合理的配慮提供についてDDA以来の長い歴史を持っているが、現場での取組については政策変更などの環境変化への対応も含めた試行錯誤を繰り返しており、いまだに確立したものになっていないといえる。
一方で、このような合理的配慮提供や合意形成プロセスにかかわる公的サービスの不十分さ、不安定さをカバーする仕組みとして、NPOによるアドバイス・サービスや法的支援サービスが公的資金による委託を基礎に各地域で提供されていることはイギリスの大きな特徴といえる。また、各分野で平等法の施行規則を基礎に分野別の独自の基準・指針の整備が進められており行政機関がそれらを積極的に活用していることも、イギリスの特徴といえる。これらの基準・指針は法的な強制力を持つものではないが、分かりやすい指針として広く参照され、各主体が平等法への対応を実践するための重要な拠りどころとなっている。
文献タイトル | 著者・発行年月 | URL(掲載誌名) |
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Equality Act 2010 Code of Practice:Services, Public functions and Associations: Statutory Code of Practice | Equality and Human Rights Commission,2011.1 | https://www.equalityhumanrights.com/sites/default/files/servicescode_0.pdf |
127 2016年2月18日元DRCインタビューより「多くの人がパン(注:障害手当など)を失っている時に人権についての優先順位は低くなる」。