4.カナダにおける障害者差別禁止法と国連審査の状況
4-1 カナダの障害者差別禁止法と国内実施体制
包括的な最初の報告の中で、カナダ政府は、障害者の平等な権利を保証する、強力な法的枠組みを有しており、加えて、連邦のプログラムは、障害のあるカナダ人の生活を支援している、と述べている59。また、カナダは、連邦国家となっており、そのため、カナダ憲法において、人権問題についても、連邦政府と州、準州政府との間で管轄を分けている。そして、州、準州政府は、それぞれ独自の人権規則を有しており、州、準州が規制する部門に責任を負っている。60また、連邦-州・準州(Federal-Provincial/Territorial;F-P/T)の間では、多くの合意形成がなされており、それらは連邦-州/準州間合意(FPT agreements)と呼ばれている。61
(1) カナダの障害者関連法制
カナダには、差別から障害者を守る主要な連邦法として、カナダ権利自由憲章(the Canadian Charter of Rights and Freedoms)、カナダ人権法(the Canadian Human Rights Act)がある。62
1 カナダ権利自由憲章(the Canadian Charter of Rights and Freedoms)
カナダでは、カナダ憲法の一部として、カナダ権利自由憲章が制定されている。現在のカナダ憲法は、「1982年憲法」であり、第1章が「カナダ権利自由憲章」となっている。カナダ憲法は、カナダの基本的な行動規範を定めた法律であり、カナダ権利自由憲章第15章では、人種、宗教、国籍、民族出自、皮膚の色、性別、年齢、身体及び精神障害にかかわらず、カナダの各人は平等とみなされることを明確にしており、例えば、精神障害または身体障害者の雇用機会を改善するプログラムは、第15章(2)の下で保護されている。63
2 カナダ人権法(the Canadian Human Rights Act)
1977年カナダ人権法は、連邦政府、ファーストネーションズ(先住民)政府、さらに、銀行、トラック運送会社、放送局、電気通信会社などの連邦政府により規制を受ける民間企業に雇用される場合、及び、これらからサービスを受ける場合に、差別からカナダ人を守るものである。この人権法では、差別の理由を11カテゴリー(人種、国籍・出自、皮膚の色、宗教、年齢、性別、性的指向、婚姻状況、家族の身分、障害、恩赦または執行猶予の有罪判決)に分けており、これらの理由による嫌がらせや差別に対して、自身を保護するために、人権法に依拠することができる。64
その他の法律
さらに、これらの憲章、連邦、州、準州のそれぞれの人権法に加えて、様々な社会経済分野の特定法において、障害者の権利が規定されている。65
連邦政府の特定法に関しては、以下が挙げられている。66
- 雇用均等法(Employment Equity Act)67
- 連邦公共サービスにおける障害者への配慮義務に関する方針(Policy on the Duty to Accommodate Persons with Disabilities in the Federal Public Service)
- カナダ選挙法(Canada Elections Act)
- 刑法(Criminal Code)
- カナダ証拠法(第6節)(Canada Evidence Act )
- 都市間バス実施規則(Intercity Bus Code of Practice)など。
(2) 障害者政策の枠組み
カナダ連邦政府としては、政府の障害問題担当室(ODI)が、連邦レベルで障害問題に関する指導的役割を果たしている68。そして、これまで、障害問題担当室は、「戦略計画2002-2007年(Strategic Plan2002-2007)」69を策定、公表している。この報告書では、5か年の障害問題担当室の政策を包括的に説明している。
障害問題担当室の取組として、最初の報告では、以下ようなの取組を実施するとしている。70
- 障壁を取り除き、包容を促進するよう設計されたプログラムの開発及び管理。
- 既存の問題及び新たな問題に応える原則・証拠に基づく政策の選択を開発する。
- 意識の向上、カナダ政府及び公務員による障害問題の水平的な運営のための取組。
- 州、準州パートナーと協同、協力の機会を確認する。
- 関係者を参加させ、連邦政府及び外部パートナーの間の障害問題に関する戦略的パートナーシップを開発する。
また、カナダのすべての管轄区には、障害者及びその家族に支援を提供し、包容及びカナダ社会への完全な参加を促進するために、広範な政策、プログラム、取組がある。最初の報告によれば、「カナダ連邦の構造は、政府が協力して、革新的で実践的な解決策を見出し、地域のニーズ及び環境に合わせた政策、プログラムに挑戦し、それを採用することを可能にしている」71。
その一方で、市民社会は、2013年の政府による社会開発プロジェクト(Social Development Partnerships Program – Disability;SDPP-D)が、カナダの障害者団体に破壊的な影響を与えた、と批判している。72SDPP-Dは、カナダ社会のあらゆる側面で、障害者の参加、包容を改善するためのプロジェクトに資金援助する取組であり、具体的には、障害者の障壁除去に取り組むNPOを支援するプログラムである73。このプロジェクトは、歴史的に継続した障害者団体への財政支援から、開かれた競争的な過程へ移行するためのものであり、それにより多くの障害者団体が影響を受けたとされている。
なお、カナダにおける障害者数は、2006年時点で、440万人以上であり、障害者率は14.3%であるとされている。2006年では、障害者の割合は、成人女性(17.7%)が、男性(15.4%)よりわずかに高く、65歳以上の約43%が障害を持っている。74
(3) 国内の実施体制
カナダは、最初の報告において、条約第33条で規定された中央連絡先及び独立した仕組みについて言及している。しかし、最初の報告でのカナダの見解について、市民社会側から異議が申し立てられており、第33条の実行について、まだ完全には確定できていないとみられる。
1)中央連絡先
中央連絡先については、カナダは最初の報告で、以下の2つの組織を明確に指定している。
1 「人権にかかわる公務員の継続委員会」(the Continuing Committee of Officials on Human Rights ;CCOHR)
カナダでは、人権にかかわる公務員の継続委員会が、連邦-州・準州による障害者権利条約に関する議論の中央連絡先として機能している、とされている。75
人権にかかわる公務員の継続委員会は、カナダで検討中の国際人権条約に関して協議するための連邦、州、準州のグループであり、なかでも、(連邦政府のカナダ遺産省の)人権プログラム(the Human Rights Program)が、継続委員会のすべての議論や会議を指導する。76
人権にかかわる公務員の継続委員会は、1975年に設立されており、各州、準州の正式な代表者で構成される。その代表者は、各政府内の人権問題の連絡役として活動する。また、人権プログラムは、継続委員会に対して、連邦政府を代表するものである。継続委員会の任務として、以下が挙げられている。77
- カナダが署名、批准、加盟を検討している国際人権文書について議論する。
- 国連のその他の国際機関で策定中に生じた人権問題、人権文書を議論する。
- 条約の義務を認識し理解するために、情報及びベストプラクティスを共有する。
- 人権条約の実施に関して、国連に対するカナダの報告書作成を促進する。
2 障害問題担当室(ODI)
障害問題担当室は、条約に関する事項の連邦レベルでの中央連絡先である。78連邦内の省庁や、主要パートナーと連携しながら、カナダの各政府全般にかかわる障害に関連した政策やプログラムを育成するための助言や専門知識を提供している。2010年、障害問題担当室は「障害問題に関する省庁間と省庁内の委員会」を設立し、その業務を支えるとともに障害に関する法律、政策、プログラム、取組に関する情報共有と最善の対応のためのフォーラムを提供し、現在進行中の条約の実施を含んだ障害に関する諸問題について、連邦政府間の調整と協力の促進に努めている。
2)調整のための仕組み
現時点で、カナダでの調整のための仕組みについて、明確な記述はない。ただし、最初の報告では、障害者権利条約第33条に関して、連邦、州、準州をまたぐ、障害者問題に関する組織について言及している。
最初の報告によれば、カナダ国内での障害者権利条約の実施に影響する事柄に関して、連邦-州・準州をまたいだ仕組みが数多く存在し、それらの1つとして「連邦-州・準州障害者諮問委員会(the F-P/T Persons with Disabilities Advisory Committee)」があると述べている。この委員会は、連邦-州・準州政府の障害関連の問題を担当する次官に対し原則と根拠に則った政策の助言を行い、カナダにおける障害者コミュニティに影響を与える問題に取り組むための手段の調査、分析、開発に協力するものである。
ただし、市民社会から、連邦-州・準州障害者諮問委員会は、「障害者コミュニティには知られておらず、DPOsと協議していない。」と指摘されている。
3)独立した仕組み(監視)
最初の報告では、障害者権利条約第33条2項に関して、カナダ人権委員会に言及している。カナダは、最初の報告で、「第32条2項に応じたカナダの枠組みは、(略)幾つかの要素で構成されている。これらの仕組みは共同で、条約に挙げられている諸権利の推進、保護、監視の役割を演じている。条約に関して、監視機能の実施を指名されたカナダ人権委員会からの提案に対して慎重に検討を行った上で、カナダ政府は第33条第2項で課せられている義務を果たすために既存の仕組みを維持し活用することを決定した。」と述べている。
しかし、パラレルレポート(2017年2月提出)では、第33条2項の条約実施の促進、監視のための独立した仕組みを指定していない、と指摘している。その上で、「カナダ人権委員会は、適切な権限及び資源を持ち、監視の仕組みとして指定されるべきである。」と述べている。
パラレルレポートでは、「カナダ人権委員会は、パリ原則に従って、人権を促進、保護、監視するための法的根拠を有している。しかし、委員会は、既存の資源や焦点を絞った連邦の権限内で、この機能を効果的に果たすことはできない。この役割を効果的に果たすために、委員会は、連邦政府だけでなく、全国の条約実施を監督する明確な権限を求めている。これを効果的に行うために、委員会は、州、準州の法定人権機関と協力し、障害者コミュニティと協議する必要がある。」79と指摘している。つまり、市民社会側からも、カナダ人権委員会を独立した仕組みとして指定するよう要求しているが、権限や資源の点で、現状ではカナダ人権委員会が十分に監視の機能を果たすことが困難で、さらなる権限の拡大が求められている。
また、「カナダは、障害者、障害者団体を条約の計画、実施、監視のあらゆる段階において、十分に関与させていない。」という指摘もある。
当事者であるカナダ人権委員会は、最初の報告における政府の見解に異議を唱えており、既存の仕組みを活用するのではなく、パリ原則に則した独立した監視の仕組みを指定するべきであると主張している80。そして、「カナダ人権委員会は、この役割を引き受ける意思がある。」とした上で、「カナダは、直ちに、障害者権利条約第33条2項が求める独立した国の監視の仕組みを指定し、障害者及びこれら個人を代表する団体と有意義な協議などの方法で、この仕組みに任務を実施するための十分な支援を提供するべきである。」と勧告している。81
・カナダ人権委員会(the Canadian Human Rights Commission ;CHRC)82
カナダ人権委員会は、カナダの国家人権機関である。カナダ人権委員会は、1977年に、カナダ人権法を通じて、議会によって設立された。人権を促進、保護するという幅広い権限を有している。カナダ人権委員会は、連邦政府の部門、機関、非営利企業(Crown corporations)、ファーストネーションズ政府、連邦が規制する民間部門の組織に対して、カナダ人権法に従って、管轄権を有する。
カナダ人権委員会は、苦情の調査、公式声明の発表、議会における特別報告の上程、調査の実施、政策の策定、関係者との協議、苦情申立ての調停、訴訟において公益を代理することによって、不安定な状況にある個人の人権を促進、保護するための措置を講じた。カナダが障害者権利条約に記された権利及び義務を実施するなど、カナダ政府とともに、人権保護の継続的な進展を保証する取組に関与する。
さらに、カナダ人権委員会は、障害者権利委員会に、2016年に報告書(2017年に改定版)を提出しているほか、2015年12月に、「The Rights of Persons with Disabilities to Equality and Non-Discrimination-Monitoring the Implementation of the UN Convention of the Rights of Persons with Disabilities in Canada」という報告書を公表している。これは、2009年から2013年までに受けた障害関連の苦情に関するデータとともに連邦、州、準州の人権委員会及び/または裁判所への苦情をまとめたものである。83
4)州・準州
カナダにおいて、州、準州各政府は、それぞれの管轄の障害に関する問題について、政策上の助言や専門知識を担当する部署を有している。各州、準州政府における障害問題を担当する部署は以下のとおりである。
管轄区 | 担当室 |
---|---|
ニューファンドランド及びラブラドール | 高等教育・技能局内障害政策室 The Disability Policy Office, within the Department of Advanced Education and Skills |
プリンスエドワード島 | 地域社会福祉・高齢者省 The Ministry of Community Services and Seniors |
ノヴァスコシア | 地域サービス局、保健健康局、教育局、司法局、労働・高等教育局、障害者員会の共同担当 Joint responsibility of the departments of Community Services; Health and Wellness; Education; Justice; Labour and Advanced Education; and the Disabled Persons Commission |
ニューブランズウィック | 障害者の地位に関する首相諮問員会 The Premier’s Council on the Status of Persons with Disabilities |
ケベック | ケベック州障害問題担当室 The Office des personnes handicapées du Québec |
オンタリオ | 地域・社会福祉省 The Ministry of Community and Social Services |
マニトバ | 家族サービス・労働省直属の障害問題担当室 The Disabilities Issues Office, reporting to the Minister of Family Services and Labour |
サスカチュワン | 社会福祉省内障害問題担当室 The Office of Disability Issues, within the Ministry of Social Services |
アルバータ | 人的サービス省 The Ministry of Human Services |
ブリティッシュコロンビア | 社会開発省 The Ministry of Social Development |
ヌナブト | 行政・政府間問題省社会擁護局内障害問題上級顧問 The Senior Advisor on Disability Issues, within the Social Advocacy Office, Department of Executive and Intergovernmental Affairs |
ノースウエスト準州 | 保健社会福祉省 The Department of Health and Social Services |
ユーコン | 保健社会福祉省 The Department of Health and Social Services |
(出所:CRPD/C/CAN/1附録に基づき作成)
5)その他
連邦、州、準州の人権委員会の統括組織として、カナダ法定人権機関協会(the Canadian Association of Statutory Human Rights Agencies ;CASHRA)がある。障害者権利条約実施に直接的にかかわる機関ではないものの、各管轄区での障害者を含めた人権問題に関する情報提供を行っているとみられる。なお、カナダ法定人権機関協会は、カナダ人権委員会を国の監視の仕組みとして指定するようカナダに求めている。84
・カナダ法定人権機関協会(the Canadian Association of Statutory Human Rights Agencies;CASHRA85)
カナダ法定人権機関協会は、連邦、州、準州の人権委員会の統括組織として、1972年に設立された。その目的は、差別撤廃の分野で活動する法定機関の間の効果的なコミュニケーションを確立することである。現在のメンバーには、カナダ人権委員会、アルバータ、マニトバ、ニューブランズウィック、ニューファンドランド及びラブラドール、ノースウェスト、ノヴァスコシア、オンタリオ、プリンスエドワード島、ケベック、サスカチュワン、ユーコンの人権委員会が含まれる。
6)関係主体の全体像
カナダにおける条約実施の関係主体について、全体像を図表4-2に示す。
図表4-2 カナダの国内実施体制 (図表4-2のテキスト版)
(出所:各種資料より作成)
59 カナダ政府サイトhttp://www.canada.pch.gc.ca/eng/1448633334025
60 INT/GRPD/NHS/CAN/26815/E p.1
61 カナダ政府サイトhttp://www.pco-bcp.gc.ca/aia/index.asp?lang=eng&page=relations
62 カナダ政府サイトhttp://www.canada.pch.gc.ca/eng/1448633334025
63 カナダ政府サイトhttp://www.canada.pch.gc.ca/eng/1448633334025
64 カナダ政府サイトhttp://www.canada.pch.gc.ca/eng/1448633334025
65 CRPD/C/CAN/1 paragraph2.
66 カナダ政府サイトhttp://www.canada.pch.gc.ca/eng/1448633334025
67 女性、先住民、障害者、ヴィジブル・マイノリティー(非白人系人種)の4つのグループを保護対象としている。http://www.chrc-ccdp.ca/eng/content/employment-equity#2
68 CRPD/C/CAN/1 paragraph9
69 ODI “Strategic Plan2002-2007” http://publications.gc.ca/collections/Collection/RH37-4-2-2002E.pdf
70 CRPD/C/CAN/1 paragraph9
71 CRPD/C/CAN/1 paragraph3
72 INT/CRPD/CSS/CAN/26744/E pp.32-33.
73 カナダ政府サイト https://www.canada.ca/en/employment-social-development/services/funding/disability-social-develop.html
74 CRPD/C/CAN/1 paragraph6,7
75 CRPD/C/CAN/1 paragraph40
76 カナダ政府サイト http://www.canada.pch.gc.ca/eng/1448633332438
77 カナダ政府サイト http://www.canada.pch.gc.ca/eng/1448633332438
78 CRPD/C/CAN/1 paragraph42
79 INT/CRPD/CSS/CAN/26744/E p.32
80 INT/CRPD/NHS/CAN/26815/E p.21
81 INT/CRPD/NHS/CAN/26815/E p.21
82 INT/CRPD/NHS/CAN/26815/E p.1
83 CHRC http://www.chrc-ccdp.gc.ca/sites/default/files/chrc_un_crpd_report_eng.pdf
84 NT/GRPD/NHS/CAN/26815/E p.21
85 INT/GRPD/NHS/CAN/26815/E p.3