4-2 カナダの包括的な最初の報告の国連審査状況
カナダは、国連の創設メンバーとして、これまで、障害者権利条約など、7つの主要な人権条約、規約を批准している。カナダは、2010年3月11日に障害者権利条約を批准し、2010年4月12日に施行している86。また、2016年8月の第16会期会合でカナダに対する事前質問事項が提出され、2017年3月の第17会期会合で包括的な最初の報告、市民社会の報告などが検討され、障害者権利委員会の総括所見がまとめられる予定である。
(1) 審査プロセスの概況
1)障害者権利条約の批准
カナダは、州、準州、先住民(アボリジニ)自治政府、カナダ人(特に障害者コミュニティ)との協議を経て、2010年3月11日に障害者権利条約を批准した。カナダは、2007年3月30日に条約に署名した最初の締約国の1つである。87
2)障害者権利条約に基づく報告
カナダ政府は、2014年に包括的な最初の報告を提出している。包括的な最初の報告には、カナダにおける条約の実施に関する情報が含まれており、障害者権利に関する主要な連邦、州、準州(F-P/T)法、政策、プログラムについて説明している。第1部は条約第1~7条、第12条、第31~33条に関するすべての管轄区の情報を提供し、第2部は、主題ごとに分けて、各連邦-州・準州政府による特定の措置に焦点を当てている。88
カナダに関しては、これまで、包括的な最初の報告及び共通基幹文書を提出しており、これに対する事前質問事項が2016年9月に出されている。
2017年2月から3月にかけて、市民社会、カナダ人権委員会などから多数のパラレルレポートや情報提供資料が提出された。また、事前質問事項に対するカナダ政府の回答が2017年3月3日に国連障害者権利委員会に提出された。
図表4-3 カナダの報告書提出状況 (図表4-3のテキスト版)
(出所:障害者権利委員会サイト及び各資料より作成)
3)市民社会からの情報
カナダの市民社会からの情報は、これまで、独立した仕組みからの報告、パラレルレポートを含めて、17件提出されている。
団体名 | 提出日 |
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「カナダ市民社会パラレルレポートグループ(the Canadian Civil Society Parallel Report Group)」 | 2017/2/27 |
カナダ人権委員会 | 2016/7、2017/2 |
Autistic Self Advocacy Network Canada | 2016/8/1 |
Canadian Civil Society Report Group | - |
Mad Canada Shadow Report Group | 2016/7 |
Mad Canada Shadow Report Group | 2017/2/2 |
Disabled Women’s Network of Canada-Réseau D’action des Femmes Handicappées du Canada (DAWN-RAFH Canada) | - |
Disabled Women’s Network of Canada-Réseau D’action des Femmes Handicappées du Canada (DAWN-RAFH Canada) | 2017/2 |
Global Initiative To End All Corporal Punishment of Children | - |
Ontario Network of Injured Workers Group (ONIWG) | 2017/2/6 |
Action Canada for Sexual Health and Rights | 2017/2/27 |
Autistic Minority International-Canada | 2017/2/27 |
Canada Without Poverty | 2017/2/27 |
Egale Canada Human Rights Trust | 2017/2/28 |
Income Security Advocacy Centre | 2017/2/28 |
Group of Canadian civil society organizations on Canada | 2017/3/15 |
(出所:障害者権利委員会サイトに基づき作成)
ここでは、これらの報告書のうち、2017年2月27日に提出された、カナダ市民社会パラレルレポートグループのパラレルレポートについて概説する。
Parallel Report for Canada89
この報告書は、16の障害者団体(DPOs)及び「横断的に障害のあるカナダ人を代表している支援者から構成されている特別な(アドホックな)グループである「カナダ市民社会パラレルレポートグループ」によって作成されている。報告書を策定した団体は、以下のとおりである。
- ARCH Disability Law Centre
- Canada Without Poverty
- Canadian Association for Community Living
- Canadian Association of the Deaf
- Canadian Council on Rehabilitation and Work
- Canadian Centre on Disability Studies
- Canadian National Institute for the Blind
- Canadian Labour Congress
- Council of Canadians with Disabilities
- Disability Rights Promotion International, York University
- DisAbled Women’s Network
- Independent Living Canada
- MAD Canada
- Ontario Network of Injured Workers
- Participation & Knowledge Translation in Childhood Disability Lab, McGill University
- People First Canada
報告書では、「カナダは、比較的裕福な国であり、社会保障政策及びプログラムを策定し、憲法上の権利及び自由を守り、法の支配を尊重している。それにもかかわらず、カナダでは、障害者は、健常者に比べて、貧困率、失業率が高く、教育からの排除、差別を経験している。この報告書に寄与したDPOsは、現カナダ政府が実施した障害者の人権保護、促進の措置により、非常に勇気づけられている。しかし、我々は、カナダにおいて、多くの障害者権利条約の一般的義務及び特定の権利が、実施、実現されていないと懸念している。カナダにおいて、障害者の完全なアクセシビリティ、包容、真の市民権を達成するために必要なことは、まだ多くある。」と述べている。
その上で、パラレルレポートでは、以下のことをカナダ政府に求めている。
- カナダは、条約を促進、保護、監視するため、カナダ人権委員会を独立した仕組みに指定しなければならない。委員会が適切にその役割を果たせるようにするため、この指定に伴い、追加の資源が必要となる。
- カナダは、条約の設計、実施、監視においてその役割を果たすために、障害者団体を支援する資金を指定しなければならない。障害のある子供、若者、障害のある先住民、聴覚障害者、障害のある女性が監視及び実施の取組に参加する十分な資源、機会を有するよう、特に注意を払わなければならない。
- カナダは、既存の連邦、州、準州の仕組みを通じて、障害者コミュニティと協議し、共有した条約実施の計画を策定し、実行しなければならない。
(2) カナダの審査プロセスにおける主な論点
ここでは2017年3月までに提出されたイギリス政府、市民社会、カナダ人権委員会からの報告及び障害者権利委員会がまとめた事前質問事項並びに事前質問事項に対するカナダ政府の回答について、主要条項に関する論点のポイントを示す。
第5条 平等及び無差別
包括的な最初の報告では、カナダ権利自由憲章第15章で障害者の平等及び無差別が確立されていると述べる一方、ここでは「障害」の定義はなされていないとしている。ただし、障害については最高裁判所によって幅広く解釈されてきたと述べている。また、合理的配慮義務に言及しているが、この義務がどの法律によって裏付けられているのかは示していない。
パラレルレポートは、障害のある先住民が複合的・横断的な差別に直面し十分なサービスを提供されていないことや、差別に関する苦情申立てのほぼ半数が障害者からの苦情であることを指摘した。
事前質問事項では、次世代の障害(障害の可能性がある胎児など)への差別が人権法の対象になっているか、先住民などへの複合的差別をなくすための措置、障害に基づく差別に対する救済について情報提供を求めた。
カナダ政府の回答は、次世代の障害への差別は、人権法と憲章で禁止されているという解釈を示し、また複合的差別については人権法が明確に禁止していると述べる一方、差別に対する具体的措置については言及せず、「部門を横断した政策の作成を検討している」と述べるにとどまっている。
第6条 障害のある女子
包括的な最初の報告は、性別に基づく差別は憲章や各州などの人権法で禁止されていること、女性地位庁が障害者のある女性の支援プログラムに資金提供していることなどを指摘した。これに対しパラレルレポートは、女性障害者の多くが複合的差別を実際に経験していること、教育達成度や雇用の水準が低いことなどを指摘した。
事前質問事項は、障害のある女性・女児の具体的な支援プログラムや、障害のある女性への昇進・能力開発・権限付与のための措置について情報を求めた。
カナダ政府からの回答では、カナダ政府は障害のあるすべての女性に手を差し伸べているとし、特に女性障害者ネットワークカナダ(DAWN)の活動を支援していることを挙げている。
第9条 施設及びサービス等の利用の容易さ
包括的な最初の報告では、アクセシビリティに関する措置は基本的には各州などの法律などで定めるものであるとした上で、連邦政府所管の不動産や輸送サービス、放送・長距離通信について連邦政府が実施している施策を紹介した。
事前質問事項は、各分野のアクセシビリティ改善の実施を監視する措置と、アクセシビリティ要件を遵守しない場合の制裁について情報提供を求めた。
カナダ政府の回答では、アクセシビリティ要件の不履行に対する措置の例として、個人の苦情申立て、業界報告を通じた監視、報告指示や罰金などを挙げている。さらに、オンタリオ州やマニトバでの施策例を紹介している。
第12条 法律の前にひとしく認められる権利
カナダは障害者権利条約第12条を留保している。包括的な最初の報告では無能力の判断について、障害の有無によってではなく個人の実際の意思決定能力の有無を根拠とすべきと述べ、無能力の判定そのものは否定していない。さらに、すべての州・準州に、代理意思決定に関する法律があることが報告された。パラレルレポートでも、大部分の州・準州が代理意思決定に関する法律を有していることが指摘されたが、幾つかの州ではこれらの法律改革の取組が進んでいることも紹介された。
これらを受けて事前質問事項は、後見や代理意思決定の対象となっている成人障害者数、代理意思決定でどのような決定がなされているか、代理意思決定数の推移、支援付き意思決定のサービスを受ける障害者数、これらに関するプロジェクトや研究の状況について情報提供を求めた。
カナダ政府の回答では、後見制度、代理意思決定制度、支援付き意思決定制度それぞれの下にある成人障害者数を州・準州別に具体的に報告している。それによると、後見制度の下にある成人数は州・準州によって大きな差がある。また、ケベック州など複数の州・準州で後見を受ける人数が増加している一方、ブリティッシュコロンビア州では後見を受ける人の数が減少しており、施策の方向性が州によって大きく異なっている現状が報告されている。革新的プロジェクトとしてはニューブランズウィック州の支援サービス提供プロジェクト、ケベック州で新しい援助された意思決定(new assisted decision-making)に関する関係者協議が始まったことなどを挙げている。
第19条 自立した生活及び地域社会への包容
包括的な最初の報告では、障害者の生活のあらゆる面で包容・参加・自立の促進のため、課税控除・収入補助・社会給付やサービスを提供していると述べ、少数民族の地域介護プログラムや退役軍人向け補助金などの例を挙げている。これに対しパラレルレポートは、障害者、特に知的障害者が隔離された環境や施設で生活していること、地域社会での生活や社会参加への支援が欠如していること等を指摘した。
これらを受けて事前質問事項では、居住型施設の数とそこに居住する障害者数及びその増減の状況、地域社会に基づく自立生活支援サービスへの予算配分状況、脱施設化に関する最近の取組などについて情報提供を求めた。
カナダ政府の回答では、居住型施設の現状について州・準州別の具体的な状況を報告すると共に、生活支援プログラムにカナダ政府が1億400万ドル提供したことを報告している。ただし、この予算の半分は施設環境での介護に提供されたとも述べている。
第21条 表現及び意見の自由並びに情報の利用の機会
包括的な最初の報告では、カナダ政府が公表した情報を障害者に配慮した複合的な形式で提供することを政策としているとし、WCAG2.0(ウェブアクセシビリティ)を考慮し、作成したすべての資料について、「要求に応じて」点字・拡大文字・音声などの代替形式で提供することなどを挙げた。
包括的な最初の報告は、一般向けの情報が前述の補助的・代替的コミュニケーションによって障害者が利用可能になっているのかを尋ねた。
カナダ政府の回答では、政府は一般向け情報のアクセシビリティを保証しているとして、手話によるビデオリレーサービスへの支援、新しいコミュニケーション政策の実施といった取組を挙げている。
第24条 教育
包括的な最初の報告では、教育は主に州・準州の管轄であると断った上で、カナダ政府は障害のある学生の高等教育を支援していると述べている。その取組として、宿泊費・授業料・手話通訳・介助者・ノートテイカーなどにかかる教育関連費用への補助金など、専ら経済的支援を挙げた。
これに対しパラレルレポートでは、障害のある学生・生徒の多くが平等な教育を受けることができておらず、地域から離れたり、通信教育を受けたりしていると指摘した。一方で、ろう者や難聴者の多くが特殊教育センターの閉鎖に反対してきたことを指摘し、その理由として、教育施設の利用に障壁があること、手話による教育が促進されていないことなどを挙げた。さらに、障害のある先住民の子供の多くが、支援サービスの欠如のために学校で教育を受けられないことを指摘した。
これらを受けて事前質問事項では、隔離された環境で教育を受ける障害学生・生徒の状況、盲人・ろう者・盲ろうの学生・生徒の状況、障害のある学生・生徒に対するインクルーシブ教育や合理的配慮に関する政府の考え方、先住民の子供への支援の考え方などについて情報提供を求めた。
カナダ政府の回答では、障害のある学生・生徒はインクルーシブ教育のための配慮と支援を提供されており、「極端な状況」においてのみ隔離された学習環境に置かれると説明している。先住民については、特別居留地の先住民の盲人・ろう者・盲ろうの学生・生徒に対し助成を提供すると述べている。さらに、各州・準州の取組や考え方を個別に紹介しているが、それによると、ニューファンドランドやラブラドールのように隔離された学校が完全に閉鎖された州がある一方、ケベックやヌナブト、プリンスエドワード島では一部の障害のある学生・生徒は普通学校から離れた環境で教育を受けていることが示された。
第33条 国内における実施及び監視
前述のとおり、カナダ政府は独立した仕組みについて特定の組織を指定していない。包括的な最初の報告では、「第33条2項に応じたカナダの枠組みは幾つかの要素で構成されている。これらの仕組みは共同で、条約に挙げられた諸権利の推進・保護・監視の役割を果たしている」と説明した。これに対しパラレルレポートでは、カナダ人権委員会を監視の仕組みとして指定すべきと指摘した。
これらを受けて事前質問事項では、政府が実施した独立した仕組みを確立するための措置、障害者の参加を保証するための措置について情報を求めた。
カナダ政府の回答では、「促進・保護・監視の枠組みは、様々な仕組みで構成されている。カナダ政府は引き続き、これらの既存の仕組みに信頼を寄せている」として、包括的な最初の報告で示した考え方を再提示している。また、障害者の参加については、まさにこれらの仕組みを通じて政府の取組の監視に参加できるとし、さらに障害者団体は独自に政府の措置を分析し、その結果を議会や政府に対し報告できる、と述べるにとどまっている。
項目 | 包括的な最初の報告のポイント | パラレルレポートでの指摘 | 事前質問事項での情報提供要求事項 | 事前質問事項への回答 |
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第5条 平等及び無差別 |
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第6条 障害のある女子 |
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第9条 施設及びサービス等の利用の容易さ |
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第12条 法律の前にひとしく認められる権利 |
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第19条 自立した生活及び地域社会への包容 |
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第21条 表現及び意見の自由並びに情報の利用の機会 |
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第24条 教育 |
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第33条 国内における実施及び監視 |
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86 カナダ政府サイトhttp://www.canada.pch.gc.ca/eng/1448633334025
87 カナダ政府サイトhttp://www.canada.pch.gc.ca/eng/1448633333956/#a7
88 CRPD/C/CAN/1 paragraph4
89 INT/CRPD/CSS/CAN/26744/E